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翌朝。
To be continued...
ドンドンドンドンッ
俺はドアが乱打される音で目が覚めた。なんだか久しぶりにこの音で目が覚めたような気がする。
……出来れば、二度と聞きたくはなかったが。
「恭一〜っ! 起きなさ〜いっ!!」
「やかましいっ!!」
怒鳴り返して、俺はベッドから飛び降りた。部屋を横切りドアを開けると、かおるが腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「ま〜た、寝てたんでしょっ! ホントにあたしがいないとダメなんだから……」
「……あのなぁ」
「しょうがないんだから、もう」
ため息を付きながら、かおるは俺を押しのけるように部屋に入ってきた。そして、テーブルにバッグを置くと、俺に訊ねる。
「で、身体の調子は?」
「え? あ、ああ。治ったみたいだ」
俺は腕をぐるっと回してみながら答えた。確かに、すっかり調子よくなっている。
かおるはほっと息をついた。
「まったく、心配ばっかりかけるんだから」
そう言いながら、キッチンの前に立つ。
「どうせ、朝ご飯のあてなんてないんでしょ? 作ってあげるから、ありがたく食べなさい」
俺はベッドに腰を下ろして、かおるに訊ねた。
「……なぁ、かおる。聞きたいことがあるんだけど」
「なによ?」
「どうしていきなり髪切ったんだ?」
初めて逢ったときからずっと見慣れてきたポニーテールじゃないかおるは、なんだか別人に見える。でも、喋ったり動いたりすると、やっぱりかおるで、それに俺は何となく違和感を感じていた。
「……別に。暑いから切っただけよ」
コンロに鍋をかけながら答えるかおる。俺に背を向けていたので、その表情は見えなかった。
と、くるっと振り返る。
「似合わない?」
「あ〜、いや、似合ってるけどさ」
「なら、いいじゃない」
またコンロに向き直ると、かおるは呟いた。
「気分、変えたかったし……」
「……そっか」
しばらく、沈黙が流れた。
鍋の中がコトコトと音を立て始めた頃、不意にかおるが言った。
「ねぇ、恭一……」
「ん?」
「えっとね……そのぅ……あたし、今まで、恭一のこと、なんていうのかな……、恋愛の相手として見たことなかったの……」
「……」
俺も、そうだ。
あの時、かおるが好きだって言ったのは、確かに俺だけど、その想いは、あの瞬間急に噴き上げてきたような気がする。その直前まで、俺もかおるのことを恋愛の相手として見てなかった。……のだと思う。
あの告白以来、どうも自分自身がよく判らなくなってるから、断定はできないんだけど。
「だから、あの時、あたしびっくりしちゃって、なんて答えていいのかわかんなくて、あんな答え方しちゃったけど……。でも、恭一のこと、傷つけちゃったよね。……ごめん」
「……いや、俺は……」
「いいから、聞いて」
かおるは振り返った。俺は頷いた。
「ああ……」
「一昨日、寮に帰って、あたし落ち込んでたのよ。恭一に悪いことしちゃったな、って。そしたら、七海ちゃんが来て、恭一が倒れたって言うじゃない。本当にびっくりして、ここに来て、一晩恭一のそばにいて……。いろんな事考えたの……」
言葉を切って、かおるは天井を見上げた。
「それから、思ったの。もしこのまま恭一が目を開けなかったらどうしようって」
「……縁起でもない」
「ふふ、ごめん。でも、その時はホントにびっくりしてたし、あたしも混乱してたから」
そして、かおるは俺に視線を向けた。
「それでね。やっぱりそうなったら悲しいなって思ったの。でね、えっと……」
かおるは、頬を真っ赤にして、俺に背を向けて鍋をかき回した。そして呟く。
「あたし、ずっと考えたけど、結局答えは変わらなかった……」
「え?」
「……もうっ、鈍いんだからっ!」
うなじまで真っ赤にして、かおるは言った。
「あたしも、やっぱり恭一のことが好きみたいだって言ってるのっ」
……え?
