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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜 第2部
第4章 Missing "Y" その5

「……お兄様!」
 不意に、耳元で声が聞こえた。
 ぼう然と空を見つめていた僕は、その声に我に返った。
「えっ? さ、咲耶?」
 咲耶は、僕の頬を両手で挟むと、おでこをくっつけた。
「わっ、さ、咲耶ちゃんっ!?」
 後ろから、可憐の慌てた声が聞こえたが、咲耶はそれを無視するようにして、僕の瞳をのぞき込む。
「私のお兄様に、そんな惚けたお顔は似合わないわ。四葉ちゃんが心配なら、取り戻しに行くべきよ!」
「取り戻しに……?」
「はい」
「咲耶さま、しかし、四葉さまはすでにイギリスに……」
 脇からじいやさんが言うが、咲耶は僕から目を逸らさずに言った。
「イギリスだろうと、どこだろうと、私のお兄様にとってはたいしたことではないわ。ただ、お兄様が行くと決めたら……。そうでしょう、お兄様?」
「……咲耶」
 咲耶は、つと、額を離すと、ため息をついた。
「私としても、本意じゃないんだけど……。でも、恋敵(ライバル)に塩を送るというのもヒロインの特権。そう、そしてお兄様はそんなしおらしい私に……。うふふっ
 ちょっと放っておいたら、即座に旅に出てしまった。
「……お兄ちゃん」
 可憐が、後ろから声をかけてきた。振り返ろうとした刹那、背中にふわりと柔らかな感触。
「か、可憐?」
「可憐も、お兄ちゃんに四葉ちゃんを助けに行って欲しいな……。お兄ちゃんは大切だけど、みんなで一緒に暮らしてる今もとっても大切だし、それには四葉ちゃんも必要なんだもん……」
 そう言いながら、可憐は後ろから腕を回してきた。
「それに……。四葉ちゃんは、きっとお兄ちゃんを待ってると思うの。もし、可憐が四葉ちゃんだったら……、そうするもの……」
「……ありがとう、可憐」
 そっと、可憐が後ろから回してきた手に、僕の手を重ねる。そして、顔をあげた。
「じいやさん、しばらく留守にすると思いますけど……、妹たちを、お願いします」
「兄上さま……」
 しばらく黙って僕の顔を見つめて、じいやさんは頷いた。
「はい」

