トップページに戻る 目次に戻る 前回に戻る 末尾へ 次回へ続く
ホテルのロビーに飛び込むと、衛が声を上げた。
《続く》
「みんなっ、あにぃが帰ってきたよっ!!」
「お兄様がっ!?」
「お兄ちゃん!」
待っていてくれたみんなが、その声を聞いて一斉に入り口に押し掛けてきた。
「にいさま、ご無事ですのっ!?」
「お兄ちゃま、大丈夫? どこも痛くない?」
「だ、大丈夫だから、みんな少し落ち着いてっ」
もみくちゃにされながら、ようやくのことでそう言うと、咲耶が頷いて皆の方に向き直る。
「ほら、お兄様も困ってるわ。みんな、少し離れなさいな」
……そう言いながら、しっかり僕の腕を抱え込んでいる辺りが咲耶らしいけど。
可憐が僕に尋ねた。
「それで、お兄ちゃん。あれからどうなったの?」
「ああ。それが……」
「兄君さま、入り口で立ったままというのもどうかと存じますが」
後ろから春歌に言われて、それもそうだと僕は頷いた。
「うん。とりあえずみんな、座って話すことにしようか」
ロビーのソファに腰を落ち着けてから、僕はみんなと別れてからの話をした。
「……と、まぁ、四葉は結局、何て言うか、お家の事情に巻き込まれたってことらしいんだ」
「ひどいですの。四葉ちゃんが可哀想ですの」
憤慨した顔で白雪が立ち上がった。
咲耶が、親指の爪を噛むようにしながら呟く。
「ライバルが消えるというのは喜ぶべきなんだけど、はっきりと勝負で白黒付けたわけじゃないのは納得いかないわよね……」
「咲耶ちゃん、ちょっと怖いよ……」
可憐に言われて、はっと辺りを見回す咲耶。
「えっ? あたし、今、声に出してた?」
「うん、しっかり」
「あ、えっと……、とっ、とにかくそんなの許すべきじゃないわ。ね、お兄様?」
「そりゃもちろん許せないさ。だけど……」
僕はソファに身体を沈めて、考え込んだ。
「僕たちに何が出来るんだろう……」
「もちろん、その四葉ちゃんの結婚式を潰せばいいんだよっ」
衛が拳を振り上げて力説した。
「だから、アニキは、それをどうやってやればいいのかって考えてるのよ」
「あ、えっと、えっと……」
鈴凛にツッコミを入れられて口ごもってしまう衛。と、何か思い付いたらしく、ぽんと手を打つ。
「そうだ! 結婚式をしてるところに飛び込んで、四葉ちゃんをさらって逃げるってのはどうかな?」
「素敵。『卒業』みたい。満場の結婚式場から、お兄様が私をさらって、一緒に恋の逃避行に出るのよ……」
「もしもーし、この場合さらわれるのは咲耶ちゃんじゃなくて四葉ちゃんだってば」
手を組んでうっとりする咲耶に、鈴凛がツッコミを入れる。
「う〜ん、にいさまにお出しする美味しいお料理のレシピならすぐに思い付くんですけど、そういうのは、姫はちょっと思い付きませんの」
「花穂も、思い付かないよ……」
「さて、どうしたものかな、兄くん?」
一人、壁にもたれるようにして立っていた千影が、僕に視線を向けて訊ねた。
僕は聞き返してみた。
「千影は何かプランがある?」
「……ふふっ」
何も答えずに、薄く笑う千影。何故か背筋がぞくりとした僕は、可憐に視線を向け直した。
「それじゃ、可憐には何かいい案はないかな?」
「えっ? あ、ええっと……」
可憐は少し考えてから、ふと顔を上げた。
「鞠絵ちゃんに聞いてみるっていうのはどうかな? 鞠絵ちゃんなら色々ご本も読んでるし、頭もいいから、良い案があるかもしれないと思うの」
「そうか、その手もあるか。それじゃ早速、鞠絵に聞いてみようか」
僕は腰を上げた。と、可憐が立ち上がる。
「お兄ちゃんは座ってて。可憐が言い出したことだから、可憐から鞠絵ちゃんに電話してみるよ」
「うん……」
頷きかけて、ふと気付く。
「電話って、可憐、鞠絵は起きてるのかな?」
「えっと……」
可憐は壁の時計に目を走らせた。ちょうど午後2時過ぎ。
「日本だと今は……」
「時差は9時間だから、午前5時ってことになるよ」
鈴凛に言われて、可憐は肩を落とした。
「それじゃ、鞠絵ちゃんまだ寝てると思う……」
例えば、これがカズ辺りなら電話でたたき起こすのもありだとは思うけど、流石に鞠絵をたたき起こすのはためらわれるわけである。
