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White Album Short Story #6
弁護士 観月マナ 2

白銀のMTB その4

 チン
 俺は受話器を置いた。
 ううむ、困った。
 マナちゃんに連絡を取ろうとしたのだが、あいにく電波の届かないところにいるらしく、携帯にいくらかけても(ちなみに3回掛け直したのだが)捕まらなかったのだ。
 手元のメモ帳にもう一度目を落とす。
 『午後4時 駅前 喫茶Honey Bee』
 壁にかかった時計の針は、3時50分を過ぎようとしている。ここから駅前までは、走っても10分はかかるだろう。もう、タイムリミットだ。
 こうなったら仕方ない。
「しょうがないな」
 ため息をつくと、俺はメモを一枚破くと、メッセージをしたためた。

「いらっしゃいませ」
 自動ドアが開くと、眼鏡をかけた可愛いウェイトレスの娘が頭を下げる。
「おひとりですか?」
「えっと……」
 よく考えると、待ち合わせと言っても向こうの顔も判らないんだった。
 店内はほどよく混んでいて、電話を掛けてきたとおぼしき高校生くらいの男も何人もいる。
 俺が戸惑っていると、ウェイトレスの娘は怪訝そうに俺を見た。
「お客様?」
「あ、ごめん。えっと、待ち合わせしてたんだけど……」
「あっ、こっちこっち!」
 不意に、奧の席で赤い髪の少女が立ち上がると、こっちにむかってぶんぶんと手を振った。
 店内の視線が一斉に俺に突き刺さる。
 俺は思わず後ろを見たが、誰もいない。ということは、俺? でも、随分馴れ馴れしいけど、見覚えのない娘だな……。
「もうっ! こっちだって言ってるでしょっ、藤井冬弥さんっ!!」
 ……どうやら、俺をご指名で間違いないようだった。
「あちらのお連れ様ですか?」
「……そうみたい」
「判りました。後ほど注文をお伺いに参りますね」
 にっこり微笑んで、ウェイトレスの娘はカウンターの方に戻っていった。
 うーん。エコーズもあんな娘を入れたら、もう少し儲かるんだろうなぁ。でも、あのマスターがそんなことするとも思えないが。
 そう思いながら、俺は奧の席に向かった。
 俺が自分の方に向かうのを見て女の子が声を上げなくなったので、客達の視線が興味を失って逸れてくれたのは、もっけの幸いだった。

 奧のテーブル席にいたのは、赤毛の女の子と、それと向かい合わせに座っている少年だった。二人とも高校生くらいに見える。
 俺が席の所まで来ると、女の子が立ち上がって、男の子の隣りに移動した。
「どうぞ、藤井さん。こっちに座ってください」
「ちょ、ちょっと、沙織ちゃん……」
「いいからいいから」
 そう言いながら、男の子にピッタリくっつくように座る女の子。
 俺は苦笑しながら、その反対側、さっきまで女の子の座っていた席に座った。
「あ、ごめんなさい。そのジュースあたしのだから」
 そう言って、俺の前にあったジュースを引っ張り寄せると、ぺこりと頭を下げる。
「えっと、初めまして。あたし、新城沙織っていいます。それで、こっちが長瀬祐一くん」
「あ、はい。長瀬です……」
 長瀬って、エコーズのマスターと同じ苗字だな。
 そう思いながら、俺は頷いた。
「それじゃ改めまして。観月法律相談事務所の藤井冬弥です。えっと、電話をくれたのは、そちらの長瀬くん、だね?」
「あ、はい」
 頷く少年。と、ちょうどそこにさっきのウェイトレスがやって来た。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、ええと、コーヒーを」
「ホットコーヒーでよろしいですか?」
 聞き返されて頷くと、ウェイトレスは笑顔で頷いて、戻っていった。
 はきはきしてて感じのいい娘だな、とその後ろ姿を見送っていると、不意に視線を感じた。
 向き直ると、新城さんがじーっと俺を見ていた。そして、ぼそっと呟く。
「……おじさん、なんかエッチっぽい」
「さ、沙織ちゃんっ!」
 慌てて袖を引っ張る長瀬くん。
「そんなこと、思っても言うもんじゃないよ。失礼じゃないか」
「だってぇ……」
 新城さんがなにやら長瀬くんに言っていたが、俺の耳には入らなかった。
 ……おじさん、だって? 俺が、おじさん?
 そりゃ、確かにもう四捨五入すれば30だけどさ、まだ20代だぞっ。それをおじさん……。
 マナちゃんが聞いてたら笑い転げてたところだな。
 床をごろごろ転がりながら大笑いするマナちゃんを想像して、俺はなんとか平静を取り戻した。深呼吸してから話を切り出す。
「済まないが、マナちゃ……もとい、観月弁護士本人は今ちょっと忙しくて、ここには来られない状況なんだ。俺でよければ、話を聞かせてもらえないだろうか?」
 そう言いながら、俺はメモ帳をバッグから取り出した。そして、声を潜める。
「無差別殺人事件のことで、何か知ってることがあるんだって?」
「……ええっと、何から話せばいいのか……」
「まず、あたしから話をします」
 新城さんが、口ごもる長瀬くんを横目に見てから、切り出した。
「多分、本人よりもあたしから話した方が、わりとわかりやすいって思うから……。それでいいよね、祐くん?」
「うん。頼むよ」
 長瀬くんは、助かった、という顔でこくりと頷いた。
 新城さんは俺に視線を向けた。
「……“毒電波”って、聞いたことありますか?」
「どくでんぱ?」

