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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜 第2部
第5章 


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 ほとんど2週間ぶりに学校に戻った僕は、授業に遅れた分補習を受ける羽目になったりしていた。
 今日も今日とて、補習なのである。
「こら、一人でぶつぶつ言ってる暇があったら、この問題を解いてみろ」
「あ、はい。えーっと……」
 唸りながらも、なんとかその問題を解き終わり、先生に見せる。
「これで、どうでしょう?」
「どら? うむ、合ってるな。よし」
 先生は教卓の上に掲げられている時計を見て、教科書を閉じた。
「それじゃ、今日はここまでにしておくか。ちゃんと家で復習するんだぞ」
「はい。ありがとうございました」
 僕は頭を下げ、先生が教室を出て行くのを待ってから、椅子に座り込んだ。
「……ふぅ、疲れた」
 と、閉められた教室のドアがまた開いた。
「お兄ちゃん、勉強は終わりましたか?」
「おにいたま、ヒナね、むかえに来たよ」
「可憐に雛子か」
 僕は顔を上げた。
 2人は教室に入ってくると、僕のところまでやって来た。
「おにいたま、つかれたの? ヒナが、つかれないないしたげようか?」
「ありがとう、雛子。大丈夫だよ、僕は元気だから」
 そう言いかけて、雛子がしゅんとしてしまったのを見て、付け加える。
「あ、でもせっっかくだからしてもらおうかな」
「うんっ。それじゃあね、あたま出して」
「こう、かな?」
 雛子の前に頭を出すと、雛子はその頭を小さな手で撫でた。
「つかれたの、ないないっ。はい、これでおしまい」
「ありがとう、雛子。すっかり疲れたのも無くなったよ」
「くししっ。ヒナはげーんき、だもんっ」
 にぱっと笑う雛子。
 僕はそんな雛子の頭を撫でてあげながら、可憐に訊ねた。
「ところで可憐……。どうかしたの?」
「えっ? あ、べ、べつに雛子ちゃんがうらやましいとか思ってませんっ。お兄ちゃんの意地悪っ」
 なんだか矛盾したことを言いながら、ぷいっとそっぽを向く可憐。
 苦笑しながら、僕は可憐に声を掛けた。
「可憐、帰りに“GreenChristmas”に寄って行こうと思ってたんだけど、一緒に行かない?」
「えっ? あ、うん、行きます」
 ぱっと笑顔になってこくこくと頷く可憐。
「それじゃ、行こうか」
 そう声を掛け、今度こそ僕は鞄を手に、教室を出た。

 喫茶店“GreenChristmas”は、商店街の中にある。以前、悪友のカズに、ウェイトレスさんが可愛いからとかいって連れてこられたのだが、ケーキや紅茶が美味しいので、それ以来ちょくちょく可憐や咲耶を連れて(というか連れられて)来ている。
 窓際の4人席、いわゆるファミリー席に案内された僕たちは、僕と可憐が並んで座り、向かい側に雛子が座った。
 すぐにウェイトレスさんが注文を取りに来る。
「ご注文はおきまりでしょうか?」
「あ、はい。僕はブレンド。可憐は?」
「えっと……、それじゃモンブランのセット、紅茶で」
「ヒナは、この赤いのっ!」
「えーっと、これ?」
「うん」
「えっと、キイチゴのババロアムース、それからホットミルクを」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
 ウェイトレスさんが一礼して下がる。
 僕は、以前そのウェイトレスさんの後ろ姿をぼーっと見ていて咲耶に思いっ切りつねられたことがあったので、それからはウェイトレスさんは見ないことにしていた。今日もそんなわけで、さりげなく窓の外に視線を向ける。
 その目に見慣れた姿が写って、僕は、あれっ、と思った。
「……衛?」


