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「……っ!!」
To be continued...
俺は飛び起きた。同時に、胸に痛みが走る。
「いてて……」
「お兄ちゃん、動いちゃだめだよ」
俺の肩を押さえる小さな手の感触。
「……知佳?」
「うん」
俺が眠っているうちに夜になったらしく、窓からは月の光が射し込んできていた。
「でも、良かった。お兄ちゃんが気が付いて……」
知佳は、そう呟くと、微笑んだ。
「わたし、随分心配したんだよ」
「ああ。みんなにも聞いたよ。ありがとな」
そう言って頭を撫でると、知佳はその手をぎゅっと掴んだ。
「お兄ちゃん……」
「……?」
「あっ、ご、ごめんね。お腹空いてない?」
不意に我に返ったように、知佳は立ち上がった。
そう言われると、お腹が空いてきたような気がする。まぁ、話によると2日もずっと眠り続けてたんだから、腹も減るわな。
「そうだな、そこそこ減ってる」
「それじゃ、何か作ってくるね」
知佳は立ち上がると、ドアを開けた。廊下の灯りが部屋に差し込んでまぶしい。
「お兄ちゃん、動いたらダメだからねっ」
「はいはい」
俺は降参の印に両手を上げて見せた。知佳は満足そうにうなずくと、今度こそ部屋を出ていった。
パタンとドアが閉まり、また部屋は暗闇に包まれる。
俺は、自分の胸に手を置いてみた。
俺の中にいる御架月。だけど、今はその存在はまったく感じられない。
でも、あいつの言ってたことは多分確かだ。
3本目の霊剣。それが愛さんを操っているんだ……。
と。
トントン、とノックの音がした。
知佳ちゃんが戻ってきたのかな?
「どうぞ」
俺が声を掛けると、ドアが開いた。
その姿を見て、俺は思わず息をのんだ。
「……」
「お久しぶりね、耕ちゃん」
緑のロングヘアを揺らして、彼女は微笑んだ。
幼なじみの妹で、昔の恋人で、そして今は……。
「瞳……」
「薫に聞いたのよ、あなたが死にかけたって。だからお見舞いに来たの。電気つけてもいい?」
「あ、ああ」
俺が頷くと、瞳は手を伸ばして電気のスイッチを入れた。
部屋が明るくなる。
「それじゃ、ちょっとお邪魔するわね。あ、お見舞いの品は薫に渡してあるから、後で持ってくると思う」
瞳は、勝手に俺の椅子に腰掛けると、声を潜めた。
「大体のところは、薫から聞いたけど、とんでもないことになってるんですってね」
「まぁな」
俺は肩をすくめた。
「それで、ちょっと調べてもらったんだけど、随分きなくさいことになってるみたいよ」
「何を誰に調べてもらったんだって?」
俺が聞き返すと、瞳はにこっと笑った。
「後輩の知り合いに、色々と変わった人がいるのよ。こう見えても、私も顔は広いんだから」
「へいへい。で、どんなことがわかったって?」
「あんまり大したことは判ってないけど、ここが2つの勢力に狙われてるってこと」
「2つ?」
「ええ。一つが、ここを地上げしようとしている連中」
……それは初耳だ。
俺の表情に気付いて、瞳はこくりと頷いた。
「ここの山って、愛さんが所有者なんでしょ? なんでも、その山をそっくり買って、何か施設を作ろうって動きがあるんだって」
「リゾート開発か? バブルの頃ならまだしも、今になって何を……?」
「ううん、少なくともそんな平和な話じゃないみたいよ」
瞳は、眉をひそめた。
「なんだか、表向きは病院を作るって話なんだけど……」
「病院? だって、病院ならもう……」
「ええ。風芽丘中央病院に海鳴大学病院と2つも立派な総合病院があるわ。それなのに、もう一つ作るって無茶苦茶な計画なのよ。でも、その計画は役所に承認された。どうやら裏じゃかなりの大きな組織が動いてるみたいだって、あの娘は言ってた」
「あの娘?」
聞き返す俺に、瞳は曖昧な笑みを浮かべた。それ以上はオフレコってことですか。
「それじゃ、もう一つっていうのは?」
「あなたのところにいる超能力者を狙ってる連中よ」
そっちの話は、リスティの話と大して変わりはなかった。しかし……。
「そこまで知ってるとはなぁ。瞳の後輩の知り合いとやらは大したヤツだな」
「まぁ、私の後輩の知り合いだからね」
えへんと胸を張ると、瞳はくすっと笑った。
そこに、ノックの音がして、知佳がお盆に小さな土鍋を乗せて入ってきた。
「お待たせ、お兄ちゃん! あっ、瞳さん、いらっしゃってたんですか」
「お邪魔してるわね、知佳ちゃん」
にこっと微笑んで手を振ると、瞳は腰を上げた。
「さて、と。耕ちゃんが生きてる事も判ったし、私帰るね」
「え?」
「また何か判ったら知らせるから」
そう言って、瞳は知佳とすれ違うように部屋から出た。
「……瞳!」
「え?」
振り返る瞳に、俺は言った。
「……ありがとな」
「どういたしまして。ちゃんと養生しなさいよ」
ウィンクして、瞳はドアを閉めた。
パタン
ドアの中には、知佳と俺が残された。
「お兄ちゃん……。えっと、食べられる?」
何か聞きかけて、知佳はやめた。それは、別に質問しなくても心が読めるからとかそういう理由じゃなくて、ただ聞かない方がいいと思ったからだろう。
俺は苦笑した。
「知佳は、優しいな」
「誉めても何も出ないよ〜」
くすぐったそうに笑うと、知佳は机にお盆を載せた。
と、ドアの外で声が聞こえた。
