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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜 第2部
第5章 Chasing "M" その4


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「どうしたんだよ? 朝から死にそうな顔してるじゃないか」
 なんとかホームルームの始まる前に教室にたどり着き、自分の席にそのまま座り込んだ僕の顔を見て、カズは驚いた声を上げた。
 通学の間は、可憐や咲耶に心配かけたらいけないと気を張っていた分、2人と別れたところで反動がきたらしい。
 とはいえ、正直に理由を述べるのも憚られるわけで。妹にしごかれて疲れ果ててる、とはなかなか言えないもんだ。
「なんでも、ないって」
「なんでもねぇって顔じゃないだろ、そりゃ」
 いつもちゃらんぽらんな割には、カズも結構、僕のことを心配してくれるんだな。親友っていいなぁ。
「おまえに何かあったら、おまえに可憐ちゃんや咲耶ちゃんを兄の親友として紹介してもらい、いつしか芽生える愛、そして感動のフィナーレへという俺の壮大な野望が潰えてしまうじゃないかぁっ!」
 ……前言撤回。
 と、不意に涼やかな声が聞こえた。
「でも、本当に調子悪そうね。大丈夫?」
 どうにか顔を上げると、僕をのぞき込んでいたのは佐々木さんだった。
「あ、うん。大丈夫」
「でも、みんなひどいんだから。俊一くんがいないからって、遠泳を押しつけたりして……」
 軽く膨れてカズを睨む佐々木さん。カズは苦笑した。
「俺が選んだわけじゃないだろ、委員長。第一、最終的に決めたのは委員長じゃないか」
 佐々木さんは僕たちのクラスの委員長をしてるので、みんなは、委員長、と呼んでいる。
 そういえば、なぜか僕だけは“佐々木さん”って呼んでるんだよなぁ。
「ねぇ、佐々木さん。僕も委員長って呼んだ方がいい?」
「えっ? それは、俊一くんがそう呼びたいなら、それでもいいけど……」
 そう言いながらも、何となく悲しそうな顔をする佐々木さん。
「でも、やっぱり俊一くんには、佐々木さん、って呼んでもらいたいな」
「そう? 佐々木さんがそれでいいなら」
 僕がそう言うと、佐々木さんはぱっと嬉しそうな顔をして、うなずいた。
「ありがとう、俊一くん」
 と、教室の前のドアを開いて、先生が入ってきた。
「ホームルーム始めるぞ〜」
「あっ、はい。起立!」
 号令を掛けながら、自分の席に駆け戻っていく佐々木さん。
 こうして、いつもと同じ学校生活は流れていく。

「今日のお昼はまた豪勢だね、白雪……」
 いつものように屋上で弁当を広げた白雪は、思わず呟いた僕ににっこりと笑って見せた。
「はいですの。にいさまのために、姫が、いつも以上に心を込めて作りましたの
「そ、それはありがとう……」
「それにしても、精力の付きそうな中身ねぇ」
 咲耶が呆れたような口調で言うと、白雪はこくりとうなずいた。
「そうですの。実は、衛ちゃんが、にいさまの疲労回復に役立つようなお弁当を作ってあげてって、姫に電話してきたんですのよ」
「衛が?」
「はい。昨日の夜、電話してきたんですの」
 思わず聞き返した僕にうなずいてみせると、白雪は黒い肉らしいものを箸でつまみ上げた。
「はい、にいさま、あーん」
 これで照れくさいからと食べなかったりすると、白雪が拗ねてしまって後が大変なので、僕は素直に口を開けた。
「あ〜ん」
 まぁ、率直に言って、やっぱり嬉しかったりするのは否定しない。
 白雪は、箸を僕の口に運ぶと、笑顔で訊ねた。
「どうでしょう、にいさま?」
 もぐもぐと口を動かして、その黒い肉をそしゃくすると、飲み込んだ。
「……うん、美味しい」
「よかったですの
 嬉しそうに笑う白雪。
 ここで「これ、何の肉?」なんて聞くと、時折とんでもない返事がくるので、それは聞かないことに……。
「白雪ちゃん、これって何の肉なの? あまり見たこと無いような色なんだけど」
 そう思っている矢先に、咲耶がその肉を自分の箸でつまみ上げて訊ねていた。
「はい、それは姫がにいさまのために、特別に手に入れたですの」
「くにく?」
「はい。にいさまに精が付くようにって思って、姫が丹誠込めて焼き上げた」
 そこで一つ言葉を切って、にっこり笑う白雪。
「まむしですの」