 Chasing "M" その1


「どうしたの、お兄ちゃん?」
 可憐に声を掛けられて、僕は向き直った。
「あ、いや。今、外を衛が走っていったような気がしてさ」
「えっ、衛ちゃんが?」
 可憐は僕の身体越しに外に視線を向けた。
「いや、もう見えなくなっちゃったけど。トレーニングウェア着てたから、ちょっと気になってさ」
「衛たん、いたの?」
 雛子が訊ねたとき、ウェイトレスさんがケーキを運んできた。
「お待たせしました」
「わぁい、ケーキだよ、おにいたま
 ささっと椅子に座り直すと、にこにこする雛子。
 可憐も座り直して、僕に視線を向ける。
「お兄ちゃん、とりあえず食べようよ」
「そうだね。どうぞ」
「いただきまーす」
 声を揃えて言うと、2人はケーキの攻略に取りかかった。
 僕はブレンドの入ったカップを手に、窓の外にもう一度視線を走らせた。
 僕が気になったのは、もう学校もとっくに終わってるであろう、こんな時間に、まだ衛がトレーニングウェアを着て走っていたことだった。
 ま、後で聞いてみればいいか。
 そう思って、僕は視線を、ほっぺたにクリームを付けてにこにこしている雛子と、そのクリームを拭いてあげている可憐に戻した。
「もう、雛子ちゃん、動いちゃだめよ」
「だってぇ、くすぐったいよぉ、可憐たまぁ」
「……可憐って、いいお母さんになりそうだな」
 何の気なしにそう言うと、可憐はぼっと赤くなった。
「や、やだ、お兄ちゃんったら、もう……。可憐は、まだそんな……」
「……可憐たま、どうしたの? おかお、真っ赤だよ?」
 雛子が首を傾げて可憐の顔を覗き込む。
「な、なんでもないの」
「はぇ?」
「えっと、えっと……、もうっ、お兄ちゃんが悪いんだからっ」
「へー。アニキがまた何か悪さしたの?」
「きゃぁっ! り、鈴凛ちゃんっ!?」
「あ、鈴凛たんだ。やっほー」
 思わず椅子から5センチばかり飛び上がる可憐と、のんきにケーキを頬張りながら手を振る雛子。
 可憐の背後からにゅっと顔を出した鈴凛は、雛子の隣に腰掛けると、僕と可憐の顔を見比べた。
「で、何がどうしたのかなぁ?」
「えっと、えっと……」
 赤くなって指を突き合わせる可憐。
「それは、そのぉ……」
「チェキーッ!!」
「きゃぁっ!」
 もう一度飛び上がる可憐をよそに、唐突に出現した四葉が僕にぐいっと虫眼鏡を突きつける。
「兄チャマ、正直に自白するデス!」
「な、何を?」
「……ところで、兄チャマは何をしたデスか?」
 くるっと向き直って、鈴凛に尋ねる四葉。
 鈴凛は肩をすくめた。
「さぁ。アタシも知らないんだけど」
「わぁい、四葉たんもいっしょだぁ」
 無邪気に喜ぶ雛子。
「おにいたま、ヒナね、もっとケーキたべたいな。そしたら、鈴凛たんも四葉たんもいっしょいっしょしてくれるよ」
「サンキュー、アニキ。えっとね、あたしはこのガトーショコラね」
「あっ、鈴凛チャマずるいデス! それは四葉が狙っていたんデス!」
「別にいいじゃない。四葉ちゃんも一緒の頼めば?」
「う。そ、それはそうデス。それじゃ四葉もそれデス」
「了解。あ、すみませーん、ガトーショコラ2つ追加してくださーい」
 僕はひとつため息を付くと、まずは四葉の襟首を掴んで引っ張り上げた。
「にゃっ!?」
「四葉にまず聞こうか。今日は試験だったんだろ? どうだった?」
 帰国してきた3人の妹のうち、春歌は僕たちと同じ白並木学園に転入してきたし、亞里亞はじいやさんが責任を持って教えるとのことだったんだけど、今まで四葉だけが学校が決まってなかったのだ。
 それで、イギリスから戻ってきてから、じいやさんと相談したうえで、鈴凛達の通っている若草学院に転入させることを正式に決めた。そして、今日がその転入試験の日だった、というわけである。
 僕の質問に、四葉は上目遣いになって僕を睨んだ。
「うーっ、兄チャマ〜、そりゃせっしょやおまへんか」
「……四葉ちゃん、どこで憶えたの、それ?」
 可憐に聞き返されて、四葉はふふんと胸を張った。
「日本の古典芸能デス!」
「……騙されてる、四葉ちゃん騙されてるよ、きっと……」
「で、試験は?」
「うーっ、兄チャマ、聞かないで欲しいデス」
 しょぼん、とする四葉。
 鈴凛が笑った。
「まぁまぁ。うちって結構お嬢様学校みたいだけど、一芸に秀でてたら、それなりに認めてもらえるところだし」
 確か、僕の妹たちの中で若草学院に通ってるのは、鈴凛、衛、白雪の3人だったよな。まぁ、確かに3人とも一芸に秀でてると言えるかも。
「だから、多少テストが悪くても大丈夫よん」
 そう言いながら、四葉の頭を撫でる鈴凛。
「えへへ、そうデスか。安心したデス」
 四葉はにへらーっと笑うと、不意に真顔に戻った。
「そうそう、それでデス! 四葉は衛チャマのことで、鈴凛チャマと一緒に兄チャマを捜してたんデス!」
「そういうこと」
 鈴凛が頷いたとき、2人の注文したガトーショコラが運ばれてきた。
「わぁ。美味しそうデス!」
「へっへー。頂きま〜す、アニキ
 早速ケーキに手を伸ばす2人。
 とりあえず、2人がケーキを片づけるまでは事情も聞けないな、と思って2人の食べる様子を見守っていると、不意に雛子が、僕の腕をたしっと掴んだ。
「おにいたまぁ」
「うん?」
「おにいたま、ケーキ食べてないよね」
「あ、うん」
 確かに、僕はブレンドを頼んだだけだった。
「それじゃね、ヒナのケーキ、半分こしたげるねっ」
「え? いいのかい?」
「うん」
 笑顔で頷くと、雛子はフォークでお皿の上のムースを半分に切った。そして、スプーンですくい取って、僕に向き直る。
「はい、おにいたま、あーん」
「あーん。ぱくっと。うん、美味しいよ」
「えへへー」
 満足そうに満面の笑みを浮かべる雛子。
 僕はその頭を撫でてあげながら、ふと隣の可憐が妙に黙り込んでいるのに気付いた。
「……可憐、どうかしたの?」
「う、ううん、なんでもないよ、お兄ちゃん」
 可憐は首を振ると、またじぃーっと自分の前の空になった皿を見つめていた。
「……もしかして、可憐ももう一つケーキが欲しいの?」
「違うもん。……お兄ちゃんのばか」

