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「それじゃお兄ちゃま、またね〜。ばいばーいゥ」
《続く》
「ああ、またね」
家に帰るという花穂を手を振りながら見送って、僕はもう一度ベンチに座り込んだ。
それにしても、春歌のことはなんとかしてあげないと、可哀想だよなぁ。
「アニキ〜〜〜っ!」
……息を付く暇もないとはこのことか?
苦笑しながら、僕は顔を上げた。
鈴凛が、例のエンジン付き自転車に跨って、僕に向かって爆走してくる。
って、ええっ!?
「わわっ! 鈴凛、ストップストップ!!」
「と、止まらないのよぉっ!!」
鈴凛も、さすがに顔を引きつらせているのが見えた。必死にブレーキを握っているのだが、全然、自転車のスピードは落ちない。
このまま転倒でもしたら、鈴凛もただじゃ済まないぞ。
くっ。
僕は大きく両腕を広げて叫んだ。
「鈴凛、跳べ!!」
「アニキ、うんっ!」
鈴凛は頷くと、ハンドルから手を離して、跳んだ。
スカートだったら、花穂みたいにどこかに引っかかって惨事になりかねない状態だったが、鈴凛はズボンだったので、そのまま僕の腕の中に飛び込んできた。
同時に、僕は鈴凛の飛び込んでくる勢いを利用して、身体を回転させ、その場から飛び退く。
間一髪、その僕の身体を掠めるようにして、自転車は背後のベンチにぶつかった。大きく跳ね上がって、そのまま後方の芝生の上に落下する。
ガッシャァァン
派手な音が鳴り響いて、辺りは静かになった。
トク、トク、トク……
規則正しい音が聞こえる。
「ア、アニキ……、ちょ、ちょっと……」
鈴凛の声に、はっと我に返ってみると、僕はちょうど鈴凛の胸に右の耳を押しつけるような格好で倒れていた。
「わわっ、ご、ごめん」
慌てて起き上がると、鈴凛は上体を起こして、ちょうど僕の顔が当たっていた辺りを押さえて顔を赤らめていた。
「も、もう、アニキのエッチ」
「ち、ちがうって、誤解だ鈴凛、今のはその不可抗力であってだな……」
「……うん、ありがと……」
「だから、その、ニュートンとアインシュタインの……へっ?」
言い訳を考えるのに夢中になっていた僕は、鈴凛がぼそっと言ったのを聞き逃して、聞き返した。
鈴凛はにっと笑った。
「さて、アニキがアタシの胸を触ったって咲耶ちゃんに話してみたら、どうなるかなぁ」
「……」
「あ、春歌ちゃんに話すのもいいかも」
「……あ〜、鈴凛。その、研究費に不足はないかな?」
「あはは〜、悪いわね〜、アニキ、気を遣ってもらっちゃってゥ」
……トホホ〜。
僕はポケットから財布を出そうとして、はたと気付いた。
「あ、財布がないや」
「あらま。もう、アニキもしょうがないなぁ。それじゃ後で研究費はあとで家の方に取りに行くことにするわ」
鈴凛は肩をすくめた。それから、立ち上がると、芝生の上に転がっている自転車に向かった。
「それにしても、おっかしぃなぁ。どうしてブレーキが壊れたんだろ?」
「ガタが来たんじゃないか?」
そう言いながら、鈴凛の後ろから覗き込んでみるけど、僕にはよく判らなかった。
「まさかぁ。あちゃぁ、フレームが歪んでるなぁ、こりゃ」
自転車を起こしてみて、鈴凛はため息をついた。
ベンチに壊れてしまった自転車を立てかけて(ちなみに木製のベンチの方は、ちょっとタイヤの跡がついただけで無事だった)、僕と鈴凛は並んで座っていた。
「……というわけなんだ」
「へぇ、春歌ちゃんも大変だわ、そりゃ」
そう言って、鈴凛は自販機で買ってきたコーラをぐいっとあおった。
「……ぷはぁ。美味し」
「コーラとか好きなの?」
僕は烏龍茶の缶を片手に、訊ねた。
ちなみに、コーラと烏龍茶の両方とも、僕がお金を持ってないので、鈴凛がお金を出していた。鈴凛曰く「迷惑料ってことで、ねゥ」ということらしい。
「ま、嫌いじゃないわよ。それにしても、外国から帰ってきたから認めないってどういうことよ、それ」
鈴凛はもう一口コーラを飲んで、それから、そのコーラを両手で挟んで俯いた。
「でも、……そっか、春歌ちゃんも、かぁ……」
「春歌“も”?」
僕が鸚鵡返しに訊ねると、鈴凛は苦笑した。
「あたしも、若草学院の科学部に入部を断られたクチだから」
「あ、そうなの?」
「ん。でも、あたしは、学校の科学室を使いたかった、ってだけだから、ショックでもなかったけどね」
そう言いながら、俯く鈴凛。
「でも、どうして鈴凛は入部を断られたわけ?」
「ん〜。アタシって、ほら、進んでるから。今更『過酸化水素水に二酸化マンガンを加えて酸素を発生させてみよう』なんてやってられなくて。隣で勝手に超伝導の実験してたら、「もう来なくても良いです」だって。あはは」
「……なるほど」
とすると、春歌の場合も同じだったんだろうか?