「……来て、しまった」
 なにやらよくわからない英語が頭の上を飛び交っている。忙しそうに歩いている人は、圧倒的に外人が多い。時々見かける日本人は、そのほとんどが旗を持った人のあとにぞろぞろと大勢がついていく、観光客ばかり。
 そう、ここは……。
「う〜ん、いまいち機械化されてないのねぇ、ヒースロー空港って」
 ぼやきながら、鈴凛が駆け寄ってきた。
「アニキ、ヤッホー! ……あれ、どしたの? なんか元気ないみたいじゃない?」
「いや、なんでもないよ。それより、これありがと」
「これ? ああ、鈴凛ちゃん特製、全自動翻訳機「つうやくくんマーク7」ね。いやぁ、こんなこともあろうかと思って作ってたのよん……。ふっふっふっ」
 不意に怪しい笑みを漏らす鈴凛。
「り、鈴凛?」
「くぅ〜っ、気持ちいいなぁっ。やっぱり。“こんなこともあろうかと”! ふっふっふ〜」
 いかん、鈴凛が壊れたか? これって噂のエコノミークラス症候群ってやつなのかっ!?
「ロンドンといえば、ソーホーにロンドン塔に大英博物館かしら……。あ、ビッグベンの下でお兄様と二人で散策っていうのも捨てがたいわ。それとも、本場のアフタヌーンティーを優雅に楽しむっていうのもいいかしら? ねぇ、可憐ちゃんはどう思う?」
「えっ? か、可憐は……よくわかりません……」
「あ、やっぱりウェストミンスター寺院は外せないわ。荘厳なパイプオルガンの調べのもと、私とお兄様は二人きりで愛を誓うの。……ふふふっ」
「そ、それはいけないと思うの、咲耶ちゃんっ!」
 ガイドブックを手に盛り上がっている咲耶と可憐。……観光に来たんじゃないんだけどなぁ。
「御心配なく、兄君さま 兄君さまにふらちなことを働こうという者がいれば、この春歌が一刀両断しますので」
 長刀を手ににっこり笑う春歌。……どうでもいいけど、空港の手荷物検査は結構厳しかったのに、どうやってその長刀を持ってきたんだろう?
「食事のことは心配しないでくださいね、にいさま。姫がいるかぎり、イギリスのまっずい料理なんて、にいさまの口には入れさせませんの」
 にっこり笑って寄り添ってくる白雪。
 僕は空港コンコースを見回した。
「ええっと、それじゃ……。あれ? 衛と花穂は?」
 2人の姿が見えない。
 やばい! 日本じゃないんだぞ、ここは! 迷子になったらどうなることか……。
 本気で顔色を変えかけたとき、不意に声が聞こえた。
「兄くん、心配はいらないよ。2人なら、ここにいるから」
「千影!?」
 振り返ると、千影が泣きべそをかいている花穂と、けろっとしている衛の脇にいた。
 ほっと一息つく僕に、花穂が泣きながらしがみついてきた。
「お兄ちゃま〜っ、花穂怖かったの〜っ。うわぁ〜〜ん」
「だ、大丈夫。ほら、大丈夫だから泣きやんで。ね?」
 周囲の(しかも外人さん達の)視線集めまくり状態に、むしろ僕の方が慌てて花穂をなだめる。
「だって、お兄ちゃまいなくなっちゃうし、周りは外人さんばっかりで、花穂、花穂……、うわぁ〜ん」
「……花穂」
 僕は、花穂をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫。僕はここにいるから……」
「お兄ちゃま……。う、うんっ」
 花穂は、ようやく泣きやむと、袖でぐしぐしと顔をぬぐって笑顔に戻った。
「うんっ。花穂、もう泣かないっ」
「……ボクも泣いてた方がよかったかなぁ。そうしたらあにぃにぎゅっとしてもらえたのに……」
「え? なんか言ったか、衛?」
 なにやら小声でぶつぶつ言っていた衛に尋ねると、衛は慌てて両手をぶんぶんと振った。
「なんでもない。あははっ」
「? ま、いいけど。それにしても、2人ともどこに行ってたんだ?」
「トイレだよ。飛行機で行きそびれてたから。そしたら帰り道がわかんなくなって、花穂ちゃんは泣いちゃうし、ボクもどうしようかって思ってたら、千影ちゃんが来てくれたんだ」
「……ふふっ」
