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翌朝。
《続く》
ザァーーーッ
屋根を叩く雨音で目が覚めた僕は、窓の外を眺めてため息をついた。
「……これじゃ、プールどころじゃないなぁ」
「チェキ」
四葉もこくこくと頷く。
僕は隣に視線を向けた。
「……ところで、四葉。いつの間に?」
「え?」
ぱっと僕を見て、それから慌てて逃げ出そうとする四葉。その襟首を指で引っかける。
「こら待て」
「わーん、離して欲しいデス! 四葉は、兄チャマの寝顔をチェキしに来ただけなんデス〜!」
じたばたする四葉。
と、ノックの音がして、春歌が顔を出す。
「おはようございます、兄君さま……。あら」
その涼やかな表情が、じたばたしている四葉を見て一転する。
「四葉さん、どうして兄君さまのご寝所にあなたがいらっしゃるのですか?」
「あう、えーっと、それはそのぉ……」
多少ルーズ気味な四葉はどうにも春歌には弱いらしい。
春歌は、僕にはにっこりと微笑んでから、四葉に言った。
「とにかく、いらしていただけますか? 詳しいお話しは、外でお聞きしますから」
「……うう」
涙目で俺を見上げる四葉。
僕は苦笑しながらベッドに腰掛けると、春歌に言う。
「まぁまぁ、四葉も悪気があるわけじゃないから、勘弁してやってくれないか」
「まぁ、さすが兄君さま。海のように広いお心遣い、春歌は感動いたしましたゥ」
うっとりと僕を見る春歌。一方の四葉は、喜んで僕の腕にしがみついていたりする。
「さすが兄チャマデス! 四葉、ますます兄チャマをチェキしたくなりましたっ」
……それは勘弁だなぁ。
僕は、改めて窓の外を見た。
どう見ても、降り止みそうにない雨、というか豪雨。
「……今日のプールは、こりゃ中止かなぁ」
「そうですわね……」
夕べ帰ってきてから、他のみんなにもプールに行くことは伝えてあり、「残念ながらお医者様の許可がもらえませんでした」とメールをよこした鞠絵以外は、全員参加の予定だったりしたのだが。
春歌は、恨めしそうに、ガラス越しに鉛色の空を見上げた。
「久し振りに部活もお休みで、兄君さまとご一緒出来るのを楽しみにしてましたのに……」
ここのところ春歌は、弓道部が忙しくて、朝くらいしか一緒にいられない状態が続いていたからなぁ。
と、ノックの音がして、じいやさんが顔を出した。
「おはようございます、兄や様。まぁ、春歌様と四葉様もご一緒でいらっしゃいましたか」
「あ、おはようございます」
「おはようございます、じいや様」
「モーニン!」
それぞれの挨拶を交わすと、じいやさんは僕に尋ねた。
「今日、プールに行く予定だと伺っておりましたが、どうなさいますか?」
「この天気だし、残念ながら中止ですかねぇ」
いくら、プールに入ればどうせ濡れるって言っても、この雨の中泳ぐほど酔狂じゃないつもりだし。
僕がそう思いながら答えると、じいやさんは遠慮がちに言った。
「あのぉ、差し出がましい口をきくようなのですが、よろしければ、亞里亞さまのプールをお使いになられますか?」
「亞里亞のプール?」
「うん、そうなの」
そう言いながら、亞里亞がじいやさんの後ろからぴょんと顔を出した。
どうやら寝起きらしく、ネグリジェ姿で、珍しく髪型もあのふわふわまきまきではなくストレートだ。ある意味貴重なショットかもしれない。
じいやさんが、驚いたように振り返る。
「亞里亞さま!? 亞里亞さまには、お部屋で待ってくださいと……」
「だって、亞里亞も兄やのところに行きたかったもの……」
そう言いながら、僕の表情を伺うようにする亞里亞。
「あ、僕は全然構わないよ。おいで、亞里亞」
手招きすると、亞里亞は嬉しそうに笑って駆け寄ってきた。そして、ベッドに座っていた僕の隣に腰掛ける。
「兄やのベッド、ちょっと硬い」
「あ、亞里亞さんっ、その、ええっと、あの」
珍しく春歌があわあわしている間に、四葉が亞里亞とは反対側にちょこんと座って、Vサインを出す。
「チェキ!」
「あうあう……」
「どうしたの、春歌?」
「……なんでもないです」
はう、と肩を落とす春歌。どうしたんだろ?
