トップページに戻る  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く


しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜 第2部
第4章 Missing "Y" その6

 ガチャッ
 窓を大きく左右に開け放つと、四葉はこっちに向かって声を上げた。
「兄チャマ! 兄チャマ兄チャマ兄チャマ〜っ!」
「四葉!」
 思わず叫び返すと、四葉は泣きながら外に飛び出した。
 ……って、そこって2階!
 と思うまもなく、四葉は窓の外にあった木の枝に飛び乗っていた。そのまま、その木をするするっと滑り降りると、鉄柵のところに駆け寄ってくる。
「兄チャマ〜〜っ!!」
「四葉! 大丈夫かっ!?」
 声をかけると、四葉はうんうんと何度も頷くと、鉄柵越しに手を伸ばした。
「兄チャマ、チェキデス!」
 頬を涙が流れ落ちていたけれど、その顔に浮かんでいたのは、満面の笑みだった。
「ごめん、四葉。遅くなった」
 そう言いながら、僕は四葉の手を握った。
 ぶんぶんと首を振る四葉。
「そんなことないデス! 兄チャマは、やっぱり四葉の兄チャマデス!」
 と。
「誰だっ、そこにいるのはっ!!」
 怒鳴る声が聞こえた。そっちを見ると、数人の男達が走ってくるのが見える。
「ヤバそうだよ、あにぃ! どうするっ!?」
 衛が焦った声を上げた。
 ……ここは、一旦逃げた方が良さそうだな。とりあえず、四葉の無事も確認できたし。
「……四葉、後でまた来るから!」
「……」
 こくん、と頷く四葉の手を、後ろ髪を引かれる思いで離す。
「くらえ、鈴凛ちゃん特製、えんまくん!」
 鈴凛が男達の手前に何かを叩き付けた。かと思うと、ぼうんっと煙が吹き上がり、そこに勢い余って男達が突っ込む。
「うわぁっ! げほげほげほっ」
「なんだこの煙はっ!?」
「ただの催涙ガスよん。さっ、アニキ、今のうちに逃げよっ!!」
 振り返る鈴凛。
「助かる、鈴凛! みんなこっちへ!!」
 僕たちは駆けだした。

