トップページに戻る 目次に戻る 前回に戻る 末尾へ 次回へ続く
「兄君さま、朝ですよ〜」
《続く》
ゆさゆさ
「兄チャマの寝顔、チェキデス!」
「あ、いけません、四葉さん。兄君さまが……」
「チェキチェキチェ……」
ごん
「……う〜、春歌チャマ、痛いデス……」
「うふふふっ」
枕元で交わされる声に、ゆっくりと意識が目覚める。
「……う、うん……」
「あ、おはようございます、兄君さま」
「グッモーニン、チェキ! ……いたた」
ピンぼけだった視界がはっきりする。そこには、春歌の満面の笑顔と、四葉の涙目気味の笑顔があった。
「……四葉、なんで頭を押さえてるんだい?」
「それは……」
「あ、なんでもありませんよ、兄君さま」
にっこり笑って口を挟む春歌。それから、ぽんと手を打つ。
「そうですわ、兄君さま。さ、早くお着替えになってくださいませ」
「えっ?」
「男子たる者、いつどこで戦いになるやも知れませぬ。もちろん、わたくしは全力を持って兄君さまをお守りいたしますが、やはり兄君さまも、平時に於いて乱を忘れず。備えあれば憂いなし、の精神をもっていただきたいのです」
とうとうと説く春歌。
僕は苦笑して、訊ねた。
「いつも思うんだけど、春歌ってずっとドイツにいたわりには、日本のことに詳しいんだね」
「はいゥ」
こくりと頷くと、春歌は懐かしそうな視線を窓の外に向けた。
「わたくし、おばあさまにいつも伺っておりましたから」
「おばあさま?」
「四葉はグランパに兄チャマのこと聞いてたデス!」
ごつん
「四葉さん、人が話をしてるところに口を挟むのは失礼ですよ」
「……うう、兄チャマ〜。春歌チャマが厳しいデス……」
涙目になって僕に助けを求める四葉。
「まぁまぁ、春歌も押さえて。それより、着替えないといけなんだろ?」
「はっ、そうでした。それでは兄君さま、居間にてお待ちしております」
深々と頭を下げて、春歌は身を翻す。そして、四葉の首を掴んで部屋を出ていった。
「わぁ、春歌チャマ離すデス! 四葉は兄チャマの着替えをチェキするんデス〜〜ッ!!」
「いけません。大和撫子たる者がそのようなはしたないこと……ぽっゥ」
はしたないこと、の内容を想像したのか、春歌は真っ赤になると、四葉の首根っこを掴んで引きずりながら、慌てて部屋を出ていく。
「兄チャマをチェキするデスチェキするデスチェキするデス〜〜〜〜〜ッ!!」
四葉の悲鳴(?)が、ぱたんと閉まったドア越しにしばらく聞こえていた。
僕は苦笑して、パジャマ代わりのトレーナーを脱いだ。そして、枕元に畳んでおいてあるシャツに手を伸ばす。
と、いきなりドアが開いた。
「そうそう、兄君さま。お味噌汁の具は何が……」
そう言いながら入ってきかけて、硬直する春歌。
「ああ、それならあさりが……。春歌?」
「き……」
「き?」
「きゃぁぁぁぁぁっっっ!!」
思わず耳を押さえる僕を残して、春歌は部屋の外に飛び出した。そして勢いよく閉まったドア越しに声が聞こえる。
「ご、ご、ごめんなさいませっ! わ、わたくし、その、あ、あの、ご、ごめんなさい……」
普段たおやかな春歌らしからぬ慌てように、僕は苦笑した。
「いいって。僕らは兄妹なんだし……」
そう言ってから、ふと思い出す。
「……ああ、そっか……」
「お兄様……。それに、みんな……」
咲耶は、ぐるりと皆の顔を見回してから、思い切ったように言葉を継いだ。
