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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜 第2部
第5章 Chasing "M" その3


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 翌朝。
「あにぃっ! おはようっ!」
「……う、うん?」
「もうっ、寝ぼけてないで起きて起きて! ほらほらほらぁっ!」
 耳元で大声を上げられ、さらに思いっ切り揺さぶられて、僕は慌てて目を開けた。
 まだ揺れている視界に飛び込んできたのは、衛の笑顔だった。
「ま、衛?」
「やっと起きたねっ。それじゃ着替えてきてね。ボク、下で待ってるからっ」
 そう言い残して、衛は部屋を出て行った。
 ドアが閉まってから、ようやく僕の頭が正常に回り出す。
「今の、衛だったよなぁ?」
 そう言えば、昨日の帰り際に、明日の朝も来るとか言ってたなぁ、と思い出しながら、僕は枕元の時計に目をやる。
 午前5時半。
「……衛、張り切りすぎ」

 体を起こしてみると、昨晩早めに寝た成果か、疲れも取れて身体の痛みも無くなっていた。
 春歌と亞里亞のしてくれたマッサージも効いたんだろうな。あとでお礼を言っておかないと。
 そう思いながら着替えると、部屋を出て階段を降りる。
 すると、キッチンの方から、トントン、と小気味よい音が聞こえてくるのに気が付いた。
 僕はキッチンに顔を出して、その音の主に挨拶した。
「やぁ、春歌。おはよう」
「えっ? まぁ、兄君さま。おはようございます こんな格好で失礼いたしますね」
 割烹着姿で野菜をリズム良く切っていた春歌が、振り返って挨拶する。長い髪は手ぬぐいを姉さんかぶりにしてまとめているあたりが、春歌らしい。
 それにしても、だ。
「春歌、今朝は随分早いんだね」
 何しろ5時半だし、と思って声を掛けると、春歌は首を振った。
「そんなことありませんよ。毎朝、兄君さまの朝餉の支度をするには、これくらいから始めないとなりませんし」
 あっさりと言う春歌。でも、と言うことは。
「もしかして、春歌って、毎朝これくらいには起きてるの?」
「もう少し早いです。もう、朝の稽古代わりの素振りは済ませましたから」
 春歌はこともなげに言うと、まな板に向き直った。そして、再び包丁を操りながら、言葉を続けた。
「兄君さま、わたくしは、そうしたいからしているだけです。ですから、兄君さまが負担に思うことはございません
 う。無理するな、って言おうとしたのを見透かされた?
「えっと、まぁほどほどにね」
「はい お気遣いいただき、痛み入ります
 僕に背を向けたまま、嬉しそうに答える春歌。
 なんだかほんわかしてていいなぁ。新婚生活っていうのはこんな感じなんだろうか?
 そんなとりとめもないことを考えながら、僕はキッチンテーブルの椅子を引いて座ろうとした。
「もうっ、あにぃ!」
「うわっ! な、なんだよ衛?」
 急に背後から声を上げられて、慌てて振り返ると、衛が膨れて腕組みしていた。
「外で待ってたのになかなか出てこないと思ったら、ここでさぼってたんだね!」
「いや、さぼってたってわけじゃないし」
「それに、その服!」
 衛は、僕の着ていたカッターシャツの脇を掴んだ。
「これって、あにぃの学校の制服でしょ!? これからトレーニングするのに制服ってどういうことだよっ!」
「あ、悪い。ついいつもの癖で」
 平日には、朝起きると、パジャマ代わりのトレーナーからこれに着替えるのが習慣付いてるからなぁ。
 と、包丁を置いて振り返った春歌が、口を挟んだ。
「衛さん、少しよろしいでしょうか?」
「あ、どうしたの、春歌ちゃん?」
「衛さんがよろしければ、そのトレーニングの計画表を見せていただけませんか? わたくしも一応、運動部に籍を置く身ですし」
 ちなみに春歌は、白並木学園の弓道部に入っている。入るまでには一悶着あったんだけどね。
「うん、いいよ。ちょっと待ってね。えっと、はいこれ」
 衛は、トレーニングウェアのズボンのポケットから紙を出して、春歌に手渡した。
 春歌はその紙を広げて目を落とした。脇から、衛が言う。
「やっぱり、水泳にはまずは持久力だと思うんだ。それにはランニングが一番だから」
「そうですね。でも、衛さんなら、持久力はそう容易く付くものではない、ということもご存じでしょう?」
 春歌は、噛んで含めるように言った。それから、紙の上に指を滑らせながら言う。
「朝昼晩とこんなに走っては、いくら兄君さまでもオーバーワークです」
 ううっ、優しいなぁ春歌。
「そうかなぁ? あにぃなら出来ると思うけど。だって、ボクのあにぃなんだもん」
 衛はきっぱりと言い切ると、春歌に聞き返した。
「それとも春歌ちゃんは、あにぃがこれくらいも出来ないって思ってるの?」
「えっ?」
 虚をつかれたように口ごもる春歌に、衛はあっさりと言った。
「そっかぁ。春歌ちゃんはあにぃを信じてないんだね」
 ぐさぁっ
 そんな音が聞こえたような気がした。
「そ、そんな……。わ、わたくしは……」
「だってそうじゃないかぁ」
 追い打ちを掛けられ、春歌はキッチンの床にがっくりと崩れ落ちた。
「わたくし、兄君さまを信頼していなかったのですね。ううっ、こんなことでは兄君さまに合わせる顔がありません」
「いや、そんな大げさな……」
「……兄君さま」
「な、なにかな?」
 思わず聞き返す僕に、春歌はすっくと立ち上がって言った。
「わたくし、修行し直して参ります。ではっ」
「は?」
 思わず聞き返した僕を尻目に、キッチンを飛び出していく春歌。
「春歌ちゃん、がんばれー」
 手を振ってその春歌を見送ると、衛は僕に笑顔を向けた。
「それじゃあにぃ、ボク達も行こっ!」