 とはいえ、さすがに白雪や花穂の走る速度に合わせていると、後ろから追いかけてくる男達にいずれは追いつかれてしまうだろう。
 こうなったら、仕方ない。
 僕は、角を曲がったところで足を止めて、背後に向き直る。
「お兄様!?」
 いち早くそれに気付いた咲耶が声を上げる。その咲耶に僕は言った。
「咲耶、みんなを連れて、先にホテルに戻ってるんだ!」
「でっ、でも……」
「……みんなを頼む、咲耶」
 振り返って、咲耶の目を見て言う。
 咲耶は、頷いた。
「わかったわ、お兄様。でも……、必ず無事で戻ってきて」
「もちろん」
 笑顔で頷くと、改めて向き直る僕。
 背後で咲耶がみんなに声をかけた。
「みんな、早く行くわよ」
「でっ、でもあにぃが……」
「私たちがお兄様の足手まといになってしまってはダメよ、衛ちゃん」
「……う、うん……」
「お兄ちゃんっ! 可憐、待ってるからっ!」
「アニキ、負けるんじゃないわよっ!」
「にいさま、姫は昼食を作って待ってますから、絶対に食べに戻ってきてくださいねっ!」
「あにぃ……」
「ほらっ!」
 咲耶に急かされるように、足音がバタバタと遠ざかっていき、僕はほっと一息ついた。それから右隣を見て驚く。
「春歌っ!?」
「兄君さまの危機、見過ごすわけには参りませんわ。大丈夫です。身を守るすべくらい身につけております」
 どこから出したのか、紐で着物の袖をたすきがけに縛り、右手で長刀を立てて、と、すでに臨戦態勢といった風の春歌だった。
 そしてもう一人。
「……ふふっ。兄くんを……私以外の、者の手に……かけるわけには、いかない……からね……」
 左側に進み出たのは、千影だった。春歌と違って別に武器を持ってるわけでもないのだが、こちらもどこから出したのか、右手にやたら古めかしい装丁の本を一冊持っているのが気になる。
「二人とも、咲耶達と一緒に逃げるんだ!」
「兄君さまの頼みといえど、それは聞けませんわ」
 あっさりと答える春歌。
「げほげほっ、待て〜っ!」
 まだ吸い込んだ煙の後遺症があるのか、咳き込みながらも男達が角を曲がってくる。……3人、か。
「春歌、参ります!」
 ぶんっ、と長刀を構え、春歌はそちらに向かって駆け出した。
「春歌っ、怪我を……」
「ありがとうございます。ですが、不肖なれど兄君さまの妹として、この程度の敵に、我が身を傷つけさせはいたしませんわ」
 そう言い放ちながら、長刀を大きく振り回す春歌。
 緩急をつけた、静から動への見事な流れについていけず、たちまち2人の男が、それぞれ腹を痛打され、みぞおちを突かれて、地面に転がった。
 最後に残った一人に視線を向ける春歌。
「ちっ!!」
 男は懐から銃を抜くと、春歌に向けた。
「っ!」
 そこまでは余裕だった春歌の表情にも、緊張が走る。一方、男の方はその春歌の表情に、逆に余裕を取り戻したらしく、笑みを浮かべた。
「なかなかやるな、中国の拳法使い。だが、そこまでだ」
 だが、その言葉に、春歌の頬がかぁっと紅潮した。
「……無礼な。兄君さまの為に磨いてきたわたくしの技を、怪しげな中国拳法と同じに見なすとは。許せませんっ!」
「? まぁ、何を怒ってるかは知らないが、これで終わりだ。さぁ、その棒っきれを捨てろ。ったく、娘っ子だと思って手加減してやったら、とんだじゃじゃ馬だな」
「……兄君さま」
 春歌は、僕に背を向けたまま言った。
「女だてらに、長刀を振り回すようなわたくし、……はしたないと、お思いですか?」
「そんなわけないさ。春歌は素敵だと思うよ」
「……ありがとうございます」
 嬉しそうに微笑むと、春歌はきりっと表情を引き締め、長刀を構えた。男が叫ぶ。
「さぁ、その棒を捨てろ。さもないと、撃つぞ!」
 無言のまま、間合いをじりっと詰める春歌。
 男の指がトリガーに掛かる。
 距離は、……約5メートル。男がそれなりの訓練を受けていれば、外すことは無いだろう距離。春歌の間合いとしては、あと2歩遠い。
 こないだ屋上で四葉を助けてから、そんなにたってない。今、あれを使えば、僕は……。
 でも、春歌を危ない目に遭わせるくらいなら。
 僕は、深呼吸して、男に気付かれないようにゆっくりと腰を落とす。
 と、そんな僕の前を、すっと白い手が遮った。
「兄くん……。春歌くんなら……大丈夫」
「千影?」
 千影は、微かに微笑みを浮かべて、対峙する2人を見ていた。
 無言のまま、春歌が地を蹴る。
「くっ!」
 男はトリガーを絞った。
 タァン
 何かが弾けるような拳銃の軽い音。そして。
「はぁっ!!」
 気合い一閃。
 どがっ
「ぐはっ……」
 みぞおちをしたたかに突かれ、男は白目をむいてゆっくりと倒れた。
 カシャン
 微かな音がして、春歌の右の髪飾りが、街路に落ちた。男の放った銃弾は、春歌の髪飾りをかすめただけだった。
「……春歌?」
 はぁはぁ、と荒い息を付いていた春歌が振り返る。そしてこちらに駆け戻ってきた。
「兄君さまっ、兄君さまっ!」
 そのまま、僕の胸に飛びついてくる春歌。その身体が小刻みに震えているのが判って、僕はそっとその肩を抱きしめた。
「ご苦労様。それから、ありがとう、春歌」
「いえ……。兄君さまのお役に立てて、これ以上、うれしい……ことは……、うくっ」
 それまでの緊張が一気に解けたせいか、そのまま震える春歌を、僕はその震えが納まるまで、ぎゅっと抱きしめていた。

