しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜 第2部
第5章 Chasing "M" その6
「ひとまず、家に帰ろうか」
そう言って身体を起こそうとした瞬間、全身に衝撃が走った。
「!!」
「お兄ちゃま?」
花穂が、硬直した僕に気付いて、心配そうに訊ねる。
「あ、い、いや、なんでも……」
「なんでもないって風には見えないわよ」
保健室を出て行きかけていた三世院先生が、戻ってきて僕の身体に触れた。それから訊ねる。
「お家の方に連絡は取れるかしら? 車か何かで迎えに来てもらえれば、そうした方がいいわ。できなければ、私が送るんだけど……」
「いえ、それは」
「それには及びませんわ、先生」
僕よりも早く咲耶がそう言うと、バッグから携帯電話を取り出した。
鈴凛なら持ってるとは思ってたけど、咲耶も持ってたのか、と妙な感心をしている間にも、咲耶はボタンを押して耳に当てた。
「あ、咲耶です。はい。実は……」
三世院先生は、電話を掛けている咲耶や、ベッド脇から心配そうに覗き込んでいる妹たちをくるっと見回して、微笑んだ。
「いい妹さんたちね」
「ええ。僕の家族ですから」
僕が答えると、先生は僕に視線を向けた。
「家族は大切よ。しっかりね」
「はい」
頷くと、にっこり笑って先生は頷いた。
「よろしい。それじゃ、お大事にね」
「ありがとうございました」
僕が頭を下げると、先生は軽く首を振って、そのまま保健室を出て行った。
可憐がその後ろ姿を見送って、ため息をつく。
「ふぅ。三世院先生って、大人っぽくて、可憐、憧れちゃいます」
「花穂も、いいなって思います」
花穂もこくこくと頷く。
「お兄様は、三世院先生みたいな女の人がお好みかしら? それなら、私もお兄様のお好みに合わせてみせますわゥ」
そう言いながら、咲耶がベッド脇に戻ってきた。
「じいやさんに、迎えに来てくださいってお願いしましたから」
「悪いね、咲耶」
「いいえ。お兄様のためですものゥ」
咲耶はにっこり笑うと、僕の肩に手を回した。
「それじゃ、校門までご一緒に参りましょう、お兄様ゥ」
「あー、ずるい、咲耶ちゃんっ。可憐もお兄ちゃんのお手伝いします」
「ヒナもね、おてつだいするの〜」
やっぱり、予想通りの大騒ぎになってしまった。
「……そういえば」
どうにか校門までたどり着いて、門の前に座り込みながら、僕はふと気付いて訊ねた。
「保健室の戸締まり、どうしたっけ? 先生はもう帰っちゃっただろ?」
「あ。可憐、鍵掛けてきます」
そう言って駆け出そうとした可憐を、僕は呼び止めた。
「いや、大丈夫だよ、きっと」
「でも……」
「保健室といえば三世院先生の居場所よ? そこを荒そうなんて不心得者は、うちの学校にはいないわよ」
咲耶が肩をすくめてみせた。可憐もこくんと頷いた。
「そうですね。可憐も、そう思います」
「花穂も、同じです」
うんうん、と頷く花穂。
と、見慣れた車が向こうから走ってくると、目の前で停車した。そして、運転席から、じいやさんが降りてくると、僕たちに一礼した。
「お迎えに上がりました」
「兄や……。亞里亞ね、お迎えに来たの……」
「兄チャマ、チェキーっ!」
後部座席と助手席からは、亞里亞と四葉が顔を出す。
「亞里亞はともかく、四葉はどうして?」
「家に帰ったら、ちょうど2人が兄チャマをチェキしに行くところだったから、一緒に乗せてもらったデス!」
びしっとVサインをしてみせる四葉。
僕は苦笑して、身体を起こした。痛みが走るが、我慢して、じいやさんの開けてくれた後部座席に滑り込む。
バタン、とじいやさんがドアを閉めると、窓から咲耶が顔を出した。
「お兄様、あたしはみんなと一緒に、後からお邪魔しますね」
「ああ。途中で衛たちと逢えたら……」
「判ってますゥ」
僕にウィンクしてみせると、咲耶は運転席に乗り込んだじいやさんに頭を下げる。
「それじゃ、お兄様をお願いします」
「はい。では皆さま、また」
じいやさんも軽く頭を下げると、発車させた。
「わざわざすみません、じいやさんにまでご迷惑をおかけして」
「いえ。亞里亞さまのお願いでもありますから」
ハンドルを握るじいやさんは、軽く首を振った。
後部座席の僕の隣に座った亞里亞が、僕の手をきゅっと握る。
「兄や……」
「大丈夫だよ、亞里亞。すぐにもとに戻るから」
そう言うと、亞里亞はにっこりと笑った。
「うん、わかったの」
「それにしても兄チャマ、大丈夫デスカ?」
助手席の四葉が、身体を捻るようにして、後部座席に顔を向けた。
「ああ。動かなければ痛みもないからね」
「ううっ。四葉も、もっと兄チャマをチェキしてればよかったデス」
しょぼんとする四葉。
僕は苦笑した。
「みんな、大げさにしすぎだって。大体、こんなになったのは僕の自業自得なんだし」
「その通りです、兄上さま」
前を見たまま、じいやさんが言った。
「こうなることは、判っていらっしゃったのでしょう? それで、誰が一番傷つくと思っているんですか」
「……衛です」
そう答えて、僕は窓の外に視線を向けた。
春歌が追いかけてくれたけれど、衛は見つかっただろうか?
