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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜 第2部
第4章
バタン
「グッモーニン、兄チャマ!」
「……う、うん?」
ドアの開く音と、元気のいい声に、眠りの海に沈んでいた僕の意識はゆっくりと覚醒していく。
「兄チャマの寝顔、チェキ!」
「よつ……ば、か?」
「イエス!」
ぼーっとしていた視界が、ようやく焦点を合わせてくれた。
あれ? でも、いつもなら春歌が……。
あ、そういえば、春歌は確か弓道部の合宿とかで3日ほど留守にするって言ってたっけ。
それで、四葉が起こしにきたってわけだな。
そこまで思い出したところで、僕は身体を起こした。
「よっと……」
「あ……」
四葉は上から僕の顔を覗き込んでいた。そこに僕が身体を起こしたので、結果僕と四葉は至近距離で見つめ合う形になったわけで。
しばし固まる2人。
時計の音さえ聞こえるような静寂。
「あ、兄、チャマ……」
「四葉……」
と、四葉は目を閉じた。
「兄チャマ、いいデスよ……」
ドキッ
こ、これはもしかしてもしかするのかっ?
いや、やっぱり妹とはまずいだろ、っていうか血は繋がってないんだけど、それに四葉はイギリスで育ってるわけで、向こうじゃ挨拶代わりってことだし、だとしてもやっぱりそれはそれで問題あるんじゃ、でもここは据え膳食わぬは男の恥ってやつではないかと……。
トントン
「お兄ちゃん、おはようございますゥ」
可憐がドアを開けて、笑顔で入ってきた。それからきょとんとする。
「お兄ちゃん、四葉ちゃん、なにしてるの?」
「何って、ほら、ラジオ体操だよ」
「イエス、そうデス! イッチニイッチニ」
とっさに、ベッドの四葉のいるサイドとは反対側に転がり落ちた僕は、ベッドを挟んで四葉と体操をして誤魔化した。
「……変なの」
運良く可憐はなにも気付いてなかったようだ。
「ところで、可憐、今日はどうしたの?」
「あ、うん。ほら、春歌ちゃんが今日はいないって聞いてたから、朝ご飯作ってあげようかなって。……迷惑でしたか?」
「そんなことないって。ありがとう、楽しみだよ」
「はいゥ」
嬉しそうに頷いて、可憐は「それじゃ、下で用意してますね」と言い残し、部屋を出ていった。
大きくため息をつく僕と四葉。
「焦った……」
「四葉もデス……」
と、いきなり再びドアが開いた。
「四葉ちゃん!」
「ハイッ! な、なんですか可憐チャマ?」
声を上げる四葉を不思議そうに見てから、可憐は言った。
「四葉ちゃんに電話なんだけど……」
Missing "Y" その1
10分後。
着替えて顔を洗ってから、リビングで可憐の用意してくれた朝食をとりながら、僕は訊ねた。
「それで、誰からだったの? 四葉への電話って」
「はい、サラダはこのお皿に取ってね。うん、それがね、国際電話だったの」
甲斐甲斐しくお皿を並べながら答える可憐。ちなみに今朝の朝食は、トーストに目玉焼きにサラダという洋風朝食である。ここのところ、春歌の用意してくれる和風朝食が続いていたので、これはこれで新鮮である。
ちなみに、サラダはじいやさんが作ってくれたのだそうだ。そのじいやさん、姿が見えないところをみると、たぶん亞里亞を起こしてるところなのだろう。ああ見えて亞里亞は意外と朝が弱いみたいで、僕も強いほうではないんだけど、その僕よりも早く起きてるのを見たことがない。じいやさんも毎朝大変だ。
閑話休題。
「国際電話だって?」
「うん。最初にはろーなんとかかんとかって……。可憐、びっくりしちゃって、もしもしって聞き返したら、今度は日本語で話してくれたの。四葉さんに代わって欲しいって」
そのときのことを思い出したのか、胸に手を当てる可憐。
国際電話……。はっ、まさか!?