 その後の、僕の記憶は飛んでいる。
 教室に僕を引きずって帰ってきたカズによれば、「死ぬときは前のめり、これ見事なり。勇者に敬礼」という状況だったらしい。

「ただいま戻りました、兄君さまっ って、きゃぁ! あっ、兄君さまっ!?」
「やぁ、春歌。お帰り」
「ど、どうなさったのです、兄君さまっ!」
 春歌は、三和土のところに倒れていた僕に駆け寄ってくると、引っ張り起こした。
「いや、今日もちょっとトレーニングを」
「衛さんですか」
 僕は頷いた。
 学校が終わってからのロードワークをこなし、家に帰ってきてどうにかドアを開けたところで力尽きて倒れてたのだが、どうやらたまたま家に誰もいないらしくそのまま放置されていた、という僕の話を聞きながら、肩を貸してリビングまで連れてきてくれた春歌は、そのまま僕をソファに横たえると、すぐにたすきで袖を縛った。
「失礼しますね、兄君さま」
「え? あうっ」
 そのままくるっと体をひっくり返されて、俯せになった僕の背中を、春歌はそっと揉みはじめた。
 さすがは春歌。朝にマッサージしてくれた可憐達には悪いけど、凝りのほぐれ方が違う。
「いかがですか、兄君さま?」
「うん、いい感じだよ」
「まぁ。ありがとうございます
 嬉しそうな声で礼を言う春歌。
「こっちこそ。ところで春歌、今日はどこに行ってたの?」
「はい。わたくしの兄君さまを想う心に乱れがあることを衛さんに指摘されてしまいましたので、もう一度心を鍛え直そうと、座禅を組んで参りました」
「ざ、座禅?」
「はい 久しぶりでしたけれど、やはり良いものですね。心が澄み切って、わたくしの奥に秘めた兄君さまへの想いを再確認することが出来ました
 ど、どういう感想を言えばいいんだろう? とりあえず、「秘めてないやん」とツッコミを入れるべきなんだろうか?
 そのとき、チャイムが鳴った。
「あ、わたくし、出て参りますね。兄君さまはごゆっくりなさっていてください」
 言い残して、春歌は玄関に出て行った。
 マッサージのおかげで少し体も楽になったので、僕は寝返りを打って仰向けになると、天井を見上げた。
「衛も、もう少し考えてくれたらなぁ……」
 と、リビングのドアが開いて、春歌が顔を出した。
「あの、兄君さまにお客様ですが」
「僕に?」
 驚いて体を起こす。と、全身に痛みが走ったけれど、とりあえず押さえ込んで、春歌に答えた。
「誰なんだい?」
「はい。兄君さまのクラスメイト、とおっしゃっていらっしゃいましたが」
「カズの奴か? 何しに来たんだろ」
 僕はそう呟いて、立ち上がった。そのまま玄関に向かうと、その後から春歌もしずしずと付いてきた。
「春歌?」
「兄君さまの背をお守りするのは、わたくしのつとめですから。背後はご心配なく、正面の敵に専念してくださいな
 敵って何?
 春歌って、普段は物静かだけど、妙に好戦的なところがあるんだよなぁ。ずっとドイツにいたせいなんだろうか?
 ドイツ国民が聞いたら怒りそうなことを考えながら、僕は玄関に出た。そして、思わず足を止めた。
「あ、あれ?」
「こんにちわ、俊一くん」
 玄関でにっこり笑っていたのは、カズではなく佐々木さんだった。