「もっ、申し訳ありませんっ」
 ものの15秒ほどで落ち着いて我に返った春歌は、僕から離れると、真っ赤になってぺこぺこと頭を下げていた。
「いや、いいって」
「で、ですがっ、兄君さまに……、そのっ、だ、抱きしめていただくなんて……。ぽっ
 照れたように頬を両手で挟んで俯いてしまう春歌。なんていうか、ついさっき長刀で大の男3人を地に這わせたとは思えない可愛らしさだった。
 と、今まで黙っていた千影が、不意に口を挟む。
「兄くん……。来たよ……」
 その口調に、何となくトゲが含まれていたのは、僕の気のせいだろう。
 って、来た?
「何が?」
「……迎えが、ね」
 そう言って、千影が指さした角を、リムジンが1台曲がってきた。そして緊張する僕ら(といっても、緊張してたのは僕と春歌だけで、千影はいつも通りだったけど)の前で、音もなく止まる。
 そのドアが開くと、白髪の、黒いタキシードを着こなした、いかにも執事という風の老人が降りたって、僕らに一礼した。
「お迎えが遅くなりまして、申し訳ありませんでした。俊一様、千影様、春歌様。どうぞお乗りください。公爵がお待ちでございます」
「……?」
 きょとんとする僕。
「ハイラーさん?」
 横で声を上げたのは、春歌だった。
 僕は春歌に尋ねた。
「春歌、こちらのお祖父さんを知ってるの?」
「あ、はい、兄君さま。こちらは、四葉さんのお世話をなさっていらっしゃった執事さんですわ」
 そういえば、春歌は帰国する前の四葉とも逢ってたんだよな。その時に逢ったってことなのか。
 と、千影がすっとリムジンに乗り込んだ。
「ちっ、千影?」
「兄くんは、……歩くのかい?」
「い、いや、そもそも何がどうなってるのか……」
「ささ、俊一様も、早く。すぐにこやつらの仲間が押し掛けて来ますぞ」
 老人に言われ、千影が平然と入ったこともあり、僕はとりあえずリムジンに乗り込んだ。ちなみに中は、2人掛けの黒い革張りのシートが、向かい合って配置されていた。
 続いて春歌が乗り込み、そして最後に老人がすっと乗り込んでドアを閉めると、再びリムジンは音もなく走り出した。
 その窓の外を、黒服の男達の一団が走って通り過ぎていくのが見え、その光景もあっという間に後ろに消えていく。
 僕はほっと胸をなで下ろして、一息ついた。
 そんな僕に、老人はにこやかに微笑んだ。
「危のうございましたなぁ」
「あ、はい。危ないところをありがとうございました。……ところで、あなたは?」
 改めて訊ねる僕。
「これは申し遅れました。では改めまして。私は公爵様にお仕えする執事のハイラーと申します」
 頭を下げるハイラーさん。多分、公爵様というのが、四葉のお祖父さんのことなんだろう。
 僕も慌てて頭を下げた。
「僕が俊一です。それからこちらが千影で、こちらは……」
「お久しぶりです、ハイラーさん」
「春歌様もご壮健のご様子で、何よりでございます」
 あ、そうか。春歌とはもう知り合いなんだっけ。
 まだ混乱しながらも、僕は訊ねた。
「で、いったい全体何がどうなってるんですか?」
 ハイラーさんは頷いた。
「四葉さまが、公爵様の親戚を名乗る者達によって、あの屋敷に幽閉されておりますのは、俊一様もご存じと思います」
「幽閉? つまり、四葉はあそこに閉じこめられているってことですか?」
 親父め、住所だけよこしやがって。そんな状況になってるなんて聞いてなかったぞ。
 内心で憤慨する僕をよそに、ハイラーさんは淡々と話を続ける。
「左様でございます。今のところは四葉さまの身には直接危害を加えるようなことはないと思いますが……」
「幽閉などして、四葉さんをどうする気なのでしょう? あ、申し訳ありません、口を挟んでしまいまして……」
 慌てて頭を下げる春歌。
 ハイラーさんは苦い顔をした。
「それなのですが……。四葉さまは、明日、結婚式を迎えられることになっております」
「……結婚!?」
 一瞬、ハイラーさんの言ったことが判らなかった。というか、鈴凛の翻訳機が壊れたか、と思ったくらいだった。
 でも、隣で同じように春歌も驚いている、ということは、翻訳機は壊れてないらしい。……それはつまり……。
「本当ですかっ、ハイラーさんっ!?」
 思わず立ち上がって、僕は天井に頭をぶつけてしまった。さすがに高級リムジンらしく、天井の内装もクッションになっていたため、痛くはなかったが、そうでなくても、痛みなど感じなかったに違いない。
「四葉さんがそのようなこと、承知なさるはずはありませんね。とすると、無理矢理、ということですね」
 春歌が表情を引き締めてつぶやく。ハイラーさんは深々と頷いた。
「春歌さまのおっしゃるとおりでございます」
「で、相手は誰なんですかっ!?」
 僕が尋ねると、彼は肩をすくめた。
「いちいち名前など覚えておりません。そもそも、四葉さまと結婚したいという独身の男なら、掃いて捨てるほどおりましょう」
 苦々しげな口調で言うハイラーさん。
「彼らにとって重要なのは四葉さまご自身ではなく、四葉さまが公爵様のただ一人の直系の血筋であるという事実のみですから。つまり、四葉さまの婿となるということは、同時に公爵という地位を手に入れること、というわけです。このイギリスでは、まだ爵位というものは、かなり重視されておりますので……」
「四葉自身の意志なんて、これっぽっちも考えてないってことか……」
「はい」
 頷くと、ハイラーさんは僕の目を見つめた。
「このハイラーからもお願い致します。四葉さまを日本にお連れください」
「……いいんですね?」
「はい。それに、これは公爵様のご意志でもあります。公爵様は常々おっしゃってました……」
 彼は、窓の外に視線を向けた。
「息子には、望んだことをさせてやれなかった。だから四葉には、あれが望むことをさせてやりたい、と……」
 どういうことなのか判らなかったけど、それを聞くのもなんとなく憚られるような気がして、僕は黙ってハイラーさんの横顔を見ていた。
 と、ハイラーさんは視線を僕に戻した。
「俊一様。結婚式が滞りなく行われる前に……」
「……わかりました」
 僕は頷いた。
「その前に、四葉を助けます。……必ず」