「実は、私は……みんなとは血が繋がってないの。みんなの中で、私だけはもらわれた子なのよ……」
「!?」
みんなが、思わず息を飲む。
視線を伏せる咲耶。
「……ごめんなさい、今まで黙ってて……。でも、このことはしゃべってはいけないって決められてたから……」
「……あ、あの……」
おずおずと手を上げる可憐。
「可憐も、……そうなんだけど……」
「……えっ?」
ばっと顔を上げる咲耶。
「あ、ボクも、言ったらいけないって言われてた……」
「チェキ!? 四葉もデス!」
「アタシも……。自分だけ血が繋がってないって思ってたんだけど……」
「私もそうです……」
「姫もですわ!」
次々と声を上げる皆。
「……考えてみれば、自分は繋がってないとは言われたけど、他の人も繋がってないとは聞いてなかったね」
千影が、彼女にしては珍しく、苦笑を浮かべて呟いた。
僕は訊ねた。
「……つまり、どういうこと?」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
咲耶がわいわいと騒ぎ出した皆を手を振って止めてから、訊ねる。
「はい、自分が他のみんなとは血が繋がってないって知ってた人、手を上げて」
「はぁーい」
可憐、鈴凛、鞠絵、四葉、春歌、千影、衛、白雪の8人が手を上げた。
「……私を入れて9人。……と言っても、雛子ちゃんと亞里亞ちゃんと花穂ちゃんは、まだ理解できないから話してないだけかもしれないわね……」
きょとんとしている3人に視線を向けて、咲耶は顎に手を当てて呟いた。
「……それにしても困ったわ。これじゃお兄様とは血の繋がりがないから、いざとなれば勝てるっていう私のプランが水の泡じゃない……」
「……咲耶ちゃん、そんなこと考えてたの……?」
可憐が顔を引きつらせながら言う。咲耶ははっとして、慌てて手を振る。
「や、やぁね、冗談よ、冗談。あははっ」
「……それじゃ、みんな僕とは血の繋がりがない……。つまり、兄妹じゃないってことなのかい?」
まだ半分呆然としながらも、訊ねる僕。
「そんなことはないわっ! 私のお兄様はお兄様だけよっ」
「そうですの! にいさまは何があってもにいさまですの」
「そうだよ、お兄ちゃん」
「あにぃはボクのあにぃだよっ!」
「チェキチェキチェキ! 四葉がチェキするのは兄チャマだけデス!!」
「アニキ、いまさら可愛い妹の鈴凛ちゃんを見捨てるなんて言わないわよね?」
「兄上さまは、私にとってただ一人、誰にも代えられない兄上さまです」
「春歌は、未来永劫ずっと、兄君さまだけを、お慕いしております。この気持ちは変わりませんわ」
そう言った途端に、一斉にみんなに詰め寄られてしまった。
その輪の後ろから、千影が言う。
「兄くん、血の繋がりより大事なのは、心の繋がりだよ……」
「千影……。そうだな、ごめん」
僕は頭を下げた。それから、改めて訊ねる。
「でも、そうすると、どうしてみんなは僕の妹に……?」
「それは……」
咲耶が口を開きかけたとき、不意に後ろから声が聞こえた。
「それは、儂から話そう」
「えっ!?」
皆が一斉にその声の方を見る。
そこには、スーツの上を脱いで肩に引っかけた、大柄な男が立っていた。その右には大きなスーツケースと、小柄な女性を伴って。
僕は、思わず声を上げていた。
「親父! お袋!」
「よう、俊一」
親父は軽く片手を上げた。それから、みんなの方に視線を向けた。
「みんなも元気そうだな。お父さん安心したよ」
お、お父さん?