「オッケイ。んじゃ、アタシがメールしとく」
鈴凛はポケットから小さなキーボードを取り出した。なるほど、メールなら出してもたたき起こすこともないし、鞠絵は几帳面だからちゃんとメールチェックはしてるって聞いたから、問題はないだろう。
「それじゃ鈴凛、そっちは頼むよ。さて……」
僕は白雪に視線を向けた。
「白雪、頼みがあるんだが」
「姫にですの?」
急に声を掛けられてびっくりした顔の白雪に、僕は手を合わせた。
「お昼、用意してくれないかな? もうお腹減って」
「ああ、そういうことでしたの。それなら問題はありませんの。姫がすぐに、にいさまのほっぺたが落っこちそうなお料理を用意するですの」
にっこり笑って、白雪は立ち上がった。
「あ、可憐も手伝うね」
「わたくしも、よろしければ、お手伝いさせていただきたいのですが」
可憐と春歌が声を掛け、白雪は笑顔で頷いた。
「はい、それじゃ2人にもお願いしますの」
「それじゃ3人とも、頼むよ」
僕が声を掛けると、3人は「はい」と返事をして、ロビーから奥に入っていった。
「送信完了、と。アニキ、鞠絵ちゃんにメール出しといたよ」
「サンキュ。……ところで鈴凛、その手は?」
「やだなぁ、アニキったら。判ってるくせにぃ」
「……えーと、トラベラーズチェックでいいですか?」
それからも僕たちは色々と頭を捻ったのだが、結局3人がお昼を用意してくれている間には、何も思い付かなかった。
とりあえず、腹が減っては戦も出来ぬというわけで、僕たちは食堂に移動して、ちょっと遅めの昼食を済ませてから、もう一度話し合うことにした。
「そういえば、お兄様」
食後の紅茶を口にしながら、咲耶が僕に尋ねた。
「四葉ちゃんの結婚式ですけど、明日のいつ、どこでやるんですか?」
「あっと、いけない。みんなにも渡してくれって言われてたんだった」
僕は、えーとと首をかしげてから、春歌に尋ねた。
「春歌、例の招待状はどこに置いたっけ?」
「それなら、わたくしがお預かりしておりますわ」
春歌は頷くと、袂から封筒の束を取り出した。
「あにぃ、それは何?」
「ああ。四葉の執事さんから、念のためにって預かってた、みんなの分の招待状だよ」
「はい、兄君さま。どうぞ」
僕に封筒を一通渡してくれる春歌。
「ありがとう。みんなにも配ってくれないか?」
「承知いたしました」
頷いて、春歌は他のみんなにも封筒を一通ずつ配った。
咲耶は、ぴっと爪で封を切ると、中からカードを取り出した。
「式は……、明日の12時ちょうどから、サイサリス教会で、か……」
僕もカードを開いてみた。もちろん中身は英語で書かれてるけど、そんなに難しい文面じゃないし、時間と場所だけなら読みとれる。教会の場所だって、ちゃんと簡単な地図がついていたし、住所も書いてあるので、調べればすぐにわかりそうだった。
「今が……午後の3時だから、あと残りは21時間くらいなのね」
壁に掛かっている時計を見上げて、咲耶は呟いた。
僕は立ち上がった。
「お兄ちゃん?」
「こうしてても良い考えが浮かぶわけでもないし、僕はこの教会を見に行ってみるよ。みんなは何かあったらいけないから、ここに残っててくれ」
そう言い残して、僕は食堂を出た。
一度、自分の部屋に戻った僕は、ロンドン市内の地図を引っ張り出し、教会の場所を確かめていた。
トントン
不意にノックの音がした。
「……はい?」
「あの、お兄ちゃん、可憐です」
「ああ、可憐か」
僕は部屋のドアを開けて、可憐を中に通した。
「もうすぐ僕は出るけど、とりあえずそこに座って……」
「お兄ちゃん、可憐も連れて行ってください!」
可憐は、両手をぎゅっと胸の前で握りしめ、僕に向かって言った。
「可憐、僕は観光に行くわけじゃないんだよ」
「そんなの、判ってるもん。でも、可憐はお兄ちゃんが心配で……」
「教会を見に行くだけだって」
「でも……」
僕は可憐の方に手を置いた。そして、噛んで含めるように言った。
「ここは、日本じゃないんだ。可憐、どんな危険があるか判らないんだよ」
可憐は、僕の目をじっと見つめて、答えた。
「だから、可憐はお兄ちゃんと一緒に行きたいの。さっきみたいにお兄ちゃんをじっと待つのは、もう嫌……」