 それから、新城さんの話したことは、およそまともな話とは思えなかった。
 人を自由に操る事が出来る、“毒電波”というものの存在。そしてその“毒電波”を使う事が出来る者がいるという。
 でも、一笑に付すにしては、新城さんの話はリアリティに富んでいた。
 それに、はるかが殺人を犯す理由が思い当たらない俺にとっては、まだそちらの話の方が頷けたというのも事実だった。
 だけど、やっぱり一般常識からはあまりにかけ離れた話だった。
「……でも、それを信じるには……」
 証拠が……、と言いかけたときだった。  ドクン
 心臓が、突然自分の意志を持ったように、いままでのリズムをかき乱した。血液が激しく身体中を駆けめぐり、頭の中にチリチリと刺激が走る。
 そう、それはあたかも、脳を直接、電気の粒が流れていくようなおぞましい感覚だった。
 チリチリチリチリ
 電気が、走る……。
 メモを取っていた右手が、勝手に動いて、メモ帳の上に文字を並べていく。
 “毒電波は、実在します”
 そして、ふっと、そのチリチリが消えた。
「……これが、“毒電波”です」
 長瀬くんが、静かに言った。
 俺は、メモ帳と長瀬くんを何度か見比べて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「い、今のは、君が……?」
「ええ。僕は“電波使い”です」
 そう言うと、長瀬くんは、視線を落とした。
「そして、今回の事件を引き起こした真犯人。彼も……」
「そういうわけなのよ」
 新城さんが明るく言って、ジュースを一口飲む。それから俺の表情を見て、軽く手をふる。
「あ、あたしは一般人だから。たまたま恋人が電波が使えるってだけで」
「こ、恋人って、沙織ちゃんっ!」
「あら、そうじゃないの。それとも祐くん、あんなことやこんなことまでしておいて……」
「そ、そうは言ってないよっ」
 かぁっと赤くなって俯く長瀬くんと、その長瀬くんの肩を笑って叩く新城さん。
 ……なんか、高校の頃の俺と由綺みたいだな。男女が逆だけど……。
 おっと、思い出に浸ってる場合じゃないな。
「とにかく話は分かったけど、どうして僕にそんなことをうち明けるんだい? そもそも、どうしてうちの事務所に連絡してきたんだい?」
 そう。まずそれが疑問だった。
 確かに由綺の事件のおかげで、観月マナの名前は結構知られるようになったけれど、無差別殺人の被疑者(つまりはるかのことだ)の弁護を引き受けた、なんてことは、別にマスコミに公表したわけでもないから、関係者以外は知らないはずだ。
 だが、その疑問はあっさりと氷解する。
「あ、おじさんに相談したら、そちらに連絡を取ってみたらどうかって勧められたんです。あ、おじさんって刑事をしてて、あなた方ともお知り合いとか……」
 そこで、俺はもう一人、『長瀬』という姓に心当たりがあることを思い出した。
「ああ、それじゃ、君は長瀬刑事の……」
「はい。甥にあたります」
 頷く長瀬くん。
 なるほど、そういうわけなら納得だ。
 俺は話を進めることにした。
「……長瀬くん、一つ確かめておきたいことがあるんだけれど。もしかして、君は昨日の殺人事件の現場にいたのかい?」
「……あ、はい。でも、何故それを……」
「いや、俺の知り合いがたまたま現場にいてね。高校生くらいの男の子を見た、って言うんだ。それが君じゃないかって思ってね」
 長瀬くんは、表情を改めると、頷いた。
「誰かが電波を使うと、ある程度の距離までなら僕には判るんです。それで……、無差別殺人が最近、立て続けに起こっていますよね」