 千影は、微かに笑った。
「この国の空気は……、日本とはやっぱり違うね。……血の臭いが染みついているよ」
「そ、そうなの?」
「ああ……。兄くんも、……すぐに、わかるよ。それに……精霊たちも、機嫌が良さそうだ……」
 なぜか、いつもより上機嫌な千影だった。
 僕は、とりあえず妹たちの数を数える。
「ええっと、咲耶、千影、鈴凛、春歌、衛、花穂、白雪、可憐……と。全員いるね」
「……どうして可憐が最後なの、お兄ちゃん?」
 小声でぼそっとつぶやく可憐。
 ちなみに、亞里亞と雛子、それに鞠絵は、さすがにイギリスまで連れてくるには、それぞれに問題ありそうだったので、今回は日本でお留守番である。
 咲耶が僕に尋ねた。
「それにしても、お兄様。飛行機やホテルの手配はどうなさったんですか?」
「ああ、それなら親父に……」
「おお、来たか、我が最愛の娘たちと、ついでに息子よ!」
 大声が聞こえた。振り返ると、そこで大きく手を広げていたのは、スーツ姿の親父だった。
「あ、お父様。ご無沙汰しておりましたわ」
「お久しぶりです。お父さん」
 その胸に飛び込んでいくわけもなく、それぞれその場で頭を下げる妹たち。
 親父はがっかりしたように肩を落とした。
「寂しいものよなぁ、父親というものは」
「あのなぁ……」
 呆れていると、親父は歩み寄ってきて、僕の肩をたたいた。
「しかし、急に「ロンドンに行かなくちゃいけないんだ。何も言わずに手配してくれ」とは、さすがの儂もたまげたぞ」
 こっちとしては、試しに言ってみただけだったんだけどね。……とは、言わずに胸にしまっておいて、代わりにまずは礼を言っておく。
「ありがとう、父さん。早速だけど、四葉のことなんだ……」
「うむ、事情は知ってるぞ」
 なに?
 反射的に妹たちの方を見た。
 鈴凛が頭の後ろで手を組んで笑った。
「あ、アタシがオヤジさんにメールで説明しといたよ。その方が早いでしょ?」
「うむ、確かにそうだな。さすがは鈴凛だ」
「えへへっ。オヤジさん、例の件、よろしくねっ」
「おう、任せておけ」
 ぴっと親指を立てる親父。
 僕は鈴凛に尋ねた。
「……例の件って?」
「えっ? あは、ナ・イ・ショ
 笑って誤魔化そうとする鈴凛。
 まぁ、追求はいつでも出来るからいいか。それよりも……。
「親父、それで……」
「まずはホテルに荷物を置いて、それから腹ごしらえをしようというのだな。さすがは我が息子よ。敵地に乗り込んできてこの余裕、肝が据わっておるわ」
「あ、いや……」
「当然ですわ。兄君さまは大和男子ですもの……。ぽっ
 僕よりも早く、春歌がそう言って頬を染める。……なぜ照れるのかは判らないけど。
 考えてみれば、ずっと飛行機に12時間以上乗りづめで、僕はともかく、他の妹達は疲れているだろう。今、元気に見えるのは、多分初めての外国にハイになってるだけなんだろうし。だとすると、ここは一旦、ホテルで休みを取ったほうがいいだろうな。
 そう思って、僕は頷いた。
「……そうだね」
 親父は、意気揚々と手をあげた。
「よし、それでは儂について来るがよい、我が娘達よ」
「……可憐は、お兄ちゃんについていきます」
「私の身体は、お兄様のものですもの
 可憐と咲耶に言われて、がっくりと肩を落とす親父。
「ううっ、娘たちよ、やはり儂よりもそヤツがよいか。仕方ない。ここは理解のあるよき親父として、お前達の仲を祝福するとしよう」
 親父に言われて、ぽっと赤くなったのは、千影と鈴凛、衛の3人を除く全員であった。
「親父、いいからさっさと行くぞっ!」
「お前がさっさとついて来ないから、他のみんなが動けないのだぞ」
 逆に叱られてしまった。
「花穂が悪いのっ。お父ちゃま、お兄ちゃまを叱らないでっ! 花穂がドジっ子で遅いから……。くすん」
「オヤジさ〜ん、花穂ちゃん泣かせちゃまずいわよぉ」
「おおっ、すまん花穂っ。ほら、飴をあげるから泣きやんでおくれっ」
 ……なんだかなぁ。

