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四葉を連れて、春歌や鈴凛と共に家に帰ってくると、玄関先にはじいやさんと手を繋いで亞里亞が待っていてくれた。
《続く》
亞里亞は、僕の姿を見ると、たたっと駆け寄ってきて、手をきゅっと握る。
「兄や〜、亞里亞、ずっと待ってたの〜」
「ごめんね、待たせて」
「ううん。寒かったけど、亞里亞は我慢したの」
僕を見上げてにっこりと笑う亞里亞の頭を撫でてあげてから、僕はじいやさんに向き直った。
「御心配をおかけしました。四葉も無事に見つけることができましたから」
「良かったです」
じいやさんは、僕たちの後ろにいる四葉の姿を見て、ほっと胸をなで下ろした。それから声をかける。
「それでは、夕食の用意が出来ておりますので、皆さんどうぞ、お入りください」
「恐れ入ります」
「アタシもお呼ばれしちゃっていいかな〜?」
春歌と鈴凛は、じいやさんと亞里亞に続いて家に入っていく。
僕は振り返って四葉に声を掛けた。
「四葉、行こう?」
「……」
無言のまま、四葉はこくりと頷いた。
夕食が終わり、僕たちは後片づけをじいやさんと春歌にお願いして(というか、二人とも当然のごとく後片づけを始めてしまったので口を挟めなかったのだが)、リビングに移動した。
ソファに皆が腰を下ろしたところで、僕は四葉に訊ねた。
「それで、どういう理由だったんだい? 春歌は、四葉のお祖父さんが関係あるようなことを言ってたけど」
夕食の間もずっと黙っていた四葉は、初めて口を開いた。
「兄チャマ……、ごめんなさい」
「四葉……」
僕の言葉を遮るようにして、四葉は叫ぶように言った。
「四葉、イギリスに帰らなくちゃいけなくなったデス!」
「……それって、マジに?」
思わず聞き返したのは鈴凛。
「イギリスって、四葉ちゃんのおじいさんのいらっしゃるところよね。それじゃ、おじいさんが四葉ちゃんに、イギリスに帰ってきなさい、って言ったの?」
可憐が訊ねると、四葉は首を振った。
「おじいちゃんが言ったワケではないデス。でも、それと同じようなことデス」
「同じようなこと?」
小首を傾げる僕。だけど、四葉はそれっきり俯いてしまった。
なんで急に……? そもそも、今さら呼び戻すのなら、どうして四葉を日本によこしたんだろう?
僕は、四葉に訊ねる。
「四葉、四葉のお祖父さんに連絡取れるかな?」
「アニキ、どうするの?」
「僕から直接、色々と聞いてみるよ」
そう鈴凛に答えてから、僕は訊ねた。
「ところで、可憐……」
「最初っからいたもん」
ぷっと膨れる可憐。
僕は手を振った。
「いや、そうじゃなくて……」
「あ、そうだったの? やだぁ、お兄ちゃんったらぁゥ」
可憐は照れたように真っ赤になると、やんやんと首を振った。……なぜ照れる、可憐?
あ、いや、それよりも、可憐に頼みたいことが……。
「……ふふっ、兄くん。いくら、成績優秀な、可憐くんでも、英語は……話せない、よ」
「どわぁっ!」
僕は驚いた。まぁ、いきなり背後から耳元で囁かれると、誰だって驚くだろう。
慌てて振り返ると、ソファの後ろには、千影が立っていた。
「ちっ、千影っ!? ……し、心臓に悪い登場の仕方をするなぁ、相変わらず」
「大丈夫。たとえ心臓が止まっても、兄くんを死なせはしないから。……もっとも、それで生きてるといえるかどうかは、わからないけどね」
そう言ってくすりと笑う千影。
「そんなことより、千影。実は四葉のことなんだけど……」
「話は聞いたよ」
あっさり千影は答えた。……誰に、と聞いてみようかと思ったけど、怖い答えになりそうなのでやめておいて、僕は別のことを訊ねてみる。
「どこまで知ってるんだい?」
「全て、とまではいかないけれど、それなりにいろいろと、ね」
千影は四葉に視線を向けた。
「四葉くん……。兄くんを心配させるのは、よくないよ……。事情は、きちんと話した方が……いい」
千影にしては真っ当な意見だな、と思っていると、千影はふっと嗤った。
「兄くん、かりそめとはいえ、……この世界で、生きていくためには、色々と……しがらみが、あるんだよ」
「まぁ、そういうものかもしれないね」
正直、どう答えたらいいのか判らず、僕はあいまいに頷いてみせた。
