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……泣いている。
To be continued...
誰が泣いているんだろう?
「……ごめんなさい、ごめんなさい」
泣きながら、謝る声。
何を言ってるんだよ。あなたが謝ることじゃない。
「……耕介さん……」
その小さな体を抱きしめて上げたくて。
でも、俺の手は動かなくて。
それが悲しかった。
待ってて。すぐに行くから。
「……っ!!」
俺は、飛び起きた。その瞬間、胸にずきっと痛みが走り、思わず呻き声が漏れる。
「耕介さんっ!」
びっくりしたような声に、俺はそっちを見た。
「みなみ……ちゃん? ここは……」
部屋を見回す。……俺の部屋だ。
「よかった……。気が付いて、ほんとに良かった……。ぐすん」
ベッド脇で泣いているみなみちゃん。
何があったんだ……?
あっ!
その瞬間、俺は思い出していた。
刀を持って俺に襲いかかってきた愛さん。そしてその一撃が俺の胸を貫いたことを。
「あっ、私みんなに報せてきますっ!」
俺が聞こうとしたとき、みなみちゃんは腕で涙を拭って飛び出して行ってしまった。ばたんと閉まったドアの向こうから、みなみちゃんの声が聞こえてくる。
「大変〜〜っ! 耕介さんが、耕介さんがぁっ!!」
俺は、パジャマのボタンを外し、胸に包帯が巻かれているのを確かめた。……ってことは、あれは本当にあったことなのだろう。
と、いきなりドアがばたんと開いた。
「耕介がくたばったって!?」
「誰がですか」
ドアを開けた真雪さんは、俺が答えたのを見て、その場にへなっと腰を下ろした。
「なんでぇ、岡本め、びっくりさせやがって……」
「だって、耕介さんが、耕介さんがぁ」
「気が付いたって、ちゃんと付けろっ!」
ぽかっとみなみちゃんの頭を叩くと、真雪さんは立ち上がってベッドにやって来た。
「で、大将、調子はどうなんだ?」
「傷は痛みますけど、ま、なんとか動けそうですよ。それより、愛さんは!?」
「愛さんは……」
暗い表情で俯くみなみちゃん。
「耕介さんに怪我させた後、そのままどこかに行っちゃったままなんです……」
「くっ!」
起きあがろうとする俺を、真雪さんが押さえつけた。
「馬鹿野郎! 怪我人は大人しくしてろってんだ!」
「でも、愛さんが……」
「てめぇがじたばたしてどうにかなってんなら、とっくに叩き起こしてる!」
真雪さんに怒鳴りつけられて、俺はすっと全身から力が抜けるのを感じた。
何もできないことに、無力さを感じて、拳を握りしめる。
どれくらいそうしていたのか。
俺が、少なくとも外見上は落ち着いたのを見て、真雪さんは俺から手を離すと、壁にもたれかかって煙草をくわえた。
「ったく、丸々2日間も気ぃ失ってたんだ。もうちょっと大人しくしてろ」
「2日間!? それじゃ、愛さんはもう2日間も……?」
「ああ、行方知れずだ」
頷きながら、ポケットを探っていた真雪さんは、ライターがないことに気付いて、くわえていた煙草をくしゃっと握り潰した。
「一応、警察やらにも捜索願い出したけど……、多分見つからねぇ。あれは、警察の手に負えそうなことじゃねぇよ」
俺はあの日のことを思い出していた。
俺が薫達を迎えに行くまでは、ちょっとミニのことで落ち込んでたけど、いつも通りの愛さんだったんだ。
俺がいないうちに、何があったんだ?
