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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜 第2部
第5章 Chasing "M" その5


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「いよいよ今日だね、あにぃ」
 朝日の中を並んで走りながら、衛が不意に言った。
「ああ」
「調子はどう、あにぃ?」
「ああ」
「うん、そうだよね。あにぃだもん」
「ああ」
 なんか全然会話になってないのだけど、衛は満足そうに頷いていることだから、いいとしよう。
 もちろん、僕の方は答えるどころではない、ということもあるんだけど。
 と、衛が前に視線を向けて、残念そうに呟いた。
「あ、もう家に着いちゃった」
 僕の方からすると、ようやく家にたどり着いた、という感じだったのだが。
 少し速度を緩めて、最後は軽く流す感じで、玄関先までたどり着く。……というのは衛で、僕はへろへろとたどり着いた、というところ。
 とはいえ、妹たちにあんまりへろへろなところも見せられないので、それなりに取り繕ってはいるんだけど。
「あっ、お帰りなさい、お兄ちゃん、衛ちゃん。えへっ、可憐、待ちきれなくてお出迎えです
「それじゃ、練習はここまでだね」
 そう言うと、衛は足を止め、深呼吸をする。
 僕もその場に座り込み、衛と同じように深呼吸した。
 うう、酸素が五臓六腑に染み渡る。
「……ふぅ。えっと、それじゃあにぃ、今日は頑張ってね」
「すぅ、はぁ。え? あ、ああ」
「ボク、学校に行かないといけないから、もう帰らないと」
 そう言いながらも、その場で立ち止まっている衛。
 どうにか呼吸を整えた僕は、それに気付いて衛に訊ねた。
「衛、どうしたの?」
「えっ? あ、な、なんでもないっ」
 ぶんっと一つ首を振って、衛はそのまま走っていった。
「……どうしたんだろ?」
「きっと衛ちゃん、寂しかったんだと思う」
 可憐が呟いた。
「寂しい?」
「だって、お兄ちゃんの水泳大会って今日でしょ? だから、それが終わったら、お兄ちゃんと衛ちゃんが一緒にトレーニングする必要も無くなっちゃうわけだもん」
「でも、別に、これでお別れとかそんなわけじゃないのになぁ」
「もう、お兄ちゃん判ってないんだからぁ」
 何故か膨れる可憐。僕は苦笑して、その肩にぽんと手を乗せた。
「きゃんっ、お、お兄ちゃん?」
 可憐はぽっと赤くなって、僕を見つめる。
 僕はそんな可憐に声を掛けた。
「ところで可憐、一つ聞きたいんだけど」
「えっ? な、なんですか?」
 赤くなったままの可憐にそっと囁く。
「いつからそこにいたの?」
「……可憐、最初っからいたもん」

