トップメニューに戻る 目次に戻る 前回に戻る 末尾へ 次回へ続く
「……お兄ちゃん、ごめんなさい」
《続く》
しょぼんとして、椅子から降りてきた可憐が、泣きそうな顔で俺に謝った。
「可憐、うまく弾けなくて……」
「謝ることないよ。だいたい、ピアノとオルガンは別物なんだろうし」
「うん……、おんなじ鍵盤だから弾けるかな、って思ったけど……。やっぱりパイプオルガンってピアノとは全然違ってたの」
可憐は振り返って、照明に照らされて金色に輝くパイプを見上げた。
衛が口を挟む。
「今の、ダメだったの? ボクにはちゃんと弾けてたように聞こえたけど……」
「うん……。今のじゃ、音楽じゃなくてただの音の羅列だもん。あんなのお兄ちゃんに聞かせちゃうなんて、可憐は自分が情けないです……」
うわ、なんか本格的に落ち込んでるみたいだ。
「そうなの? どっちにしてもボクには出来ないから、可憐ちゃん尊敬しちゃうんだけどさ」
「だって、キータッチ変えても音がおんなじなんだもん。それに下にも鍵盤あるし、横のスイッチはうまく使えないし……」
「お嬢さん、オルガンは初めてなのかな?」
今まで黙って聞いていたお爺さんが、可憐に話しかけてきた。
「あっ、ありがとうございました」
慌てて僕から離れて、ぺこりと頭を下げる可憐。
「えっと、可憐は本当はピアノを弾くんです。それで、出来るかなって思ったんだけど、だめでした」
「ほっほっほ。まぁ、そんなものじゃよ」
「どうもすみませんでした、妹がご迷惑をおかけしまして」
僕も頭を下げた。と、お爺さんは僕に視線を向けた。
「……」
「あ、あの、何か?」
じーっと僕を見つめるお爺さんに、僕は聞き返した。
「……いや、すまんな。ただ、お前さんには並みならぬものを感じたのじゃよ。おや?」
お爺さんは次いで衛に視線を向けて、首をかしげた。
「おや? そちらの娘は、明日の婚礼の……」
「あ、違います。似てるんだけど、僕の妹なんです」
僕は慌てて首を振った。
「うーっ、ボク、また間違われたの?」
不満げに膨れる衛に、お爺さんは笑って謝った。
「ほっほっほっ、いやすまなかったな。そうじゃな、あの娘がこんな所に出てこられるはずもなかったわい」
「……お爺さん?」
このお爺さん、四葉のことを何か知ってるんだろうか?
「おお、そうじゃ。せっかく来たんじゃし、この聖堂の案内をして差し上げるかな。時間はいいかね?」
「え? ええ、まぁ……」
頷く僕に、お爺さんはにっこりと笑った。
「それじゃ、まずはこっちからじゃな。この通路には……」
教会の、普段は入れないような所までいろいろと案内してもらった僕たちが外に出ると、もう暗くなり始めていた。
しかし、教会ってあんなに隠し通路みたいなものがあるなんて思わなかったなぁ。
そう思いながら、お爺さんに尋ねた。
「あの、お爺さん。普段からこんな奥まで観光客を案内してるんですか?」
「全ては主の御心のままに、じゃよ」
お爺さんはそう言い残して、教会に戻っていった。
僕たちは何となく顔を見合わせた。
「変わったお爺さんだったね、あにぃ」
「衛ちゃん、あまりそういう風に言うものじゃないと、可憐は思います」
「うん、そうだね。衛、気をつけなさい」
「はぁい」
衛はぺろっと舌を出した。
「さて、それじゃ目的も果たしたことだし、そろそろホテルに戻ろうか」
「はーい」
素直に返事をする2人を連れ、僕はチューブの乗り場に向かって歩き出した。
「ただいま〜」
「お・に・い・さ・ま!」
声を掛けながらホテルのドアを開くなり、目の前に立っていた咲耶が、ずいずいっと詰め寄ってきた。
「わ。さ、咲耶?」
「どういうつもりなんですか、お兄様!」