 大騒ぎしながら、僕たちはチューブ(要するに地下鉄である)とダブルデッカーバス(有名な赤い二階建てバスのこと)を乗り継いで、(地図によると)ロンドン郊外にあるホテルにたどり着いた。
「すまんな。急に10人となると、こんなところしか予約がとれなくて」
「ううん。お父様、咲耶は気に入りました。ここがお兄様と私の愛の巣になるのね」
 うっとりと両手を組んで言う咲耶。
 そのホテルは、赤い煉瓦造りで、壁には緑の蔦を這わせていた。3階建てのようだ。一見するとアパートのように見えなくもない。
「ちがうもん。ここは可憐とお兄ちゃんの……。あっ、ううん、そうじゃなくって……あはっ
「と、とにかく入ろう」
 僕は苦笑しながら、鞄を手にして中に入った。後からみんなもついてくる。

 とりあえずその夜はホテルの用意してくれた夕食(ちなみにそんなにまずいわけではなかったけど、白雪はぶつぶつ言っていた)を食べて、皆も疲れているだろうから、ということで早々にそれぞれの部屋に引き上げた。
 ちなみに部屋割は、僕が個室、あとは咲耶と花穂、春歌と衛、千影と可憐、鈴凛と白雪という組み合わせ(ちなみに厳正なるくじ引きによる)である。
 ベッドに腰掛けて、やっぱりベッドに入るときは靴を脱ぐんだろうか、と考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
 とんとん
「はい?」
 立ち上がると、ドアチェーンをかけたまま、ドアの陰に身体を隠すようにして開ける。ちなみに防犯上こうするように、というのは、夕食の時に親父に教えられた。
「お兄ちゃん? 可憐です」
「あ、うん。今開けるからちょっと待って」
 ドアを一旦閉めて、チェーンを外してからドアを開ける。
「どうぞ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
 笑顔でそう言うと、するりと身体を滑り込ませるように可憐が入ってきた。
「どうしたの、可憐? あ、まぁ、適当に座って」
「うん」
 可憐はちょこんとベッドに座った。それから僕に笑顔を向ける。
「なんだか不思議だね、お兄ちゃん」
「え? 何が?」
「だって……、ここ、イギリスなんだよね。そこにこうしてお兄ちゃんと二人でなんて……。あ、もちろん、ほかのみんなも一緒だけど……」
「……そうだね」
 僕は可憐の隣に腰掛けた。
「……お兄ちゃん、こうしてて……いい?」
 そう言いながら、そっと僕にもたれかかってくる可憐。
「……あったかい、な……」
「……それで、どうして、ここに?」
「うん、千影ちゃんがね……、一人で何かとおしゃべりし始めちゃって……、可憐ちょっと怖くなっちゃって……」
「ああ、なるほど」
 千影なら、さもありなん。
「……廊下を独りで歩いてたら、なんだか、ここって外国なんだなって思ってとっても寂しくて怖くて……。でも、お兄ちゃんとこうしてると、ちっとも怖くないの……」
 ささやくような声で言うと、可憐はそっと目を閉じた。
「可憐……」
「……四葉ちゃんのこと、……うまくいくと、いいね……」
「……そうだな」
 僕は頷いて、ほとんど無意識のうちに、そっと可憐の髪を指で梳いた。
「お兄ちゃん……好き……」
「え?」
「……す〜っ」
 思わずその顔をのぞき込んだ僕の目に映ったのは、安心しきって眠る可憐の寝顔だった。
 その寝顔に、僕は思わず微笑んでいた。
 ……後になって考えると、結構エッチなシチュエーションだよな、と思ったものだけど、なぜかそのときの僕は、可憐をベッドに寝かせてあげて、そのまま床に寝転がって眠ってしまった。やっぱり、僕も疲れ切ってたんだろう、きっと。

「……う、うん……」
 小さくうめいて、ゆっくり目を開けた。
 分厚いカーテンの隙間から光が漏れてきて、室内を照らしていた。
 なんかまだぼーっとしてるけど、多分、時差のせいもあるんだろうな。確か日本との時差は……サマータイム中だから−8時間、だっけ。
 そんなことを思いながら、時計を見ようと身体を起こそうと……。
 あれ?
 何かが引っかかってるようで、体が起こせなかった。おや、と思って引っ張られている方を見ると。
「……お兄……ちゃん……」
「あれ?」
 僕のシャツの胸の部分を掴んでいるのは、可憐だった。しかも、下着姿の。って、下着っ!?
「かっ、可憐!?」
 慌てて、その肩を掴んで揺さぶると、可憐はゆっくりと目を開けた。そして、まだぼやーっとした顔で僕を見て、言う。
「あ、お兄ちゃん、おはようございます……」
「うん、おはよう……じゃなくてっ!」
「えっ?」
 身体を起こす可憐。
 と、シャラッ、と音がして、金色のロケットがその胸に下がった。どうやらつけたまま寝ていたらしい。
 いや、この際、そのロケットはいいんだけど……。
「か、可憐、その格好……」
「えっ? あ、きゃっ!」
 小さな悲鳴を上げて、被っていた毛布を引き寄せて胸の辺りを隠す可憐。
「お、お兄ちゃん、……見た?」
「いや、そう言われても……。だいたい、なんで可憐まで床で寝てるんだ?」
「だ、だって……。夜中に目が覚めたら、可憐だけベッドで寝ていて、お兄ちゃんが床で寝てるんだもん。でも、可憐にはお兄ちゃんをベッドまで引っ張り上げられなくて、だから可憐も床で寝ようって思って……。それから、服を着たままだと、なんだかごわごわしてるなって思って、脱いじゃった……んだと、思うけど……」
 ベッドの上に脱いだ服が畳んで置いてあるのを見ながら、小さな声で言う可憐。
「と、とにかく、服を着てくれ」
「う、うん、そうだね」
 こくんと頷くと、可憐は毛布を身体に巻き付けるようにして、服を手にしてシャワールームに入っていった。

