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「イベント?」
《続く》
聞き返す僕に、意味ありげな笑みを見せると、咲耶は俺に言った。
「さぁて、お兄様。ちょっと外に出ていて欲しいんだけどゥ」
「へ?」
「お・ね・が・いゥ」
パチッとウィンクまでする咲耶。
「あ、ああ、いいけど。でも……」
何をするんだ、と聞こうとした僕を椅子から立たせると、「さぁさぁ」と背を押す咲耶。
「ちょ、ちょっと……」
そのまま廊下に押し出されると、後ろでパタンとドアが閉まる。
……何なんだ、一体?
と、不意にドアが開くと、咲耶が顔を出す。
「お兄様、ドアの前で聞き耳なんか立ててたら、ダ・メ・よゥ」
「……あいわかった。良きに計らえ」
僕はため息をついて、とりあえず自分の部屋に戻ることにした。
することもなく、窓の外を眺めながら、とりあえず教科書など出して勉強などしてみることにする。
そういえば、咲耶と可憐は勉強も良くできるって話をカズから聞いたし、それに春歌も編入試験で結構いい成績だったっていうし、兄としてあまりに情けない成績では示しがつかないというわけであり。
出来の良い妹を持つと苦労するわけだが、まぁ苦労にもいろいろとあって、こういう苦労ならし甲斐もあるってもんだ。
そう自分に言い聞かせつつ、数学の問題を解いていると、ノックの音がした。
トントン
「はい?」
振り返ると、ドアが開いて、花穂が顔を出した。
「お兄ちゃま、あの、いいですかぁ?」
「ああ、いいよ」
数学の問題を解くことと花穂の相手をすることなら、僕は何の迷いもなく後者を選ぶぜ。
僕はあっさり苦労を放棄して、教科書を閉じながら振り返った。
「もう咲耶の話っていうのは終わったの?」
「ううん。花穂は、咲耶ちゃんの話はここに来る前に聞いてたから」
「なるほど」
ここで、咲耶の言うイベントの内容を花穂から聞き出してもいいんだけど、まぁそれはお楽しみに取っておくことにしよう。
「それでね、準備に少し時間がかかるから、花穂はお兄ちゃまとお話ししてようって思って」
「そういうことなら大歓迎。まぁ、座って」
「はぁい」
頷いて、僕の指すとおり床のクッションに座ると、花穂は部屋を見回した。
「……どうかした?」
「ううん。花穂、お兄ちゃまのお部屋にはあんまり来てなかったから」
そう言われてみればそうかもしれない。
「あ」
不意に立ち上がると、花穂はタンスのところに駆け寄った。そして、その上の写真立てに入っている写真を指す。
「これ、この間のだよね、お兄ちゃま?」
「ああ」
そこに入っている写真は、この間、親父達が帰ってきたときに、全員で撮った写真だ。
……ちなみに、千影の後ろになにか妙なものが写っていたりするが、気にしないことにしている。
「ちゃんと飾ってるんだね。……あれっ?」
いかん、花穂も千影の後ろのものに気付いたのか?
そう思ったが、花穂は違うものを見ていた。
「これ……」
「あ? ああ、それなら先月の学校新聞だよ。花穂も持って……あ、そうか、初等部と高等部じゃ違うのか」
ちなみに咲耶や可憐の通っている中等部も新聞は別だ。念のため。……発行しているのは同じ新聞部なんだけどね。
「ううん、この写真」
「ああ、確かリーディング部の特集だっけ。そっか、花穂、リーディング部だからね。でも高等部のメンバーしか載ってないんじゃ……」
「うん。あのね、お兄ちゃま」
その新聞を持って駆け寄ってくると、花穂は1面に載っている写真を広げる。
「ほら、これ、竜崎先輩なの」
先頭でバトンを振っている人を指しながら言う花穂。
「ほう?」
僕も名前くらいは、カズから聞いたことがある。リーディング部の部長さんだ。
「やっぱり、先輩、すごいなぁ〜」
うっとりとその写真を見ている花穂。
「花穂、先輩みたいに格好よくお兄ちゃまを応援するのが夢なんだぁ」
「……僕を?」
「うんっ」
