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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜 第2部
第2章

 それは、亞里亞の騒動から1週間ほどした、土曜日の朝のことだった。

 トントン、トントン
 ドアをノックする音に、僕は目を開けた。
「……うん? 春歌かい?」
 毎朝、目覚まし代わりになるくらいに正確にドアをノックして起こしてくれる妹の名前を呼ぶ。
「兄君さま、少しよろしいでしょうか?」
 春歌も、以前はノックするだけではなく、ドアを開けて入ってきては直接起こしてくれていたりしたのだが、この間、僕が着替えてる最中に入ってきて、その時にパンツが……。いや、思い出すのはよそう。とにかく、ちょっとしたアクシデントがあって、それ以後は、ドア越しにノックするだけになっていた。
 そういえば、春歌のやつ、夕べなんとなく調子悪そうだったなぁ。夕ご飯食べてすぐに自分の部屋に戻っちゃってたし。
 様子を見に行こうとは思ってたんだが、亞里亞の相手をしてる間にすっかり忘れていた自分が情けない。
「あ、うん。もちろんだよ」
 頷いてベッドから起き上がると、ドアが開いて、春歌が入ってきた。
「お休みのところ申し訳ございません」
「チェキーッ」
 べし
 後ろから入ってこようとした四葉を裏拳の一撃で沈めて、パタンとドアを閉める春歌。
「は、春歌……、四葉のやつ、大丈夫か?」
「はい。手加減はしてますから」
 にっこり笑う春歌。……と言う割には、ドアの向こうで物音一つしないんですけど。
 でも、それより僕は春歌の表情の方が気になった。笑顔を浮かべたときも、いつもの柔らかさが無くて、なんていうかぎこちない雰囲気があったし、それになによりも、その目が赤かった。まるで、ずっと泣いていたように。
 春歌は、ベッドの手前の床に正座して、言った。
「……兄君さま。実は……折り入ってご相談があるのです」



 Target "H" その1



 僕はベッドに腰掛けた格好で訊ねた。
「どうしたんだい、春歌?」
「はい……。あの……、先日、わたくしが、学校の弓道部に入部願いを出したことは、兄君さまもご存じと思いますが」
「ああ、そうだったね」
 僕は頷いた。
 春歌はドイツでお祖母さんから薙刀と弓と、あと剣舞を習っていた。なんでも、大和撫子のたしなみとやららしいのだが。
 その話を聞いて、僕は日本でもそれを続けた方がいいんじゃないか、と思って、うちの学校の弓道部に入ってみたらどうだ、という話をしていたのだ。
 ちなみに、どうして弓道部かというと、うちの学校に薙刀部や剣舞の部活はなかったからなのだが。剣舞と剣道はまた違うだろうし。
「それで、どうしたの? もしかして、入部を断られちゃったとか?」
「……」
 冗談で言ってみたのだが、春歌が俯いてしまったので、僕は慌てて訊ねた。
「もしかして、本当に断られたの?」
「……いえ、……まだ、正式に断られたというわけではないのですが……」
 首を振ると、春歌は僕を見上げた。
 その瞳に涙がたまっているのに気付いて、僕は狼狽した。
「は、春歌?」
「兄君さま……。わたくしには、武道をたしなむ資格がないのでしょうか?」
 そう言うと、春歌はまた俯いてしまった。
「どういうことなの?」
「……はい。ドイツへ行っていたわたくしには、入部する資格がないと言われたのです……」
「……なんだ、それ?」
 怒るよりも先に呆れて聞き返す僕。
「……わたくし、お祖母さまから、日本はすばらしい国だと聞かされて参りました。……ですが、わたくしが日本を離れている間に、日本は変わってしまったのでしょうか……?」
 ポタッ
 床に、雫が落ちた。
「兄君さま……、わたくしは……」
「春歌」
 僕は、そっと床に膝をついて、春歌を抱きしめた。
「えっ? あ、兄君さま……?」
「泣かないで、春歌。大丈夫だから……」
「あ、あのあのあのっ、……はい」
 こくりと頷いたのが判ったので、僕は腕を解いた。
 春歌は赤くなって、それでも微笑んでいた。
「ありがとうございます、兄君さま」
「いや、そんな……」
 と、不意に春歌が立ち上がった。
「くせ者っ!!」
 素早く懐から出した何かを投げつける春歌。それは、僕の背後にある窓ガラスに当たって、割れた。
 ガッシャァァン
「チェキーーーーッ!!」
 派手な音とともに、悲鳴が聞こえた。
 びっくりしてそっちを見ると、割れた窓ガラスの向う側で、にょきっと2本の足が下から突き出しているのが見えた。
「な、なんだ?」
「兄君さまはお下がりくださいっ!」
 素早く僕の前に割って入ると、大きく手を広げて、春歌は叫んだ。
「何者かは知りませんが、兄君さまのご寝所を外から伺う不逞の輩! 不肖、春歌がお相手しますっ!」
「ちょっと待ってよ、春歌」
 僕は苦笑して、春歌の肩に手を置いた。
「あれは、四葉だよ」
「……四葉さん?」
 僕を振り返って、目をぱちくりさせる春歌。
 そして窓の向こうからは……。
「チェ、チェキィィ……」
 弱々しい声が聞こえた。
「大丈夫か、四葉?」
 ガラスの破片を踏まないように気を付けながら窓に近づいて、外を見下ろしてみると、屋根の上に破片まみれになった四葉がひっくり返っていた。
 春歌もそれを見て慌てている。
「四葉さんっ! ああっ、ごめんなさい。てっきり兄君さまを狙う刺客かと思って。ど、どうしましょう?」
 僕は振り返って、苦笑混じりに春歌に言った。
「春歌も、もう少し相手を見てから攻撃するようにした方がいいんじゃ?」
「で、ですが、それでは手遅れになるかもしれませんし……」
「そんなことはないと思うけど……」
「いえ、あります! 男子はひとたび外に出ると七人の敵がいると言うじゃありませんか。春歌は、そんな兄君さまをお守りするために来たのですから。……ぽっ
 頬を赤くして、その頬を両手で挟むといういつものポーズを取る春歌。どうやら癖になってるっぽいんだが、それはさておき、一度ちゃんと言っておかないといけないよな。
「そ、それは、ありがたいんだけど……」
「そんな、誉めないでください。でも、嬉しい……
 ますます赤くなる春歌。
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「ああ、いけない。早く朝餉の用意をしなくては。兄君さまも、早く降りてきてくださいね。では失礼いたします」
 春歌は深々と頭を下げると、そのまま部屋を出ていった。
 僕は慌てて、その後を追いかけて、部屋を飛び出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ、春歌っ! まだ話は終わってないんだってばっ!」
「兄君さま。ちゃんと着替えて来てくださいまし」
「……はい」
 うう、情けない。
 僕はとりあえずパジャマ代わりのトレーナーを脱いで、着替えると慌ただしく部屋を飛び出した。