「……ああ、あの日のことな。それが、あたしにも何がなんだかよくわかんねぇんだよ。何しろ、あの日は知佳を連れて帰ってからは、ずっと部屋で原稿やってたんでな」
肩をすくめる真雪さん。でも、その表情に、いつもの人をくったような笑みがない。
みなみちゃんが言った。
「えっと、耕介さんが出かけてすぐにお客さんが来たんです」
「お客さん?」
「はい、なんだか偉そうなおじさんと、あと何人か若い人でした。えっと、全部で5人だったと思います。その人達、愛さんに話があるとかで、リビングでしばらく話をして、それから帰っていきましたけど……」
みなみちゃんは俯いた。
「なんだか感じの悪い人達でした」
「あ〜、こーすけ、生き返ったのかぁ〜」
美緒が、開いていた窓からするっと入ってきた。そして、持っていたちくわを俺に渡す。
「柄にもなく心配してしまったぞ。ほれ、食うのだ」
「サンキュ」
俺はちくわを受け取って、訊ねた。
「美緒も見たのか? その愛さんのところに来た客とやらを」
「嫌な臭いがしたから、あまり近づきたくなかったのだ」
美緒はぱたりと耳を伏せて言った。
「嫌な臭い?」
「うむ。あんな臭いは嗅いだことないのだ」
「うーん、どんな話をしてたんだろ? まぁ、いいや。それで?」
俺はみなみちゃんに訊ねた。みなみちゃんはこくりと頷いた。
「あ、はい。それからしばらくして、神主さんが薫さんを訊ねて来ました」
「神主さんって、あの神社の?」
「はい。その時、まだ薫さんは帰ってきてなかったので、愛さんがリビングでお茶を出してました。……あ、そういえばその時、愛さん顔色悪かったなぁ……」
「私もそう思ったのだ」
こくこくと頷く美緒。
「それから、私は庭でバスケの練習してたんですけど、暗くなったから部屋に戻ったんです」
「私も部屋で寝てたのだ」
「で、下でものすごい音がしたんだ」
真雪さんが後を引き取って言った。
「すごい音?」
「ああ。ドンガラガッシャァンって感じで。そうさな、昔、知佳がここの2階を全部吹っ飛ばしたときよりはマシだったかな」
「うむ。あれよりはマシだったぞ」
うんうんと頷く美緒。みなみちゃんははぇ〜っという顔をしている。
「知佳ちゃんがそんなことしたんですか?」
「ああ、あいつも昔は随分やさぐれてたからなぁ。ま、それはどうでもいい」
真雪さんが説明を続ける。
「で、さすがに何事かと思って下に降りてみたら、愛がリビングの窓をぶち破って外に飛び出してったんだ」
「神主ってのは? その人と愛さんが話してたんだろ?」
「ああ。目ぇ回してぶっ倒れてた」
「で、その時、車の音がして、玄関で話し声が聞こえて……」
なるほど、ちょうど俺達が帰ってきたってわけか。
そうすると、俺は庭に飛び出した愛さんと出くわしたっていうことになる。で、俺はそのまま刺されて意識を失った、ということか。
俺の顔を見て、頷く真雪さん。
「ああ、その後、あんたが刺されたところに、知佳とリスティが駆けつけたんだ」
「そういえば、リスティは……」
あの時、車の中で急に「危ない」と言って、瞬間移動して行ってしまったリスティ。あれは、愛さんのことだったのか?
「違う。愛のことじゃない」
その声に振り返ると、リスティが窓枠に腰掛けていた。
「ただいま、耕介」
そう言って、ぴょんと床に降りるリスティ。
「あ、お帰り。それより、愛さんのことじゃないって?」
リスティは知佳と同じく超能力者だ。俺の心を読むことなど造作もなくやってのける。おまけに、彼女は能力を使わないとそのパワーが体内に溜まって大変なことになるので、常に少しずつ使って放出する必要がある。その関係もあって、人の心を読んでしまうのはしょっちゅうだ。最初の頃は、そりゃ確かにちょっと嫌だったけど、最近は慣れてしまった。――リスティが気を使うことを覚え始めたってこともあるけど。
「ボクはそんなに無礼なのか?」
あう、また読まれてた。
「そ、それより」
「そうだね。耕介を追求するのは今度にした方が良さそうだ」
こくりと頷くと、リスティはベッドの傍らにあった椅子に腰掛けて、言った。
「あの時、ボクはさざなみ寮を何人かの男が取り囲んでいることに気付いたんだ。そいつらは……」
彼女はちらっと真雪さんを見て、言った。
「知佳を狙っていた」
「なんだって!?」
真雪さんは大股に部屋を横切って、リスティの襟を掴んだ。
「どういうことだ、リスティ!? なんで知佳が狙われる!?」
シュ