「……粗茶ですが、どうぞ」
「あ、お構いなく」
「いえ。お茶漬けも召し上がりますか?」
「お茶漬け、ですか?」
 きょとんとする佐々木さんを尻目に、春歌は僕と佐々木さんの前にお茶を置くと、そのままリビングを出て行った。
 ドアが閉まると、佐々木さんは微笑んだ。
「妹さん?」
「ええ、まぁ」
 僕は苦笑した。それから訊ねた。
「で、どうして僕の家にわざわざ?」
 佐々木さんは、お茶に口を付けた。そして、驚いたように茶碗を見直す。
「あら、美味しい。なるほど、ね」
「何が、なるほどなの?」
 聞き返すと、佐々木さんは首を振った。
「ううん、気にしないで。妹さんって、確か弓道部でお見かけしたような覚えがあるんだけど、違ったかしら?」
「合ってるよ」
「あ、やっぱり」
 ぽんと手を合わせて嬉しそうに笑うと、佐々木さんはもう一口お茶を飲んで、それから茶碗をテーブルに置いた。
「あのね、今日来たのは、水泳大会のことなんだけど」
「水泳大会のこと?」
「うん。俊一くんの選手の話、無くなったから」
 少し間をおいて、僕は聞き返した。
「佐々木さん、今なんて?」
「俊一くんは水泳大会に出なくてもよくなったってこと」
 淡々と言う佐々木さん。
 僕は思わず立ち上がりかけた。けど、そこで一斉に身体が悲鳴を上げたので、座り直すと、もう一度訊ねた。
「どういうことなの?」
「うん。カズくんに聞いたんだけど、俊一くんって水泳はあまり得意じゃないんでしょう?」
「それはその、まぁ、……はい」
 誤魔化してもしょうがないと思って、僕は素直に頷いた。
「そりゃ全然泳げないってわけでもないんだけど、何キロも泳ぐのは出来ないと思う。今までやったこともないし」
「だよね? だから私、もう一度五箇条先生に言ってきたの」
 ちなみに五箇条先生は体育の先生で、今回の水泳大会の責任者だったりもする。
「五箇条先生って、あの通りの人だから、最初は「そんなの気合いだっ、気合いで泳げっ!」って言ってたんだけどね」
 その時の様子を思い出したのか、可笑しそうに口に手を当てながら、佐々木さんは言った。僕も苦笑する。
「そうだろうなぁ」
 あの人、見た目は可愛いけど根っからの体育会系だからなぁ。
「でも、話したら判ってくれたよ」
「へぇ、ちょっと意外」
「もう、俊一くんったら。あのね、五箇条先生、今のうちならまだ選手の変更は認めてくれるって」
「ありがとう、それじゃ……」
 そこで、僕は口ごもった。
「どうしたの、俊一くん?」
 不思議に思ったらしく、僕の顔を覗き込む佐々木さん。
 自分でも、判らなかった。でも。
「返事、すぐじゃないとダメかな?」
「え? ううん、すぐじゃなくてもいいけど、でも明日で締め切りだから」
「ありがとう。少し考えてみるよ」
 僕がそう言うと、佐々木さんは腕組みした。
「何を考えるの? そもそも、出来ないことを押しつけられたわけでしょう?」
「うん、まぁね。でもさ」
 僕は、一度天井を見上げて、それから佐々木さんに視線を戻した。
「そのために力を貸してくれる娘がいるからね。その娘の気持ちには応えたいって思う気持ちがあるんだよ。だから迷ってる」
「……そう、なんだ」
 佐々木さんは、大きく息を付いた。その仕草がなんだかがっかりしたように見えて、僕は言った。
「あのさ、佐々木さん。ありがとう、僕なんかのために骨を折ってくれて」
「いいの」
 首を振って、佐々木さんは微笑んだ。
「私、委員長だもん」

