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White Album Short Story #3
弁護士 観月マナ 1

殺意のシャンパングラス

翌朝、そんなわけで俺は問題の殺人現場となったホテルにやってきた。
……来たのはいいんだけど、さてどうしよう?
むやみに立派なホテルを見上げて、俺は思案した。
正面から入っていって、話が聞けるとも思えないし……。ここは、裏から入るべきかな?
うーん。でも、そもそも誰に聞けばいいんだろう?
俺が考え込んでいると、不意に入り口のほうで人の言い合うような声が聞こえた。俺はそっちに視線を向けた。
「なによ! 話を聞くだけだって言ってるでしょ!」
「お話することは、何もございません。お引き取りを」
ガードマンと、……女性だな。栗色のショートカットの、スーツ姿にサングラスの人が、もみあってる。
「だからぁ、あんたじゃなくて、従業員を出しなさい、従業員を!!」
「これ以上騒ぐようでしたら、警察を呼ぶことになりますよ」
ガードマンはそう言って、その人を突き飛ばした。
「きゃっ!」
その場に尻餅をついた弾みで、その人のかけていたサングラスが外れて飛んだ。そのまま、俺の足もとまで転がってくる。
ガードマンは、そのままホテルに入っていく。
「覚えてろぉ! あとでギャフンと言わせてやるからねっ!」
その人は、尻餅をついたまま拳を振り上げて叫んだ。それから、立ち上がる。
「ったく、思いっ切り突き飛ばして。いたたた……。……あ、あれ? サングラス?」
慌ててきょときょとする彼女に、俺は足下に転がっていたサングラスを拾い上げて、差し出した。
「あの、これ、落ちましたよ」
「え?」
その人は、俺を見た。あれ? どこかで見覚えがあるような……。
「あ、返してっ!」
一瞬その人の顔に見とれた隙に、その人は俺の手からサングラスをさっと奪い返した。そしてそれをかけると、じっと俺を見た。
「……見た?」
「は?」
「あたしの顔よ。見たのね?」
「は、はい」
確かに見たけど……。
その人は、ため息をついた。
「あっちゃぁ……。有名人は辛いわねぇ」
「有名人? あの……有名人なんですか?」
聞き返した俺に、彼女はキョトンと俺を見た。それから、ぷっと吹き出す。
「きゃははは、なんだ、判ってないんじゃん!」
「え?」
「でも、そんなに知名度ないのかな? ちょっとショック……」
「は、はぁ……」
「ま、いいわ。知らないんならそれに越したことないし。じゃ、ありがと」
そう言って、その人はスタスタと歩き出そうとした。それから、不意にお腹を押さえて、振り返る。
「ね、お腹空いたと思わない?」
「は、はぁ……」

……はっ?
俺はここで何をしているんだ?
不意に俺は我に返って、辺りを見回した。どうやら、ヤックの2階席のようだが……。
「どうしたの? いきなりきょろきょろして?」
その声に、俺は正面に向き直った。
「えっと……」
 俺の正面に座っていたのは、あの栗色のショートの娘だった。店の中だって言うのに、サングラスを掛けっぱなしにしてるのが、いかにも怪しい。
「あ、自己紹介がまだだったわね。私は、星香香奈。香奈ちゃんって呼んでいいわよ」
 そう言いながら、その娘はポケットから名刺を出した。俺はそれを受け取った。
「へぇ、フリージャーナリストなんだ」
「そ」
 彼女は胸を張った。う、なかなかでかい。……普段、マナちゃんとか由綺とか、ちょっと哀しいのばかり見慣れているから……。じゃない!
「で、何をもめてたの?」
「取材内容は守秘義務がありますので、お話しできません……。と言いたい所だけど、おごってもらってるし、ちょっとだけ教えてあげよっか」
 彼女は、悪戯っぽく声を潜めた。
「こないだ、あのホテルのパーティーで、中川巧ってアイドル歌手が急死した事件があったでしょ?」
 ドキッ
「え? あ、そうだったっけ?」
「さては芸能ニュースに詳しくないわね」
 彼女は肩をすくめると、指に挟んだポテトをぴっぴっと振った。
「ま、いいわ。でね、ここからが香奈ちゃんニュースなんだけどね。そのタクって中川のことなんだけど、どうも殺されたって話らしいのよ」
 今度こそ、俺は目を丸くした。
 彼が殺されたって事実は、今のところマスコミには完全に伏せられている。警察もプロダクションも、急性心不全とかいう事にしてたはずだ。
 それを、どうしてこの娘は知ってるんだ?