微かな音とともに、真雪さんに襟を掴まれていたリスティの姿が消え、すぐ横に現れる。それからシャツを引っ張って伸ばすと、言葉を続けた。
「TE−1のレベルが必要十分に達した。商品化の目処が付いたが、これ以上の研究は今のままでは難しい。従って、TE−1を確保し、研究所にてさらに強化させる必要がある。TE−1捕獲作戦を決行せよ」
「……」
真雪さんが、ぎりっと歯を噛みしめた。
俺は訊ねた。
「リスティ、今のは?」
「さざなみ寮を囲んでいた男の考えを読み取った」
なるほど。で、そいつらに先制攻撃をかけたわけだ。リスティらしい。
リスティは、最近見せるようになった、はにかむような笑顔を見せた。
「大丈夫。殺してはないから」
「で、そいつらの言ってたTE−1っていうのが……」
「知佳のこと……だろうな」
真雪さんが、パシンと拳を手に打ち付けた。
「知佳に手ぇ出すようなら、あたしがぶっ殺す」
普段はぐうたらな生活を送る漫画家だが、こう見えて、実家の方は有名な剣道道場をやっているだけあって、真雪さんは剣の腕だけなら薫をも上回る。……めったにその実力は見せないけどね。
リスティは、真雪に視線を向けた。
「大丈夫。油断しない限り、知佳は捕まらないよ。今はボクが話したから、自分でも気をつけてる。それに、しばらくは来ないはずだよ」
「どうして判る?」
「イレギュラーな事態が発生したからね。愛さんのことは連中にとっても不測の事態だった。それに実働部隊がやられて、ボク達が警戒しているのも知っている。多分、しばらくは監視はしてても実力行使には踏み切らないだろう」
淡々と語るリスティ。
俺は、訊ねた。
「それより、リスティ。愛さんはどこに行ったんだ?」
「……ごめん」
リスティはうなだれた。
「ボクが周りの連中を片付けてたとき、知佳の声が聞こえた。……心の中で、知佳の悲鳴が聞こえたんだ。「愛お姉ちゃん、やめてぇっ」って。慌ててボクも行ったけど、その時にはもう耕介は刺されていた。心臓を貫かれていたんだ。すぐに処置しないと、そのまま耕介は死んでいた」
「リスティと知佳が、あんたの傷を念動力で塞いで、無理矢理心臓を動かしてたんだ。で、そうやって保たせてる間に十六夜さんが傷を塞いだってわけ」
「……そっか。ありがと」
俺はリスティの頭を撫でたが、リスティは暗い表情のままだった。
「でも、そのために愛を追いかけることが出来なかった……。耕介の方が一段落したときには、もう愛はどこに行ったのかも判らなくて……」
「……それは、しょうがないよ」
俺はとりあえず話題を変えるべく、真雪さんに訊ねた。
「で、今は他のみんなは?」
「ゆうひは愛のことで警察に行ってる。薫は、神主のところ。知佳は理恵ちゃんのところに遊びに行ってる」
真雪さんが硬い表情のまま答えた。
そっか。理恵ちゃんのところといえば、確か大会社の重役さんで、ここへの送り迎えにも黒いリムジンが付いてくる。それを襲うなんてことはまずないだろうから安心だ。
「でも、どうして知佳ちゃんなんだ?」
ここにはリスティもいるのに、と俺は訊ねた。リスティはこくりと頷いた。
「確かに、発動できるパワーはボクの方が強い。でも、知佳には別の力がある」
「別の力?」
「知佳には、コンバーターとしての能力があるんだ」
「?」
俺は真雪さんに視線を向けたが、真雪さんも眉をひそめていた。
「なんだそれ? あたしは聞いたこともないぞ」
「人は、食べ物を食べて、それを体内で分解して栄養として活動する。ボクだってそれは変わらない。でも、知佳は違う。あの娘は大自然の力をそのまま体内に吸収できる」
「……それって、食べたり飲んだりする必要がないってこと?」
「もちろん、今は全ての栄養を大自然から吸収できるわけじゃない。でも、知佳は3日3晩はなにも食べなくても平気だって言ってたし、訓練さえ積めば……」
「その能力が欲しいってわけか」
真雪さんは、呟いた。
「マインドコントロールした兵士だって、食べ物はやる必要がある。その必要が無くなれば、効率的な軍隊にまた一歩近づくわけだ。欲しい連中はいくらでもいるだろうな」
「でも、あげない」
リスティが言うと、真雪さんは、初めていつもの笑みを浮かべて、リスティの短い銀髪をぐしゃっとかき回した。
「当たり前だろ、ぼうす」
「うん」
くすぐったそうにしながらも、リスティは笑った。
愛さんのことは、そうするとゆうひと薫待ちってことだな。
俺は窓から外を眺めた。山の緑が目に痛かった。
……今頃、どこにいるんだ、愛さん……?
