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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜 第2部
第5章 Chasing "M" その2


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 衛は、“GreenChristmas”にずかずかっと入ってくると、僕の腕を掴んだ。
「もうっ、随分探し回ったんだよ、あにぃ。ほら、行くよっ」
「い、行くってどこに?」
 思わず聞き返すと、衛は一瞬きょとんとして、それから笑い出した。
「あははっ、もうあにぃってば。冗談が上手いんだからっ。昨日のメールで相談してくれたでしょ? だから、ボク、あにぃのために、今日一日ずぅっと考えたんだよ。ちょっと待ってね」
 そこまで一気に言うと、衛はトレーニングウェアのズボンのポケットに手を入れて、あれっという顔をした。それから、慌てて全部のポケットをひっくり返し、さらにポケットのあるとおぼしき胸やお尻をぱんぱんと叩いてから、かくっと肩を落とす。
「……ない」
「何がないの? 衛ちゃん」
 思わず、という風に聞き返した可憐に、衛は肩を落としたまま答えた。
「ボクが今日授業中に作った、あにぃのトレーニング計画書が無くなっちゃったんだよ」
「ということは、チェキ探偵四葉ちゃんの出番デスね!」
 ずいっと身を乗り出す四葉。
「事件の臭いがぷんぷんデス! これはきっと国家的陰謀に違いないデス!」
「そんなのないない」
 あっさりと手を振ってみせてから、鈴凛は衛に訊ねた。
「衛ちゃん、一つ聞いてもいい?」
「うん? 何、鈴凛ちゃん?」
「そのトレーニング計画書とやらは、どこに入れてたの?」
 衛は顎に指を当てて、天井を見上げた。
「えっとね、授業が終わってから、忘れちゃいけないって思ったから、鞄に入れたんだ」
「で、その鞄は?」
「一度家に帰ったから、もちろん置いて来た……。あーっ!!」
 急に大声を上げる衛。
「そっか! その時に出すの忘れてたんだ! ありがとう、鈴凛ちゃん! ボク、急いで取ってくるよっ!」
「あ、ちょっと衛ちゃんっ!」
 可憐が声を掛けたが、その時にはもう衛は外に飛び出していった後だった。
 カウベルの鳴る音だけが、静かになった店内に鳴り渡る。
 僕は、可憐に訊ねた。
「どうかしたの、可憐? 衛に何か用事でもあったの?」
「え? あ、うん。もしかして、可憐たち、衛ちゃんが戻ってくるまで、ここで待ってないといけないのかな、って」
 そう言われてみれば、そうだった。
 僕はあらかた綺麗になったテーブルの上を見回して、ため息を一つついた。
「みんな、まだ食べたい?」
「うん」
 一斉に頷くみんな。思い切り積極的に頷いた3人と、ちょっと遠慮気味だった1人、という違いはあるにせよ、財布の中身が減少することには変わりないわけである。
「あ、でもお兄ちゃんが嫌なら、可憐は我慢します」
 僕の表情を見て、慌てて首を振る可憐。続いて、鈴凛も手を振る。
「アタシも、やっぱりいいわ」
「鈴凛、どうしたんだ?」
 思わず聞き返す僕を、鈴凛がじと目で睨んだ。
「何よ。アニキってば、アタシが遠慮するのが、なんかすごく意外そうね」
「い、いや、そ、そんなことはないぞっ」
「……アニキって、誤魔化し方が思いっきり下手ね」
 腕を組んで白い目を向ける鈴凛。
「あ、でも、それって、お兄ちゃんは正直者ってことだから、悪いことじゃないと、可憐は思います」
 横からそっと、可憐がフォローを入れてくれた。
 そんな可憐に、鈴凛は肩をすくめてみせる。
「もう、可憐ちゃん。あんまりアニキを甘やかしたらダメだって」
「そ、そうなのかな?」
「そうよ。あんまり甘やかしてると、だれだれになっちゃって、イザってときに守ってくれないようなダメアニキになっちゃうから」
 ぴっと指を立て、それを左右に振りながら言う鈴凛。
 可憐は口に手を当てて、目を丸くした。
「そ、そうだったの?」
「そうよ。アタシがいつもアニキにたかってるのは、そういう深謀遠慮があってのことなのよん」
 得意げに肩をそびやかす鈴凛に、かくっと肩を落とす可憐。
「ごめんなさい、お兄ちゃん。可憐、あさはかでした」
「いや、そんなことはないと思うけど……」
「おにいたまぁ、もうケーキはないないなの?」
 そんな2人のやりとりに飽きたのか、雛子がじぃっと僕の顔を見つめる。
「雛子は、もう2つも食べただろ?」
「でも、ケーキだったらもっといっぱい食べられるよ」
「それはダメですの! ケーキばかりでは、ちゃんと栄養が取れませんのよ」
「どうわぁっ!」
 いきなり後ろから声が聞こえて、僕はまた飛び上がる羽目になった。
 慌てて振り返ると、そこにいたのは白雪だった。
「し、白雪!?」
「はいですの。にいさまにはご無沙汰でしたの」
 にっこり笑って、スカートの裾を摘んで、優雅に頭を下げてみせる白雪。なんていうか、こういう仕草がピタリとはまるのが白雪らしい。
 それはそれとして。
「ご無沙汰って、今日のお昼にも、弁当を届けに来てくれたじゃないか」
「はいですの。でも、それから随分時間がたってしまいましたのよ」
 随分って、4時間くらいしかたってないんだけど。
「あ、可憐、その気持ち判ります」
「可憐ちゃん、判ってくれますの?」
 ひし、と可憐の手を握る白雪。
 と、四葉が僕の制服の袖を引っ張った。
「兄チャマ兄チャマ、さっきから店員さんがこっちを睨んでるデスよ」
「へ?」
 言われて、僕は店員さんのみならず、周囲のお客さん達の視線がこっちに向いていることに気付いた。
「あ、えっと、とりあえず出ようか」
 僕はそう言って、レシートを手に立ち上がった。