「な、なにが、かな?」
「どうして、私に黙って可憐ちゃんや衛ちゃんと一緒に出かけたのか、って聞いてるんですっ!」
その声に、僕の後ろに隠れるようにしていた可憐がびくっと身をすくませる。
「ご、ごめんね、咲耶ちゃん。えっと、可憐は、そのぉ……」
「まぁまぁ、咲耶ちゃんも。今回はしてやられたってことで」
鈴凛が割って入ると、咲耶は「はぁ」とため息をついた。
「もう、お兄様ったら。そんなに一人で行くのが寂しかったのなら、一声掛けてくれればよかったのに。そうしたら、私はもういつだって……。そして2人は愛の逃避行に出るのよ。うふふっゥ」
あ、咲耶が旅に出ていってしまった。
鈴凛は、僕に向かってウィンクして見せた。
「ほら、アニキ、それから後ろの2人も。今のうちに中に入りなよ」
「サンキュ、鈴凛」
「いえいえ。感謝の気持ちは後で現してもらうわよん、アニキゥ」
うう、日本に帰ったら鈴凛にどれくらい買い物に連れ回されることやら……。考えただけでくらくらしそうだ。
「ん? どうしたの、アニキ?」
先に歩き出し掛けていた鈴凛が振り返る。僕は慌てて首を振った。
「いや、なんでも」
「変なの。ま、いっか」
「お兄ちゃん、咲耶ちゃんはどうするの?」
可憐に言われて、僕は振り返った。
「やん、お兄様ったら、そんな大胆な……。でも咲耶はいつだってお兄様のモ・ノゥ」
……こりゃ、しばらく帰ってこないな、多分。
「とりあえず、そっとしておいた方が良さそうだ」
「うん、ボクもそう思うな」
「放っておけば、そのうち正気に戻るわよ」
衛と鈴凛もうんうんと頷き、僕たちは邪魔をしないようにそっとロビーに戻ることにした。
「ああっ、そんなお兄様、大胆な……。うふふっゥ」
ソファに腰を落ち着け、千影の煎れてくれたハーブティで人心地付いたところで、僕はロビーを見回して訊ねた。
「ところで、白雪と春歌がいないみたいだけど?」
「あ、2人なら、夕ご飯を作ってくれてるの。呼ぶ?」
花穂が僕に聞き返した。
「あ、いや。せっかくやってもらってるのを中断させるのもなんだから、呼ばなくてもいいよ、花穂」
「うんっ」
花穂は笑顔で頷いた。僕は鈴凛に視線を向けた。
「それで鈴凛、あれから何かあった?」
鈴凛に尋ねたことに別に他意はないのだが、強いて言えば、今ロビーにいる面子では一番全体の事情を知ってまとめ役になりそうなのが、鈴凛だったからだ。年齢で言えば千影だろうけど、彼女はわりと我関せずだし。
果たして、鈴凛は肩をすくめて答えた。
「アニキが出かけてる間は、なんにもなし。もう咲耶ちゃんも春歌ちゃんも、アニキが可憐ちゃん達と一緒に行ったって知ってからはソワソワしっぱなしで、相談しようにもどうにもならないんだから」
「あは、あはは」
可憐が引きつってる隣で、衛は不思議そうな顔をしていた。
「どうしてボクがあにぃと一緒に出かけて、咲耶ちゃんや春歌ちゃんがそわそわするの?」
一瞬、ロビーが静まりかえった。
鈴凛が、不意にぽんと手を打つ。
「あー、そうそう! アニキ、鞠絵ちゃんからメールの返事が来てたよ」
「お、そうか。見せてくれる?」
「いいわよ」
もったいつけるかな、と思ったけど、鈴凛もこの場の空気を何とかしたいと思っていたらしい。あっさりとポケットから端末を出して、広げて見せてくれた。
「えっとね、……はい、これ」
「サンキュ。どれどれ……」
僕は、液晶画面に映った文字に視線を走らせた。
こんにちわ、それともそちらでは、こんばんわ、でしょうか。兄上様、ご無沙汰しております。
遠いロンドンで、兄上様やみんなは、元気にしているでしょうか? 風邪など引いていないでしょうか?