と、玄関から声が聞こえた。
「ただいまぁ〜」
「あ、ゆうひだ。ゆ〜ひぃ〜、こーすけが甦ったぞ〜」
美緒がドアから顔を出して、大声でゆうひを呼んだ。
パタパタッと廊下を走る足音が聞こえて、美緒の上からゆうひが顔を出す。
「ほんま!?」
「よぉ」
俺が片手を上げると、ゆうひは綺麗な顔をくしゃっとゆがめた。
「よかった……。ホントによかったわ……」
「お、おい、ゆうひ?」
「ううっ、愛さんがあないなことになってしもて、耕介までこのままやったら、ホントにどないしようと思っとったんやで……すん」
すすり上げると、ゆうひは目元を拭って笑顔になった。
「ゆうひ、警察の方では何か新しい情報は無かったのか?」
腕組みして壁にもたれたまま、真雪さんが訊ねた。ゆうひは首を振った。
「あかん。警察の方もなんも掴んどらへん。ったく、何をぐずぐずしとんやろ……」
「……」
「あ、ごめん。そやね、耕介くんが一番心配なんやもんね……」
俺の顔を見て謝るゆうひ。俺は苦笑した。
「いや、いいって。さて、と」
ベッドから体を起こそうとすると、慌ててみなみちゃんが俺の肩を押さえた。
「ダメです! まだ動いちゃダメですよっ!」
「大丈夫だって。せめて夕飯作るくらいはしないと……」
「そんなこと気にせんで、今はゆっくり養生せなあかんよ」
「そういうこと。岡本」
真雪さんはみなみちゃんに声を掛けた。
「はい?」
「引き続き、この馬鹿の監視を命じる。ベッドから出ようとしたら、力ずくでも押さえ込んでおけよ」
「了解っ! 岡本みなみ、本気で見張りますっ」
びしっと敬礼するみなみちゃん。
「よし。それじゃあたし達は出て行くからゆっくり休め」
そう言って、真雪さんは、美緒の首筋を掴んでぶら下げると出ていった。
「わぁっ、何をするっ! 放すのだぁっ!」
「いーから、大人しくしてろっ! リスティも!」
「あ、うん。じゃ、耕介」
リスティはふっと姿を消した。
2人を見送ってから、ゆうひが「お大事に」といって、ドアを閉め、部屋の中は俺とみなみちゃんだけとなる。
……。
俺は天井を見上げて、ため息を付いた。
「耕介さん、きっと愛さんも無事ですよ」
みなみちゃんが、そう言いながら、俺の体に毛布を掛けてくれる。
「だから、今はゆっくり休んで、怪我を治さないと」
「……ああ、そうだな。ありがと、みなみちゃん」
「私には、こんな事くらいしか出来ませんから……」
ちょっと辛そうに言うと、みなみちゃんは椅子に腰掛けた。
目を閉じると同時に、急に睡魔が襲ってきた。意識が溶けて行く……。
「あれは、僕や姉さんとおなじ霊剣だ」
久しぶりに聞く声。そして目の前に、黒装束をまとった少年の姿が現れる。
「御架月……。いや、シンディと呼んだ方がいいか?」
俺の声に、少年は首を振った。
「御架月でいいよ。もう一つの名前には、辛い思い出しかない」
「……目が、覚めたのか」
俺の言葉に、少年は頷いた。
彼、御架月は、薫の持つ霊剣十六夜の実の弟だ。色々とあって、今まで俺の体の中で眠りについていたのだ。
「あの霊剣に君が貫かれた、その時にね」
御架月は静かに言った。
「あれは、邪悪だ。人を殺すことしか考えてない、呪われた剣。狂気の魂が宿っている。そして、その狂気は、その持ち主をも蝕んでゆく」
「……それじゃ、愛さんは!?」
俺は絶句した。
「そんな……」
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