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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜 第2部
第1章 featuring "A" その5

 散々探し回ったあげく、ようやく屋敷の乾燥室で見つけた亞里亞は、すやすやと眠っていた。
 そして、辺りに漂う甘い香り。
「これ、蜂蜜の香りだよ、お兄ちゃん……」
 くんくんと鼻を動かして、可憐が呟く。
「兄チャマ、チェキデス!」
 四葉がぴっと亞里亞の脇を指した。
 そこには、小さな壺が置いてあった。
 じいやさんが小さな声を上げる。
「あら、あれはキッチンにあったはずなのに……」
「亞里亞ちゃんが持ち出したわけね」
 咲耶が頷く。
 僕は、乾燥室に入った。……乾燥室って言っても、今は使ってないから、ひんやりした空気だった。
 そのまま、亞里亞のよこにかがみ込んで、軽く揺すってみる。
「亞里亞……」
「……う、うん……」
 亞里亞はゆっくりと目を開けた。そして、ぼぉーっとした感じで僕を見る。
「あ、兄や……」
「うん、僕だよ」
「わぁ、嬉しい。来てくれたんですね……」
 そのまま、きゅっと僕の腕を掴む亞里亞。
「兄や。じいやが亞里亞のこといじめるの……」
「えっ?」
「兄やは、亞里亞のこと、いじめないよね?」
「べっ、別に私は亞里亞さまのこといじめてなんて……」
 後ろでじいやさんが言う声が聞こえた。そのとたん、亞里亞はびくっとして僕にしがみつく。
「兄や……、怖いの……」
「ああーっ、私のお兄様にっ!」
「さ、咲耶ちゃん、落ち着いて……」
「チェキチェキチェキーッ!」
 後ろで騒ぎが起こっているようだが、とりあえず無視して僕は亞里亞に話しかける。
「大丈夫だよ、亞里亞。僕がここにいるから」
「……ずっと、亞里亞のそばにいてくれるの?」
 僕の顔をのぞき込むようにして訊ねる亞里亞。
「……それは、できないけど……」
「そ、そんな。兄や、亞里亞のこと、嫌いなの……?」
「そんなわけないじゃないか」
 首を振ると、僕は亞里亞の肩を掴んで、じっと目を覗き込む。
「もちろん、僕は亞里亞のことが大好きだよ。でも、僕は亞里亞じゃない」
「……?」
 首を傾げる亞里亞。
「兄や、何を……言ってるの? やっぱり、亞里亞のこと……」
「嫌いなら、最初からここにいないよ」
「で、でも……」
「亞里亞ちゃん、お兄ちゃんは亞里亞ちゃんだけのものじゃないの」
 可憐が、僕の隣にしゃがみ込んで、亞里亞の頭を撫でた。
「ううん、誰のものでもないの。お兄ちゃんは、お兄ちゃんのものなんだから」
「……兄やは、兄やの、もの?」
「そうよ」
「でも、お庭のメリーゴーランドも、美味しいお菓子も、みんな亞里亞のものなのに、兄やは違うの……?」
「……」
 僕と可憐は、思わず顔を見合わせた。
 どう言えば、いいんだろう?
 と。
「お兄様、可憐ちゃん、ちょっと下がって」
 後ろから咲耶の声がした。
「咲耶?」
「う、うん」
 僕と可憐が左右にどくと、咲耶は亞里亞の前にかがみ込んだ。
「亞里亞ちゃん、ちょっと来てくれるかしら?」
「……え? あ、あ……」
 そのまま立ち上がると、咲耶は亞里亞の腕を掴んですたすたと歩き出した。
「あ、い、痛いの……」
「咲耶さま、おやめください! 亞里亞さまが……」
「じいやさん」
 僕は、咲耶を止めようとしたじいやさんに声をかけた。
「咲耶に任せてやってくれませんか?」
「で、ですが……」
「お願いします。咲耶ちゃん、きっと考えがあるんだと思うんです」
 可憐も口を挟んだ。
 じいやさんは少し考えてから、頷いた。
「判りました。でも、見届けさせていただきますよ」
「ええ。行こう、可憐」
 僕は頷いて、可憐に声を掛けてから、咲耶と亞里亞の後を追った。
「うん、お兄ちゃん!」
「あっ、アニキ! ちょっとどこに行くのよっ!」
「チェキ!」
「お待ち下さい、兄君さま!」
 後ろから、乾燥室の外で待っていた3人もついてきた。