日本では、私もミカエルも、そして雛子ちゃんも亞里亞ちゃんも、元気にしています。御心配なく。
鈴凛ちゃんからのメールで、事情はおおよそわかりました。
色々と考えたのですが、私にはあまりいいアイデアは浮かびませんでした。一応、書いてみますけれど、戯言と思って読み流してくださっても結構です。
「……なるほど。確かに、これならうまくいきそうだな」
僕は頷いて、端末を閉じて鈴凛に返した。
「ありがとう、鈴凛」
「どういたしまして」
「お兄ちゃん、どうだったの?」
可憐が僕に尋ねた。僕は一つ頷いた。
「鞠絵が、いいプランを立ててくれたよ」
「ほんと? それじゃ四葉ちゃんは大丈夫なの?」
ぱっと表情を明るくする可憐。
「よかったぁ」
「さすが鞠絵ちゃん。すごいなぁ……」
感心したように言う花穂の頭を、衛が軽くこつんと叩いた。
「こらこら、花穂ちゃん。まだうまくいったわけじゃないぞっ」
「あいたっ。うう、それはそうだけど……」
「とりあえず夕御飯を食べてから、みんなで打ち合わせをしよう」
僕がそう言ったとき、白雪が呼びに来た。
「にいさま〜、夕食の用意が出来ましたの〜」
「お、それじゃ食堂に行こうか、みんな」
「おーっ」
みんなもお腹が減っていたらしく、歓声が上がった。
そして翌日の朝。
朝食を済ませると、僕は自分の部屋に戻って、夕べ親父に連絡して用意してもらった礼服に着替えていた。
……うーん、こんなもんだろうか?
言うまでもなく、こんなタキシードなんて僕は初めて着るわけで、鏡に写してみてもちゃんと出来てるかよく判らない。
困ったな。まぁ適当でもいいって言えばいいんだろうけど、あんまり変でもみっともないし。
と。
トントン
「お兄様、用意出来たかしら?」
ノックの音に続いて、ドアの向こうから咲耶の声が聞こえてきた。
「あ、出来たのかな? とりあえず開けるから、ちょっと待って」
僕は返事をしてドアの鍵を外して開けた。
廊下で待っていた咲耶は、くるりと回って見せてから、一礼した。
「どうかしら、私のドレスは。ね、お兄様?」
柔らかな緑色のドレスは、咲耶によく似合っていた。
「うん、似合ってるよ、咲耶。流石だね」
「あはっ、ありがとゥ」
そう言って嬉しそうに笑う咲耶に、僕は尋ねた。
「ところで咲耶、僕の格好はどうかな? おかしくない?」
「お兄様の? うーん」
咲耶は腕組みして僕を見ると、つかつかと歩み寄ってきた。そして、胸元に手を伸ばすと、ネクタイの結び目を解いて結び直す。
「咲耶……?」
「ちょっと待ってね、お兄様。……うん、これでよし、と」
一歩下がって、じーっと見てから、咲耶は頷いて満足げに笑った。
「愛する人のネクタイを直すっていうのは、やっぱり新妻の特権よねっゥ」
「に、新妻?」
「あはっ、言ってみただけよ」
屈託無く笑うと、咲耶は表情を改めた。
「お兄様、みんな準備出来てるわよ」
「そうか。それじゃ、行こうか」
「ええ」
咲耶は、僕の腕に自分の腕を絡ませた。
「行きましょう、お兄様」
「いいなぁ、みんな。花穂もドレス着たかったなぁ」
「ボクは、ひらひらしたのは苦手だから。あははっ」
ロビーに集まったみんなを見て、花穂と衛がそんな事を言う。ちなみに、花穂はいつもの私服だが、衛は僕のに似たボーイッシュな礼服姿である。気分はウィーン少年合唱団。
「可憐は、ちょっと恥ずかしいな」
「わたくしは、こういう服を着ると、ドイツにいた頃を思い出して懐かしいです」
「にいさま、姫は頑張りますの」
こちらはドレス組の3人。この3人に、咲耶と衛、鈴凛を加えた6人が、僕と一緒に、式場となる教会に参列者として乗り込むわけだ。
と、そこに鈴凛が手に花束を持ってやって来た。
「お待たせ〜っ、アニキ。なんとか出来たわよ」
「おう、お疲れ。ほう、鈴凛はチャイナドレスか」
「そ。どう、似合う?」
ちょっとしなを作ってみせる鈴凛。いつもは頭に乗せているゴーグルを今日は外してることもあって、なんだか別人みたいに見える。
「に、似合ってるよ」
「えへへ〜、どーも」
照れたように笑う鈴凛。