 朝食を食べて、僕は可憐と、後から家に来た咲耶、そして春歌の3人と一緒に、学校に向かっていた。
 咲耶と可憐は、僕の前を歩きながら、なにやら話をしている。
「やっぱり、可憐ちゃんはお兄様へのアピールが足りないのよ」
「そ、そうですか?」
「ええ。あたしとしては助かるけど」
「さ、咲耶ちゃん、今なんて?」
「あはっ、冗談よ、冗談」
 笑うと、咲耶は振り返り、僕の腕を自分の腕で抱え込んだ。
「ね、お兄様
「ああーっ!」
 声を上げる可憐を無視して、咲耶はさらに身体を寄せて、微笑んだ。
 おおう、柔らかな感触が腕にっ!
「な、なんだい、咲耶?」
「うふふっ、何でもないの
「さっ、咲耶ちゃんっ!?」
 小悪魔的笑みを浮かべる咲耶と、その咲耶にビックリ仰天している可憐。
 あれ?
 僕は、後ろからしずしずと付いてきている春歌が、この状況でも何も言わないので、不思議になって振り返ってみた。
「春歌?」
「兄君さま」
 春歌は、僕の声に顔を上げた。その表情は、少し思い詰めたような感じ。ということは……。
「今日の水泳大会のことですが……」
 やっぱり、そうか。
 僕は、首を振った。
「その話は、昨日の晩もしたじゃないか、春歌」
「はい。ですが、やはり」
「春歌ちゃん、お兄ちゃんと何かあったの?」
 可憐が僕と春歌を見比べながら訊ねる。
「はい、兄君さまは……」
「春歌!」
 僕は大声を上げていた。
 腕に掴まっていた咲耶が、いつもの調子で僕に声を掛ける。
「お兄様、どうなさったんです?」
 その声で、僕は我に返った。
「……ごめん、春歌。声を上げるなんて、どうかしてたよ」
「いいえ。わたくしの方こそ、差し出がましいことを申し上げました。そうですね、兄君さまこそ大和男児ですもの。一度決めたことは決然として守る。わたくし、ますます兄君さまのことを……。ぽっ
 春歌は頬を両手で挟んで赤くなった。
 可憐が僕に視線を向ける。
「お兄ちゃん、昨日の晩って……?」
「なんでもないって、可憐。さて、そろそろ急がないと遅刻しちゃうな。行こう、みんな」
「ええ」
「お供いたします」
 すぐに頷いた咲耶と春歌。でも、可憐だけは、すぐに返事をしなかった。
 歩き出しかけたところでそれに気付いて、僕は振り返った。
「可憐?」
「あ、はい。ごめんなさい、お兄ちゃん」
 僕の声に、可憐は頷いて、駆け寄ってきた。
「可憐は、お兄ちゃんの言うことだから、信じます
「ありがとう、可憐」
 僕が礼を言うと、可憐はくすぐったそうに笑顔を浮かべた。
「えへへっ」
「それじゃ、改めて。行こう」
「はい、お兄ちゃん
「あっ、お兄様っ! もう、待ってっ!」
「兄君さま、背後はお任せくださいっ」
 相変わらず賑やかな、僕たちの登校風景だった。

 3人とは校庭で別れて、僕は高等部の昇降口に入って靴を履き替える。
 うちの学校は、こういう学校行事の日は、多少遅刻してもあまりやかましくは言われない。そのため、いつもならこの時間はごった返している昇降口も、今日ばかりは閑散としていた。
 妙に静かな昇降口で、靴を履き替えようと靴箱の蓋を開けたとき、不意に声をかけられた。
「おはよう。相変わらず妹さん達には甘いのね、俊一くん」
「あ、佐々木さん。おはよう」
 僕の後ろから昇降口に入ってきた佐々木さんは、上靴に履き替えると、僕に近づいてきた。
「結局、出るのね」
「水泳大会のこと? そうだね、やるだけはやってみるよ」
 そう答えると、佐々木さんは一つ深呼吸して、僕に尋ねた。
「あのね、一つだけ聞いてもいいかな?」
「うん、何?」
 靴箱の蓋を閉めながら聞き返すと、佐々木さんはもう一度息を吸った。そして、何故か辺りを見回してから、僕に向き直った。
「前に言ったよね? 俊一くんが大会に出るのは、俊一くんに力を貸している娘に報いたいからだ、って」
「まぁ、そんなところだけど」
「あのね、その娘って……、その、俊一くんの、えっと……」
 何故か口ごもって、佐々木さんは靴箱に手を付いた。空いてる方の手を胸に当てて深呼吸すると、僕に視線を向ける。
「恋人なの?」
「……は?」
 一瞬、何を言われたのか僕も判らなかった。頭の中で状況を組み立てて、ようやく理解すると、慌てて手を振る。
「ち、違うって。衛は僕の妹だし」
「えっ? い、妹さん、なの?」
 目を丸くする佐々木さん。
「うん」
 頷く僕。
 まぁ、血は繋がってないけど、妹なのは間違いないよな。
 佐々木さんは、大きくため息を付いた。
「なんだぁ。……よかった」
「へ?」
「あ、ううん、なんでもないっ。それじゃ俊一くん、教室に行きましょうか」
「う、うん……」
 なんかいきなり上機嫌になった佐々木さんは、鼻歌まで歌いながら歩き出した。僕は首を捻りながら、その後に続いた。