すべてお見通し、という感じで千影は微笑む。
「今はまだ……それでいいよ」
「えーと。ま、まぁ、それはそれとして、四葉」
僕は四葉に視線を向けた。
四葉は、頷いて顔を上げた。
「わかったデス。……全部、話すデス」
「……それは、帰らないといけないかなぁ」
話を聞いて、僕はため息をついた。
今朝の電話は、春歌が言ったように四葉のお祖父さんからのものではなかった。それだけに余計に深刻だった。
それは、イギリスにいる四葉のお祖父さんが、急に倒れたのだという知らせだったのだ。
「今すぐ危ない、というわけではないみたいデス。でも、ベッドで四葉の名前を呼んでる、って言われて……」
四葉は、くすんと鼻をすすった。
「でも、四葉は帰りたくないデス……。兄チャマのそばにずっといたいんデス……」
「四葉ちゃんの気持ちはもちろん判るけど……。でも、可憐も、四葉ちゃんは、一度イギリスに帰って、おじいちゃんのお見舞いをした方がいいんじゃないかって思うな……」
可憐が、頬に指を当てて考えながら言った。
鈴凛も頷く。
「そだよね。それに、メールだって電話だって、アニキと話をすることは出来るんだし……」
「でも、それじゃ、兄チャマをチェキできないデス!」
四葉は叫ぶと、僕に抱きついてきた。
「わっ」
「よっ、四葉ちゃんっ!?」
隣で可憐がうろたえた声を上げる。
「四葉は、兄チャマをチェキするためにイギリスから帰ってきたデス! それなのに、まだ少しもチェキ出来てないデス! そんなの四葉はイヤデス!」
そう声を上げながら、四葉は僕の胸に顔を押しつけた。
「四葉ちゃんっ、そんなこと可憐いけないと思うのっ!」
「可憐くんこそ、……慌てふためくと、見苦しいよ。……四葉くんも、落ち着いて」
千影が静かにそう言いながら、四葉の後頭部に手を当てた。
「千影チャマ……」
四葉は顔をあげて、それから僕に視線を向ける。
「兄チャマ……、四葉、イギリスに戻らなくちゃ……ダメ?」
「それは……」
「兄君さま……」
春歌が静かにリビングに入ってきた。
「口を挟むような失礼な真似をしてしまい、申し訳ありません……。ですが、わたくし、四葉さんの気持ちが判りますから……」
「春歌?」
「わたくしも四葉さんも、そして亞里亞さんも、兄君さまとは遠く離れておりましたから……。ようやく兄君さまとご一緒できると思った矢先に戻れというのでは、そんな酷なことはないでしょう」
「春歌チャマ……」
四葉は、春歌に視線を向けた。
「でも、もし……、もしも、だよ。四葉ちゃんのおじいさんがこのまま亡くなられる、なんてことがあったら、……やっぱり一目でも逢ってあげるべきじゃないのかな……?」
可憐が、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
僕は、千影に視線を向けた。
「千影は、どう思う?」
「……そうだね。……四葉くんが……思うとおりにすれば、いい」
千影は、ふっと笑みを浮かべた。
「もしも、の話には、意味はあまりないから……」
「意味はないって、千影ちゃん……」
可憐が反論しようと声を上げようとする。が、千影は片手を軽く上げてそれを制すると、四葉に視線を向けた。
「それに、死んでも……いずれは、逢えるよ」
「……」
全員、なんと言えばいいのか判らず、しばらく沈黙していると、不意に今まで黙ってクッションに座っていた亞里亞が立ち上がった。
「……亞里亞?」
「兄や……。亞里亞、眠いの……」
目をこすりながらそう言う亞里亞。確かに時計を見ると、亞里亞はいつもなら寝ているような時間だった。
「亞里亞さま、そろそろお休みになられる時間ですよ」
そう言いながら、じいやさんがリビングに入ってきた。
「くすん……。でも、兄やも、みんなも、まだ……起きてるのに……」
涙ぐみながら、いやいやと首を振る亞里亞。でも眠いせいかその動作もゆっくりだった。
「……亞里亞くん」
千影が、その亞里亞の隣にしゃがみ込むと、頭に手を置いた。
「大丈夫……。今は……お休み……」
「……すぅ」
そのとたん、そのまま脱力したように千影にもたれかかって寝息を立て始める亞里亞。
「亞里亞さまっ!」
慌てて駆け寄ってくるじいやさんに、千影はくすりと笑ってみせる。
「大丈夫。……寝る子は、育つ、というよ」