「お兄ちゃま、気を付けてね。花穂は応援するから」
「ああ。でも、花穂にも頑張ってもらわないとね」
そう言って花穂の頭を撫でると、花穂は嬉しそうに笑った。
「えへへっ。花穂、頑張っちゃいますゥ」
「よし。親父、花穂を頼むよ」
「おう」
今日は休暇を取ってきたという親父は、大きく頷いた。
僕は、ため息を付きながらも、一応指摘しておく。
「……ところで親父、その右手のデジタルビデオカメラは何のためなんだ?」
「我が娘達の晴れ姿を記録するために決まっておるだろうが」
きっぱりと言う親父。ちなみに、これまでの間も、ドレス姿のみんなを撮りまくっていたのである。
「ちなみに、この記録は後で電子文書化して大英博物館に保存する予定だ」
「……なにも大英博物館に保存せんでもええやろ」
何故か大阪弁で突っ込んでしまう僕。
「何を言うか、我が息子よ。こういうものを記録せずして何がマルチメディアだ。ほら、可憐、そこでくるっと回ってみてくれないか?」
「こ、こう?」
黄色いドレス姿の可憐がくるっと回ってみせる。ドレスの裾がその動きにつれてふわりと舞い上がる。
「きゃっ」
慌てて裾を押さえて、赤くなる可憐。
「うむ、ナイスアングル」
親父はきらっと歯を光らせて、ぴっと親指を立てた。
どげしぃっ
「何がナイスアングルだこのドアホ!」
「おうっ、……我が息子よ、後頭部にいきなり痛撃を加えるとは。成長したな」
「そういう問題かっ」
「あの〜、もしもし? いつまで2人で親子漫才をやってるのさ?」
鈴凛に言われて、僕は我に返った。
「おっと、そうだった。それじゃ親父、花穂と千影をよろしく」
「うむ。俊一、お前もしっかりな」
「わかってる」
僕は、頷いた。
「絶対に、四葉は取り返すよ」
トップメニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く
あとがき
鈴凛「鈴凛ちゃんの発明品こーなー! どんどんぱふぱふ〜」
咲耶「……もうちょっと、他のタイトルは無かったの?」
鈴凛「うーん。それじゃ、ドクター鈴凛の……」
咲耶「あーっ! やっぱり最初のでいいわよっ」
鈴凛「あ、そう? さて、このコーナーは、あたし、鈴凛ちゃんがアニキのために今までに作ってきた発明品を取り上げるという画期的かつ実用的なコーナーなのよん」
咲耶「鈴凛ちゃんの発明品って、割と役に立つものが多いのが特徴なのよね」
春歌「そうですね。それで、今回は何を取り上げるのでしょうか?」
鈴凛「今回のびっくりどっきりメカ! ロンドン編で話にこそほとんど出てこないけど、ずっとみんなが使ってる、鈴凛ちゃん特製自動翻訳機、『つうやくんマーク8』!」
咲耶「あら? マーク7って言ってなかった?」
鈴凛「ちっちっ。咲耶ちゃん、真の天才は努力を惜しまないのよ。というわけでロンドンでさらに改良を加えたマーク8、英語と日本語の双方向通訳に限定、かつアニキや咲耶ちゃん達、使用者一人一人の発音やボキャブラリーに合わせて微調整を加えた結果、認識率99.9%、誤訳を限りなくゼロに近づけた高性能翻訳機なのよ。しかも、外から聞こえる音声を日本語に訳して流すなんて基本機能は当然ながら、さらに使用者の肉声、この場合は日本語だけど、それに指向性高周波をぶつけて他の人に聞こえなくした上で、英語の音声を、あたかもその人が英語を話しているかのように流すという高性能ぶりっ!」
咲耶「それで、私たちがこちらの人とそのまま話してるようにみえるわけね」
春歌「鈴凛さん、素晴らしいですわ」
鈴凛「えへへっ。まぁ、何かあったらこのドクター鈴凛にお任せあれっ」
鈴凛が、本当にそんなものを作れるかどうかは定かではありませんが。まぁ、メカ鈴凛を作れるくらいだから、この程度はお茶の子さいさいで作ってしまいそうです。
鈴凛は設定のふっとび具合は千影といい勝負だと思うのは私だけでしょうか?
それにしても、四葉は出てきませんねぇ(笑)
まぁ、話の展開上、仕方がないので勘弁してください。
しすたぁぷりんせす 2-4-9 02/3/10 Up 02/3/13 Update