「ああ。名古屋と大阪、そして首都圏で3件、だな。犯人はいずれもその場で逮捕されている……」
「真犯人じゃないけどね」
 新城さんが頷く。長瀬くんは話を続けた。
「名古屋や大阪はさすがに判らなかったんですけど、首都圏で起こった事件は僕にも判ったんです。その時に電波が使われたって。最初は電波が使われた、しか判らなくて、それが殺人に使われたってことは後でニュースを見て。それから気を付けていたんですが、2回も事件が起こったのに、防ぐことが出来ませんでした」
「君は、事件を防ぐことが出来るのか?」
「ええ。僕なら、犯人の発する電波に別の電波をぶつけることで、うち消す事が出来ます。でも、僕が現場に着いたときには、もう全て終わってしまった後で……」
 悔しそうに拳を握りしめる長瀬くん。
 俺は深呼吸して、頭の中で話をまとめた。そして訊ねる。
「……で、俺や観月弁護士に何をして欲しいわけ? 電波の存在を公表して欲しいのかい?」
「……いいえ。話しただけでは信じてもらえないでしょうし、かといって実際にやってみせるというのも……。そうなったらパニックが起こりかねませんし」
 長瀬くんはため息をついた。
 確かに、これはある種の超能力そのものだ。そんなものが存在するということが公表されたら……。
 でも、かといってこのままにしておけば、真犯人はずっと野放しってことになる。
「本当のところを言うと、僕たちも、もうどうして良いのか判らなくなって……」
「そうなのよね。いくら祐くんが電波が使われたのが判っても、それから行動してたらいつまでたっても間に合わないわけじゃない?」
 新城さんも肩をすくめた。
「それで、藁をすがったらこちらを紹介されたってわけなのよ」
「……うーん」
 俺は天井を見上げた。
「そんなこと言われてもなぁ。弁護士っていうのは法律が武器なんだ。でも、電波だのそんなオカルトっぽい話は法律の範囲外だからなぁ……」
 そのまま10秒ほど考えて、俺は結論を出した。
「君たち、今から時間はいいかな?」
「えっと、まだ大丈夫よね、祐くん?」
「うん、僕は大丈夫」
「あたしも、今日は遅くなるって言ってあるから」
「よし。それじゃ、事務所まで来てくれないか? そろそろマナ……じゃなくて、観月先生も戻ってきてるだろうし」
 俺はレシートを取って、立ち上がった。
 正直、俺には何をどうしていいのかわからなかったからだ。
「でも、観月先生は忙しいんじゃなかったんですか?」
「うん、そうなんだけど、君たちの話は、俺が対応できるレベルじゃないし、それに君たちも観月先生に直接話した方がいいんじゃないかと思ってね」
「了解っ」
 立ち上がって、ぴっと敬礼すると、新城さんは長瀬くんの腕を取った。
「そうと決まれば、急ぎましょ」
「あっ、ちょ、ちょっと沙織ちゃんっ」
 そのまま引っ張られていく長瀬くん。
 俺は、また由綺のことを思い出しながら、そんな二人の後を追って、喫茶店を出た。

To be continued...

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あとがき
 さて、お久しぶりのマナちゃんですが、……マナちゃん出番なしでした(苦笑)
 では、続きはまた1年後にでも(バ苦笑)

 銀色のMTB その4 2001/1/19 Up 2001/1/20 Update

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