あ、それより。
「亞里亞、じいやさんに聞いたんだけど、亞里亞のプールって?」
まさか、とは思うけど……。
「あのね、亞里亞の住んでたお家にね、プールがあったの」
にっこり笑って言う亞里亞。じいやさんが、僕が視線を向けると、補足してくれた。
「はい、この間まで亞里亞さまがいらっしゃった、あの別荘のことです」
……まぁ、庭にメリーゴーランドまであったくらいだし、プールがあってもいいかもしれないけどなぁ。
でも。
僕は亞里亞の頭にぽんと手を乗せた。
「ありがとう、亞里亞。でも、今日はやめとこう」
「……兄や、亞里亞のこと、嫌いなの?」
申し出を蹴られてしゅんとする亞里亞。僕は、そんな亞里亞の頭を撫でてあげる。
「そんなことないって。ただ、僕は、亞里亞には普通の暮らしをして欲しいから、ここに来てもらったんだ」
「普通の暮らし……?」
まぁ、今のが普通の暮らしかと言われるとちょっと違うような気がするけど、あそこで暮らすよりはずっと普通だろうし。
「そう。だから、雨が降ったら雨が降ったときのことをしないとね」
「……えっと、何をするの?」
首を傾げる亞里亞。
……どうしよう。
そこで詰まった僕に、可憐が言う。
「お兄ちゃん、てるてる坊主を作るのはどうかな?」
「なるほど。さすが可憐」
「えへへっ」
照れたように笑う可憐。
僕は早速、と立ち上がりかけてふと気付く。
「ところで……」
「最初っからいたもん」
「……まだ何も言ってないけど」
「あ」
かぁっと赤くなると、可憐はそのままぷっと膨れた。
「だって、お兄ちゃんったら、いつもそう言うんだもん」
「あはは」
苦笑してから、僕は可憐に言った。
「大丈夫。今日は可憐が部屋に入ってきたところからちゃんと見てたから」
「あ、う、うん」
今度は照れたような笑顔になる可憐。
「ちゃんと気付いててくれたんだ。嬉しいな」
「で、今日来てるのは可憐一人?」
「あ、ううん。リビングで衛ちゃんと鈴凛ちゃんがなにか話してたけど……」
へぇ、衛と鈴凛って珍しい取り合わせだなぁ。
「兄君さま、とりあえずお召し換えになってから、下に降りてきてくださいませ。急いで朝餉の用意を致しますからっ」
そう言って、春歌はそのまま部屋を出ていった。
亞里亞が小首を傾げる。
「……春歌ちゃん、怒ってるの?」
「うーん。ま、言われた通りにした方がいいよな」
僕は頷いて、立ち上がった。
「とりあえず着替えるから……」
「あ、判りました。さ、亞里亞さま。亞里亞さまも着替えましょうね」
じいやさんが頷いて、亞里亞に声をかける。
「ほら、四葉ちゃんも」
「四葉は、兄チャマの着替えをチェキするんデス!」
「だ、だめよそんなのっ!」
四葉の言葉に、可憐が真っ赤になって、慌てて四葉の腕を引っ張る。
「わわっ、可憐チャマ、離すチェキ〜っ!」
「ダメだもんっ!」
真っ赤になったまま、可憐は普段の清楚さに見合わぬ勢いで、そのまま四葉を引きずって部屋を出ていってしまった。
思わずぽかんと見送る僕の目の前で、パタンとドアが閉まる。
……ええっと、ピアニストって意外と力持ちが多いのかも知れないな、と。
とりあえずそう思うことにして、僕は寝間着代わりのTシャツを脱いだ。
「だから、そんなの無くても十分だよっ!」
「何言ってんのよ! これさえあればねぇ……」
「ない方が絶対いいってば! あにぃもそう言うに決まってるよ」
「アニキがそんなこと言うわけないじゃない」
着替えて下に降りてみると、鈴凛と衛がテーブルを挟んで、口角泡を飛ばしての大激論を繰り広げていた。
うーん、基本的に妹たちって仲良いから、あんまりこういう風景は見たこと無いなぁ。
なんて、落ち着いてる場合じゃないか。
僕は、おろおろしている可憐に、後ろから尋ねた。
「可憐、何がどうしたんだい?」
可憐は振り返って、ほっとした表情を浮かべた。
「お兄ちゃん、よかった。あの、実は……」
「あっ、あにぃ!」
「アニキ!」
可憐が説明を始めようとしたところで、僕に気付いた2人が駆け寄ってきた。そして、同時にステレオで声を上げる。
「あにぃはボクの味方だよねっ!」