「兄上さま。皆さんが大切なことは判ります。ですが、鉢植えの花も大切だからと家に入れっぱなしにしていれば枯れてしまうものですよ」
赤信号で車を止めると、じいやさんはちらっと振り返った。
「これからは、気をつけてくださいませ」
「ええ。肝に銘じます」
「差し出がましいことを申し上げました。お許しください」
ちょうど信号が青に変わり、じいやさんは前に向き直った。
「ですが、私は……、亞里亞様には、幸せになって頂きたいのです」
「……?」
きょとんとする亞里亞。
僕は、そんな亞里亞の髪にそっと触れた。
「そうですね。僕も、そう思います」
亞里亞だけじゃなくて、みんな幸せになれればいいなぁ。
そう思いながら、僕は窓の外に視線を向けた。
「……あれ?」
車が家の前まで来たところで、僕は首を傾げた。
ドアの前に、何か白い固まりがあったのだ。
じいやさんも車を止めた。そして、くすっと笑った。
「兄上さま、あれは鞠絵さまでは?」
「鞠絵?」
聞き返す間に、じいやさんは車を静かに進ませた。
近づいてみると、確かに鞠絵と、鞠絵の飼っている犬のミカエルだった。というか、鞠絵がミカエルに埋まっているというか。
じいやさんは車を玄関前につけると、僕に言った。
「どうぞお降りください。私は車をガレージに入れてから、後で参ります」
「ありがとうございました」
僕は頭を下げてから、ドアを開けて外に出た。
カチャ、という音に、それまで頭を下げていたミカエルが、こちらに視線を向ける。
「やぁ、ミカエル。ご苦労様」
手を上げて言うと、ミカエルはくーんと鳴いた。
「チェキ、ミカエル! 久し振りデス」
「ミカエル〜」
僕の後から降りてきた2人がそれぞれに挨拶をすると、その声に気付いたのか、鞠絵が顔を上げた。
「う、うん……。あ、あら?」
ぼんやりと何度か目をしばたたいてから、僕に気付いて慌てて立ち上がる。
「あ、兄上様っ、ごめんなさい!」
「いや、いいって。それより、どうしたの? 急に来るなんて」
「あっ、はい。その……」
鞠絵はもじもじしながら、眼鏡の位置を直した。
「その、先生から外出許可を頂きましたので、兄上様にお会いしようと思って……。でも、ここに来たら鍵も閉まってるし、チャイムを押しても誰も出てこないから、誰か帰ってくるまで待っていようって思ったんですけど……、その、ついうとうとと……」
「外出許可かぁ。それじゃ、かなり良くなってきてるってことだね。よかったね、鞠絵」
僕がそう言うと、鞠絵はぽっと赤くなって、慌てて頭を下げた。
「あっ、ありがとうございます、兄上様」
「さて、それじゃ玄関先で話してるのも何だし、四葉、ドアを開けてくれないか?」
「チェキ!」
四葉は頷いて、ポケットに手を入れた。それから、慌てて全部のポケットをひっくり返し、最後にはぁ、とため息をつく。
「チェキ〜、鍵がないデス〜」
「あ、そっか。四葉は一度帰ってたんだっけ。それじゃ鍵は持ってないよね」
「うう、不覚デス」
かくんと肩を落とす四葉。
亞里亞が不安そうに僕の服の裾を掴む。
「兄や……、亞里亞たち、お家に、入れないの?」
「そんなわけないよ。えっと……」
僕はポケットをさぐって、あれ、と首を傾げる。
「僕の鍵もないぞ」
「チェキ!? これは兄チャマの鍵を狙った怪盗の仕業デスね! でも安心してください、兄チャマ! この名探偵四葉が、犯人をチェキっとチェキしますっ!」
こっちは持ってくるのを忘れなかったらしいルーペを取り出して叫ぶ四葉。
と、鞠絵が僕に尋ねた。
「兄上様は、学校帰りなんですよね?」
「え? あ、うん。ちょっとわけありでじいやさんに送ってもらったんだけど……」
「鞄はどうなさいました?」
鞠絵に言われて、僕は鞄を持ってないことに気付く。
「……あれ? 学校に忘れてきたかな?」