「……というわけなの、咲耶ちゃん」
 朝食の席。
 結局あのまま春歌は戻って来なかったためか、朝食を作ってくれたのはじいやさんだった。いつものように朝食の時間になって家に来た可憐が、それを聞いて「もっと早く来ればよかったな」と落ち込んでいたのだが、その時の僕はというと、予想通り衛の特訓のおかげですっかりばてばてになっていて、可憐を慰めるどころではなかった。
 今も、食卓にはついているものの、テーブルに突っ伏して顔も上げられないような有様である。
 咲耶は、腕組みして唸った。
「いくら衛ちゃんでも、私のお兄様をこんなに引っ張り回すなんて許される事じゃないわ」
「咲耶ちゃん、もしかして怒ってるの?」
 咲耶に事情を説明してくれた可憐が、咲耶の顔を覗き込む。
「ええ、当然じゃない」
 元々美人なだけに、咲耶が怒ると迫力がある。
「それで、その衛ちゃんはどこにいるの? 家に帰ったわけじゃないでしょう?」
「うん、今シャワー浴びてるところ……、って咲耶ちゃん?」
「善は急げ、よ。ちょっと衛ちゃんと話してくる」
 咲耶はそう言い残して、ダイニングを出て行った。
 それを見送ってから、可憐は僕に気遣わしげな視線を向けた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「……そうだね、そこそこはうっ!」
 いきなり肩に激痛が走った。痛みよりも驚いて振り返ると、亞里亞が後ろから僕の肩に手を当てていた。
「兄や、マッサージ
「あ、う、うん……のうっ!」
 にこにこしながら肩を揉んでくれるのはいいんだけど、力加減があうっ。
 その様子を見て、可憐も立ち上がった。
「あの、お兄ちゃん、可憐もお手伝いしますね」
「可憐ちゃんも、するの? それじゃ、亞里亞と一緒
 笑顔で頷く亞里亞。
「え? ほうっ、そ、そこはっ! はうっ」
「きゃっ! お、お兄ちゃん、痛かった?」
 僕が悲鳴を上げたので、可憐は慌てて手を離す。と、亞里亞が言った。
「大丈夫なの。兄や、最初は、痛いって、言ってるけど、後から、気持ちよくなるって」
「あ、そうなんだ。それじゃ、可憐、頑張りますね」
 いや、昨日は春歌がちゃんと亞里亞に指示してくれたからでほうっ!
 とはいえ、2人とも好意でやってくれてるわけだから、むげに断るっていうのもうっ!
 あうあう〜っ!
「兄や、楽しい

