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キキーッ
《続く》
鈴凛の操る自転車が、派手にドリフトをかけて止まったのは、電気街だった。
「鈴凛、亞里亞がこんなところに?」
歩いているうちに迷い込んだんだろうか?」
そう思って訊ねると、鈴凛はあっさりと首を振った。
「ううん、全然」
「……は?」
「とりあえず、いつものくせでここに来ちゃっただけ。あはは」
そう言って笑うと、鈴凛はポケットからコンパクトを出して広げた。
僕も後ろから覗き込む。
緑色の格子模様の画面に、光点が一つ写っていた。なんかどっかで見たことあるような……。あっ!
「ドラゴンボールレーダー!」
「うるさいよ、アニキ」
う、怒られてしまった。
「だいたい、なんなのよそれ……」
あう、もしかして鈴凛にはもう通じない? ……時代は変わったのか……。
僕が黄昏れていると、鈴凛がパタンとコンパクトを閉じた。
「よぉし、わかったわよっ!」
「で、どこなの?」
「……えっとね」
鈴凛はぐるっと周囲を見回して、ぴっと指さした。
「あっちの方!」
「……あのさ、鈴凛」
「何、アニキ?」
「あっちって、もしかして、僕たちが来た方向じゃないの?」
「……もうっ、細かいこと気にしない! ほら行くよっ!」
再びペダルに足をかける鈴凛。
「わっ、ちょっと!」
慌てて僕は再び鈴凛にしがみつく。同時に自転車はドシュンと土煙を上げて走り出した。
「……あの、鈴凛」
「なによ、アニキ」
「ここって……」
僕は、再び停まった自転車から飛び降りた。そして、鈴凛の方を見る。
「もしかしなくても、ここって、亞里亞の家じゃないか?」
「そうみたいね」
「そうみたいね、って……」
もう一度、屋敷を見る。それから、コンパクトを広げている鈴凛の手元を覗き込む。
「……うーん、やっぱり屋敷の中に反応があるわよ」
「つまり、亞里亞はこのお屋敷から出てないってこと?」
「そうなるわね」
と。
「あーっ! 兄チャマ、チェキチェキ!!」
叫び声が上から聞こえた。って、上!?
思わず見上げると、塀の上に四葉が立っていた。
塀って言っても、そこらのブロック塀じゃなくて、3メートルはありそうな高い鉄柵だ。おまけにその上は尖ってたりするわけで。
「よっ、四葉っ!」
「あ、鈴凛チャマ! これ、役に立ってるデスよ!」
そう言ってポケットを叩く四葉。って、わっ!
その弾みにぐらっと身体が揺れる。思わず目を閉じる僕だが、落ちてくる気配はない。
「兄チャマ、どうしたんデス?」
「アニキ、何やってんの?」
上と横から同時に言われて、僕はもう一度見上げた。そして鈴凛に視線を移す。
「もしかして、鈴凛?」
「そ。四葉ちゃんに頼まれて発明したのよ。スーパージャイロ内蔵のバランサー、人呼んで『スーパーおちないくん2号』!」
「……なんなんですか、それ?」
「ま、簡単に言って、どんな不安定なところでも、自動的にバランスを取ってくれる装置よん」
あっさり言う鈴凛。
「イエス! だからこんなコトしても平気デス!」
ぱっと片足を上げて見せる四葉。
僕はそれを見上げて呟いた。
「……白?」
「えっ? わきゃぁっ! 兄チャマエッチデス!!」
慌ててスカートを押さえる四葉。と、ぐらりとその身体が揺らぐ。
鈴凛がのんびりという。
「あ、ちなみに、体重の80%を越える過重がかかると、さすがに『スーパーおちないくん2号』でも支えきれないから」
「どうわぁっ!!」
慌ててダッシュした僕。だけど、距離がある。
「キャァーーッ!」
悲鳴を上げながら、四葉の身体が落ちる。
下はアスファルト。高さは3メートルで、しかも頭から落ちてる。このままじゃ、ただじゃ済まない。
こうなったら!
