喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く  Aシリーズへ続く

Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.23

「……っくしょんっ」
 大きなくしゃみをして、俺はずきずき痛む頭で部屋を見回した。
 焦点が合わずにピンぼけした視界。
 どうやら、風邪を引いたらしい。
 まぁ、ずぶ濡れになって帰ってきて、そのまま寝てたんだからしょうがないか。
 ……あれ?
 俺は、天井を見上げながら、ぼんやりとした頭で夕べのことを思い出そうとした。
 寮に帰ってきて、部屋のドアを開けたところまでは覚えてるんだが、その後がどうなったのか記憶にない。
 そして、今はというと、ベッドに寝ている。そのうえ、ご丁寧に、額にはタオルが乗せてある。
 一体……。
 と、ガチャッとドアが開いた。そっちを見ると、七海が入ってきたところだった。
「……七海?」
「お、目が覚めたか? 気分はどうだい?」
「……よくない」
「どれ?」
 七海は、ベッド脇に屈み込んで、俺の額のタオルをどけると手を付けた。
「ん〜。熱あるんじゃねぇか? ったく、世話の焼ける奴だなぁ」
 その時、ドアが開いて、今度はよーこさんが入ってきた。
「グーテンモルゲン。恭一のよーだい、どですか〜?」
「あ、目は覚めたけど、熱があるみたいだ」
「熱、ですか? やっぱり、涼子さんか葵さんに知らせましょうか?」
「その方がいいかもな。頼めるかい?」
「あいよっ」
 元気いい返事をして出ていくよーこさん。
 俺は七海に尋ねた。
「なにが……どうなってるんだ?」
「なにがどうって、そりゃこっちが聞きたいよ」
 そう言いながら、タオルを流しで洗う七海。
「お前、部屋の前で倒れてたんだぜ」
「……へ?」
「たまたま、あたいがコンビニに行こうと思って玄関に出たら、お前が倒れてたのが見えたもんだから、とりあえずよーこに手を貸してもらって、部屋まで引っ張り込んだんだよ」
 ぎゅっとタオルを絞って戻ってくると、七海はそれを俺の額に乗せた。そして、訊ねる。
「……なぁ。かおると何かあったのか?」
「……悪い」
 俺は目を閉じた。
「かおるのことは、今は……」
「……そっか。じゃ、何も聞かねぇよ」
 七海はそう言って、ベッドの俺の脇に腰を下ろした。
「でも、お前が倒れたって聞いて、あいつすごく心配してたぜ」
 ……かおるが?
 顔を七海に向けると、タオルが額からずり落ちた。
「こらこら、動くんじゃないよ」
 ぐいっと顔を上に向け直させられ、タオルをべしっと額に押しつけられる。
「お前を運び込んでからかおるに知らせたら、慌ててここに飛んできてさ、あとはあたしがみてるからって追い返されちまったんだよ」
 七海はそう言って肩をすくめた。
「あいつ、ついさっきあたいが来たら、まだここにいたからなぁ。どうやら徹夜してみてたみたいだから、ちょっと休んでこいって追い返したとこだったんだ」
「……」
 と、ドアが開いて涼子さんとよーこさんが入ってきた。
「恭一くんが倒れたんですって?」
「あ、涼子さん。こいつ、熱があるみたいでさぁ」
 涼子さんは、ベッド脇に屈み込んで、心配そうに訊ねた。
「大丈夫?」
「ええ。今日は休みだし、寝てれば治りますって」
「そう? あ、そうそう。確か部屋に風邪薬置いてたから、持ってくるわね。それから、何か栄養のつくものを……」
「あ、それならそこにおかゆが作ってあるぜ」
 七海がキッチンを指す。
「夕べのうちにかおるが作ったんだと思う。今朝来たらおいてあったし」
「それじゃ、私がおかゆ暖めますね〜」
 しゅたっと手を挙げて、よーこさんがコンロのスイッチを入れる。
「それじゃ、すぐに捜してくるわね」
 涼子さんはあわただしく部屋を出ていった。
 俺は、ベッドの上で体を起こした。
「おいおい、大丈夫か?」
「そこまで衰弱してないって」
 苦笑して、部屋を見回す。
「なら、いいけどな。お前に今倒れられちゃ困るんだよ。そうなったら、あたいはまた力仕事に逆戻りだからな」
 そう言って、七海は立ち上がった。
「んじゃ、あたいは部屋に戻るよ。今日は早番だからな」
「……おう。世話になったな」
「倉庫整理1回でチャラにしてやるよ」
「へいへい」
 俺が答えると、軽く片手を上げて七海は出ていった。
 それとすれ違うように、涼子さんが入ってきた。
「はい、風邪薬持ってきたわよ。食後に飲んでね」
「すみません」
 それを受け取っていると、よーこさんが片手に鍋を持ってぱたぱたとやってくる。
「おわん、どこですか〜?」
「えっと……」
「ああ、私がやるから恭一さんは寝てなさいって」
 涼子さんがそう言って、キッチンの方に歩いていった。