その瞬間、俺の頭の中も真っ白になっていた。
「……かおる、今、なんて?」
「もうっ! 二度も言わせないでよっ! あたしだって恥ずかしいんだからっ」
そう叫ぶと、かおるは鍋を乱暴にガシャガシャとかき混ぜた。
……って、それって、もしかして……。
「かおる、それって……」
「……うん」
手を止めて、かおるはこくりと頷いた。それから、振り返りながら言う。
「その……あんなこと言っておいて、ムシが良すぎる話だって思うけど……、えっ?」
その時、俺はかおるを抱きしめていた。
「き、恭一……?」
最初、身体を硬くしていたかおるが、ゆっくりと身体の力を抜いて、俺に体重を預けてくる。
「……本当に、いいのか?」
「……うん」
俺の質問にこくりと頷くと、かおるは俺の肩に頭を乗せた。そして、顔を俺に向けて、目を閉じる。
俺達は、自然に唇を重ねていた。
「……ふふっ」
ゆっくりと唇を離すと、かおるは微笑んだ。
「感謝しなさいよ。あたしのファーストキスなんだから」
「……ああ……」
その時、いきなりかおるの背後でぷしゅーっと鍋が蒸気を噴き上げた。
「きゃっ!」
「な、なんだっ!?」
俺達は抱き合ったまま飛び上がり、それから慌ててかおるがコンロを止めた。
「あ〜、びっくりした」
「馬鹿、気を付けろよな」
俺はかおるの頭に手を置いてくしゃっとかき回した。
「はぁい」
しおらしく頷くかおる。
「……へ?」
「なによ、その面食らった顔は?」
「いや、いつもと反応が違うんで……」
いつもなら、反撃のパンチの二発や三発は来そうなものだが。
「……莫迦。あ、やん。もう、いつまで触ってんのよっ」
くすぐったそうに身をよじるかおる。
「いや、いつもなら触らしてくれないからさぁ」
「もうっ。それくらい、いつでも触らせてあげるわよっ」
「じゃあ、別に今でもいいじゃない」
……誤解されそうだから言っておくけど、俺が触ってるのはかおるの髪の毛である。
「いやぁ、いい手触り」
「ちゃんとお手入れしてるもん」
しょうがないなぁ、という顔をして、かおるは再び俺に身を委ねた。その髪をさわさわしながら、俺は訊ねる。
「でも、どうしてまたいきなりばっさりと切ったわけ?」
「ん〜と、まぁ乙女の決心ってやつ」
かおるはそう言うと、短くなった髪に手を当てる。
「なんかまだ変な感じだけど、でも頭も軽いし、あたしは気に入ってるんだよ」
「そっか」
「もう、そっけないな。「似合うよ」くらい言ってくれても罰は当たらないんじゃない?」
ぷっと膨れるかおる。
確かに、活発な雰囲気のかおるにはショートも似合ってる。っていうより、本来のかおるはこうなんだという感じすらする。
「……似合うよ」
「えっ?」
「……な、なんでもない」
「あは、恭一照れてる〜」
「う、うるさいな」
「あはははっ」
「……へへっ」
俺達は、顔を見合わせて笑った。
朝飯を食って、夏休みの宿題をしていると、ドアが叩かれた。
ドンドン
「おーい、かおる、いる?」
七海の声だった。
「なんだろ? はーい!」
かおるが首を傾げながら返事をすると、ドアが開いて七海が入ってきた。
「お、何してんのかと思ったら、勉強かよ」
「真面目な学生だもん」
胸を張って答えるかおる。七海ははぁとため息を付いて、俺に言う。
「恭一も苦労するなぁ」
「わかってくれるか?」
「あのね、遊びに来たんなら、出ていってくれる?」
びしっとドアの方を指すかおる。七海はちっちっと指を振った。
「違うって。あのさ、12日から休みなのは知ってるだろ?」
「休みって、キャロットが? なんで?」
俺が訊ねると、かおるが白い目で見た。
「お盆よ、お盆休み」
「ああ、そういえばそういう行事もあったなぁ」
俺が頭を掻いて答えると、七海も苦笑した。
「ったく。まぁ、そんなわけで、12日から15日まで4日休みがあるんだけど、2人はなんか予定入ってる?」
「あたしは別に……」
「よしよし。恭一は?」
「俺も何も予定はないけど……」
俺が答えると、七海はぱちんと指を鳴らした。
「よっしゃ。それじゃ、お前らも一枚噛まない?」
「何に?」
かおるが訊ねると、七海は頷いた。
「ああ。実はさ、その休みを使って、更紗んとこの別荘に行こうって話になったんだよ」
「更紗ちゃんの別荘?」
更紗ちゃんといえば、押しも押されぬ日本有数のお金持ち、神宮司財閥のお嬢様だ。別荘の10軒や20軒持ってても不思議はないな。
「どこにあるんだ、その別荘とやらは?」
「伊豆の方だって。なんか海の側だって言ってたぜ」
うみですと?