「……さて、と」
コーラを飲み干すと、鈴凛は立ち上がった。そして、ちらっとフレームの曲がった自転車を見てから、僕の方に視線を移す。
「アニキ、可愛い妹からお願いがあるんだけどな〜」
「……任務了解」
僕もベンチから腰を上げた。
「さっすがアニキゥ えへへっ」
笑う鈴凛を見て、まぁいいかと思う僕だった。
ようやく鈴凛のラボまで自転車を運んでくると、僕はそのまま庭に座り込んだ。
自転車はフレームが曲がってしまったせいで後輪が動かなかったので、ここまでずっと後輪を持ち上げていたのだ。まぁ、前輪のハンドルは鈴凛が握っていたので、一人でやるよりはマシだったけど、それでも疲れるものは疲れる。
「にいさまぁ、お疲れさまでしたの!」
そう言って、白雪がぱたぱたとハンカチで扇いでくれる。
「あ〜、ありがと、白雪。……はへ?」
そのまま目を閉じかけて、僕ははたと気付いて目を開けた。
「あれれ? ここって、鈴凛のラボだよね?」
「そだけど、どうしたの、アニキ?」
ラボの中に入りかけていた鈴凛が振り返る。
僕はもう一度白雪と鈴凛を見比べてから、訊ねる。
「白雪がどうしてここに?」
「姫は、にいさまがこちらにいらっしゃると思ったから、ここで待っていましたの。……うふふっゥ」
「……」
時々、妹たちは超能力でも持ってるんじゃないだろうかと思う僕だった。
僕が黙り込んでいると、白雪ははっとしたように表情を変えた。
「もしかしてにいさま、姫が待っていたのが迷惑でしたのっ!?」
「あ、いや、そんなことは……」
「ががーん、なんていうことですのっ。姫はにいさまに嫌われていたんでしたのね〜っ。よよよ〜」
やれやれ。
僕は一つため息をついてから、ふっと笑ってみせた。
「僕が白雪のことを嫌いになるわけないじゃないか」
「で、でもぉ……」
「そうさ、白雪、僕の天使。さぁ、いつものように笑顔を見せておくれ」
「……はいですのゥ」
白雪は、にっこり笑うと、ぽんと手を打った。
「あ、そうだ。にいさま、明日はお暇でしょうか?」
「え? うーん、多分」
確か、何も予定はなかったよな、と思って答えると、白雪は嬉しそうに頷いた。
「それでは、姫がにいさまのお家に御邪魔して、お料理を作ってあげますの」
「僕の家に? でも、うちには春歌もじいやさんもいるし……」
ちなみに、朝ご飯が春歌、夕ご飯がじいやさんの担当になっていたりする。
白雪は、僕の言葉を聞いて、表情を曇らせた。
「そんな……。にいさまは、姫のお料理じゃ満足できないんですの?」
「いや、そういうわけでは……」
「はっ、もしかしてにいさまは姫を……。で、でも、まだ姫は覚悟が……。だけど、にいさまがどうしてもって言うなら、姫はいつでも……。むふんゥ」
あ、いかん。白雪があっちの世界に旅立ってしまった。
僕は鈴凛と視線を合わせて、苦笑した。
「どうぞ。ロシアンティー、ですの」
カチャ
「サンキュ」
そのまま、ほとんど成り行きで、僕は鈴凛のラボでお茶にお呼ばれしていた。
ちなみに、ロシアンティーを入れてくれたのは白雪である。なんでも、白雪は、時々ラボに来ては料理を作ってるらしい。
「だって、鈴凛ちゃんって、研究にのめり込んじゃうと、食べるものも食べないんですの。だから、姫が作ってあげてるんですの」
「それは感謝してるんだけどね。……時々、アニキ用の試食メニューをアタシに食べさせようとしなかったら、もっと感謝するんだけどさ」
「あ〜〜っ、鈴凛ちゃん、それは言っちゃダメですのっ!」
「もがっ、もがもがっ!」
慌てて鈴凛の口を塞ぐ白雪。
僕は、苦笑しながらロシアンティーを口に運んだ。
「うん、美味しい」
「にいさまのために姫が心を込めて煎れたんですのよ。美味しくないはずがないですの。……でも、にいさまがそう言ってくれると、姫はとっても嬉しいですのゥ」
頬を染めて、嬉しそうに言う白雪。
「もがもがもがっ」
「……それより白雪。そろそろ手を外してあげた方がよくはないか?」
「はっ、そう言えばそうでしたの」
慌てて、鈴凛の口を塞いでいた手を外す白雪。
「ぜいぜいぜい、し、死ぬかと思ったぁ……」
大きく息をつく鈴凛。
と、僕はふと思いついて、白雪に訊ねた。
「そういえば、白雪は部活とかやってないの? 若草学院なら、料理研究会とかがあってもおかしくはないと思うんだけど……」
「確かに料理研究会とかはありますけど、姫は入ってませんの」
「どうして?」
「姫の料理はにいさまのためだけにありますの。だから、そんなところに入ってる余裕なんて姫にはありませんの」
真面目な顔できっぱりと言い切る白雪。