「あれ、どうしたの? 変な顔して」
 俺の表情に気付いたのか、彼女はポテトをくわえたまま訊ねた。
「あ、ううん、なんでもないよ」
「あ、そ。でね、何で隠してるのかっていうとね……」
 彼女は、さらに声を潜めた。
「彼を殺したのも、アイドルらしいのよ」
 ガシャン
 俺は思わず立ち上がり、コーラの入ったコップをひっくり返してしまった。あふれたコーラが香奈の服にかかって、彼女は悲鳴を上げた。
「きゃぁ! 何してんのよっ!」
「あ、ご、ごめん。これ使って」
 俺は慌ててハンカチを出して渡した。
「ったく、そんなにびっくりすること無いでしょうに……」
 ブツブツ言いながら服を拭いている香奈を見ながら、俺は考え込んだ。
 まずい。無茶苦茶まずくないか、それって……。
「ちょ、ちょっとごめん。トイレ行って来る」
 俺はそう言って、立ち上がった。
『それ、ホントなの?』
「ああ」
 俺は携帯電話に向かってぼそぼそっと言った。
 ヤックのトイレの洗面所で、俺はマナちゃんに香奈のことを報告していた。
「かなりのところまで掴んでるみたいだ。このまま放っておくと、マスコミに由綺の事が流れるかもしれない……」
『……ちょっと待ってて』
 そう言うと、マナちゃんは電話の向こうで誰かと話し始めたらしい。微かに声が聞こえてくる。
 ややあって、電話から声が聞こえてきた。
『もしもし、篠塚です』
「弥生さん?」
 俺は思わず聞き返した。確かに、マナちゃんは由綺について警察に行ってるはずだし、由綺のそばには当然弥生さんがいるんだから、マナちゃんのそばにいるって事にもなるんだろうけど……。
『観月弁護士から、話は聞きました』
 弥生さんは、いつも通りの静かな声で言った。
『その星香というジャーナリストは、もう由綺さんのことまで掴んでいるのですか?』
「判らない。けど、このままだと遅かれ早かれ、由綺まで辿り着くのは間違いないと思う」
 俺は思ったとおりに言った。
 電話の向こうで、弥生さんは一瞬黙った。それから、言った。
『藤井さん。私の指示に従っていただけますか?』
「……ああ」
 一瞬、返事が遅れたのはなぜだったのだろう?
 いずれにしても、弥生さんは気にする風もなく、言葉を続けた。
「お待たせ」
「遅かったわねぇ。あ、ひょっとして大きい方だったの?」
 香奈はそういうと、自分でケタケタと笑った。
「それより、さっきの話、もう少し聞かせてほしいな」
「なんだっけ?」
 紙コップにささったストローをくわえて、そらっとぼける香奈。
 俺は頭を掻いた。
「うーん。こうなったら、正直に言うけど、実は俺、その事件と、ちょっと関係あるんだ」
「ちょっと?」
 聞き返す香奈。
「うん。ちょっと」
 俺ははぐらかすように言った。香奈は、サングラスの奥の目を細めた。
「正直に言うって言ったでしょ? 全部隠さずに言いなさいよ」
「……でも、それには条件がある」
「条件?」
「ああ」
 指を立てて、俺は言った。
「一つは、俺がいいって言うまで、マスコミに情報を漏らさないこと。二つは、今後の調査に協力してくれること」
「……それって、そっちに随分有利な条件じゃないの」
 香奈は頬をふくらまして、テーブルに頬杖をついた。俺はにっと笑った。
「もしかしたら、スクープをものに出来るかも知れないぜ」
「ん……」
 少し考えて、香奈は右手を差し出した。
「判ったわ。その条件、飲みましょう」
「オッケイ」
 俺は香奈と手を握った。
 カランカラン
 俺と香奈は、場所を『エコーズ』に移した。ヤックでは、誰が聞いていないとも限らないので、俺がここに連れてきたのだ。……という弥生さんのシナリオ通りである。