 ひゅーーー。
「……はぅ……。早く四葉を助けて欲しい……デス……」

「ひどいっ! そんなの許せないな、ボク!」
 いつものようにどんぶり一杯のご飯をかき込みながら、春歌の入部拒否の話を聞いた衛は、そう言いながら空になったどんぶりをどんとテーブルにおいた。
「あ、衛ちゃん、もう一杯食べる?」
「うん、可憐ちゃん、お願い。でも、今どきそんなことって、本当にあるのかな? ねぇ、あにぃ?」
 衛は僕に尋ねた。僕は首を振った。
「いや、僕も部活やってないから、その辺りがどんな風になってるのかは知らなくてさ。誰かに聞こうにも、うちの学校に行ってる妹たちじゃぁ、花穂がリーディング部に入ってるだけだし……。で、衛なら同じ運動系だから、少しはそういう雰囲気があるのか、聞いてみようって思って話したんだけどな」
「うーん、そういうのって、学校によっても違うと思うけどな。ボクのとこは、ほら、女の子しかいないから、そんなに厳しいってわけじゃないけど、対抗戦なんかで他の学校の陸上部を見たときは、随分違うなってこともあるし……」
「そっか……」
「ごめんね、あにぃ。あんまり役に立てなくて……」
「いや、そんなことないって。十分役に立ってるよ、衛」
 僕は衛の頭を撫でてあげた。
「ホント、あにぃ? よかったぁ
 嬉しそうに笑う衛。
「すみません、衛さんにまで御心配をおかけしてしまって」
 かしこまる春歌に、衛が慌てて手を振る。
「ううん、いいってば。ボクのほうこそ、毎日朝ご飯ごちそうになってるんだし」
「そうだよな。毎日来てるもんな」
「もう、あにぃの意地悪……」
 ぷぅと膨れる衛の頭を、笑ってもう一度撫でてやる。
「お兄ちゃんも、お代わりいる?」
「いや、僕はもういいよ。さて、でも、そうすると、どうしたらいいかなぁ……」
「あの、兄君さま……。わたくしは、お話を聞いていただいただけで、もう十分です。それ以上なんて望んでいませんから」
 春歌がそう言うと、俯いて呟く。
「……もう、いいんです……」
「春歌……」
「お兄ちゃん、春歌ちゃん、可哀想だよ……。可憐も、ピアノが出来なくなったら悲しいし」
「ボクだって、スポーツ禁止なんて言われたらすっごく嫌だよ」
 衛もこくんと頷いた。
「そうだよな。春歌、心配するなって。何とかするから」
「兄君さま……
 一転、嬉しそうに僕を見つめる春歌。
 なんとなく照れくさくなって、僕はそんな春歌から視線を逸らして、ふと気付いた。
「……ところで、可憐。いつの間に来てたんだ?」
「……最初から、ここにいたもん……」
「ズバリ、可憐チャマは影が薄いデス!」
 びしっと指さす四葉。僕は四葉にも視線を向けた。
「……そういえば、四葉もどこに行ってたんだ?」
「あう……。四葉、忘れられてたデスネ……。がっくりデス」
 かくん、と肩を落とす四葉。
 あ、そういえば窓の外にひっくり返ったままにして来ちゃったんだ。
「悪い、四葉。怪我とかなかったか?」
「それは大丈夫デス。チェキに危険は付き物デス。でも、兄チャマが四葉のこと心配してくれると嬉しいデス」
 ぴとっと僕に後ろから抱きつく四葉。
「あ、四葉ちゃん。おにぎりどうぞ!」
「もごっ……」
 可憐がすかさず四葉の口におにぎりを押し込んで、それから僕に視線を向ける。
「でも、本当にどうするの、お兄ちゃん?」
「うーん。そうだな……」
 僕は腕組みして考え込んだ。
「悩んでるお兄ちゃんも素敵……
「兄君さまがわたくしのために悩んでいらっしゃるなんて……。ぽっ
「もがもがもがーっ」
 ……外野が騒がしくて考えがまとまらない。
 ため息をついて、僕は立ち上がった。
「ちょっと、出かけてくるよ」
「あっ、ボクも一緒に行っていい?」
 ぴょんと立ち上がる衛。
「あっ、衛ちゃんずるいっ」
「でも、ボクだったら、あにぃが自転車に乗っても着いていけるし」
「理由になってないですわ、衛さん。それに、兄君さまが外に出かけられるとなれば、わたくしはそれをお守りする義務がございます」
「兄チャマをチェキするのは四葉デス!」
「それじゃみんなで……。あれ? あにぃは?」
「あっ、お兄ちゃん、逃げちゃったんだ……」
「……不覚。さすが兄君さま、わたくしに気配も悟られずに立ち去られるとは……」
「チェキし損なったデス……。がっくり」

