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白銀のMTB その3
翌朝。
To be continued...
カランカラン
重い頭を抱えて、エコーズのドアを開けると、「いらっしゃいませ」の言葉が俺を出迎えた。
「あれ? なんだ、冬弥か」
「なんだ、はねぇだろ。客に向かって」
「ま、いいけど。モーニング?」
勝手にカウンター席に座った俺に、彰は訊ねた。俺は頷いた。
「ああ。コーヒーは濃いので頼む」
「オッケイ。マスター、モーニングワン、コーヒーは濃く」
「……」
カウンターの奧にいたマスターは、いつも通り頷いて準備にかかった。
店内には他に客がいない。いつもながら、よくやっていけるもんだ。
「あ、ねぇねぇ、冬弥。聞いた?」
彰も暇らしく、俺の隣の席に座った。どうでもいいが、エプロン姿が似合いすぎだった。
「なんだよ?」
「昨日、また無差別殺人があったんだってさ。新聞で見たんだけど。怖い世の中だよね〜」
どうやら、ニュース速報を含めてはるかの名前は出ていないようだった。マナちゃんがあれから報道機関に電話をかけまくって、犯人が精神を病んでいる可能性があるので、プライバシーの関係上実名報道を控えるようにと“助言”してまわった甲斐があったようだ。
まぁ、普通なら無視されかねない“助言”だけど、相手が“あの”観月マナ弁護士だってことで、報道機関もそれに従ったらしい。
「怖いねぇ〜。犯人はまた精神異常者だったんだって? もしかしたら、俺達の回りにもいるかもしれないんだよね」
にこやかに言う彰。
その犯人が、はるかだって知らないから、そんなに暢気にしてられるんだよ、お前は。
そう怒鳴りたいのをこらえながら、出てきたコーヒーを飲む。
「あちち」
「なにやってんだよ。まだ寝惚けてるのかい?」
「うるせぇ。ちょっとあっち行って、マスターの相手でもしてろ」
「はいはい。おお、怖い」
わざとらしく言うと、それでも長い付き合いだけあって、俺が低気圧なのは判ったようで、彰は奧に引っ込んでいった。
俺はあらためてコーヒーを口にしながら、苦笑した。
彰に当たってもしょうがないんだよなぁ。
それにしても……。
と、俺の前にサンドイッチの乗った皿が置かれた。顔を上げると、マスターが一つ頷いて見せた。
「え? あんまり考え込むなって? 判ってますよ」
そんなに深刻な顔をしていたんだろうか?
思わず顔を撫でてから、俺は苦笑した。
と、店の電話が鳴りだした。彰が奧から出てくると、受話器を取る。
「はい、喫茶店エコーズです。……あ、はいっ、おはようございますっ」
いきなり、今までの物憂げな口調はどこにやら、はきはきした言い方に変わる。電話の相手はそれで予想が付いた。
「……えっ? 冬弥ですか? ええ、いますけど。……あ、はい。えっ? 今から来るんですか? わ、わかりましたっ。はい、お待ちしてますっ!」
そう言って電話を切ると、俺のところに駆け寄ってくると、がしっと手を掴む。
「冬弥っ! 美咲さんが今からここに来るって!」
「俺に話しでもあるって?」
「ま、そんなことも言ってたみたいだけど、どうでもいいや」
おいおい。
「あ、そうだ。掃除しなくちゃ、掃除!」
「こらっ! 俺がまだ飯食ってるんだぞっ!」
俺が叫んでも無視して、掃除道具を入れたロッカーを開けてモップを取り出す彰。
ったく、しょうがねぇヤツ。
俺は諦めて、埃が上がる前にコーヒーとサンドイッチを胃の中に納めることに専念した。
それからきっかり15分後、美咲さんがエコーズに入ってきた。
「美咲さん、おはようございますっ! ……どうしたんですか、顔色悪いみたいですけど……」
舞い上がりかけた彰だが、さすがに美咲さんの様子を見て、地上に戻ってきた。