「……千影さま?」
戸惑いながらも、亞里亞の体を、じいやさんは、よいしょ、と抱き上げた。そして、僕達に一礼して、そのまま亞里亞を部屋に運んでいった。
「……ふふっ、いいね。純白の魂は……」
千影の呟きは聞こえなかったことにして、僕は四葉の頭に手を乗せた。
「……兄チャマ……」
「うん。千影の言う通りだと思う。四葉の思った通りに……」
「お兄ちゃん!」
「可憐ちゃん、アニキの言うこと聞いてみようよ」
口を挟もうとする可憐を、鈴凛が止めた。
僕は、静かに言葉を続けた。
「僕が、残れって言えば、四葉はここに残るだろ? でも、それじゃダメなんだよ。僕は……四葉に、自分で決めて欲しい。でなけりゃ、絶対に後悔が残るから……」
「こう……かい、デス?」
聞き返す四葉に、僕は頷いた。
「うん。……僕も、経験があるから。だから、四葉には……自分で選んで欲しいんだ」
「……」
「ただし……」
僕は、四葉の頭を撫でてあげながら言った。
「ここが四葉の家なんだってこと、忘れないでね」
「……兄チャマ!」
再度、四葉は僕の胸に顔を埋めた。
「……四葉は、イギリスに戻るデス。でも……」
声を震わせながら、四葉は言った。
「絶対、絶対、ここに戻って来るデス!」
「待ってるよ」
僕の言葉に、四葉は、こくんと頷いた。
そして、翌日。
四葉はイギリスへと旅立っていった。
あまりに慌ただしかった空港の見送りから戻ってくると、僕はそのままリビングに直行して、ソファに寝ころんでしまった。
「……ふぅ」
「お疲れさまでした、兄君さま。今、お茶を入れますね」
そう言いながら、春歌が台所に入っていく。
「でも、本当に急だったわね、お兄様」
僕の頭のすぐ脇に座りながら言う咲耶。
「少し、寂しくなるね……」
可憐が、こちらは僕の足元に座って言う。
「……そうだね」
僕は、天井を見上げた。
と、不意にリビングのドアが開いた。
バタン
「兄上さま!」
「……じいやさん?」
そこに立っていたのは、亞里亞の世話を頼んで、一緒に家に残ってもらっていたじいやさんだった。
彼女は、僕に訊ねた。
「兄上さまが戻られたということは、四葉さまは、もう行かれてしまったんですよね?」
「ええ……。それが何か?」
「……遅かったですか……」
そう呟くと、じいやさんは僕に向き直った。
「四葉さまのことなのですが……」
「四葉の? もしかして、お祖父さんに何かあったって連絡でも?」
「いえ……。実は、あまりに急な話だったので、少し調べてもらっていたのですが……」
「調べてって、誰に?」
「申し訳ありませんが、兄上さまといえど、それは申し上げられません。ただ、亞里亞さまゆかりの方、とだけ」
珍しく、悪戯っぽく笑うじいやさん。だが、その笑みも一瞬で引っ込めると、じいやさんは話を続けた。
「確かに、四葉さまのお祖父様が倒れられたというのは事実です。ですが、四葉さんを呼び寄せたのは、親戚の人たちのようです」
「親戚の人たち?」
「兄上さまは、詳しくは聞いていなかったと思いますが……。四葉さまのお祖父様は、サーの称号を持つ英国貴族。四葉さまは、そのお祖父様のただ一人の直系のお孫さんにあたるのです」
「もしかして、親戚達ってその財産狙い?」
話を聞いていた咲耶が訊ねた。
僕は苦笑した。
「まさか。今どきそんな話もないだろ?」
「いえ」
首を振ったのはじいやさんだった。
「兄上さまはご存じないでしょうが、イギリスという国は、ある意味日本以上に古風なところがあります。確かに財産は、こう申し上げると何ですが大したものではありません。ただ、サーの称号というものは、イギリス人にとっては、お金以上の価値があるものです」
「……それじゃ、本当に……?」
思わず身を起こした僕に、じいやさんは頷いた。
「はい。そして、四葉さまのお祖父様が四葉さまを一人日本へ送ったのは、その親戚筋から四葉さまを守るため、ということもあったのだそうです」
「……四葉!」
僕は、窓の外に視線を投げた。
だけど、もう今は、この空の向こうに、四葉は行ってしまった……。
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あとがき
旧年は大変お世話になりました。
新年もよろしくお願いします。
01/12/31 Up