 とりあえず2人がケーキを食べ終わって一段落したところで、僕は改めて訊ねた。
「で、鈴凛、四葉。衛になにがあったんだ?」
「あ、そうそう、それそれ」
 食後にプーアル茶を飲んでいた鈴凛が、カップを置いて言った。
「それなんだけど、アニキ、衛ちゃんに昨日メールしたんだって?」
「えーっと、ああ、確かね。うん、したよ」
 僕は頷いた。それから首を傾げる。
「でも、どうしてそれを?」
「だって、衛ちゃんが嬉しそうに話してくれたからね。アニキってば、アタシのメールは時々返事してくれないくせに」
「まぁ、それはなんだ。で、それでどうして……?」
「その中で、兄チャマ、今度学校の水泳大会に出るって言ってたデスね!」
 びしっと僕に指を突きつける四葉。
「ああ、例の遠泳大会だろ? まったく、弱り目に祟り目だよ」
 思わずため息を付いてしまう僕。
 僕たちの通っている白並木学園では、毎年プール開きの頃にクラス対抗の遠泳大会というものがあるのだ。
 普通は水泳部員なんかが出るんだけど、どういうわけかうちのクラスには水泳部員がいなかった。
 で、仕方なく学級会で代表を決めたのだが、その学級会が開かれた頃、僕はロンドンにいた。
 となれば、どうなったかは判ると思う。そう、欠席裁判状態で、僕がクラス代表として遠泳大会に出ることになってしまったのだ。
「……お兄ちゃん、1キロも泳げるの?」
 白並木学園中等部の生徒だけあって、可憐はその遠泳大会のことも知っているわけで、僕に心配そうな視線を向けてきた。
 僕は軽く手を振った。
「いや、1キロは中等部だよ。高等部だと4キロだって」
「ええっ? お兄ちゃん、死んじゃうよ、そんなのっ。ど、どうしようっ、可憐、まだレクイエムは弾けません」
「いや、死にはしないと思うから落ち着いて」
 可憐のうろたえぶりに、逆に僕は余裕が出てしまった。
「で、ほら、衛ちゃんって体育会系だから、アニキからそんなメールをもらったってことは、自分が頼られてるって思い込んじゃったみたいなのよ」
 鈴凛が肩をすくめた。四葉もうんうんと頷く。
「兄チャマ大ピンチデス!」
「そ、そうなのか?」
「イエス! 衛チャマは手ぐすね引いて兄チャマをしばくつもりデス!」
「四葉ちゃん、それを言うならしごく、よ」
「うう、そうデスか?」
 鈴凛にツッコミを入れられて、かくんと肩を落とす四葉。
 と。
「あーっ、見つけたっ、あにぃっ!」
 いきなり喫茶店の入り口の方から、大きな声が聞こえた。
 驚いてそっちを見ると、衛が大きく息を付きながら、そこに立っていた。


《続く》

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あとがき
 というわけで、第5章に突入です。
 クイズにもなっていたヒロインは衛なのですが、例によってほとんど出てません(笑)
 この先もこうなのかどうかは、まだ定かではありませんが……。さて、どうなることやら。

PS
 ヒロインの法則については、私の中では理由を見つけました(笑)

 しすたぁぷりんせす 2-5-1 02/3/20 Up 02/4/7 Update
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