 結局、亞里亞と可憐のマッサージは、僕の悲鳴を聞きつけてダイニングにじいやさんが来てくれるまで続けられたのだった。

「よろしいですか、亞里亞様。マッサージというものは、正しいやり方を知らないでやると、害になることさえあるのですよ」
 じいやさんに言われて、亞里亞は目に涙を浮かべて俯いてしまった。
「……くすん、くすん」
「ごめんなさい。可憐も一緒になってやったから」
 しゅん、として可憐も僕とじいやさんに頭を下げる。
 僕は苦笑して言った。
「まぁまぁ、じいやさん。2人とも悪気があってやったわけじゃないんだし」
「だからよけいに、です。だいたい、兄上さまは、みなさんに甘すぎます」
「そ、そうかな?」
「そうです。この際ですから言わせて頂きますが……」
 じいやさんの矛先がこっちに向かいかけたとき、ダイニングのドアが開いて、衛と咲耶が顔を出した。
「お兄様、なにかあったの?」
「あ、いや……」
「もう、あにぃってば、いつまでもだらーっとしてたらダメだよ」
 ぴしっと指を立てて言うと、衛は片手を上げた。
「それじゃ、ボク、学校行ってくるね。帰りにまたあにぃを誘いに来るから」
 ちなみに、衛の通っている若草学院は、ここからだと僕たちの白並木学園よりも遠くなってしまうので、登校のために家を出るタイミングも、衛のほうが自然と早くなる。
「あ、うん、行ってらっしゃい」
「衛ちゃん、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませ、衛さん」
「ばいばい、なの
「うん、それじゃみんな、行ってきま〜す!」
 それぞれの言葉に送られて、衛は玄関の方に走っていった。
 ドアがパタンと閉まる音がしてから、じいやさんは時計を見て言った。
「そうですね。もうこんな時間ですし、皆さんも、そろそろ学校に向かわれた方がよろしいかと思います」
「ええ、そうします」
 またお説教が再開されては大変と、俺は身体が悲鳴を上げるのを我慢して立ち上がった。
「兄や、行っちゃうの? ……くすん」
 涙目で僕を見上げる亞里亞。
 屈んで、その頭を撫でる。
「学校に行かないといけないからね。じいやさんの言うことを聞いて、ちゃんと待っててくれるよね?」
「くすん……、お菓子、食べてても、いい?」
 亞里亞の言葉に、ちらっとじいやさんを見ると、じいやさんは苦笑して頷いた。それを確認してから、僕は亞里亞に頷いてみせた。
「ああ、構わないよ。じいやさんからもらってね」
 亞里亞は、涙を袖で拭くと、にっこり笑った。
「うん。亞里亞、兄やが帰ってくるの、待ってるね」
 もう一度その亞里亞の頭を撫でてあげてから、僕は立ち上がった。
「さて、と……。あれ? 咲耶に可憐、どうしたの?」
「なんでもありませんわ、お兄様っ」
「なんでもないもん」
 ……何を怒ってるんだろう、2人とも。
 おうっ、そんな場合じゃなかった。
「それじゃ僕は鞄を取ってくるから、咲耶、可憐、玄関で待ってて」
 そう言い残し、僕はダイニングを飛び出して、階段を駆け上がった。
 我ながら、あれだけへばっていたのによく回復するなぁ、と感心しながら、鞄に教科書を詰めて、階段を駆け下りると、2人は言われた通りに玄関で待っていた。
「よし、行こう、可憐、咲耶」
「お兄ちゃん……。うんっ
 笑顔で頷くと、可憐は僕の腕を掴んで引っ張った。
「行こっ、お兄ちゃん」
「あ、ちょっと2人とも待ちなさいよっ」
 後から、一瞬取り残されるような形になった咲耶が、慌てて追いかけてくる。
 そして、玄関には、「行ってらっしゃいませ」と深々と頭を下げるじいやさんと、「ばいばい」と手を振る亞里亞が残された。

「チェキ〜ッ! 寝過ごしたデス!! ……って、だれもいないチェキ? ……しくしく、寂しいデス……」


《続く》

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あとがき
ベランダの子猫 5/10撮影  しすたぁぷりんせすの後書きと言えば、ベランダの子猫ですが、今年も産まれました。
 GWの間、ちょっと家を留守にしていたのですが、帰ってきて雨戸を開けると、そこには子猫が4匹ほどいるではありませんか。
 いやぁ、久し振りにびっくりしました。
 まぁ、短い間ではあるけれど、しばらくはまた成長を見守っていきますか、と。
PS
 せっかくデジカメ買ったんだし、写真でも撮りますか、とベランダに出てみますと、子猫の数は5匹になってました(笑)
 おまけに、お母様には威嚇されるし。
 写真が手ぶれしてるのは、威嚇されてびびったからです(笑)

 しすたぁぷりんせす 2-5-3 02/5/10 Up
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