 俺は店内を見回した。思った通り、客は居ない。
「マスター、コーヒー二つ」
 そう声を掛けて、俺は香奈を奥の席に案内した。
 しばらくして、マスターがコーヒーを運んできた。そして、俺と香奈をちらっと見て、カウンターに戻っていく。
 香奈がその背中を見送っていたので、俺は慌ててフォローした。
「あ、心配しないで。無口だけど、悪い人間じゃないから」
「うん……。それじゃ、話を聞かせてもらいましょうか?」
 香奈はメモ帳を出して訊ねた。
 俺は話しはじめた。
「……というわけで、ホテルの方を調べようと思って、出かけていった矢先に、君と会ったってわけ」
「は〜、なるほどぉ。犯人は森川由綺だったのねぇ」
「違っが〜〜う!! 何を聞いてたんだよ!」
「判ってる判ってる。冗談だってば、そんなにエキサイトしないでよねぇ」
 香奈はそう言うと、腕を組んだ。
「事件の臭いがプンプンするわぁ。トップアイドル森川由綺を陥れようと張りめぐらされた罠、かぁ」
「それで、意見を聞きたいんだけど……、ジャーナリストとしては、どこら辺から調査する?」
「そうねぇ……」
 香奈は腕組みしたまま、天井を見上げた。それから、立ち上がる。
「ホテルね。もう一度行ってみるわ。ほら、藤井も行くわよ!」
 ……いきなり呼び捨てかい?
 彼女は立ち上がってボックス席からでようとして、蹴躓いた。
「あいたぁ」
「店内でサングラスなんてかけてるからだよ。外したらいいのに」
「これは、し……香奈ちゃんの必須アイテムなの!」
 サングラスに手を掛けて言うと、彼女は立ち上がって歩きだした。
 ホテルの守衛は、香奈をみてウンザリしたように言った。
「またあんたか? いい加減に……」
「今度はひと味違うわよ」
 香奈はにっと笑うと、俺を指した。
「今度は弁護士を連れてきたんだからね!」
 俺は慌てて香奈に駆け寄った。その腕を引っ張って、小さな声で言う。
「違うよ! 俺は弁護士の手伝いで、弁護士じゃ……」
「細かな事をゴチャゴチャ言わないの!」
 小さな声で俺に言うと、香奈は向き直った。
「さぁ、今度は言うとおりにしてもらうわよっ!」
「弁護士だかなんだか知らないが、警察でも無い限り協力する義務はない」
 キッパリ言う守衛。
 と。
「それじゃあ、これならいいかなぁ?」
 不意にのんびりした声とともに、俺達のうしろからぬぅっと腕が突きだされた。その手には、黒革の警察手帳が掲げられている。
 俺は振り返った。
「長瀬さん……?」
「よぅ、藤井くん。今日は別の娘連れかい? いいねぇ」
 長瀬刑事は、俺に向かって、にやっと笑った。それから、守衛に尋ねる。
「それとも、警察にも協力してくれないのかなぁ、ここのホテルは」
「し、少々お待ち下さい!」
 慌てて、守衛はホテルの中に駆け戻っていった。
 香奈が俺に尋ねる。
「だれよ、このおじさんは?」
「警視庁の長瀬刑事さん。この事件の主任だよ」
「そう。よろしくな」
 長瀬刑事は、香奈にも笑いかけた。
 ホテルの会議室で待っていると、数人の従業員が入ってきた。最後に入ってきた男性が頭を下げる。
「お待たせしました。私が、パーティーの責任者の松井と申します。こちらが、パーティーで給仕をしておりました、久賀、納谷、曉間です」
 先に入ってきていた女の人が順番に頭を下げる。
 長瀬刑事が訊ねた。
「この4人だけ?」
「ええ、会場に出入りして食事を運んだのは、私を含めてこの4人だけでした」
「他にはいないのだね?」
「ええ。今回のパーティーは、芸能人の方が大勢出席なさっていられました。しかも、プライベートのパーティーということでしたので、必要最小限の人数を割き、他には情報を漏らさないように細心の注意を払いましたので」