そんなもんなのかなぁ。
「ただいまぁ……」
「あっ、あにぃ!」
家の玄関を開けて声をかけると、衛が飛び出してきた。そして上がり口のところで腰に手を当てて、ほっぺたを膨らまして僕を睨む。
「どこに行ってたんだよっ!」
僕が三和土に立っているために、衛が僕を見下ろす格好になる。
「ええっと、ちょっと散歩にだな……」
「チェキーッ!」
「どうわぁっ!」
いきなり後ろから声がして、思わず僕は飛び上がった。慌てて振り返ると、四葉がにこにこしていた。
「よっ、四葉? 何してたんだ?」
「兄チャマをチェキしてたデス!」
嬉しそうに言うと、四葉は懐からメモを取りだした。
「今日は、兄チャマは、鈴凛チャマのラボで、鈴凛チャマと白雪チャマとお茶してたデス」
「へぇぇぇ、そうなんだぁ」
後ろから聞こえる衛の声が、なんだか思い切り機嫌悪そうになってきた。
「ボク達があにぃのことを探し回ってたっていうのに、あにぃは鈴凛ちゃんのところで、暢気にお茶してたってわけだねぇ?」
やれやれ、仕方ないな。
「衛、これから何か予定はあるのかい?」
「えっ? ううん、別にないけど……」
「それじゃ、公園にでも行かないか?」
僕がそう言うと、衛はみるみる笑顔になって、三和土に飛び降りてきた。
「うんっ、行こう行こう! ほら、早くっ!」
言いながらスニーカーを履いて、僕の腕を引っ張る衛。
「あっ、四葉も、兄チャマをチェキするデスッ!」
もう片方の腕を引っ張る四葉。
「ちょ、ちょっと待って。衛、春歌は?」
「春歌ちゃん? ええっと、ボクはすぐに家を出てあにぃを捜してたから知らないけど、多分部屋にいるんじゃないのかな?」
「それじゃ、衛、悪いけど春歌と、それから亞里亞にも声を掛けてきてくれないか?」
「うん、オッケイ」
気を悪くするかと思ったけど、そんなそぶりは見せずに、衛は頷いてもう一度スニーカーを脱いだ。そして廊下をパタパタと走っていく。
何となく、その後ろ姿を見送っていると、四葉が訊ねた。
「兄チャマ、どうして春歌チャマと亞里亞チャマも誘うデスか?」
「遊ぶならみんなで遊んだ方が楽しいだろ? それに、亞里亞はあんまり外で遊んだこと無いみたいだからね」
「なるほど」
腕組みして頷く四葉。
「なかなか奥が深いデス。さすが兄チャマ」
いや、それほどのこともないんだけどな。
と、廊下の向こうから声が聞こえてきた。
「ほら、亞里亞ちゃん、行くよっ」
「きゃぁ……。ま、衛ちゃん、引っ張ったら痛いの……」
「あっ、あの、衛さま、亞里亞さまが痛がっていらっしゃいますから……」
「大丈夫大丈夫、これくらいで腕が抜けたりするわけないんだから」
「ですが、その……」
「くすん、くすん。衛ちゃん、亞里亞のこと、いじめるの?」
「やだなぁ、そんなわけないってばぁ」
「まっ、衛さまっ、亞里亞さまを泣かせてはいけませんっ」
……なにやら大騒ぎになってるようだった。
「……兄チャマ、行かないのデスか?」
「……いや、やめておいた方がいいような気がする」
「四葉も同感デス……」
しばらくして、衛と亞里亞、そしてじいやさんが玄関まで出てきた。
亞里亞は僕の姿を見ると、たたっと駆け寄ってきた。
「兄や、衛ちゃんがね、亞里亞のこと、ぐいぐいって引っ張るの……」
「だって、亞里亞ちゃんがなかなか来ないからぁ……」
「まぁまぁ」
膨れかける衛をなだめてから、僕は亞里亞の頭にぽんと手を乗せた。
「衛だって、悪気があってのことじゃないんだよ。だから、亞里亞も許してあげなくちゃ。ね?」
「……うん。兄やがそう言うなら、そうするね」
亞里亞はこくんと頷いてから、にっこりと笑った。
僕は衛に訊ねた。
「それで、春歌は?」
「部屋に行ってみたけど、いなかったよ」
「春歌さんなら、しばらく前にお出かけになられたようでしたけれど」
衛に続いて、じいやさんが答えた。
そうか、出かけちゃってたのか。
僕は残念に思いながら、みんなに声を掛けた。
「それじゃ、行こうか」
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あとがき
シスプリといえば、シスプリバスがいつの間にか終わってしまいましたねぇ。
ま、それはどうでもいいんですが。
ここのところの猛暑で、猫の親子もすっかりぐてっとしてますね。
そういえば、3匹いるはずの子猫が最近2匹しか見えません。
うーん……。
しかし、春歌ちゃんが全然出てきませんねぇ。
亞里亞のときといい、なんか、主役の娘は出てこないというジンクスが……(笑)
01/07/05 Up