「千堂、何しとるん?」
「えっ? あ、えっと、な、なんでもないっ。私もう帰るねっ!」
パタパタパタッ
足音が小さくなっていき、ノックの音がした。
「はぁい」
俺が返事をすると、薫が顔を出す。
「耕介さん、気がついたって聞いて」
「ああ、ありがと」
俺は片手を上げた。それから聞きたかったことを訊ねる。
「で、愛さんのこと、何かわかった?」
「……」
薫は、こくりと頷いた。
「聞かせてくれ」
俺は体を起こそうとした。途端に胸に痛みが走って、顔を顰める。
「……つつ」
「あっ、お兄ちゃん、無理しちゃダメだってば!」
慌てて知佳が俺の肩を押さえる。薫が小さな声で呼んだ。
「十六夜っ」
「はい」
十六夜さんが、ふわりと姿を現すと、俺の方に近寄ってきた。そして、手を伸ばす。
「あ、お兄ちゃんはここだよ」
知佳がその手をとって、俺の位置を教える。
「ありがとうございます、知佳様」
十六夜さんは礼を言うと、俺の胸に手をかざした。
その手がぼうっと光ると、俺の胸の痛みがすっと引いていく。
神咲一灯流に伝承されてきた、霊剣十六夜。俺の中で眠りについている御架月ことシルヴィの実の姉である。元々は人間だったが、数奇な運命の元に、今は神咲家に代々400年余りに渡って伝えられてきた霊剣となっている。
「ありがとう、十六夜さん」
「いえいえ」
十六夜さんはにこりと笑った。
様子を見ていた薫が、すっと進み出てくる。
「耕介さん、大丈夫です?」
「ああ。それより……」
俺の言葉に、薫はこくりと頷いた。
薫の話によると、問題の霊剣はやはりその神主が持ってきたものだそうだ。
「神主さんは、愛さんに私が戻るまで待つように言われて、待っていたんだそうです。ただ、その時から愛さんは顔色が芳しくなかったと」
それは、みなみちゃんや美緒の話とも一致する。
「でも、顔色が悪い以外は、いつもの愛さんだったそうで……。それが、ちょうど時間的に、私たちが戻る直前くらいに、突然様子がおかしくなったんです……」
「おかしく?」
「……ええ。その直前まで、神主さんと他愛のない世間話ばしよったとです。それが、急にその剣を掴んで、抜いた、と。それまで、その剣は、神主さんを含め、他の人には、どうしても抜けんかったとに、です」
「剣を抜いた?」
「はい。おそらく、その時にはもう……憑かれとったとでしょう」
薫は表情を曇らせた。
「……珍しかことでは、なかです」
「愛さんが、突然その剣に乗り移られたことが?」
「はい。基本的に霊剣は物憑き、つまり霊がその物に取り憑いているわけですから、その霊が今度は人に乗り移ってしまうことも、よぅあることです」
現に、霊剣御架月も、薫に乗り移って散々大暴れしたことがある。
「それと……、霊でも相性っちゅうんがあります。多分、愛さんはたまたまその霊剣に憑いとるんと相性が合ってしもうたんやと思います」
「で、その剣について何かわかったの?」
知佳ちゃんが訊ねた。薫は首を振った。
「今、神咲ん者ば総動員して当たらせとるんやけど、まだ……。今のところ判ったのは、その霊剣の出所だけ」
「霊剣の出所?」
俺は訊ねた。薫は頷いて答える。
「あ、はい。とある刀剣マニアの国会議員が古物商から買ったのですが、それから何かと身内に不幸が起こるようになったので、神社に奉納したもんやそうです。で、神社の方で霊力を持っとることに気付いて、回り回ってきた、と。私が直接見たわけではなかですが、神主さんが改めたところでは、神咲の銘はなかったそうです」
「つまり、神咲一灯流とは関係ない霊剣だと……」
「多分……」
薫は頷いた。
「……八方塞がり、か……」
俺は呟いた。
と、知佳ちゃんが思い出したように言った。
「お兄ちゃん、雑炊作ってきたんだよ。一生懸命食べて、早く体直そうよ」
「……そうだな。腹が減っては、戦は出来ぬって言うしな」
無理矢理にでも笑顔を浮かべて、俺は頷いた。そして、机の上にある土鍋に手を伸ばすと、痛みが走った。
「……ててっ」
「あっ、もう、無理しちゃダメだってば。私が食べさせてあげるから」
知佳が苦笑して、立ち上がった。
翌朝。
腹一杯に食べてよく眠ったせいか、十六夜さんの治癒の成果か、目が覚めてみると、痛みはすっかり引いていた。
起きあがって、窓を開ける。
チュンチュン
雀の囀る声が聞こえてくる。
俺は大きく伸びをした。
さて、まずは風呂の追い炊きと、朝食の準備だな。
ドアを開けると、目の前を真雪さんがのぼーっと歩いていた。
「あれ? 徹夜ですか?」
「よ、おはようさん」
真雪さんはこっちに顔を向けた。うぉ、目が真っ赤に充血してる。
「ヤングロゼの締め切りだったんだよ。とりあえず風呂」
「あ、今から追い炊きしますから」
そう言って、俺は部屋のドアを閉めた。
久しぶりに作った朝食を前に、一人少ないさざなみ寮のメンバーが顔を合わせた。
いつもはうるさいくらいの食卓が、静かだった。美緒も真雪さんも、一言もしゃべらない。
それは、一つの椅子が空いているせいだった。
変わらない笑顔で皆を見守ってきた人がいないせい。
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あとがき
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