「とすると、鍵は鞄の中、ということはありませんか?」
言われて、僕は腕組みして考え込んだ。
「うーん、もしかしたらそうかも」
「きっとそうですよ」
笑顔で鞠絵がそう言ったとき、ガレージからじいやさんが戻ってきた。
「あら、みなさん、どうなさったんですか?」
「いや、実は鍵を鞄に入れたまま忘れたらしくて」
僕が頭を掻きながら言うと、じいやさんも苦笑して、鍵をポケットから取り出した。
「仕方ないですね。今度から気を付けてくださいね」
僕たちがようやく家に入ってから15分ほどして、鞠絵を交えてリビングでくつろいでいると、チャイムが鳴った。
「あ、可憐たちかな?」
「見て参りますね」
じいやさんが出て行き、すぐに戻ってきた。
「兄上さま、可憐さま達ですよ」
「お兄ちゃん、ただいまゥ」
後ろから可憐、そしてみんなも顔を出す。
「あら、鞠絵ちゃん? どうしてここに?」
いち早く、ソファに座った鞠絵の姿を見つけた咲耶が声を上げ、あっという間にみんなで鞠絵を取り囲んで質問攻めを始めた。
それが一段落するのを待つ間、僕はリビングを見回した。そして、春歌と衛の姿がないことを確認する。
とすると、まだ春歌は衛を捜している、というわけか。
僕は、いてもたってもいられずに立ち上がろうとした、が、途端に全身に痛みが走る。
「……くあ」
「お兄ちゃま?」
床に座ってみんなの話を聞いていた花穂が、僕の悲鳴にこちらを見た。
僕はどうにか笑顔を作った。
「あ、ごめん。なんでもないよ。それより咲耶」
「春歌ちゃんと衛ちゃんなら、途中では逢えませんでしたわ、お兄様」
さすが咲耶、僕の聞きたいことが判っているようだ。
可憐が、心細げな顔をする。
「衛ちゃん、大丈夫かな? 可憐、心配です」
「何かあったんですか、兄上様?」
みんなの顔を見て、鞠絵が僕に訊ねた。
隠しても仕方のないことなので、僕は全てを鞠絵に説明することにした。
「というわけなんだ」
「そうだったんですか」
鞠絵は、軽く唇を噛んだ。
「衛ちゃん、ショックだったんでしょうね。兄上様の為に、と思ってやったことでしょうから」
「うん、それはわかってる」
「……はい」
微妙な間を空けて頷くと、鞠絵は呟いた。
「せめて、どこに衛ちゃんがいるのか、判ればいいんですけど」
「うん……」
「わかるわよ」
「そうだな。わかれば……、ってうわっ!」
「きゃぁ!」
「アニキ、鞠絵ちゃん、反応遅いぞ」
僕と鞠絵の間に顔を突っ込んでいたのは、いつの間にかそこにいた鈴凛だった。
「りっ、鈴凛、いつからそこにっ!?」
「アニキが衛ちゃんに特訓されてる辺りから」
どうやら、僕たちが鞠絵に説明している間に、家に入ってきていたらしい。
話に夢中で気付かなかったんだな、と自分で納得していると、鈴凛は拗ねたように唇を尖らせた。
「あたしは可憐ちゃんよりは存在感あると思ってたんだけどなぁ〜」
「うう〜っ、そんなことないもん」
今度は可憐が拗ねそうになったので、僕は慌てて鈴凛に尋ねた。
「それよりも、鈴凛、衛や春歌のいる場所がわかるのかい?」
「うん、ちょっと待ってよ」
鈴凛は、肩から提げていたバッグから、コンパクトの様なものを取り出した。そして、その蓋を開けてみせる。
その内には緑色のスクリーンがあって、光点が映し出されていた。
「じゃーん! これこそ鈴凛ちゃんの新作、その名も……」
「ドラゴンボールレーダー?」
絶妙のタイミングでぼそっと言う鞠絵。びしっと固まる鈴凛。
知らないであろう雛子と亞里亞がきょとんとするなか、すきま風が吹き抜けていくのだった。
《続く》
あとがき
うわ、ここにきてヒロインの法則が(笑)
というわけで、すみません、もう1話伸びます。はい。
しすたぁぷりんせす 2-5-6 02/5/21 Up