元気良く頷く花穂。……でも、僕の人生でこの先チアガールに応援されるようなことがあるとは、あまり思えないんだけどなぁ。
「あのね、お兄ちゃま。花穂、いつもお兄ちゃまに元気を分けてもらってるから、だからいつかお兄ちゃまに元気を返したいなって。……えへへっ」
真っ赤に照れて笑う花穂の頭を僕は撫でてあげた。
「ありがとう。いつか、花穂に応援してもらうのを楽しみにしてるよ」
「うん。花穂、ドジっ子だから、いつになるかわかんないけど……。でも、絶対お兄ちゃまを応援するからねっ」
僕は、その時気付いた。
花穂はよく自分のことを“ドジっ子”だって言ってる。でも、今の“ドジっ子”は、今までのとは違うんだってことに。
「花穂……」
「どうしたの、お兄ちゃま?」
「……いや」
本人はおそらく自覚はしてないんだろうけど。
「?」
きょとんとしている花穂の頭をもう一度撫でてあげると、僕は微笑んだ。
「頼むよ、花穂」
「うんっ」
と、その時、ドアがノックされた。
「お兄様、花穂、いる?」
「咲耶? ああ、いるよ」
僕が返事をすると、咲耶がドアを開けた。
「ごめんなさい、お兄様。準備にもう少し時間が掛かるの」
「いいけど、何を……」
「でも、その間、花穂ちゃんと二人っきりなんてちょっと心配になっちゃって。あ、もちろん私のお兄様が花穂ちゃんに手を出すなんてそんなことあり得ないけど、ほら男の人の下半身って本能しかないって言うし……。きゃっ、恥ずかしいゥ」
きゃっ、というところでぴょんと飛び跳ねる咲耶。
僕と花穂はというと、唖然としてそんな咲耶を見ていた。
「……咲耶ちゃん、どうしちゃったのかな、お兄ちゃま?」
「うーん。千影に変なものでも食べさせられたのかな」
「……失礼だな、兄くん。そんなこと……しないよ」
今の微妙な間は何でしょうか、千影さん。
「きゃぁっ! ち、千影ちゃんっ!?」
いきなり横から聞こえた声に、僕にしがみつく花穂。僕は苦笑しながら、花穂の隣に座っていた千影に視線を向けた。
「いつから、なんて聞くのは野暮なんだろうな」
「そうだね。兄くんも……判ってるじゃないか」
ふっと微笑むと、千影はまだあっちの世界に行っている咲耶に視線を向けた。
「今日は、兄くんとは、逢うつもりじゃなかったんだけど……。咲耶くんに、呼ばれてね」
「咲耶に?」
「ええ。でも、その非常識な出現方法はどうかと思うわ」
咲耶は肩をすくめた。千影は微かに笑う。
「色々と便利だよ。……契約が必要だけどね」
「えーっと!」
大声を出して千影を遮る。そうしないと、話がとんでもない方向に行きそうだったし。
「それで、咲耶はどうしたの?」
「あ、うん、私の方も一段落したから、あとは他の娘の準備待ちってところなのよ。だから、お兄様のところに来たっていうわけゥ」
「……?」
「で、千影ちゃんの方は?」
僕がきょとんとしている間にも、咲耶は千影に尋ねていた。
「いつでも……構わないけど」
「でも、誘っておいてなんだけど、千影ちゃんがこんなイベントに参加するとは、ちょっと意外だったわね」
肩をすくめる咲耶。千影は胸から提げているクロスに手を触れながら答えた。
「短い人生の彩り、というところかな」
「……よ、よくわからないけど、まぁみんなが参加してくれた方が、きっとお兄様も喜んでくださるわよね」
だから、そのイベントって何なんだよ?
それから30分後。
用意が出来たと呼びに来た春歌に従って1階のリビングに入ると、どういうわけか鈴凛がビデオカメラを回していた。
「あ、アニキ。この撮影くん2号改に触っちゃだめだからね」
「撮影くん2号改?」
「そ。こないだの撮影くん2号を改良したんだ。そんなことより、ほら座って座って」
鈴凛に言われるままに客間から運び込んだらしいソファに座ると、マイクを片手に咲耶がカメラの前に進み出る。
「それでは、ただいまから、お兄様の為の水着ファッションショーを始めま〜す!」
なるほど。イベントってそういうことか。
って、水着ショー!?