 午前中に初等部と中等部の遠泳が行われ、そして午後。
 いよいよ、僕たち高等部の遠泳の番だ。
 僕を交えた各クラスの代表が、プールサイドに出ると、歓声が上がる。
 左右に並んでいるのは、いかにも鍛えていそうな水泳部員達。どう見ても僕は場違いだった。
 改めてちょっと後悔しつつ、アナウンスに促されて、僕は他の人に合わせて飛び込み台に上がった。
 50メートルプールの両脇には、ぎっしりと観客が並んでいる。その観客には、高等部の生徒だけじゃなく、中等部や初等部の生徒も混じっている。ということは、つまり。
「お兄様〜っ」
「兄君さま〜っ!」
「お兄ちゃ〜ん!」
「お兄ちゃま〜っ」
「おにいたま〜っ」
「あにぃ〜っ! がんばれ〜っ!」
 うう、周りの男達の視線が痛い。
 僕は苦笑しながら、プールサイドの一角に陣取った妹たちに視線を向けて……。
 あれ?
 そこに、いるはずのない妹の姿を見つけて、僕は目を丸くした。
「……衛?」
 衛は、学校が違うんじゃ……?
「位置について!」
 スターターの声に、僕は慌てて、視線をプールに戻した。
「用意!」
 パァン!
 号砲と共に、僕はプールに飛び込んでいった。

 もうどれくらい泳いでいるんだろう?
 少なくとも、周りの選手からほとんど周回遅れにされているのは判ってるんだけど。
 10回目くらいで数えるのを止めてしまったターンをして、僕は再び手を動かした。
 プールサイドからの歓声も、水を通してくぐもって聞こえる。
 手も足も、ずっしりと重い。
 どれくらい手を回したのか、判らないくらいになって、ようやく、前の方に壁が見えてきた。
 足をばたつかせて、壁に手を付け、そしてターン。
 壁を蹴ったときの推力が水の抵抗で消えてなくなる頃合いを計って、手を回したときだった。
 びきっ
 変な音が聞こえたような気がした。そして、右手がそのまま、水を掻く力を失って沈んでいく。
 慌てて足をばたつかせようとしたけれど、もう足も言うことを聞かなかった。
 そのまま身体が沈んでいく。
 ごぼっ、と泡が口から漏れて、代わりに水が入ってくる。
 こりゃ、溺れたな。
 必死になって藻掻く身体とは裏腹に、妙に冷静に落ち着いて自分を見つめている、もう一人の自分がいた。
 そいつが、言う。
 ここで終わるわけには、いかないだろ?
 それはそうだ。
 僕には、大切な妹たちがいる。みんなを悲しませるわけにはいかないんだ。
 でも、そう思っても、身体がいうことをきかなかった。
 そのまま、意識がゆっくりと暗転していく……。