 それからしばらくあちこちを走り回り(ハイラーさん曰く、追っ手をまいていたのだそうだ)、ようやくリムジンが停まったのは、僕たちの宿泊しているホテルの前だった。
「あれ? どうしてここを?」
「はい。俊一さまのお父上から教えていただきまして」
「……なるほど」
 僕は、ため息を付いた。
「ハイラーさんがタイミング良く現れたわけが判りましたよ」
 全部親父の差し金ってわけか。
 僕は苦笑しながら、リムジンを降りた。それからハイラーさんに訊ねる。
「でも、今回は、僕らが四葉を日本に連れて帰ることが出来たとしても、また同じ事の繰り返しになるんじゃないですか?」
「いえ。公爵が彼らに対して強く出られないのは、四葉さまが彼らの手中にあるが故ですので。四葉さまがご無事なら、色々と手段もあります」
 ハイラーさんは静かに言った。
「なるほど」
 僕が頷いたとき、不意に後ろから声が聞こえた。
「止めないでよっ! ボクが、あにぃを助けに行くんだからっ!」
「へ?」
 思わず振り返った僕の目に写ったのは、ドアをばぁんと開いて飛び出してきた衛だった。
「衛!?」
「えっ?」
 顔を上げた衛は、僕の姿を見て立ち止まった。
「あにぃ……?」
「ああ、そうだけど……」
「無事、だよね?」
 僕のところまで、よろよろと歩み寄ってくると、衛は、とん、と僕の胸を拳で叩いた。
「バカ、あにぃのバカッ……」
「衛……」
「心配、したじゃないかぁ……」
 そのまま、僕の胸に顔を埋める衛。
 僕は、その背中をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫だって、言っただろ?」
「……うん」
 こくんと頷くと、衛は顔を上げた。そして笑顔で言った。
「みんな、中で待ってるよっ!」

《続く》

 トップページに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く

あとがき
 なんか終わらなくなってきた(苦笑)

02/1/4 Up 02/1/5 Update

お名前を教えてください

あなたのEメールアドレスを教えてください

採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
よろしければ感想をお願いします

空欄があれば送信しない
送信内容のコピーを表示
内容確認画面を出さないで送信する