それくらい、美咲さんは顔色が悪かった。まぁ、昨日の今日だし、はるかは美咲さんにとっちゃ妹みたいなもんだからな。多分、夕べは眠れなかったんだろう。
「ごめんね、彰くん。大丈夫。それより……」
そう言って店内を見回す美咲さんに、俺は片手を上げた。
「美咲さん、こっち」
「あ、冬弥くん」
美咲さんは、俺の横に座った。脇を素通りされた格好になった彰が、凄い目つきで俺を睨んだが無視する。
「どうしたんです?」
「うん。あれから、思い出したことがあったから、冬弥くんに知らせておこうと思って……」
そう言う美咲さんの前に、マスターがすっとコーヒーを差し出した。
「あ、ありがとうございます」
礼を言う美咲さんに軽く首を振ってみせると、元のようにグラスを磨き始めるマスター。うん、男のダンディズムってやつだ。
そんなことはどうでもいいのだ。
「で?」
俺は先を促した。早くそれを聞いた上で、美咲さんを休ませてあげないと、今にも倒れそうだったからだ。
「うん。昨日、あそこで見たんだけど……」
美咲さんは一息ついた。
「はるかちゃんが警察の車に乗せられたすぐ後、気になることがあったの」
「気になること?」
「ううん、気になる人、ね」
多分無意識に、湯気を立てるコーヒーカップを両手で包み込むようにしながら、美咲さんは言った。
「多分、冬弥くんや彰くんよりすこし年下、そうね、高校生くらいの男の子だったと思うんだけど……。他の人がみんな、はるかちゃんが乗せられた警察の車が走っていくのを見送ってる中、1人だけ現場をじっと見てた子がいたの」
「1人だけ、ですか?」
「ええ。私、何が起こったのかあのときは判らなくて、辺りをきょろきょろしてたら偶然目に止まったんだけど。それでね、その子が呟いてたの。……『また、間に合わなかった……』って」
「また、間に合わなかった?」
「ええ。すごく、……そう、沈痛っていうのかな、そういう表情で。でも、ちょっと目を離した間に、そう、1秒もなかったと思うんだけど、その子はいなくなってて……」
「……」
「ねぇねぇ、どういうこと? はるかになにかあったの?」
彰が割り込んできた。
俺は、答えようとした美咲さんを制して、昨日の無差別殺人の真相を俺の口から話して聞かせることにした。美咲さんに説明させるなんて酷だと思ったからだ。
「そ、そんな! どうしてはるかが!?」
案の定、彰は仰天していた。それから、俺につかみかからんばかりの勢いで訊ねる。
「どうして最初に教えてくれなかったんだよっ!!」
「俺だって職務上の守秘義務ってもんがあるんだっ!」
彰にはこういう言い方をするのがいいと判ってる。案の定、彰は「それも、そうだね」とあっさり矛を収めた。
それから、改めて俺は彰にも意見を聞いてみた。
こう見えても彰はミステリマニアで、古今東西のあらゆるミステリを読破している。前の由綺が巻き込まれた事件のときも、(結果的にはあまり役には立ってなかったが)色々相談に乗ってもらったものだった。
彰は美咲さんに尋ねた。
「もう一度聞きたいんですけど、その少年は、確かに『また、間に合わなかった』って言ったんですね?」
「ええ、私にはそう聞こえたけど……」
頷く美咲さん。
俺は訊ねた。
「それが重要なことになるのか?」
「ああ。まず、「間に合わなかった」っていう言葉。殺人が行われた後で、しかもその現場で「間に合わなかった」って言ったってことは、多分、その少年が殺人を止めることが出来た、あるいは少なくとも自分ではそう信じていたってことだよ」
「そうなのか?」
「ああ。しかも、過去に1度以上、それに失敗している。だから、「また」なんだよ」
「また? ああ、「また、間に合わなかった」の「また」ね」
「そういうこと。冬弥、僕が今朝、最初に冬弥に言ったこと、覚えてる?」
うーん。聞き流してたからなぁ。
俺の顔に、やっぱりなぁ、と言いたげな表情をして、彰は言った。
「また、無差別殺人が起きたよ、って言ったんだよ」