「……ん」
 目を開けると、白い天井が目に入った。
「……あれ? ここは……」
「あにぃ!?」
 声が聞こえた。そっちを見ると、衛が僕を覗き込んでいた。
「気が付いた?」
「あ、ああ……。そっか、僕は溺れたのか」
「そうよ」
 そう言いながら、白衣姿の三世院先生が僕の視界に顔を出す。
「あ、三世院先生。ってことは、ここは保健室ですか?」
「そうよ。身体はどう?」
 言われて、僕は腕を上げてみた。痛むけれど、動かないということはない。
「一応、大丈夫みたいです」
「そう。それにしてもあなた、そんな身体で遠泳なんて、一体何を考えてるの?」
「あ、いや、それは……」
 ちらっと衛を見て、言いよどむ僕。きょとんとする衛。
「どうしたの、あにぃ? 身体がどうしたの?」
 先生は、指を一本立てた。
「あなたの全身の筋肉が痙攣を起こしてるわね。まるで朝からフルマラソンした後みたいよ」
「えっ?」
 衛は口をぽかんと開けた。
「それに、随分と筋肉疲労も重なってるわね。昨日は充分に休んだのかしら?」
「ま、まぁ……」
 僕が口ごもると、先生は微笑んだ。
「ともかく、2、3日はゆっくりと家で休みなさい。これは保健の先生としての命令よ」
「は、はぁ……」
「それじゃ、私はちょっと用事があって出なくちゃいけないから。動けるようなら、もう帰ってもいいわよ」
「いいんですか?」
「ええ。もうとっくに大会も終わってるしね」
 そう言い残して、先生は机に戻っていった。
 壁の時計に目をやると、確かにもう午後4時を過ぎていた。
 その間にバッグを手にした先生は、僕に視線を戻す。
「それじゃ、お大事にね。あ、そうそう」
 ぽんと手を打つと、先生はドアを開け、外に向かって声を掛ける。
「もう入ってもいいわよ」
「お兄様っ!」
「兄君さま、ご無事ですかっ!?」
「お兄ちゃまっ! きゃうっ」
 その声と同時に、咲耶と春歌、そして花穂が保健室に飛び込んできた。のはいいけど、速攻で花穂は転んでるし。
「ふぇぇ」
「あらあら、大丈夫?」
「花穂ちゃん、怪我してない?」
 花穂が先生と、後から入ってきた可憐に助け起こされている間にも、2人はベッド脇に駆け寄ってきた。
「お兄様、大丈夫?」
「ああ、とりあえず、恥ずかしながら生きておりますってところだな」
 僕が苦笑しながら言うと、春歌が真剣な面持ちで首を振った。
「兄君さまが恥ずべきところなどありませんっ。今日の兄君さまはご立派でしたわ」
「ええ。さすがはあたしのお兄様
 咲耶が腕組みしてうんうんと頷く。
 と、その脇からぴょこんと雛子が不安そうな顔を出した。
「おにいたまぁ、大丈夫、なの?」
「ああ。大丈夫だよ」
 笑って頭を撫でてあげると、雛子も笑顔に戻る。
「うん。それじゃヒナも、おにいたまにいい子いい子したげるね」
「ありがとう、雛子」
 そのままベッドによじ登ってきて、僕の頭を撫でてくれる雛子に礼を言っていると、可憐と花穂がベッド脇までやってきた。
「お兄ちゃん、本当に大丈夫?」
「お兄ちゃま……」
「ああ。みんなにも心配かけたね」
「いえ。……申し訳ありません、兄君さま。わたくし、やはりもっときちんと兄君さまをお止めするべきでした」
 春歌が僕の手を握って言った。
 あ、と手を打つ可憐。
「もしかして、今朝、春歌ちゃんが言いかけてたことって……」
「はい。昨晩、兄君さまの今の身体の状態では、おそらく遠泳には耐えられないと申し上げたのですが……」
「……ボクの、せいだったんだ」
 今まで黙っていた衛が、不意に呟いた。
「ボクが、あにぃに無理させてたんだ……。ごめん、あにぃ」
 そう呟くと、衛はそのまま跳ね起きるように立ち上がると、保健室を飛び出していった。
「あっ、衛ちゃんっ!」
 可憐が呼び止める声も届かない。
「春歌ちゃん、衛ちゃんを追って」
「あ、はい。心得ました」
 咲耶の言葉に頷くと、春歌は僕に一礼して、保健室を出て行く。
 僕は唇を噛んだ。
「衛……」
「おにいたま、衛たまは、どうしちゃったの?」  不思議そうに、衛の飛び出していったドアを見つめる雛子。
 咲耶はため息を付いた。
「気を遣ったつもりが、余計に傷つけてしまう。よくあることだけど、やっぱり辛いものよね」
「咲耶……」
「さて、と」
 ぱんと手を叩く咲耶。
「衛ちゃんのことは春歌ちゃんに任せて、あたし達は帰りましょう。特にお兄様は、ちゃんと身体を休めないといけないんだし」
「でも、衛は……」
「お兄ちゃん。衛ちゃんのことは、可憐たちに任せて、お兄ちゃんは休んでください」
「うん、疲れてるなら休まないと。ね、お兄ちゃま」
 可憐と花穂にも言われて、仕方なく僕は頷いた。
「判った。それじゃ、ひとまず家に帰ろうか」


《続く》

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あとがき
 SS本編よりも子猫の方が感想が多いとは、なんといいますか(苦笑)

 衛編、終わりませんでした。というわけで、もうちょっとだけ続きます。

PS
 RO始めました。
 iris鯖でアコライトしてます(笑)

 しすたぁぷりんせす 2-5-5 02/5/15 Up 02/5/16 Update 02/5/20 Update
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