僕が思わず腰を浮かしかけたところで、咲耶に視線で制されてしまった。
「エントリーナンバー1番、まずは可憐ちゃんです〜」
「可憐?」
ドアを開けて入ってきたのは、白いワンピースの水着姿になった可憐だった。
ちょっと恥ずかしいのか、頬を赤く染めたままで僕の前まで来ると、くるっと一回りしてみせる。
「えっと、どうかな、お兄ちゃん?」
「う、うん、……似合ってるよ」
「あははっ」
照れたように笑うと、そのままリビングを出ていく可憐。それと入れ替わるように、今度は衛が出てきた。
「やっほ〜、あにぃ!」
「お、衛か」
セパレートタイプの水着を身につけた衛は、びしっとVサインをして見せた。
まだ女の子を感じさせるとまではいかないその姿は、だけどかえって中性的な魅力というものを振りまいていた。……とまぁ、カズあたりならそう評するんだろうけど、僕にはそういうのはよく判らない。ただ、元気良い衛にはよく似合ってると思った。
続いて出てきた亞里亞は、およそ実用的とは思えないフリルやリボンの大量に付いたワンピース型の青い水着だった。ただ、亞里亞にはそれが一番似合うと思う。
「……兄や、亞里亞の水着……どうかな?」
「うん、可愛いよ」
僕が笑って答えると、亞里亞も嬉しそうに微笑んだ。
「よかった……」
「にいさま〜っ」
「わっ!?」
びっくりして声の方を見ると、そこには水着姿の白雪が、バスケットを右腕に提げて入ってきていた。
「あ、白雪も来てくれたんだ」
「はいですのゥ にいさまのためなら、このくらいの雨、どうってことないですのよ」
ウィンクすると、白雪は腕に提げていたバスケットを僕の前に差し出した。
「はい、にいさま。姫の愛情ブランチですの」
言われるままに開けてみると、中に入っていたのは、色とりどりのサンドイッチだった。
「これは……?」
「今日、にいさまとプールでお食事しようと思って作ってきたお弁当ですの。でも、中止になってしまって残念ですの」
かっくりと肩を落とす白雪に、僕は思わず微笑んだ。そして肩をすくめてみせる。
「何を言うんだい、白雪。君のブランチさえあれば、それをどこで食べるかなんて、ごく些細な問題さ」
「まぁ、にいさまったら……ゥ」
ぽっと照れ照れモードに入る白雪。
と、いきなりリビングのドアが開く。
「白雪チャマ、タイムオーバーデス!」
そう声を上げながら入ってきたのは、派手なユニオンジャックのプリント入りのワンピース水着を着た四葉だった。ご丁寧に、肩から羽織っているスポーツタオルもユニオンジャックである。
「ネクスト、未来の名探偵、四葉ちゃんデス!」
「もうっ、いいとこでしたのにぃ」
言いながらも、バスケットを閉めると、白雪は僕に声をかけた。
「それじゃにいさま、あとでゆっくりお弁当にしましょう、ですの」
「ああ、そうだね」
頷くと、白雪は嬉しそうにぐるっと回って、リビングを出ていった。
四葉の次に出てきた鈴凛が、妙な機械を爆発させたり、その音に驚いて出てきた春歌にとんでもないハプニングがあったりしたのだが、そのことについては春歌に「兄君さま、どうか忘れてくださいっ」と懇願されたので詳しくは述べないことにしておく。うん、何も見てないことにするのも兄の勤めだろう。
……しかし、春歌も普段は和服だから気付かなかったけど、なかなかどうして咲耶なみのプロポーションを……。
「……兄くん、つまらない考えはやめた方がいいよ」
「そうだな……」
頷きかけて、僕はそのまま絶句した。
「……どうしたのかな、兄くん」
「あ、いや、えっと……、うん、なんでも……」
思わず取り乱してしまったのは、他でもない水着姿の千影が目の前にいるからなんだけど。
千影も、普段はわりとゆったりした服を着ていることが多いから気付かなかったけど、なかなかどうして……。
って、何を考えてるんだ僕はっ! 妹に対してそんなことを……。
「兄くん……」
心の中で天使と悪魔が激闘を繰り広げている僕の顔を、千影が覗き込んだ。
深い色の瞳が僕をとらえている。
「……兄くんの、思うとおりにしても、いいんだよ……」
「……千影?」
「ふふっ」
微笑む千影の唇が……。
「だめぇっ!!」
その悲鳴のような声に我に返るよりも早く、僕の頭がぐいっと引っ張られた。かと思うとぐるっと回されて、顔が何かに押しつけられる。