 可憐が僕の部屋で一夜を過ごしたことが他の妹に知られたら大騒ぎになるところだったのだが、当然知ってるはずの千影は何も言わなかったのと、可憐が自分の部屋に戻るところを運良く誰にも見られなかったので、特に何事もなく、僕たちは朝食(ちなみに白雪の手作りだった)を済ませることができた。
 ちょうどその朝食が終わる頃になって、親父がやって来た。……のはいいんだけど。
「おお、娘達、とついでに息子よ。よく眠れたかね?」
 開口一番これなのである。もっとも、
「はい、よく眠れましたわ。何しろお兄様と別室とはいえ一つ屋根の下、でしたもの
「姫もドキドキでしたわ。……むふぅん
「兄君さまと一つ屋根の下……。はっ、わたくしったらはしたないことを……。ぽっ
 ……という具合に、速攻で3人が旅立ってしまい、逆効果に終わったらしい。
「……ふっ、男親とは切ないものだな……」
 背中が寂しげな親父であった。
「あっ、あのっ、それよりも、お父さん、四葉ちゃんのことはっ!?」
 夕べのことにあまり触れられるとまずい立場の可憐が赤くなりながらも話を逸らしに掛かる。
 親父もこのままではまずいと思ったのか、頷いて僕に紙を渡した。
「ここに四葉がいるぞ」
「ここって……?」
 紙を開くと、そこには英語と数字で何やら書かれていた。これは……。
「住所?」
「その通りだ」
 あっさり答えると、親父は肩をすくめた。
「すまんが、儂は仕事なので今から出かけねばならん。後は俊一、お前に任せたぞ」
「任せたぞって、おいっ!」
「息子よ、この父を超えてみせるがよい。わっはっはっ」
 笑いながら食堂を出ていく親父。
「ちょ、ちょっと待てこらっ!」
「大丈夫ですわ、お兄様。私のお兄様なら、お父様を超えられます。そして、晴れて私とお兄様は……うふふっ
 咲耶がにっこり笑いながら言って、それに気を取られた隙にドアがパタンと閉まってしまった。
 僕は、やれやれとため息を付きながら椅子に座り、紙を見直した。それから、鈴凛に声を掛ける。
「鈴凛、この住所がどの辺りになるのか、判るかい?」
「ふぁい?」
 ベーコンエッグを口に頬張ったまま、鈴凛が立ち上がった。そして、すたすたとやって来て、胸を叩く。
「ふぉふぉふぃんふぃんふぁんふぃ……」
「いや、悪かったから、とりあえず口の中のものを飲み込んでからしゃべってくれないか?」
「そうよ、鈴凛ちゃん。お行儀悪いよ」
 可憐にも言われて、鈴凛はとりあえずごくりとベーコンエッグを飲み込んでから、言った。
「まぁ、この鈴凛ちゃんにお任せ あ、アニキ、お礼はドル立てでお願いね
「……まぁ、任せるよ」
 苦笑しながら、僕は答えた。

 それから、僕たちは、鈴凛の道案内に従って、チューブを乗り継ぎ、四葉がいるという場所へと向かったのだった……。

「さて、まずはココまで来たけれど……」
 鉄柵で囲まれた大きな屋敷の裏手で、僕たちは話し合っていた。
「このお屋敷の中に、四葉ちゃんがいるの?」
「親父の情報が正しいなら、そうなるんだけど……」
 可憐に答えながら、僕は屋敷を見上げていた。それから考え込む。
「さて、どうするか……。まずは、正面から乗り込んで、四葉に逢わせてくださいって言ってみようか?」
「無駄じゃないかしら? 日本から来たって言っても信じてもらえるかどうかわかんないし……。それに、じいやさんの話だと、四葉ちゃんって、言ってみれば、その親戚の人たちにとっては切り札なんでしょう? そう簡単に逢わせてもらえるとは思えないわ」
 咲耶が腕組みして言った。それに春歌が続ける。
「それに、四葉さんに兄君さまがいらっしゃるということも、多分知らないのではないかと……」
「あ、そうなの?」
 聞き返すと、春歌はこくりと頷いた。
「でも、それじゃどうすれば、四葉に逢えるんだ?」
「兄くん」
 不意に、千影が口を挟んだ。
「千影?」
「……ふふ。精霊の加護は、兄くんを見捨ててはいなかったようだね」
 そう言うと、千影はすっと腕を上げて、指さした。
 その指さす方向を見て、僕らは声を上げていた。
「四葉!?」
「四葉ちゃんっ!?」
 柵の向こうに見える黒い建物。
 その2階の窓から、こっちを驚いた表情で見下ろしていたのは、間違いなく、四葉だった。

《続く》

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あとがき
 元旦からSSを書いていて、いいものでしょうか?(苦笑)

 ちなみに、感想メールで何人かの方が、この四葉編を「先が読める話ですね」と書いてきてましたが、……ここまで読まれていたんでしょうか? だとしたら……、すごいです(笑)

PS
 イギリスのことで間違いなどありましたら、指摘してくださると幸いです。

02/1/1 Up 02/1/4 Update

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