「ははぁ。それじゃ、他には会場に出入りした人はいない、と」
「ええ」
 松井と名乗った男性はうなずいた。
「マスコミ関係者などが紛れ込みますと、皆さんにご迷惑がかかりますので、会場の入り口では私がチェックをしておりました」
「ずっと?」
 横から香奈が訊ねた。
 ちなみに、俺も香奈も別に名乗っていないのだが、彼等は俺達も刑事だと思っているらしく、別に態度を変えることもなく答えた。
「ええ。廊下から会場に通じるドアは、最後のお客さまが来られてから閉鎖させていただきました。ですから、通ることは出来なくなっていたはずです」
「閉鎖してたの?」
「はい。間違って他のお客さまが紛れ込むこともあるかも知れませんので、念には念を入れさせていただきました」
「ちょっと、部屋の配置図、もう一度見せてよ」
 香奈はそう言って長瀬刑事からこのフロアの部屋の配置図を取った。そしてうなずく。
「会場へのドアは全部で5つある、と。この廊下に直接通じる扉は、閉鎖してたわけね」
「はい」
 松井さんはうなずいた。
「鍵を掛けさせていただきましたから、そこから出入りすることは出来なかったはずです」
「こっちの扉は、控え室に通じてるわけね」
 彼女は右の方の扉を指した。
「はい。そちらに、出席者の関係者のみなさまが待機していらっしゃいました」
 関係者……、つまり、マネージャー達だ。弥生さんも事件のときは、ここにいたというわけだ。
「ここから、出入りは出来る、と」
「ですが、出入りはなかったと思います」
「どうしてわかるんです?」
 俺が聞くと、長瀬刑事が代わりに答えた。
「まず、関係者の人がパーティー会場に入れば、そりゃ目立つだろうな。すぐわかる」
「はぁ……」
 考えてみりゃそうだ。出席者はそれぞれ着飾ってただろうから、そこに平服のマネージャーが入り込んだら目立つこと受け合いだろう。
 とすると、その逆もまた正なり、か。
 控え室に着飾ってたアイドルが戻ってくれば、嫌でも目に付くだろう。
「じゃ、ここも出入りなし、ね」
 香奈はポケットから出したペンでその扉に×をつける。
 残る3つの扉のうち、2つはトイレだという。香奈はそこにも×をつけ、それから、そのペンで一番最後に残った奥の扉を指した。
「こっちは、従業員用の出入り口よね?」
「はい。料理や飲み物の出し入れはその扉を使っています。そこからは従業員用の通路に繋がっています」
「ふむ……。でも、あなた達以外の従業員は、絶対に入ってない、と?」
「ええ」
 松井さんがキッパリうなずいた。
「今回は特にチェックを厳しくしていますから、間違いありません」
「誰も、嘘なんて言ってないわよ」
 肩をすくめると、香奈はサングラス越しに従業員4人を見回した。それから、訊ねる。
「ドンペリは何本出したの?」
「前にもお答えしました通り、全部で4本です。ただし、最初の乾杯で、3本は空になっていました。4本目のドンペリニョンは、希望されたお客さまがいらっしゃいましたので、後で追加してお出ししたものです」
 俺は、一瞬息を飲んで、長瀬刑事をみた。
 長瀬刑事は、“そんなこと先刻承知”という様子だった。考えてみれば、松井さんが「前にも話した」って言ってるんだから、長瀬刑事は知ってるわけだ。
「念のために聞きたいんだけど、誰が、希望したわけ?」
 香奈が訊ねた。彼は答えた。
「森川由綺さんです。そもそも、そのドンペリニョンは、森川さんが持ち込んで、冷やしておいてほしいと希望されたものでして……」
「……」
 俺は、頭の中が真っ白になった気がした。
 問題のシャンパンは、由綺が持ち込んだものだって?