 おかゆを食べて薬を飲んだ後、よーこさんと涼子さんは「お大事に」と言って出ていった。
 俺は横になっているうちに、いつの間にかうとうとしていた。


 うわぁぁぁん
 誰かの泣き声が聞こえる。
 そんなに泣くことないのに。
 俺は手を引きながら言った。
「大丈夫だってば」
 しゃくり上げながら、その子は俺の顔を見上げる。
「だって、ママがいなくなったのぉ」
「大丈夫だよ」
 根拠のない言葉を並べながら、俺はその子の手をぎゅっと握る。
「大丈夫だって」
「ひくっ……うん」
 その子は、涙のいっぱいたまった大きな瞳で俺を見ると、こくりと頷いた。

 ……。
 ぼーっとした頭で天井を見上げる。
 薬が効いてきたせいか、全身にべっとりと寝汗をかいていた。
 さっきのは……夢か?
 ……夢、だよなぁ。
 あんな小さな子の手を引っ張って歩いてた覚えなんて、全然ないし……。
 俺は思わず、布団から自分の手を出して、じっと見つめていた。
 ……小さな女の子だった……けど。
 それを見ていた俺の視点が、その女の子と同じくらいの高さだった。ってことは、俺も小さかったってことなのか?
 俺の小さな頃……。
 親父の転勤でずっと全国を渡り歩いてたから、小さな頃っていっても時期によってどこにいたかが違うしなぁ……。
「……ふぅ、やめやめ」
 俺は首を振って、布団から出た。タオルで首筋を拭く。
 どうやら、熱は少しは下がってきたらしい。朝ほど苦しくもなかった。
 そういえば、お腹も空いたな、と思って時計を見ると、ちょうどお昼過ぎだった。
 と。
 トン……トン
 ノックの音がした。
「はい」
 慌ててパジャマの衿を直しながら返事をしたが、ドアは開かない。
「……?」
 気のせいか、と思ってベッドに入り直そうとしたとき、また微かにノックの音がした。
 トン……トン
「どうぞ〜」
 声をかけたが、やはりドアが開く様子もない。
 俺はジャケットを肩にかけて、ドアのところに歩いていった。そして、ドアを開く。
 そこには、知らない女の子が立っていた。
 青い、肩で切りそろえた髪をヘアバンドで留めたショートカットが印象に残る。っていうか、俯いてもじもじしているので、髪型が最初に目に入ったわけだけど。
「あ、あの……」
「……」
 もじもじしながら上目遣いに俺をちらちらと見ていたその娘に、俺はおそるおそる訊ねた。
「……どなたですか?」
「……へ?」
 その娘は、目を丸くした。やがて、そのまなじりがきりきりとつり上がる。
「あんた、本気で言ってる?」
 ……どっかで聞いたような声だな。でも……。
 なおもとまどった顔をしていると、その娘は右手の拳を握って、はぁっと息をはきかけた。
「なんなら、思い出すまでぶん殴ってあげるわよっ」
 その瞬間、俺の中で線が繋がった。思わず、指さして声を上げる。
「か、か、か……」
「……やっとわかったみたいね」
 俺は、ごくりとつばを飲み込んだ。
「かおるかぁっ!!」
「そうよ」
 かおるはふぅとため息をついた。
「まったく。まぁ、髪切っても気付いてもらえないよりはマシかも知れないけど……」
「でも、どうし……ックション」
 くしゃみをする俺をみて、かおるは慌てて俺の肩を押して反転させると、背中を押す。
「もうっ、なにやってんのよ! 病人はさっさと寝なさいよっ!」
「だれのせいだと……ックション」
「ほらっ、いいから!」