「花穂くん……」
珍しく、千影の声には、やや驚いたような色が混じっていた。
「千影ちゃんっ、お兄ちゃまをいじめたらだめっ!」
花穂の声が、振動になって、僕の顔が押しつけられているものから伝わってくる。ということは、花穂の身体に押しつけられてるってことなんだな。
等と妙に冷静な判断をしていると、千影の声がした。
「なるほどね……。仕方ない、……今回は、花穂くんに免じて……、あきらめることにするよ」
これまた珍しく、苦笑混じりの声だった。うーん、千影がどんな顔で言ったのか見てみたかった。
「それじゃ……、また来世……。ああ、花穂くん……。あまり力を込めてると……兄くん、死ぬかも。ふふっ」
「ええっ!? わわわっ!!」
ぐきいっ
「あ、あれっ? お兄ちゃま? わぁっ、た、たいへんっ! ど、ど、どうしようっ!」
えーと、今の状況を説明しますと、いきなり頭を後方に向けて突き飛ばされた格好になっておりまして、いきなりそんなことをされたもので首の骨がぁ……。
『……それで、頸椎捻挫で全治1週間なのですか、兄上さま?』
「医者はそう言ってたよ」
『まぁ、それはお見舞い申し上げます』
首にサポーターを巻いた格好で、僕は受話器の向こうから聞こえてくる鞠絵の声に耳を傾けていた。
もうすっかり暗くなった窓の外は、相変わらずの雨だった。
『でも、大怪我ではない様子で、少し安心しました』
「大怪我?」
思わず聞き返すと、鞠絵はくすっと笑った。
『ええ。咲耶ちゃんから聞いたのですが、まるで兄上さまがダンプカーに轢かれたような口振りでしたから』
「うーん」
僕も苦笑した。
咲耶のやつ、すっかり動転してて、最初は救急車を呼ぼうとしてたくらいだったからなぁ。
ま、動転っていう点では、みんな動転してたなぁ。四葉は四葉で110番しようとするし。じいやさんがいてくれなかったら、とんでもないことになってたかも。
と、鞠絵の声が真面目に戻った。
『それよりも、花穂ちゃんは? 兄上さまに怪我をさせてしまって、さぞ落ち込んでるんじゃないかと思うのですが……』
こういうところに気が利くのが、鞠絵らしいところなんだよな。
そう思いながら、僕は視線を移した。
「大丈夫だよ。ね、花穂?」
「うん」
『あら、花穂ちゃんもそこに?』
「そういうこと。責任取って今日一日看護してくれることになってるんだ」
「うん。花穂、頑張るからっ」
『そうですか。良かったですね』
鞠絵は、受話器の向こうで嬉しそうな声を上げた。
「でも、他の妹たちを説得する方が疲れたけどね」
『まぁ、兄上さまったら』
でも、事実は事実だからなぁ。
最後まで心配そうにしながら帰っていった咲耶や可憐達のことを思いながら、僕は鞠絵にお休みを言って、電話を切った。
「さて、部屋に戻ろうか」
「うん。花穂がお手伝いするねっ!」
そう言って僕を支えようとした花穂が、いきなり足を滑らせて、その場で尻餅を付く。
「あいたたっ」
「だ、大丈夫かい?」
「う、うん。……えへへっ、花穂、また転んじゃった」
ぺろっと舌を出して、花穂は立ち上がった。そして僕に寄り添う。
「でも、お兄ちゃま。……花穂は、もう、絶対にあきらめないから」
「え?」
花穂の呟きが聞き取れずに聞き返した僕に、花穂はにっこりと笑った。
「えへへっ、なんでも、ないよっ」
その笑顔は、文字通りの花のような笑顔だと、僕は思った。
「兄チャマと花穂ちゃま、チェキデス!」
「ああっ、兄君さま、そのように接近されては……。あうう〜〜」
「……兄やと花穂ちゃん、とってもとっても、仲良しさんです〜」
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あとがき
アニメ版ももうすぐ終わりという時期になってしまいました。
一応現在のペースで続いたとして、第2部はおそらくあと45話あるんでしょう。
この先を続けたものかどうか、正直に言って迷ってます。プロットらしきものは全員分あるので、後は書くかどうかだけなんですけどねぇ。
最近、感想メールも激減してますし、旬は過ぎたかなという気もしないでもないわけで……。
ちなみに、第4章のサブタイトルももう決まってはいるんですが。
01/09/20 Up