その瞳の奥から溢れてくるような力に、僕はあっさりと敗北した。
「……わかったよ。それじゃ、一緒に行こう」
「お兄ちゃん……。うんっ! ありがとう、お兄ちゃんゥ」
可憐は、僕の腕を抱え込むようにして笑った。
「……誰もいない?」
「うん。みんな、お部屋に戻ってるみたい」
僕と、動きやすい服に着替えて髪をアップにまとめた可憐は、ロビーに誰もいないのを確認して、こそこそと玄関に向かった。
他の娘に見つかったら、また僕についてくるっていう話になって一悶着も二悶着もありそうだったので、僕と可憐はこっそりと出かけることにしたのだった。
「……えへへっ」
「可憐、何を笑ってるんだい?」
「あ、ごめんなさい。でも、なんだかこういうのも楽しいなって」
「こらこら。危ないかも知れないっていうのに」
そう言いながら、僕は玄関の扉に手を掛けて開いた。そして、可憐を先に行かせて、後から滑るようにホテルを出ると、扉を閉めて一つ息をつく。
「しかし、正面玄関からしか出入り出来ないホテルっていうのも、なんだかなぁ……。普通、従業員用出口くらい別にあるだろうに……」
「お兄ちゃん、行こっ」
可憐がぶつぶつ言っていた僕の腕を引っ張る。
「そうだな。ここでぼんやりしてて他の娘に見つかったら台無しだし……」
「何が台無しなの、あにぃ?」
「そりゃ、せっかくここまで見つからずに来られたの……。あにぃ?」
ぎぎぃ、と首を回して振り返ると、「あちゃぁ」という顔をして額を抑えている可憐の隣に、トレーニングウェア姿でにこにこしている衛がいた。
「衛? なんで、ここに?」
「部屋に閉じこもって考えててもだめだから、ちょっと身体を動かそうと思って、この周りをランニングしてたんだ。それであにぃ、可憐ちゃんと2人で、どこか行くの? それならボクも連れて行ってよ」
笑顔で言う衛に、結局は可憐のときと同じように押し切られてしまう僕だった。
……あな、情けなし。
部屋に戻って、トレーニングウェア姿からパンツルックに着替えた衛が、窓からロープを垂らして、するすると滑り降りてきた。
「お待たせ、あにぃ、可憐ちゃん」
「もう、衛ちゃん、そういうのは危ないよ」
「だって、ほかのみんなに見つかったら危ないんでしょ? ほら、急がないと」
ぱんぱんと僕と可憐の背中を叩いて言う衛。
「そういえば、衛は春歌と同室だったんだろ? 春歌は部屋にはいなかったのか?」
「うん。春歌ちゃんは咲耶ちゃんの部屋に行って何か相談してたみたい」
「そっか……」
「お兄ちゃん、行こうよ」
可憐に腕を引かれて、僕は頷いて歩き出した。
「あ、待ってよ、あにぃ」
衛が後から追いかけてくる。
僕はふと気付いて、衛に声を掛けた。
「そういえば、いつもしてるゴーグルは?」
「えっ?」
言われて頭に手をやると、衛はえへへと笑った。
「慌てて着替えて来たから、部屋に忘れてきたみたい」
「そっか」
僕は、衛の頭に手を置いてくしゃっとかき回した。
「わっ、もうあにぃってば、くすぐったいよっ」
「あはは、悪いな」
「えへへっ」
「……も、もうっ、お兄ちゃん、早く行こうっ!」
いきなり可憐が腕を引っ張った。
「わ、判ってるって。でも、そんなに引っ張らなくてもいいじゃないか。でも、衛はゴーグルなしでも可愛いんだなぁ」
「あ、あにぃ……、えっと……、ボク……」
「お兄ちゃん……。も、もうっ、知らないっ」
可憐は僕の腕を放すと、くるっと背を向けて、すたすたと歩き出した。
……可憐、何を急に怒り出したんだろう?
疑問に思いながら、僕は可憐の後を追った。
「わわっ、待ってよ、あにぃ、可憐ちゃんっ」
そして、10分後。
「……ところで、可憐。ここは、どこだ?」
「……ううっ。ごめんなさい、お兄ちゃん……」
「あにぃ、どうしよう……?」
僕たち3人は、ロンドン市内で迷子になっていた。
トップページに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く
あとがき
こちらも再開ってところです、はい。
とりあえず、息切れするまでは行こうかと。
02/3/4 Up 02/3/5 Update