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「……それで、これからいかがなさいますか、兄君さま?」
《続く》
「……どうしよう?」
家から飛び出したところで、僕は途方に暮れていた。
何しろ、亞里亞の家は、今朝方、じいやさんの車に乗せられて行っただけなので、詳しい住所もよくわからないし、第一、車でも20分くらいかかってたような気がするし。ということは、結構な距離があるのではないだろうか?
と、四葉が胸を張った。
「兄チャマ、こういうときは四葉にお任せデス!」
「何か良い案があるのか四葉! さすが未来の名探偵だっ!」
「あ〜ん、もっと褒めるデス兄チャマゥ」
「それで、どうするんだ?」
「これで!」
四葉はおもむろに虫眼鏡を出して、自慢そうに言い放つ。
「今朝兄チャマが乗せられていった車のタイヤ跡を追跡するデス! そしたら、亞里亞チャマの家に着きます!」
「……」
僕は春歌と顔を見合わせた。それから、道路にかがみ込んで、道路を虫眼鏡で眺めている四葉の首筋を捕まえる。
「チェキ!?」
「あのなぁ……」
すぅっと息を吸い込んで、怒鳴る。
「そんなもの、見つかるかぁっ!!」
「うひゃぁ! ビ、ビックリしたデス……」
「お兄様、何を大声上げていらっしゃるの? あ、でもお兄様の大声もなかなかステキゥ」
その声に顔を上げると、そこにいたのは咲耶だった。今日はシャツにホットパンツというなかなかスポーティな格好をしている。
「あん、駄目よお兄様。いくらあたしの脚線美が見事でも、こんな外でそんな……。もうっ、いやぁんゥ」
「あ〜、いや、それどころじゃないんだ咲耶」
僕は危うくあっちの世界に行きかけた咲耶を捕まえると、亞里亞の話をした。
「……というわけなんだ、咲耶」
「亞里亞ちゃんが? それで、お兄様はどうなさるの?」
「うん、とりあえず亞里亞の家に行って、じいやさんに詳しい話を聞こうかと思ったんだけど……、誰も亞里亞の家がどこにあるのかよく知らなくて」
頭を掻く僕に、咲耶はにっこりと笑う。
「それなら、あたし知ってるわよ」
「ホントか! さすが咲耶!」
思わず咲耶の手をぎゅっと握ると、咲耶はぽっと頬を赤らめた。
「ま、お兄様ったら大胆なんだから……ゥ」
「あっ、兄君さまっ! 天下の往来でそのようなっ、不潔なことはっ……。と、とにかくいけませんっ!!」
慌てて春歌が割り込んでくる。
咲耶は肩をすくめた。
「春歌ちゃん、真面目なんだから」
「わたくしは常識的なだけですっ!」
いや、春歌もある意味常識外れなところもあるけど……。
「と、とにかく、それじゃタクシーで行こうか」
僕はそう言って、とりあえずその場を納めた。
「あ、運転手さん、そこです」
「あいよ」
キーッ
咲耶の指示に従って、タクシーが止まった。窓から見ると、確かに今朝行った亞里亞の家である。
「3420円ね」
「あ、はい」
僕は財布を出してお金を払うと、そのタクシーから降りた。
と。
「あれ? お兄ちゃん?」
「アニキ! ついでに咲耶ちゃんに春歌ちゃんに四葉ちゃんまで。どしたの?」
「へ?」
ビックリして振り返ると、そこには例の自転車にまたがった鈴凛と、その後ろに横座りしている可憐の姿があった。
「鈴凛に可憐? そっちこそ、どうして……」
「あ、うん。実は、もう一度ベーゼンドルファーに触りたくなって、それで鈴凛ちゃんにここまで送ってもらったの」
「そういうこと。あたしも、可憐ちゃんが騒ぐほどの名器とあれば興味もあるし」
「やだ、鈴凛ちゃんったら。そんなに騒いでません」
ぷっと膨れる可憐。鈴凛は「まぁまぁ」というゼスチャーをしてから、僕に視線を向けた。
「んで、アニキは? あ、もしかして鈴凛ちゃんにまた研究資金の援助をしたくなって、ここで待ってたとか」
「安心しろ、それはない」
「ぶーっ、アニキのけち」
「違いますのよ、鈴凛さん、可憐さん。実は……」
春歌が手短に経緯を話すと、さすがに2人も真顔になった。
「そんな、亞里亞ちゃんが……」
「それで、アニキはどうするの?」
「とにかく、じいやさんに話を聞かないとね」
僕は門に歩み寄った。そして首を傾げる。
「……で、呼び鈴はどこだ?」
鈴凛が僕の隣に来ると、額に手をかざして見回す。