「覇っ!」
「……えっ?」
「ぜいぜいぜいぜい、ま、まに、あった……」
僕の腕の中で、四葉はぱちくりと目をまばたいた。それから、僕の顔に視線を向ける。
「あ、兄チャマ……?」
「よ、四葉、大丈夫、かい?」
懸命に息を整えながら訊ねると、四葉はこくりと頷いた。
「よかった……」
そう呟いて四葉を降ろすと、僕はその場に座り込んでしまった。
と、その首に四葉が飛びついてくる。
「兄チャマ、チェキチェキチェキ!」
「わわっ! よせって、四葉」
「やっぱり、四葉のチェキ相手は兄チャマだけデス!」
そう言いながら、僕の頬に自分の頬をすり寄せる四葉。
なんか、子犬みたいな仕草に、思わず僕も微笑んでいた。
「アニキ……、今の、なに?」
あ。
顔を上げると、鈴凛が腕組みして、真面目な顔で僕を見ていた。
「何って……」
「今、アニキ……」
「お兄様!」
その声の方を見ると、咲耶が門から駆け寄ってきたところだった。
「お帰りなさい、お兄様。ああ、やっぱり私のところに戻ってきてくれたのねゥ」
「あ、いやそういうわけでは……。あ、いや、それより、亞里亞は見つかったの?」
立ち上がりながら聞き返すと、咲耶はえっという顔をした。
「だって、鈴凛ちゃんと一緒に探しに行ったんでしょう?」
「いや、実はこの屋敷の中にいるらしいんだ」
僕は鈴凛の方に向き直る。
「ね、鈴凛」
「……うん、そうなのよ」
一つ頷いてから、鈴凛はこっちに駆け寄ってきた。そして僕だけに聞こえるように囁く。
「あとで説明してもらうからね、アニキ」
「……あはは」
僕は苦笑して、咲耶と四葉に説明する鈴凛を眺めていた。
いつかは、説明しないといけないんだろうな、みんなにも……。
「つまり、この屋敷の敷地内にいるっていうこと?」
鈴凛の説明を聞いて咲耶は腕組みした。
「チェキ! うぬぬ〜っ、この四葉の追求の目を逃れるとは、亞里亞チャマもなかなかやるデスね〜。でも、そうと決まれば早速捜査再開デス!」
どこからともなく虫眼鏡を出して張り切る四葉。
僕は咲耶に尋ねた。
「ところで、可憐と春歌は?」
「ああ、可憐ちゃんならピアノのと・り・こ。春歌ちゃんはそれに付き合ってるみたいよ」
笑って答える咲耶。
「付き合ってる?」
「ええ。お茶飲んでいたわよ」
「……なるほど」
何となくその様子が想像できたので、僕は苦笑した。それから、そのまま走っていこうとした四葉の首筋を掴む。
「にゃっ! 何ですか、兄チャマ!?」
「そんなに走っていくと、またレーザーで撃たれるんじゃないか?」
「それならノープロブレムデス!」
「じいやさんにお願いして、邸内の監視装置を少し止めてもらってるのよ。お兄様」
咲耶が言葉を継いだ。
「監視装置を止めてるの?」
「ええ。守るべき亞里亞ちゃんはいない……と思ってたわけだし。それにしても……」
咲耶は、屋敷の庭をぐるっと見回した。
「これだけ広いとなると、ちょっと見付けるのも大変ね」
「大丈夫だよ。鈴凛のレーダーがあるんだから」
「あ、ごめん、アニキ。あんまり細かい位置まではわかんないんだ、これ」
鈴凛はレーダーを振って苦笑いした。
「ま、この近くってことは間違いないけどね」
「……四葉、頼むぞ」
「チェキ!」
四葉は嬉しそうに頷いた。
「兄チャマ、ここは未来の名探偵、四葉ちゃんにお任せデス!」
「四葉……」
「も、もうちょっとデス……」
それから30分あまり。