「ごめんね、白雪。白雪には何も驕ってなかったよね」
 “GreenChristmas”を出てからそのことに気付いて、僕は謝った。
 白雪はふるふると首を振った。
「姫は、にいさまのその言葉だけで十分ですの。それに、姫は、にいさまに食べてもらうのが楽しみなんですのよ。……きゃっ、姫ったら大胆。むふん
 なんか、いきなり真っ赤になって、永遠の世界に旅立ってしまった白雪。
 可憐がそんな白雪を見て、ぼそっと呟く。
「可憐には、まだよくわかりません……」
 そう言うわりには、可憐も真っ赤になっていたりするんだが。
 と、そこでタイミング良く四葉が声を上げた。
「あ、兄チャマ! 衛チャマデス!」
 四葉の指さす方を見ると、衛がMTBに跨って走ってくるのが見えた。かと思う間に、目の前までやってくると、ピタリと止める。
「やっほーっ、あにぃ! お待たせっ!!」
「あ、早かったな」
「うん。だって、あにぃを待たせてたら、またどっかに行っちゃいそうだったし」
「僕って、そんなに薄情かな?」
 何の気なしに聞き返すと、衛は慌てたように手を振った。
「そ、そんなことないよ。ごめん、ボク……」
「まぁまぁ、アニキの言うことを一々真に受けてたら、身が持たないって、衛ちゃん。で、アニキの肉体改造計画の計画書って、それ?」
 鈴凛がさりげなく怖いことを言いながら、衛の手にしていた紙を指した。
「あ、うん。これだよ」
 そう言って、衛は鈴凛に紙を渡す。
「どれどれ?」
 鈴凛は紙を広げた。雛子を除いて、他の娘がみんなばっと周りに集まって、紙を覗き込む。
「どうかな? ボク、今日一日掛けて考えたんだけど」
 結構自信ありげに言う衛。
 鈴凛は、しばらく紙に目を落としていたが、やがて天を仰いだ。
「ど、どうしたの、鈴凛ちゃん?」
「あ〜、いや、アタシやっぱりこういうのは見てもよくわかんないから。ほら、アタシの専門分野は機械系だし」
「可憐も。音楽なら判るんだけど」
「姫も栄養学ならお任せですけど、こちらはよくわかりませんの」
 そして、3人が同時に視線を向ける。
「チェキ!?」
 視線を向けられた四葉は、慌てて首をブンブンと振った。
「四葉も、そんなのはよく判らないデス!」
「へぇ、探偵さんにもわかんないことってあるのねぇ」
 鈴凛がからかうような声を上げると、四葉はしゅんとしてしまった。
「うう……、まだまだ四葉は、ホームズには遠いデス……」
「もう、鈴凛ちゃん。四葉ちゃんをいじめてはいけません」
 可憐が腰に手を当てて鈴凛をめっと睨んだ。肩をすくめる鈴凛。
「はいはい、アタシが悪うございますっと。で、衛ちゃん」
「うん、何?」
「そんなわけで、アタシが見てもあんまり専門的にはよくわかんないんだけど、ちょっとアニキには荷が重いかなって思うなぁ」
「そんなことないよ。あにぃなら出来るよっ」
 腰に手を当てて言い切る衛。
「でも、可憐も心配です。お兄ちゃんが壊れちゃったら大変だもん」
「そんな大げさな」
 僕は苦笑しながら紙を覗き込んで、そのまま固まった。
「どう、あにぃ? 簡単だよね?」
「あ〜、えっと」
 衛に訊ねられて口ごもる僕の肩を、鈴凛が叩く。
「アニキ、言いたいことははっきり言った方が、後々後悔しなくて済むよ」
「もう、鈴凛ちゃんは心配性なんだからぁ」
 呆れたように笑うと、衛は僕の腕を掴んだ。
「それじゃ早速、今日の分から始めよっか、あにぃ!」
「……アニキ、骨は拾ってあげるよ」
「お兄ちゃん、可憐はお兄ちゃんが大好きでした。くすん」
「兄チャマ、チェキ!」
「にいさま、疲れたらいつでも姫がお料理を作ってあげますの」
「あ、おにいたま、行っちゃうの? ばいばーい」
 妹たちに激励の言葉を受けながら、僕は衛に引っ張られていったのだった。