「……ふぅ」
 公園までやって来たところで、一息つく。
 家にいると、なかなか一人にはなれないからなぁ……。
 さて、どうしようか。
 ベンチに座って、もう一度考え込む。
 ……どっちにしても、春歌にもう少し詳しく話を聞かないといけないか。断られたときの状況はどうだったのか。本当に入部を断られたのか。断られたとして、誰に断られたのか。
 そして、一度断られたようなところにもし入れたとしても、その後やっていけるのかどうか……。
「……あれっ? お兄ちゃまだぁ
「へ?」
 顔を上げると、そこにいたのは自転車に跨った花穂だった。
「あれ? 花穂じゃないか。どうしたんだい、今日は?」
「えへへっ。お散歩なの。お兄ちゃまも?」
 そう言いながら、花穂は自転車から降りようとした。あ、スカートがサドルに引っかかってる。
「わきゃぁんっ!」
 そのままひっくり返り掛けたところを、危うく自転車のハンドルを掴んで止める。
「おっとっと。大丈夫かい、花穂?」
「う、うん。ありがと、お兄ちゃま
 照れたように笑う花穂。
 うーん、そそっかしい、っていうわけでもないのに、こういうことが多いんだよなぁ、花穂は。本人は「ドジっ子だから」なんて言ってるけど。
 スカートをサドルから外している花穂を見ながら、そんなことを思う。
「ふぅ、やっと取れた。……えへへっ」
 もう一度笑うと、花穂は自転車のスタンドを立てて止めて、僕の隣に腰掛けた。
「お兄ちゃまのお隣
「え?」
「あっ、なんでもないよ」
 ぶんぶんと首を振ると、花穂は僕に視線を向けた。
 ほとんど無意識にその頭を撫でながら、僕は訊ねた。
「チア部の方はどう?」
「うん。先輩にはまだまだ怒られちゃうけど、花穂、一生懸命やってます」
 満面の笑みを浮かべて言う花穂。
「お兄ちゃま、絶対、花穂はお兄ちゃまを応援するから、待っててねっ」
「う、うん」
 僕の人生で、チアガールに応援されるような状況がそうそうあるとも思えないんだけど、でも花穂がそう言ってくれるのはやっぱりそれなりに嬉しいわけで。
「……そうだね。楽しみにしてるよ」
「うんっ!

《続く》

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あとがき
 ちゅうわけで、第2章は春歌さんメイン……のはずなんだがなぁ。なんか他の妹がやったら出張ってます。
 この先どういう展開になるのかは作者も判ってません(爆笑)

 相変わらず、ベランダの猫親子は元気にしてるようです。ここのところ蒸し暑いので、特にお子さんはベランダでべそーっとしてることが多いですね。
 近所でお母様を時々見かけます。大変なんだなぁ。

01/06/26 Up

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