庭にメリーゴーランドがあるのを見付けたときにはさすがに驚いたが、肝心の亞里亞は見付けられないままである。
「お兄様、やっぱりこの辺りにはいないんじゃないの?」
「でも、近くにいるのは間違いないんだけどなぁ」
咲耶の言葉に、例のレーダーを見ながら首をひねる鈴凛。
地面にはいつくばるようにして虫眼鏡を覗き込んでいた四葉が、おもむろに立ち上がって膝をぽんぽんと叩いた。
「変デス……。全然、亞里亞チャマの痕跡が見付けられないデス……」
「やれやれ、手がかりなし、か……」
「兄チャマ……。ソーリー、デス。四葉、ちょっと自信ソーシツデス……」
かくんとうなだれる四葉。
僕はその頭を撫でた。
「いや、よくやってくれたよ。ありがと、四葉」
「あゥ」
ぽっと赤くなる四葉。
と、不意に声がかけられた。
「お兄ちゃん? それにみんなも……」
「兄君さま。 亞里亞さまは見つかったのでしょうか?」
その声の方を見ると、お屋敷の廊下の窓を開けて、僕たちの方に身を乗り出している2人の姿があった。
「やぁ、可憐、春歌。……待てよ」
不意に、ひらめいた。
「みんな。これだけ外を探しても見つからないってことは、もしかしたら、亞里亞はまだ屋敷の中にいるんじゃないか?」
「チェキ!? ううっ、これは盲点デス。さすが兄チャマ」
「そうね、そう言われてみればそうなのかも」
咲耶が顎に手を当てて考え込んだ。それから鈴凛に尋ねる。
「鈴凛ちゃん、何か良いもの無いかしら?」
「いくらアタシでも、さすがにねぇ……」
肩をすくめる鈴凛。
僕は、屋敷の中の2人に訊ねた。
「ねぇ、じいやさんはどこにいるのかな?」
「あ、可憐が呼んで来るね」
そう言って可憐がすたたっと廊下を走っていった。しばらくして、じいやさんを連れて戻ってくる。
「何でしょうか、兄やさま?」
「あの、亞里亞のことなんですが、このお屋敷の中はもう探したんですか?」
「はい、一通りは……。ですが、亞里亞さまのお手紙に、兄やさまの元に行かれるとありましたもので、てっきり出ていったものかと……」
「でも、さぁ……」
鈴凛が、考え込みながら言った。
「今さらなんだけど……。そもそも、このお屋敷の警備システムに引っかからないで、一人で外に出ていくなんて、無理じゃないのかなぁ」
「……あっ」
じいやさんが、はっとしたように口に手を当てた。
「……そういえば、警備システムのチェックをしていませんでしたわ」
「……おいおい」
思わず突っ込む僕たち。
まぁ、亞里亞があんな手紙を残していなくなったんで、思わず動転してたんだろうとは思うけど。
さすがに恥ずかしくなったのか、じいやさんは赤くなって早口で言った。
「とっ、とにかく、警備システムのチェックをして参りますので、少々お待ちください。もし、お屋敷にいらっしゃるなら、それで判るはずですし」
そして。
「こちらです」
じいやさんが、廊下の途中で立ち止まると、小さなドアを指した。
「ここは?」
「乾燥室です。つまり、洗濯物を乾かすための部屋です。今日は使ってなかったのですが……」
「なるほど。それじゃ開けてもらえますか?」
「はい」
じいやさんは、静かにドアを開けた。
途端に、甘い匂いが鼻につく。
亞里亞は、小さな部屋の奥で、壁にもたれかかるようにして、すやすやと眠っていた。
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あとがき
いやぁ、快勝。
まさかとは思いましたが。
01/06/2 Up