「ないねぇ。……はるか彼方のお屋敷に付いてるとか」
「呼びました?」
「ううん、全然」
春歌に答えてから、もう一度辺りを見回す鈴凛。
と、いきなり門柱の方に手を振った。
「やっほーっ。開けてくんない?」
「鈴凛、何を……?」
と訊ねかけたところで、不意に門がぎぎぃっと音を立てて開いた。
「わわっ! り、鈴凛?」
「ほら、アニキ。これこれ」
鈴凛が門柱を指す。見ると、そこに黒い装置が埋め込まれていた。
「最新型のCCDカメラだよ、アニキ。きっとその辺りに隠しマイクもあるんだと思うな」
「……なるほど」
僕はおっかなびっくり、庭に足を踏み入れた。
「それにしても、人がいないとは不用心ですわ」
庭を歩きながら、辺りを見回す春歌。
確かに人の気配が全然しない。
「あ、それなら心配ないんじゃないかな」
腕を頭の後ろで組んで、鈴凛は言った。
「どうして?」
「あちこちにセンサーが仕掛けてあるし、ここに来るまでに少なくとも4つは対人レーザーがあったから」
あっさり答える鈴凛。
「た、対人レーザー」
「そ。だから、ああいうことすると……」
「チェキーっ!」
何かを見つけたらしく、脇の花壇の中に入ろうとする四葉を指す鈴凛。
と。
ばしゅ
「……チェキ!」
その四葉の髪の毛を何かが掠め、切り飛ばされた数本が風に舞って僕の鼻先に引っかかった。
微かに焦げくさい臭いがする。
「ま、こうなるから注意しないとね」
「あ、兄チャマぁ……」
花壇の前で、片足を上げたままの姿勢で固まっていた四葉が、情けない声を上げる。
春歌が諄々と諭す。
「四葉さん。他人様の家で無意味なことをなさるからですよ」
「う……、で、でも、名探偵四葉チャンとしては、少しでも疑問があれば、チェキしないわけにはいかないのデス!」
そう言いながら、おっかなびっくり足を下ろす四葉。両足が地面に着いたところで、大きく息を付く。
「ふぅ〜〜、でもさすがにビックリしたデス」
「四葉、これからは気を付けるんだぞ」
僕が声を掛けると、四葉は自分の頭をこつんと叩いて、ぺろっと舌を出して見せた。
「兄チャマに言われたら仕方ないデス」
「兄やさま、それにみなさん……」
その声に驚いてそちらを見ると、屋敷からここまで走ってきたのか、じいやさんが息を弾ませながら立っていた。
「どうして、こちらに……?」
「亞里亞がいなくなったって聞いて、居ても立ってもいられず……。それで……」
「ズバリ、亞里亞チャマがいなくなったときの状況をお聞きしたいデス!」
四葉が割り込んできた。片手にメモ帳を広げているあたり、なんか刑事を気取ってるらしい。……メモ帳を広げたのに、ペンを持ってないのが四葉らしいが。
「あ、はい……。兄やさまと可憐さまがお帰りになってしばらく後のことでした……」
じいやさんは話し始めた。
「……それじゃ、亞里亞ちゃんが、お兄ちゃんにまたクッキーを焼いてあげたい、と言ったんですか?」
可憐に聞き返されて、じいやさんは頷いた。
「はい。それで、兄やさまをまたお呼びして欲しい、と。……それで、私は、兄やさまを同じ日に何度も呼ぶと、兄やさまにもご迷惑ですよ、とお諫めしたのですが、そうしたら亞里亞さまは泣き出してしまわれまして……」
「亞里亞チャマ、辛抱足りないデスね」
「……アニキと同じ家に住んでる四葉ちゃんには言われたくないセリフね」
「あ、あう……」
鈴凛の的確なツッコミに四葉が返事に窮している間に、咲耶がじいやさんに尋ねた。
「それで、そのままここを飛び出して行っちゃった、というわけなの?」
「あ、いえ。最初はお部屋で泣いていらっしゃいまして、元々亞里亞さまはふとしたことでも泣き出してしまわれるほど感受性の高い方ですので、私もそれほど心配せず、しばらく放っておけばまた笑顔になって出てこられるだろうと思っておりましたのですが……」
「今日に限って出てこなかった、というわけ?」
「はい。いつもなら、部屋を出ると、私のところに謝りに来てくださるはずなのですが、なかなか姿を見せないものですから、心配になってお部屋に様子を見に行きましたら、これが……」
そう言って、じいやさんはエプロンから紙を取り出した。
可憐がそれを受け取って、じぃっと見つめた。それから、困った顔をする。