 咲耶と亞里亞は、庭のあずまやに並んで座っていた。
 僕たちは、2人に見つからないように、そばの茂みの影に隠れてその様子をうかがっていた。
「兄チャマと一緒にチェキデス!」
「お静かに」
「むがっ、むがむがぁ〜」
 春歌に口を塞がれてじたばたする四葉をよそに、僕は隣にしゃがみ込んで、双眼鏡のようなものを目に当てている鈴凛に尋ねた。
「鈴凛、それは?」
「うん? ああ、集音マイク付き双眼鏡。アニキも使う?」
 同じような双眼鏡をもう一つ出す鈴凛。
「あ、うん。ありがと」
 礼を言って受け取ろうとすると、鈴凛はひょいっとその僕の手をかわした。
「鈴凛?」
「うーん、そういえばメカ鈴凛に組み込むチップで足りないのがあるのよねぇ〜」
 僕は苦笑した。
「わかったよ。はい」
 財布から100円玉を出すと、鈴凛は笑顔で受け取った。
「毎度っ。はい、アニキ
「ま、いいけどさ。他の人にもこんなことしてるの?」
「まさかぁ。アニキだけよん
 そう言いながら、鈴凛は僕に双眼鏡を手渡した。
 双眼鏡を覗き込むと、なるほど、咲耶の声が聞こえてくる。
「亞里亞ちゃん。お兄様は亞里亞ちゃんのものではないのよ」
「どうしてなの?」
「それは、私のものだからよ」
 ……さ、咲耶……。
「……と言いたいのは山々なんだけど、残念ながらそうではないの」
 咲耶はにっこり笑った。
「お兄様は、今はまだ、誰のものでもないわ」
「亞里亞のものじゃ、ないの?」
「ええ。私のものでもないし、ましてや可憐ちゃんのでも千影ちゃんのでもないの」
「……判らないの」
 亞里亞は首を振った。
「どうして、兄やが、亞里亞のものじゃないって言うの? 咲耶ちゃんも、亞里亞にいじわるしてるの?」
「私は、お兄様のことが大好きよ。この気持ちは誰にも負けてないってはっきりと言い切れるわ。だから、亞里亞ちゃんに意地悪する必要なんてないの」
「……咲耶ちゃん、何を言ってるのか、亞里亞、わからない……」
「簡単なことよ。お兄様は亞里亞ちゃんのものではない、っていうことだけだもの」
「どうしてなの? どうして兄やは亞里亞のものじゃないの?」
 あ、話が最初に戻ってる。
 咲耶、キレるかもしれないな。こういう堂々巡りって、咲耶が一番嫌ってることだし。
 そうなったらすぐに飛び出せるように身構えながら、僕は様子を伺った。
「そうね……」
 咲耶は、でも、僕が思ったようにキレたりはしなかった。
「こう言った方がいいのかしら。そう決まってるんだって」
「……そう、決まってるの?」
「ええ。お兄様は、誰のものでもないの。亞里亞ちゃんが、誰のものでもないように」
「……亞里亞が?」
「そうよ。亞里亞ちゃんは、誰かのものなの?」
「……ううん、違うの」
「そうよね。亞里亞ちゃんは、亞里亞ちゃんのものだもの。同じように、私は私のものだし、お兄様はお兄様のものなのよ」
「……そっか。わかったの、咲耶ちゃん。自分は、自分のものっていうことなのね」
「ええ。そして、そんな人が一杯集まって、みんな生きてるのよ」
「……少しだけ、わかったような気がするの」
 亞里亞は、にっこり笑った。咲耶は、そんな亞里亞の頭を撫でた。
「うん。さすが、私の妹ね」
「うふふっ」
 ……亞里亞……。
 僕は、その時、一つの決心をした。