「それじゃあにぃ、また明日ねっ! 迎えに行くからねっ!」
 元気良くそう言い残し、衛はMTBに跨って、ペダルを漕いで走り去っていった。
 玄関のドアの前で、軽く手を振りながら笑顔でそれを見送っていた僕は、衛の姿が角を曲がって見えなくなってから、大きく息を付きながらその場にへたり込む。
 もう既に辺りは暗くなり始めていた。
 時計を見るのもおっくうだが、暗くなり始めてるってことは、6時過ぎっていうところかな。とすると、1時間以上は走り続けてた勘定になるな。こりゃ、疲れるわけだ。
 立ち上がろうとしたが、膝が笑っていて立てない。諦めて、僕はドアの方に這いずるようにして近づいていった。
 と、いきなりドアがバァンと開いた。
「我が家の前にて怪しい振るまいをするとは、何者ですかっ!? 兄君さまの留守を預かる者として、成敗致しますっ!」
「は、春歌……」
 いつもの和服の袖をたすき掛けにからげ、手に長刀という勇ましい格好で出てきた春歌は、僕の声で初めてそれと気付いたらしく、慌てて長刀を脇に置いて僕を引っ張り起こした。
「兄君さまっ! 何があったのですかっ!? ああ、申し訳ありません、わたくしが不甲斐ないばかりに、敵にかような目に遭わされたのですね。ですが、もう心配は要りません。それで、敵はいずこですか? わたくしが即刻成敗致しますっ! あ、その前に兄君さまの手当をしなくては! お怪我はどこですかっ!? ああ、どうしましょう、わたくしは……」
「どうしたんですか? あら、兄上さま」
 春歌の騒ぐ声に気付いたのか、奥からじいやさんが出てきた。そして春歌に支えられるようにして立っている僕に目をとめ、それから春歌に声を掛けた。
「春歌さん、とにかく玄関先ではなんですから、兄上さまを家に入れてください」
「あっ、はい」
 こくこくと頷いて、春歌は僕に尋ねた。
「兄君さま、歩けますか?」
「いや、膝が笑ってて。春歌、肩を貸してくれないか?」
「はい わたくしの肩でよろしければ」
 春歌は、嬉しそうに微笑んだ。

「まぁ。それで、今日のお帰りがこんなに遅くなったんですか?」
「そうなんだ。あいてててっ」
「あ、申し訳ありません。これでいかがでしょう?」
「うん、それなら大丈夫」
 僕は、リビングのソファに横になって、春歌にマッサージをしてもらっていた。ちなみにじいやさんは、僕が疲れてるだけだと説明すると、苦笑して夕食の準備に戻っていった。
「それにしても、衛さんにも困ったものですね」
 腰の辺りを揉んでくれながら、ため息をつく春歌。
「兄君さまを鍛えようというのは判りますが、方法が過激すぎます」
「いや、僕としては鍛えられなくても……」
「それではいけません。男子たる者、一度外に出れば七人の敵がいると申します。わたくしとて、いつもお傍にて兄君さまをお守りするつもりではありますが、それでもそれがかなわぬこともありましょう。そのような時、兄君さまに力無く討ち果たされたりしては、わたくしは、わたくしは……」
「あ、いや、そんなことはないから泣かなくてもいいってば」
 慌てて身体を起こすと、僕は春歌の頬に手のひらを当てた。
「安心して、春歌。僕は春歌を悲しませるようなことはしないから」
「兄君さま」
 春歌は、手ぬぐいで目元を拭うと、赤くなって頭を下げた。
「すみません。わたくしったら、取り乱してしまって」
「いやいや。普段は見られない春歌が見られて良かった」
「も、もう、兄君さまったら。存外に意地悪ですわ
 膨れると、春歌は力を込めて僕の腰を揉み始めた。
「うわわっ、あいたたたっ、も、もうちょっと優しくっ!」
「なりません。お仕置きです」
「ひょわぁえへぇぇ」
 悲鳴を上げる僕と、その背中をぐいぐいと押す春歌を、リビングの入り口から亞里亞がじぃーっと見ていた。
「兄やたち、楽しそうです……。くすん」
 それに気付いた春歌が、顔を上げてにっこり笑う。
「亞里亞ちゃんも、兄君さまのマッサージ、一緒にやりましょうか?」
「うん。亞里亞も、がんばるの」
 亞里亞は、にっこり笑うと、とてとてと歩み寄ってきた。

 2人がかりのマッサージ(?)を受けたおかげで、じいやさんが夕食の準備が出来たと知らせに来た頃には、どうにか僕は歩けるくらいには回復したのだった。


《続く》

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あとがき
 もうすぐ、アンケート結果第2回分はまとまりそうです。
 ……そういえば、第1回分の結果って発表したんだっけ?
 なんか覚えがあるようなないような……。

 プールも終わったので、こっちに力を入れようかと思ってはいますが、それ以前に仕事が忙しくてあんまり暇がなかったり。

 しすたぁぷりんせす 2-5-2 02/4/17 Up
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