「ええっと……。これ、なんて書いてるんですか?」
読めなかったらしい。咲耶が横からのぞき込んで、顔をしかめた。
「もしかして……これって、フランス語?」
「ちょっと見せていただけますでしょうか?」
春歌がのぞき込んだ。そして頷く。
「兄君さまのところに行く、と書いてあるようです」
「へぇ、春歌はフランス語が出来るの?」
「たしなみ程度ですが。フランス語とドイツ語は似ておりますし」
「そうなの? だけど、それでもすごいや。僕なんて英語もあやふやなのに」
「まぁ、兄君さまったら、そんなにほめないでくださいましゥ」
頬を両手で挟んで恥ずかしがる春歌。
「……いいのよ、フランス語くらい出来なくても、器の大きなお兄様はそんなことは気にしないわ。ええ、そうよ咲耶、ふぁいとぉ」
何故かその場にしゃがみ込んで、地面に向かってぶつぶつと呟く咲耶。
「可憐、ドイツ語なら、ちょっぴりだけど判るよ」
可憐が僕の腕をしっかりと掴む。
「そうなの?」
「うんっ」
笑顔で頷く可憐。その横から鈴凛がボソッという。
「音楽に関係ある単語だけ、だけどね〜」
「あう……」
びしっと凍り付く可憐。
「とっ、とにかく、それじゃ亞里亞ちゃんはお兄様に逢うためにここから出ていったってわけねっ!」
咲耶が復活して、大声で言った。
「はい。ですが、亞里亞さまは兄やさまのお宅までの道順をそれほど詳しく知ってはいないはず……。今頃どこにおられるのか……」
「鈴凛、何か亞里亞を捜すような装置はないのかっ?」
「ん〜〜」
鈴凛は顎に手を当てて考え込んだ。そして、ぽんと手を打った。
「よし、あれを使ってみよう!」
ガチャガチャ
亞里亞の家の門の脇に停めておいた自転車。そのサイドに掛けられていた鞄の中をかき回していた鈴凛は、顔を上げた。
「お待たせ。これこれ」
手にしていたのは、……コンパクト?
「なんですか、これは?」
春歌に尋ねられて、鈴凛は、ふふん、と胸を張って言った。
「これは、あたしが作った、アニキレーダー!」
「あにきれぇだぁ?」
「……もしかして、それって、お兄様がどこにいるかスグに判るっていうもの、なの?」
咲耶に尋ねられて、鈴凛は頷いた。
その途端。
「ちょうだい!」
「わたくしにも! わたくし、兄君さまをお守りしなければなりませんもの」
「あ、可憐も欲しいな……」
「兄チャマをチェキするには必需品デス!」
同時に4人にずいっと詰め寄られる鈴凛。ちなみに僕は蚊帳の外。
「まぁまぁ、その話はおいといて……と」
鈴凛は笑っていなすと、そのコンパクトの裏を開いた。
「ここをチョイチョイっと変えると……、はい、亞里亞ちゃんレーダーのできあがり!」
「……でも、本当に使えるの、それ?」
さっきまで思い切りそれを欲しがってたのを忘れたように、疑いの目を向ける咲耶。
肩をすくめる鈴凛。
「ま、疑う人は疑ってもいいよ。さ、アニキ、行こっ!」
「へっ、っておうわぁっ!!」
がしっと腕を掴まれて、気が付くと僕は鈴凛の自転車の後ろにまたがっていた。
「んじゃ、ゴーッ!」
「あーっ、ちょっと鈴凛待ちなさいっ! あたしのお兄様をどこに連れて行く気なのよっ!」
「兄君さまーっ!」
「チェキーッ!」
あっという間に、みんなの声が小さくなっていく。周囲の景色がすごい勢いで後ろに流れていく。
乗ったこと無いけど、バイクってこんな感じなんだろうな……なんて暢気にしてる場合じゃない!
バランスを崩して、危うく振り落とされそうになった僕に、鈴凛が声をかける。
「しっかり掴まっててよっ、アニキ!」
どうにかバランスをとってから、僕は思わず大声を上げた。
「そういうことは発車する前に言えっ!」
「……ま、それもそうだ」
「それもそうだじゃないーっ! って、うわぁっ!」
自転車は急カーブを描き、僕はまた振り落とされそうになり、必死に鈴凛にしがみついていた。みっともないけど、落ちて怪我するよりはマシだし。
「もう、アニキったら、そんなところ触ったりしてぇゥ 意外とダ・イ・タ・ンゥ」
「断じて、ちがーうっ!」
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あとがき
うーむ、亞里亞が全然出てこないぞ(苦笑)
さて、とりあえず、まずは1勝。
01/05/31 Up