「海? 行く行くっ!」
ぴょんと手を挙げるかおる。七海は俺に視線を向けた。
「恭一は?」
「お、俺は、その……」
「行くに決まってるわよ。はい、決定」
「こ、こら、かおるっ! 俺はだな……」
「あ〜、男がごちゃごちゃ言うんじゃねぇよ。恭一も行くってことにしとくからな」
七海はポケットから手帳を出すと、なにやら書き込んだ。
既にうきうきモードのかおるが訊ねた。
「他には誰が行くの?」
「とりあえず、更紗は言うまでもないとして、あと、よーこさんとあたいは確定。みらいは昨日話したら、親に聞いてくるって言ってた。志緒とさくらと翠さんにはまだ言ってねぇ。涼子さん、葵さん、美奈さん、縁の姉御は先約ありで不参加ってとこだな」
「よーし。恭一、それまでに宿題は全部終わらせるからねっ!」
うぉ、かおるが燃えている。
「……それにしても……」
七海は、ぱたんと手帳を閉じると、俺とかおるを見比べた。
「な、なんだよ、七海?」
「……お前ら、なんかあったのか?」
ぎく。
「な、なにをいうんだいななみくん」
「……恭一、セリフが思い切り棒読みよっ」
ツッコミを入れるかおるだが、そう言うかおるだって、耳まで真っ赤になっている。
七海は苦笑して頭を掻いた。
「ま、雨降って地固まるってやつか」
「な、なにをいうんだいななみくん」
「……恭一、セリフがさっきと同じよっ!」
「はいはい。んじゃな〜」
ガチャン
七海がドアを閉めて出ていってから、俺は大きくため息をついた。
「はぁぁぁぁぁぁ。まさか、七海に一発で見破られるとは思わなかった」
「それって、七海ちゃんに悪いわよ」
「それにしても……、はぁぁぁぁぁぁ」
もう一つ、ため息。
「なによ、その世界の終わりがきたみたいなため息は」
「お前、忘れてるだろ。覚えてて言ったんなら、容赦なく殴る」
「え? ああ、あんたが泳げないことくらい、すっかり忘れてたわよ」
……やっぱり容赦なく殴ろう。
そう思って拳を固めたところで、いきなりハリセンで頭をどつかれた。
「あんた、高校生にもなって泳げないなんて、マンボウに申し訳がたたないと思わないの?」
「なんだよ、それは?」
「第一、日本は島国よ。いざというとき泳げなくてどうするのよっ。そうね、まだ2週間はあるし……」
かおるの目がキラリと光った。そして、がばっと立ち上がると、びしっと明後日の方向を指さす。
「特訓よっ!」
「へいへい、がんばってくれ」
「あんたがするのよっ!!」
スパーン
制服に着替えて休憩室に入ると、ちょうどみらいちゃんと更紗ちゃんがお茶を飲みながらかりんとうを摘んでいた。
一瞬、あれ、と思って、すぐにウェイトレスの制服が替わったことを思い出す。
「へぇ、似合うね、2人とも」
「まぁ、ありがとうございます」
にっこり笑って頭を下げる更紗ちゃんと、赤くなってその後ろに隠れてしまうみらいちゃん。
俺は更紗ちゃんに言った。
「別荘のこと、七海から聞いたよ。俺とかおるも誘われたんだけど、いいの?」
「はい、それはもう」
笑顔で頷く更紗ちゃん。
「あ、あの、そのっ……」
みらいちゃんが何か言いかけたところで、ドアが開いてかおるが顔を出した。
「あ、更紗ちゃん、みらいちゃん、おはよっ」
「……」
きょとんとしてかおるを見る2人。そういえば、昨日は休みだったから、この2人が髪を切ったかおるを見るのは初めてなんだ。
更紗ちゃんが口を開いた。
「あの、もしかして、かおるさん、ですか?」
「うん、そう」
かおるが頷くと、更紗ちゃんはぽんと手を打った。
「あら、まぁ。すっかり見違えてしまいました〜。ねぇ、みらいちゃん」
「は、はい。えっと、その、とっても、綺麗です……」
「あはっ、ありがと、更紗ちゃん、みらいちゃん」
はにかむように笑うかおる。ちょっと髪の端をいじりながら、照れている。
「えっと、まぁ暑かったから、ばっさり切っちゃったんだけど」
「とってもお似合いですよ。ねぇ、みらいちゃん?」
「は、はい。私も、そう思います」
「あはは、ありがと。あ、そうそう。更紗ちゃん、別荘のこと、七海ちゃんに聞いたんだけど、あたし達も行ってもいい?」
……達って、既に俺は込みってこと?
更紗ちゃんは笑顔で頷いた。
「はい。何にもないところで申し訳ないんですけど、よろしければいらっしゃってください」
「うん、ありがとう。喜んで参加させてもらうね」
と、みらいちゃんがおずおずと訊ねた。
「あ、あ、あの、あの……、そそそれじゃ、き、恭一さんも、その、別荘に、行くんですか?」
「え? いや、俺はそのぉごぉうっ!!」
思い切り俺のつま先を踏みつけながら、かおるが笑顔で言う。
「もちろん。みらいちゃんも行くの?」
「えっ? わ、私は、パパが……その……」
口ごもると、みらいちゃんはちらっと俺を見た。
「そ、その、恭一さんも、行くん……ですよね?」
「まぁ、行かないといけないみたいだから」
ちらっとかおるを見て、俺は肩をすくめた。
みらいちゃんは深呼吸すると、ぎゅっと拳を握った。そして、言った。
「わ、わ、私も、行きますっ」
「まぁ、ありがとうございます」
更紗ちゃんは笑顔でみらいちゃんに頭を下げた。
だが、俺達は、その時みらいちゃんがどれほど勇気を振り絞ってそう言ったかを、まだ想像することは出来なかった……。
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あとがき
Sect.24-Aです。
AはAnotherのAですが、suffixでもあります。
かおるちゃんと恭一が一旦関係を白紙に戻した、というのがこれまでの話でしたが、どうにも不自然だ、君はF&Cの脚本家か、というメールをいくらかもらいまして、ちょっと愕然としてしばらく放り出してたんですが、このままではいかんな、と思いまして一念発起し、思い切ってこういう手段に出てみました。
というわけで、このAシリーズがこの先続くかは、感想次第です(笑)
Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.24-A 00/8/17 Up