 俺は半ば強制的に部屋の中に押し戻された。
「ほらっ、とりあえずこれ被って座ってなさいっ」
 そう言って毛布を俺にかぶせると、かおるはベッドから布団を下ろすと、シーツを剥いだ。
「お、おい?」
「濡れたベッドなんかに寝てたら、治るものも治らないでしょっ! シーツの換えは?」
「あ、ああ、そのクローゼットの……」
「こっちね」
 言い終わる前にクローゼットを開けると、かおるは新しいシーツを出した。それを手際よくベッドに敷くと、くるくるっと角を留める。
「よし。あとは、布団ね」
 そう言うと、布団カバーも速攻で取り替えてしまうかおる。瞬く間にベッドメイクまで終わらせると、ポンポンと手を叩いた。
「できた、と。はい、どうぞ」
「お、おう」
 俺はのそのそとベッドに潜り込んだ。確かに乾いたベッドは、さっきまでの湿ったベッドとは心地よさに雲泥の差がある。
 俺がベッドに入るのを見届けてから、かおるはキッチンにとって返す。
「あ〜、やっぱり鍋焦がしてる〜。もう、しょうがないんだからぁ」
「いや、それは……」
 よーこさんがやったんだが、と言いかけたが、言い終わる前に畳みかけられた。
「病人は黙ってなさいっ! この分だとお昼もまだでしょ? すぐに作るからおとなしく寝てなさい」
「……ああ」
 とりあえず反論するだけ無駄なようなので、俺はおとなしく目を閉じた。
 と、トタタッと枕元に駆け寄る足音と、続いて額にぴたっと冷たい感触。
「ん?」
 目を開けると、かおるが額に何かを当てていた。
「これ、買ってきたの忘れてた」
「へ?」
「熱冷まし用のシートよ。濡れタオルよりもこっちの方が効果的だから。剥がしちゃ駄目よ」
 そう言って、キッチンに戻るかおる。
 確かに冷たくて気持ち良い。
 俺は、今度こそ目を閉じた。

「……ん?」
 また、うたた寝していたようで、目を開けると部屋の中が赤く染まっていた。
 時計を見ると、午後6時を過ぎている。……って、そんなに寝てたのか、俺は?
「……んにゃ……」
 小さな声が聞こえた。見ると、かおるがベッドに頭を乗せて寝ていた。
「……こいつ」
 俺は、かおるの頭に手を伸ばした。

「好きでもなんでもないんだから」

 ……そうだったな。
 俺はかおるの肩を掴んで揺り起こした。
「おい、起きろっ」
「……ん?」
 かおるはとろんとした目のまま顔を上げた。そしてふわぁとあくびをする。
「ごめん、寝てた?」
「ああ、がーがーいびきかいて寝てた」
「嘘ばっかり」
 くすっと笑うと、かおるは立ち上がった。そして、俺の額に張ってあったシートを剥がすと、ぺたりと手を当てる。
「……うん、熱下がったみたいね。それじゃ、あたしは帰るね。おかゆ作っておいたから、勝手に暖めて食べなさい」
「……ああ。サンキュ」
 俺は片手を上げた。かおるはドアのところまで来てから、振り返った。
「……あのね、恭一……」
「ん?」
「……ううん。また明日」
「……ああ」
 パタン
 ドアが静かに閉まった。

To be continued...

 喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く  Aシリーズへ続く

あとがき
 お待たせしました。2014の続きです。
 ま、とりあえずこんなところで。

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.23 00/5/21 Up

お名前を教えてください

あなたのEメールアドレスを教えてください

採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
よろしければ感想をお願いします

 空欄があれば送信しない
 送信内容のコピーを表示
 内容確認画面を出さないで送信する