僕は、思わず膝砕けになりかけながら、声を大きくした。
「親父、どういうことなんだよっ!!」
「まぁ待て俊一。やっと日本に帰ってきたところなんだぞ。もうちょっとゆっくりと娘達とスキンシップさせてくれ……」
そう言いかけたとたんに、みんながさぁっと僕の後ろに回る。
「あ……?」
きょとんとした親父に、咲耶が僕の後ろから言う。
「お父様、今までお世話になりました。咲耶はお兄様の元に参ります」
「なっ!? なんだとぉっ!? 咲耶……。もしかして、みんなもそうなのか!?」
大きく頷く皆。
親父はがっくりと膝をついた。そして、ふっとため息をついた。
「そうだな。ここでは娘の決断を暖かく認めてあげるのが、良き父親というものだな……。ふっ。娘達よ、幸せになるんだよ」
「こ、この莫迦親父っ! 勝手に話を進めてないでちゃんとわかるように説明しろこんちくしょう!」
思わずキレて怒鳴ってしまう僕。
「……くすん。兄やが怖いの……」
「あ、ご、ごめん亞里亞……」
「いかんぞ俊一、妹を泣かせては」
誰のせいだ、誰のっ!
怒鳴りたいのを押さえて、亞里亞を可憐が慰めているのをちらっと見てから、僕は向き直る。
「……説明してくれるよな、親父」
「それでは、説明しよう!」
親父は、その場にどっかりと腰を下ろした。ちなみに下は芝生である。
「まぁ、みんなも座ると良い。立っていると疲れるだろう?」
「事の起こりは、今から……そうだな、5年以上前になるか」
皆が芝生の上に座ってから、親父は話し始めた。
「当時、バリバリの外交官として世界を飛び回っていた儂は……あ、もちろん今もバリバリだがな。わっはっは」
「くだらんことはいいから話を進めてくれ」
「そう言うな俊一。男にとっては重要なことだぞ」
僕にそう言ってから、親父は話を進めた。
「実は、母さんは身体が弱くてな。俊一を産んだ後で医者に言われたのだ。これ以上子供を作ることは生命に関わる、とな」
「まぁ、あなたったら、そんな恥ずかしいことを」
ぽっと赤くなるお袋の肩を抱き寄せる親父。
「何を言う。子供が出来ようと出来まいと、儂の愛は変わらんわい」
「あなた……」
「だぁっ! この万年新婚夫婦、いちゃつくのは後にしろっ! あ、こら、みんなも見てるんじゃないっ!」
「可憐、ドキドキです……」
「やっぱり私とお兄様もいずれはこんな風に……。うふふっ」
「こ、こらっ、可憐、咲耶っ!」
……結局話が元の筋に戻るのに、10分を要した。
「……まぁ、そんなわけで、これ以上子供が出来ないことが判って、儂も母さんもがっかりしておった。何しろ子供好きだったからな、儂らは」
「そうですわね、あなた」
「でっ!?」
また二人のハネムーン空間に突撃して行きそうな2人に、大声をかけて引き戻した。
「ああ、そうだったな。ちょうど俊一が小学校の6年生のときのことだ。儂の知り合いがやっていた孤児院が資金繰りに窮してな、いろいろあって儂がその孤児院を引き受けることになったのだ」
「へぇ、親父にしちゃ洒落たことを……」
そう言いかけて、僕は、はっと気付いた。
「……孤児院? それじゃまさかみんなは……?」
「うむ」
親父は頷いた。
「その孤児院の子供だ」
「ええっ!?」
その言葉に、僕よりもむしろ他のみんなの方が目を丸くしていた。
「お父様、あそこって、孤児院だったの?」
「可憐、全然知りませんでした……」
……まぁ、考えてみれば、自分以外は本当の僕の妹だってみんな思いこんでたわけだからなぁ。流石に孤児院にいるって判ってれば、そんなこともなかったはずだし。
「まぁ、みんな。親父の説明を聞こうよ」
僕はみんなにそう言って、全員が頷くのを見てから、親父に向き直った。
「さぁ、説明してくれよ」