「それじゃ、また明日」
「ええ。お邪魔しました」
 頭を下げて、佐々木さんは家から出て行った。
 ドアがパタンと閉まるのを見てから、僕は振り返った。
「四葉」
「チェキ!?」
 キッチンから声が聞こえた。そして、そのドアからおずおずと四葉が顔を出す。
「あ、兄チャマ、どうして四葉がいるってわかったんデスか? 完全に気配を消したのに」
「いや、なんとなくいるんじゃないかって思って」
「うっ……。さ、さすが兄チャマ。四葉にフェイクを仕掛けたデスか……」
 はぁ、とため息をついて四葉はとぼとぼと僕のところに歩み寄ってきた。そして、ぽてっと僕の胸に身体を預ける。
「兄チャマ〜」
「どうしたの、四葉?」
「なんでもないデス
 手を伸ばして、ぺたぺたと僕の身体に触れてくる四葉。
 これって、イギリス流のスキンシップってやつなんだろうか?
 と、不意に触られている場所が増えた。びっくりして振り返ると、亞里亞が四葉と同じように手を伸ばして僕の身体に触れていた。
「兄や、ぺたぺた
 亞里亞の後ろで、今帰った様子のじいやさんが苦笑していた。
「亞里亞さまったら。兄上さま、申し訳ありません」
「いや、いいって。亞里亞、お利口にしてたかい?」
 亞里亞は、こくんと頷いた。
「亞里亞、じいやの言うこと聞いて、お利口に、してたの」
「よしよし」
 頭を撫でてあげると、亞里亞は嬉しそうに笑った。
 なんか、こうしていつまでも撫でてあげてたいな、と思わせる笑顔だった。
 じいやさんが頃合いを見て口を挟んだ。
「兄上さま、そろそろ私は食事の支度に入らせていただきますので、その間、亞里亞さまをよろしくお願いします」
「あ、はい。それじゃ亞里亞、手を洗ってからリビングにおいで」
「はい、兄や
 頷いて、亞里亞はとてとてと洗面所に向かっていった。
 僕は四葉の頭も撫でてあげてから、訊ねた。
「ところで四葉。ちょっと聞きたいんだけど」
「チェキ?」
 顔を上げる四葉に、僕は訊ねた。
「今日、学校で衛に逢った?」
「衛チャマですか? ええっと……」
 少し考えてから、四葉はぽんと手を打った。
「そう言えば、お昼に食堂で見かけたデス」
「それで、いつもと同じだった?」
「ええっとデスね」
 頬に指を当てて首を傾げるようにして思い出していた四葉は、やがて首を振った。
「いつもと同じだったデスよ? あ、でも、いつもより嬉しそうだったかも」
「嬉しそう?」
「はいデス。そうそう、思い出したデス。衛チャマ、なんだかずっとにこにこしてたデスよ」
 四葉はうんうんと頷いた。
 僕は、四葉の頭にぽんと手を乗せた。
「そっか。ありがと、四葉」
 衛が喜んでくれているなら、地獄のトレーニングも続けていいかもしれないな、と考えていることに気付いて、僕は苦笑していた。


《続く》

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あとがき
ベランダの子猫 5/12撮影  とうとうこの話も通算で50話の大台に乗ってしまいました。
 さて、どこまで行けますか。

 ええと、佐々木さんはシスプリのゲームでは咲耶シナリオで登場してます。が、どんな娘だったか忘れました(爆笑) ちょっとゲームも何処かに行ってて確認できないし。まぁ、勘弁してください(笑)
 五箇条先生は、まぁお察し下さい(爆)

 ベランダの子猫ですが、この週末お母様にご飯を貢いで(笑)、いろいろと観察させていただきました。
 ただ、未だにお母様には信用されてないらしく、うっかり手を伸ばしたところをしたたかに引っかかれたり(苦笑)
 で、ちょっとびっくりしたのが、5匹いる子猫のうちの1匹が隻眼でした。生まれつきなのか、産まれてからなにかあったのかは不明ですが。
 この先、こいつが野良猫としてやっていけるのかちょっと不安です。とはいえ、手をさしのべるとお母様が怒りますので、しばらく静観していこうか、と。
PS
 で、今日会社から帰ってきてみると、全員ちゃんと両目をあけてました(爆)
 うーん。目やにで固まってたのかなぁ?

 しすたぁぷりんせす 2-5-4 02/5/13 Up
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