僕は聞き返した。
「親父からじゃ、ないよね?」
「ううん、お父さんじゃなかったよ。女の人の声だった……。あ、ちゃんと名前を聞いておけばよかったんだね。ごめんなさい、お兄ちゃん……」
しょぼんとする可憐の頭に、ぽんと手を乗せる。
「いや、ありがとう、可憐」
「お兄ちゃん……。うんっゥ」
ぱっと表情をほころばせる可憐。
僕は、そんな可憐の頭をなでてあげながら、聞くともなしに呟いた。
「それにしても、誰なんだろうね?」
「あ、最初に英語で言ってたみたいだから、きっと四葉ちゃんのイギリスのお家の人じゃないかな?」
くすぐったいのか、首をすくめるようにしながら、可憐は答えた。
「それにしても、時間がかかってるなぁ」
くすぐったがってるみたいだったので、可憐を撫でる手を止め、電話のある玄関の方を伺いながら呟く僕。
「……もう、お兄ちゃんったら。せっかく今日は二人きりなのに……」
「え? 何か言った、可憐?」
「あ、ううん、なんでもないよ」
はっと口を押さえ、小さく首を振る可憐。
「そうなの? ……そういえば、なんだか静かだと思ったら、今日は衛も咲耶も来てないんだな」
珍しく2人しかいないリビングを見回してながら、僕はトーストをかじった。
「うん、咲耶ちゃんは日直だって。衛ちゃんは何か用事があるらしいし」
「あれ? どうして可憐が知ってるの?」
「えっ? あ、それは、えっと……。あ、お兄ちゃん、コーヒーのお代わりいる? 可憐が煎れてきてあげるねっ」
そう言い残し、可憐はたたっとキッチンに入っていった。
「……まだコーヒー残ってるんだけどな」
僕は手元のマグカップに視線を落とし、「ま、いいか」と呟いてそれを飲み干した。
そのとき、玄関に通じる方のドアが、かたん、と開いた。
「……?」
振り返ると、四葉がドアに手を掛けたままの姿勢で俯いていた。
「や、四葉。電話は誰から……」
「兄チャマ! 四葉は、お別れなんて嫌デス!」
僕の言葉を遮るように、顔を上げて叫ぶ四葉。
その頬を、光るものが流れ落ちる。
「よ、四葉? どうしたの?」
驚いて腰を浮かしかけた僕に、四葉が飛びついてきた。そのまま、僕の胸に顔を埋める。
その肩が震えているのに気付いた僕は、四葉を優しく抱きしめて、背中を撫でる。
「大丈夫。大丈夫だから」
「兄……チャ……っく」
でも、どうやら逆効果だったらしく、そのまま四葉は泣き出してしまった。
ど、どうしよう。
妹とはいっても、女の子に胸で泣かれてしまうなんて経験が今までなかったわけで、それに四葉は妹といっても血が繋がってないわけで、あ、とりあえずそれはこの際あまり関係ないけど……。
「お兄ちゃん、四葉ちゃん、どうしたのっ?」
可憐の声がして、思考が頭のなかでメビウス状態になっていた僕は、ようやく我に返った。
「あ、可憐、それが……」
可憐は、コーヒーポットをテーブルに置いてから、僕たちのところに駆け寄ってきた。それからおろおろする。
「え、えっと、あの、その……、よ、四葉ちゃん? どうしたの?」
あとで聞いてみたところによると、四葉が僕に抱きついて泣いているのを見て、すっかりうろたえてしまったのだそうだ。……なんで? と聞いたら「お兄ちゃんのばかっ」って怒ってしまって、それ以上は教えてくれなかったんだけど。
ともかく、うろたえながらも可憐は四葉に声をかける。
「と、とにかく、お兄ちゃんが困ってるよ、四葉ちゃん」
「……ひぐっ、ぐすっ、うぐっ……」
しゃくり上げるばかりの四葉。
と。
「……どうなさったのですか、いったい?」
「……兄や……」
じいやさんと亞里亞の声がした。首を曲げてそっちを見ると、2人がリビングの入り口に立っている。
亞里亞は僕と目が合うと、スカートの裾をつまみ上げて優雅に頭を下げた。
「おはよう、ございます。兄やゥ」
「あ、えっと、おはよう」
泣いてる四葉に抱きつかれたまま、という状況を考えると、間抜けな挨拶だったが、亞里亞はにっこり笑った。
「亞里亞、ちゃんとご挨拶したの」
「そ、そうだね……」
「……四葉ちゃん、えんえん泣いてる……。おなかいたいの?」
亞里亞は、四葉の様子をうかがうように、見上げた。
僕は、きつくならないように注意しながら、四葉の背中に回していた手を肩に置いて、ゆっくりと体を離した。それから、話しかける。
「四葉、泣いてばかりじゃわからないよ」
「……兄チャマ……。ぐすっ」
大きく鼻をすすり上げてから、四葉はこくりとうなずいた。
「はい、ホットミルクよ」
コト、と音を立てて、湯気の立っているマグカップが四葉の前に置かれた。