「それまでも、儂らは日本にいるときは、その孤児院を家代わりにして、そこで暮らしておった。だが、孤児院を引き受けたとき、儂と母さんは一つの決断をしたのだ。儂はバリバリの外交官で、世界中を飛び回っており、一つところに定住することが出来ぬ。だが、俊一にこれからも次々と世界各地を転校させるのは忍びない。というわけで、お前は儂らと離れて孤児院に暮らし、そこから小学校に通うこととなったのだ」
「……僕が、小学校の頃……」
「だが……、儂らはいろいろな意味で、余りに愚かだった……」
遠い目をする親父。
「半年後、一時帰国した儂らが見たのは、学校に行かずに孤児院の子供達と遊ぶお前の姿だった。そしてその孤児院は、荒れ放題になっていた。……儂らが外国に行っている間、後を託した管理人が、儂が送っていた孤児院の運転資金を、自分で着服していたのだ」
「ええっ!?」
「しかも、儂らが帰国することを知った管理人は、入れ替わるように国外へ逃亡しおった。そして誰も面倒を見る者がなくなった孤児院の子供達を、数日の間とはいえ、小学生だったお前が、面倒を見ていたのだ」
「そ、そんなことが……」
「あの時のお兄様、ステキでしたわゥ 今でも目を閉じれば思い出せるの」
咲耶がうっとりと中空に視線をさまよわせた。
親父はコホンと咳払いして、話を続けた。
「無論、そのおおたわけの管理人は、人として許されぬことをした報いを受けてもらった。まぁ、人権だ何だとうるさい日本から離れてくれたのはむしろ好都合だったと言うべきだな。だが、それでお前達の受けた傷が癒されたわけではない。とりわけ、心の傷はな……」
そこでため息をつくと、親父は皆に視線を向けた。
「そのようなことがあって、これ以上孤児院を運営するのは無理だと悟った儂は、皆には里親になってくれる人を募り、色々とあったが、全員、親切な人たちが面倒を見てくれると言ってくれた。そして、中には遠い親戚筋の人が音信不通になっていた息子や娘の忘れ形見をようやく探し当てて引き取ったというケースもあった。……春歌、四葉、亞里亞の3人が、それぞれ外国に行っていたのは、そういう理由だ」
「……そうだったのか」
「チェキ」
「左様でございます」
僕の呟きに頷く四葉と春歌。
親父は、僕に頭を下げた。
「俊一。改めて詫びをせねばならん。お前に済まないことをした……」
「よしてよ……。でも、どうして僕はそれを覚えてないの?」
「……お前の心が、とりわけ深い傷を負っていたからだ」
静かに言う親父。
「……深い、傷?」
「ああ。……儂らが帰るまでの半年の間、お前はこの娘達の面倒を一心にみてくれた。だが、お前を頼るしかない、幼い子供達と、醜い大人と間に挟まれた形になったその生活は、まだ幼かったお前の心身にすさまじく負担になったことは違いない。だが、この娘達の前では、お前は良き兄であり続けようとし、それがさらにストレスとなる悪循環に陥っていたのだ」
そこまでを一気に言い切ると、親父は僕の肩に手を置いた。
「儂は、馴染みの精神科医に頼み込んで、お前の記憶から孤児院での生活の全てを消してもらったのだ。みんなも、お前がどういう状況になっているかは薄々察していたのだろう。全てを知ってなお、お兄ちゃんの為なら、自分のことを忘れても構わないと言ってくれたのだ。……まぁ、当時幼かった亞里亞や雛子はそこまでは言わなかったがな」
「……それで?」
僕は先を促した。親父は頷いて話を続けた。
「だが、彼女達にしても、このまま兄と慕っていたお前と、この先一生逢えないというのは酷というものだ。そこで、儂は彼女たちと約束したのだ。お前が18になったら、逢いに行っても良い、とな」
「18に、なったら……?」
「ああ。つまり、お前の人格が再構成されて、普通なみの精神的な耐久力が回復するまでの時間だ。そして、今、お前は18歳になった……」
「可憐たち、ずっと相談して決めてたの。お兄ちゃんが18歳になったら、逢いに行こうって。でも、可憐、ホントは少し怖かった。あのころのお兄ちゃんと今のお兄ちゃんは別人になってるかもしれないって。だけど、逢ってすぐに思ったの。ああ、お兄ちゃんは帰ってきてくれたんだ、ってゥ」