 香奈は、ペンで頭をトントンとつつきながら、訊ねた。
「森川さんに手渡されたわけ? これ冷やして置いて、私が言ったら持ってきてって」
「いえ、緒方プロの人からです。これは森川由綺のプレゼントだから、冷やしておいて、言われたら持ってきて欲しい、と。そうだよな?」
 と、松井さんは、従業員の娘(確か納谷って娘だったと思う)に訊ねた。彼女はコクンとうなずいた。
「いかにもそれらしい男の人だったし……」
「どこで受け取ったんです?」
「受付です。パーティーが始まる15分くらい前でした。私と久賀さんが受付をしてたんですけど、その人が走ってきて、もう森川さんは入ったかって聞かれたんです。5分くらい前に森川さんはお入りになられていましたので、そうお答えしましたら、シャンパンの瓶を鞄から出されまして、自分は緒方プロの者だが、森川さんに頼まれていたシャンパンを持ってきた。冷やして置いて、彼女の指示があったら出してくれ、と」
 松井さんが後を続けた。
「実は、こういうパーティーでは良くあることなので……。後から考えれば、ちゃんと確認を取るべきだったと思っていますが……」
「……かくて、毒入りシャンパンは運び込まれた、と」
 香奈は呟いた。それから長瀬刑事をちらっと見た。
 そうか……。警察は、もう毒入りのシャンパンがどうやって運び込まれたかは知ってたんだ……。
 視線を従業員達のほうに戻して、香奈はもう一度訊ねた。
「念のために聞くけど、そのドンペリは本当にその男が渡したドンペリなのね? 途中ですり替えられたとかいう可能性はないのね?」
「可能性は低いな。なぁ?」
 長瀬刑事が松井さんに相づちを求めた。頷くと、松井さんは説明した。
「シャンパンは、このフロアにある簡易冷蔵庫に入れてありました。冷製のオードブルなどをサーブする直前まで冷たくしておくためのものです。その冷蔵庫があったのは、ここです」
 彼は、地図を指した。
「フロアの中だったんですか?」
「ええ。ただ、我々もずっと冷蔵庫を見張っていた訳ではありませんから、すり替えた可能性は、無いとは言い切れませんが……」
「この場所……。あ、そうか。ここには樹がディスプレイされてたわね。その影になって、客には判らないようにしてあったってわけか」
 香奈が、その場所をペンでトントン叩きながら呟いた。それから、顔を上げる。
「それに、最初からドンペリが会場内の冷蔵庫に入る、とは予想できないでしょうしねぇ。万一、厨房に持って行かれちゃったら、すり替えるのはますます不可能だし……。とすると、やっぱり最初から毒が入ってたかぁ……。長瀬さん」
 不意に、彼女は長瀬刑事に尋ねた。
「ドンペリから指紋は出たっけ?」
「出てないよ。指紋はふき取ったみたいでねぇ、綺麗なもんだよ」
 あっさり答える長瀬刑事。香奈は唇の端に笑みを浮かべて、俺に視線を向けた。
「だってさ」
「!!」
 俺は、はっとした。昨日マナちゃんのした推理が、当たっていたんだ。
 犯行後、シャンパンの瓶は、真犯人によって、すり替えられたんだ……。
 香奈は松井さんに向き直って、訊ねた。
「森川さんがシャンパンを運んできて欲しいって頼んだの?」
「いえ、森川さんではなく、居村さんに頼まれました。居村さんが、森川さんがシャンパンを持ってきてって言ってたと、私に言いまして、私はあのシャンパンのことだな、と……」
「それは、いつ頃?」
「中川さんが倒れる、5分ほど前です。それで、私がテーブルに瓶を置いて、封を切ろうとしたのですが、居村さんが、森川さんはお話をしてるので、それが終わってから開けるように、と言われまして」
「居村?」
 俺は首を傾げた。
「居村五郎。ファイジングプロ所属で、死んだ中川巧とは同期よ」
 香奈が言うと、長瀬刑事に尋ねた。
「事情は聞いてる?」
「ああ。ただ、彼は当時かなり酔っていたようで、良く覚えてないの一点張りでねぇ」
 長瀬刑事は肩をすくめた。
 俺は直感していた。
 間違いない。居村五郎……。そいつが、真犯人だ。

to be continued

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