どうやら少しは落ち着いたらしく、四葉はかすかに顔をあげて、マグカップを置いた可憐に礼を言う。
「ありがと……デス」
「ううん」
首を振って、可憐は僕の隣に座った。
僕は、亞里亞の朝食の相手をじいやさんがしてくれているのをちらっと見てから、四葉に視線を戻した。
「いったい、何があったんだい?」
「……兄チャマ……」
四葉は、おずおずと顔をあげて、僕をちらっと見た。そしてすぐにテーブルに視線を落とす。
「……」
そのまま、しばらく沈黙が流れた。
と、可憐が不意に時計に目をやって、慌てて立ち上がった。
「大変! お兄ちゃん、早く学校に行かないと、遅刻しちゃうよっ!」
「え?」
言われて時計を見た僕の顔から、思わず血の気が引いていくのが感じられた。それくらいの時間である。
「うわっ! か、可憐も鞄と僕と制服が用意っ!」
「お、お兄ちゃん、落ち着いてっ」
「そ、そうだな、こういうときは人って字を手のひらに書いて飲み込むといいんだよなっ。……うわ、間違って入って書いてしまったぁっ!!」
キーッ
校門の前で止まった自動車の後部座席から、僕と可憐は転がるように外に飛び出した。
「すみませんっ、急いでますのでお礼は帰ってからしますっ!」
「ごめんなさいっ、じいやさんっ」
僕たちの声に、ここまで車で送ってくれたじいやさんは「いえ」と首を振った。
僕は、じいやさんにもう一度頭を下げた。
「それから、四葉のこと、頼みます。できるだけ急いで帰るようにはしますから」
「はい、ご心配なく。兄上さまがお帰りになられるまで、責任を持ってお預かりします」
じいやさんは微笑んだ。
と、
キーンコーンカーンコーン
「うわ、予鈴だ! 行こう可憐っ!」
「うん、お兄ちゃんっ!」
僕たちは、並んで人影もまばらとなったグラウンドを駆けだした。
「……で、可憐ちゃんと一緒に登校ってわけかぁ。くーっ、うらやましいね、こいつぅっ」
担任との競争になんとか勝って、遅刻せずに済んだものの、体力を相当に使い果たした僕は、朝のホームルームが終わってもまだ息が整わない状況だった。
そんな僕の背中をバンバンと叩くと、カズは不意に声を潜めた。
「そんなわけでお兄さん、俺に是非可憐ちゃんか咲耶ちゃんを紹介してはくれまいか?」
「……この、今の僕に、反撃する体力が、ないと思い、やがって……」
「なに、地道なロビー活動が、後に実を結ぶわけだからな。あ、白雪ちゃんもいいなぁ」
「夢見てろ」
毒づいてから、僕は机に突っ伏した。
それにしても……、四葉……。
昼休み。
いつものように男子生徒たちの包囲網をガンパレードマーチを歌いながら突破して、僕は白雪と屋上で弁当を囲んでいた。
「まぁ、そんなことがありましたの?」
「ああ」
「くっ、日直さえなければ、お兄様の腕を四葉ちゃんといえども好きにさせはしなかったのに。ううっ、でもこれもきっと愛の試練なのよねっゥ」
咲耶は自分で自分を抱きしめるようにしてうっとりとしていた。またしてもどこかに旅立っていったらしい。
「にいさま、このシュートリムフロワッセ・プロヴァンス風味はいかがですの?」
「あ、うん。美味しいよ」
紫色の唐揚げみたいなものを口に運びながら、僕は答えた。それから付け加える。
「さすがは白雪だね。僕の好みをちゃんとわきまえてくれてる。ああ、君はやっぱり僕のための料理人だよ」
「いやぁん、そんなぁ〜ゥ」
両手でほっぺたを挟むようにして照れる白雪。
「……お兄ちゃん、可憐にはそんなこと一度も言ってくれないのに……」
「さて、と」
僕はほんわかと旅立ってしまっている咲耶と白雪をよそに、腕組みして考え込んだ。
「それにしても、四葉はどうしたんだろ……」
「うん。今まで四葉ちゃんが泣いたところなんて見たことなかったから、今朝は可憐もびっくりしちゃったけど……」
「あ、そうなんだ。でも、そうだよね。いつも四葉は明るく元気にチェキしてるって印象が強いから……。ところで」
僕は、可憐に視線を向けた。
「いつからそこにいたの?」
「……最初っから、いたもん……」
《続く》
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あとがき
う〜。
正直なところ、やっぱり久しぶりに書くと調子がつかめないです。
何はともあれ、何故か人気があるらしいシスプリ第2部第4章はチェキっ娘四葉のお話です。
まぁ、この時点でなんとなく話が見えてしまってる方も多いのでは、と思いますが(苦笑)
この先は……そのうちにでも。
PS
誤りを訂正しました。
01/12/11 Up 01/12/16 Update