「アニキはアタシの味方してくれるわよね?」
……えーっと。
僕は苦笑して、両手を上げた。
「とりあえず、事情を説明してくれないかなぁ」
「……つまり、マリンスポーツの方向性の問題なのか」
「ま、そういうことになるわね。アタシとしては、やっぱりスキューバダイビングがいいかなって」
「ボクはボディボードが一番だって思うんだ」
どうやら、朝ご飯を待っている間にそういう話になったらしい。
同じマリンスポーツでも、やっぱり傾向が違うんだなぁ。
そう納得していると、同時に2人が僕に尋ねた。
『で、どっち?』
うわ、声がはもってる。
「どっちって言われても、僕はボードもダイビングもやったことないし……」
「あ、それじゃ今度ボクがボード教えてあげるよっ!」
「アタシも、今開発中のブクブクくん3号で、魅惑の海中散歩に連れて行ってあげるね、アニキゥ」
「……鈴凛ちゃん、勝負はそれからだねっ」
「オッケー、受けて立つわよ、衛ちゃん」
二人はがしっと握手して、「ふっふっふ」とお互いに笑みを浮かべた。
と、とりあえずこれで問題回避、だよな。
「……お兄ちゃん、回避って言うより、それって単なる先送りだよ……」
「わたくしもそう思いますわ、兄君さま」
「と、とにかくご飯にしよう。春歌、用意は?」
「あ、はい。出来ております」
頷いて、春歌はキッチンに入っていった。
春歌の作った和風朝食に舌鼓を打ちながら、とりあえず今日の予定について会話を交わす僕たち。
「……と言っても、この雨だから、出かけるのはちょっとパスしたいなぁ」
「えーっ? このくらいの雨でダメなんて、あにぃ、ちょっとたるんでるぞっ!」
衛が拳をぶんぶんと振り回す。
鈴凛が肩をすくめた。
「こんな雨の中、外で走り回ろうなんて言うのは衛ちゃんくらいよ」
「そんなことないよぉ!」
「あるある」
きょとんとしている亞里亞を除く全員が、うんうんと頷いた。
「うぐぅ……」
「衛、それはやめときなさい」
「で、どうすんの? アタシとしては、こういうときこそジャンク屋でショッピングがおすすめなんだけど」
ぐいっと乗り出す鈴凛。
「こんな雨だと、普通の人はまず来ないじゃない? だから、掘り出し物がゲット出来るってわけ」
「あ〜、えっとぉ……」
僕は十分普通の人なので、こんな雨の中ジャンク屋に行くのは遠慮したいんですけど。
「うーんと、可憐はどう思う?」
「可憐は、家でゆっくりするのがいいかなって」
「兄チャマ! 四葉は、モンティパイソンの24時間マラソンライブなんていいと思うデス」
「もうっ、四葉さん。そんなにテレビばっかり見てると、兄君さまが目を壊しますっ」
しゅたっと手を上げて言う四葉に、春歌が言い返した。それから僕に視線を向ける。
「そんなわけで、貝合わせなどどうでしょう?」
……なに、それ?
と。
ピン……ポーン
チャイムが鳴った。
「なんだろ?」
「あ、わたくしが応対致しますわ」
立ち上がりかけた僕を制して、春歌はリビングを出ていった。
その間に、僕は聞いてみる。
「誰か、春歌の言ってた貝合わせって知ってる?」
「……」
みんなさりげなく視線を逸らす。ということは、誰も知らないのか。
春歌が言い出したってことは、ドイツの遊びなんだろうか?
僕がそんなことを考えていると、その春歌が戻ってきた。
「兄君さま、咲耶さんと花穂さんですよ」
「はぁい、お兄様ゥ」
「お兄ちゃま、おはようございますゥ」
春歌の後ろから、2人が顔を出す。
「お、いらっしゃい、2人とも。でも、残念だけどプールは今日は中止にしようって事になったんだ」
「ええ、さっき春歌ちゃんから聞いたわ。でも、私だってこの天気だから、そうだろうとは思ってたわよ。ふふっ」
咲耶はにっこりと意味ありげに笑った。
「だから、その代わりにちょっとしたイベントを考えてきたのよ、お兄様ゥ」
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あとがき
さて、あんまり怒ってもなんなので、せめてお話の中では気楽に参りましょう。
しかし……、もののみごとに例の法則が(笑)
01/09/13 Up