 カチャ
 応接室に、咲耶が入ってきた。
「お待たせ、お兄様」
「亞里亞は?」
「よく寝てるわ」
「……それで、お話というのは?」
 じいやさんが、僕に促した。
 僕は、部屋に集まってる皆の顔を見回してから、じいやさんに言った。
「亞里亞のことなんですけど……。僕の家に来てもらえませんか?」
「え……」
「お、お兄様、いきなり何を……?」
「お兄ちゃん……」
「わ、アニキったら大胆発言!」
「チェキ?」
 じいやさんよりも早く、妹たちが一斉に僕に詰め寄ってきた。
 春歌が、助け船を出してくれる。
「まぁまぁ、皆さん。兄君さまに何かお考えあってのことではないでしょうか? そうですよね、兄君さま?」
「ああ」
 僕は頷いた。そして、じいやさんに向き直った。
「確かに、亞里亞は大事にされてると思います。ただ、それでいいんでしょうか? 蝶よ花よとただ閉じこめておくだけじゃ、だめなんじゃないかと、そう思うんです」
「……それは……そうかもしれませんが……」
「こんなお屋敷で、一人きりで育てられるよりも、僕の家なら、今は四葉や春歌もいますし、ずっと環境がいいんじゃないかと思うんです」
「……」
「わたくしも、そう思います」
 春歌が、静かに頷いた。
「わたくしは、フランスでの亞里亞さんの暮らしを知ってます。確かに、何一つ不自由のない生活でした。ただ、一つを除けば。それは……、自分にとって大切なものを持つ自由」
「春歌……」
「亞里亞さんは、全てを与えられてきました。それ故に、本当に自分にとって何が大切なのか。それを見失っているのではないでしょうか?」
「ええっと、可憐には、難しいことはよく判らないけど……、でも、亞里亞ちゃんがお兄ちゃんの家で暮らすのは、悪い事じゃないと思うの」
「……心情的には大反対だけど」
 咲耶が、難しい表情で言った。
「でも、亞里亞ちゃんがここで暮らすよりはいいと思うわ」
「……わかりました」
 じいやさんは、こくりと頷いた。
「ただし、一つお願いがあります」
「なんでしょう?」
「わたくしも、兄やさまのところにご厄介にならせていただきます」
「ええっと、それは……」
「お部屋が余っていないのなら、廊下でも結構ですので」
「そ、そんなわけにはいかないですよ。部屋なら大丈夫ですから」
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げるじいやさん。
「だ、だけど、じいやさんまで僕の家に来ちゃったら、このお屋敷は……?」
「元々、当家の別宅で、亞里亞さまが来日するまではほとんど使われてなかったものですから、別に問題はないですよ」
 そう言いながら、じいやさんは立ち上がった。
「さて、そうと決まりましたら、準備がありますので……」
「ちょ、ちょっと待ってください。準備って、もしかして……」
「はい。亞里亞さまのお荷物が……」
「それじゃ、意味がないですよ」
 僕は苦笑した。
「できるだけ、亞里亞には、今までの環境を引きずらないで来て欲しいんです」
「そうですか……。判りました」
 じいやさんは、頷いた。

 翌朝。
 トントン
 ノックの音がして、春歌が顔を出す。
「兄君さま、朝ご飯の支度が整いましたので」
「ありがとう、春歌。……亞里亞は?」
「まだ寝てると思いますけれど。起こしましょうか?」
「いや。……あ、ううん。やっぱり起こそう」
「では、そのように……」
「いや、僕が起こすよ。春歌はさきにリビングに行ってて」
「かしこまりました、兄君さま。……」
 そのまま立ち去るかと思っていたが、春歌はドアを閉めないで、なにやらもじもじしている。
「うん、どうしたの、春歌?」
「あ、いえ、別に……」
「……ごめんね。亞里亞のことで、迷惑かけて」
「いえ、そのような……」
 春歌は、嬉しそうに首を振った。
「兄君さまにお心を掛けていただけるだけで、春歌は……。ぽっ」
 赤くなって、両手で頬を挟んで俯くと、春歌はぺこりと頭を下げて、廊下を走って行ってしまった。
 僕は苦笑して、パジャマ代わりのスゥエットを脱いだ。

 トントン
 亞里亞の部屋のドアをノックするが、返事がない。
 ドアを開けると、僕はまず、カーテンを開けた。
 シャッ
 朝の光が部屋に差し込む。
 ベッドに視線を向けると、亞里亞はすやすやと眠っていた。
 夕べ、散々ベッドが硬いとか枕が小さいとかで眠れないとか言ってたけど、やっぱり疲れてたのかな。
 僕は、そっと亞里亞の肩を揺すった。
「亞里亞、朝だよ」
「……んっ」
 亞里亞はゆっくりと目を開けた。
「あ、兄や、なの……」
「うん、僕だよ」
「……うふふっ」
 亞里亞は嬉しそうに笑った。
「亞里亞、兄やの夢、見てたの」
「へぇ、そりゃ嬉しいな」
「うん。亞里亞も嬉しかったの」
 そう言うと、亞里亞は僕の首に腕を回して、きゅっと抱きついた。
「兄や、大好きなの……」

 こうして、僕の家の住人が、2人増えることになった。

《続く》

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あとがき
 とりあえず、亞里亞の話はここでいったんおしまいです。
 次回から、第2部第2章の予定。

 我ながらちょっと何が何やらよう判らん話になってしまったので、DC版を書き下ろす可能性もあります。
 ……でも、そのまま放り出す可能性も、ありかもね。<某CM風に(笑)

 しかし、通算で数えると、もう26話なんですな。早いもんです。

01/06/20 Up

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