「……また? もしかして、彰」
「ああ。おそらく、今まで起こった無差別殺人は何か一本の糸で結ばれているに違いない。そしてその少年こそ、その糸を握る重要な参考人だ」
きっぱりと言い切る彰。
「すごいわ、彰くん」
「あ、いや、えっと、そんなことないですよ。あははっ」
美咲さんに誉められたとたん、今までの強気な態度はいきなり腰砕けになってしまった。……しょうがないヤツだ。
それより、彰の仮説が正しいとしたら……。
「マスター、モーニング代置いとくっ! 美咲さん、サンキュ!」
そう言い残して、俺はエコーズを飛び出した。
「……っていう情報を得たんだ」
事務所に戻った俺が報告すると、黙って聞いていたマナちゃんは、肩をすくめた。
「藤井さん」
「うん? 誉めてくれるの?」
「ば、バカっ!」
かぁっと赤くなると、マナちゃんは立ち上がって、ばんと机に手を付いた。
「誉めるわけないでしょ!! どこまでが事実でどこからが推測なのかよくわかんないわって言おうとしたのっ!」
「え? でも……」
「もうちょっと頭を冷やしなさいよね」
そういうと、マナちゃんはもう一度座り直すと、頬杖を付いた。
「でも、確かにちょっとおもしろい報告ではあるわね」
「だよね? それじゃ……」
「藤井さん、最近起こった無差別殺人ってヤツを調べてみてくれる? あたしは警察に行って来るから」
マナちゃんは再度、立ち上がった。
俺はウィンクして答えた。
「オッケイ。愛してるよ」
「バカっ!!」
ヅガァン
「うがぁっ」
思いっきりすねを蹴飛ばされて、俺はまた飛び上がる羽目になった。
カチャカチャカチャ
「……ふぅ、こんなもんかな」
キーボードをたたいていた俺は、大きく伸びをして、自分の肩をポンポンと叩いた。
時計を見上げると、もう午後3時だった。マナちゃんが出かけたのが10時過ぎだったから、それから5時間近くぶっ通しで調べてたことになる。
それにしても、事務所から出なくても新聞や雑誌の記事を調べられるなんて、インターネットっていうのも便利なものだ。お金かけてパソコンを導入した甲斐があったってもんだ。
もっとも、そのおかげで新しい人を雇うようなお金がなくなってしまったのだが。
それはさておき……。
俺はプリントアウトした調査結果にもう一度目を通した。
ここ2ヶ月で発生した通り魔による無差別殺人事件は4件。昨日のを合わせて5件、ということだ。犯人はいずれもその場で逮捕されており、現在精神鑑定中がそのうち3件。
起こった場所は、……首都圏が3件、あとは大阪と名古屋。
いずれも同じような時間帯に、同じような経緯で起こってる。共通性はあるって言えばあるんだが、いかんせんいずれも犯人が違うから、いわゆる「社会的な病理」みたいな取り上げ方こそ盛んだが、これらを直接結びつけるような見方をしている記事はなかった。
……こりゃ、やっぱり外れだったかなぁ。
ううっ、マナちゃんが怒る顔が目に浮かぶ。
苦笑して、俺はレポートをとんとんとまとめた。
と、不意に電話が鳴りだした。
トルルル、トルルル、トルルル
俺は受話器を取って、答える。
「はい、観月法律相談事務所ですが」
「あの、昨日の無差別殺人のことでお話ししたいことがあるんですけど……」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、若い少年の声だった。
もしかして……。
「多分、冬弥くんや彰くんよりすこし年下、そうね、高校生くらいの男の子だったと思うんだけど……」
俺は受話器を持ち直した。
「君の話、聞かせてくれないか?」
あとがき
そういえば、WHITE ALBUMは未だにオールクリアしてません。美咲先輩の途中で止まってます。
うーん、なんとかせねば、と思いつつロマ剣2をプレイ中(爆笑)
銀色のMTB その3 2000/1/9 Up