可憐が笑顔で言った。
「ありがと、可憐。……あれ? でも、最初に逢ったとき、可憐は僕がみんなのことを忘れてたのに随分驚いてなかったっけ?」
「あ、うん。あの時まで、お兄ちゃんと逢えないってことは判ってたけど、まさか可憐やほかのみんなのことまで忘れてるなんて知らなかったから……」
「可憐くんは、私や咲耶くんがちゃんと説明する前に、兄くんを迎えに飛び出して行ってしまったからね」
千影の言葉に、恥ずかしそうに俯く可憐。
「だって……。お兄ちゃんに逢いたかったんだもんゥ」
「ええっと……」
僕も、あの時可憐とキスまでしてしまったことを思い出して、恥ずかしくなってしまった。慌てて話題を変える。
「それじゃ、最初は妹は9人だって言ってたのは?」
「それは、春歌ちゃん達の詳しい事情……親戚が見つかって、外国に行ってしまった、っていうのを知ってるのが、私と千影ちゃん、それに可憐ちゃんくらいだったからよ」
咲耶が言った。千影が頷いて、言葉を継ぐ。
「彼女たちが帰ってこない、という可能性も、無いわけではなかったからね。……実際は、兄くんが18になるのを待ちかねていたのは、日本にいる私たちだけじゃなかったけれどね」
「もちろんです。離れればこそ、募る思いもありますわ」
にっこり笑う春歌と、こくこくと頷く四葉。
「当然、四葉も兄チャマをチェキすることをずぅぅぅーーっと楽しみにしてたデス!」
なるほど。あれ? でも、そうすると……。
「でも、咲耶と千影、それに可憐は覚えてたようだけど、あとのみんなは、3人のことは知らないって言ってなかったかい?」
「……もし、外国で幸せに暮らしてるなら……と思って、他のみんなとは3人の話はしなかったから……。みんな、5年もたつうちに忘れても無理はないわ……」
うつむき加減に言う咲耶。そして顔を上げた。
「全部悪いのは私なの。ごめんなさい、お兄様」
「咲耶くん、……一人で、総てを……背負い込むことはないよ……」
千影が、咲耶の背中に手を当てて言った。そして僕に視線を向ける。
「兄くん。ほとんどのことは、私と咲耶くんが、父上と相談して決めたことだから。他のみんなはまったく知らなかったことだし……」
「怒ってなんていないよ。それにしても……そっか。そうだったのか……」
ようやく納得出来て、僕は頷いた。
咲耶は顔を上げると、僕に視線を向けた。
「お兄様……。私たちが知ってることの全ては、今お父様がお話しになった通りよ。……全てを知っても……、私たちのお兄様でいてくれますか……?」
皆が僕をじっと見つめた。
僕は大きく頷いた。
「こちらこそ、お願いするよ。みんな……。正直、今話を聞いただけで、孤児院の頃のことは全然思い出せてないけれど……、そんな僕でもいいのなら……」
「おにいたまは、おにいたまだよ」
「……うん。兄やは、兄や……」
雛子と亞里亞が口をそろえるように言った。
そして、花穂がぴょんと跳ねるようにして、言った。
「フレー、フレー、お兄ちゃま!」
不意に、僕の瞳から熱いものが溢れた。みんなの顔がぼやけて見えなくなる。
「……あ、あれ? ご、ごめん……」
「……お兄ちゃんっ!」
可憐が、どんっと抱きついてきた。続いてみんなが押し寄せてきて、僕はそのまま芝生に押し倒され、そのまま下敷きになってしまう。
「わっ、お、重……」
「兄上さま、女の子にそれは禁句です」
その輪には加わらないで脇から見ていた鞠絵が、笑顔で言った。
「で、でも……ぐぇ……」
ようやくみんなが落ち着いたところで、白雪がお弁当を出して、みんなでランチタイムとなった。
「……ところで、親父」
僕は、一つだけ気になったことがあったので、訊ねた。
「その孤児院にいたのって、ここにいるみんなだけだったの?」
「うむ、その通り。男の子は、儂が孤児院を最初に引き受けたときに、全員早々に里親を見つけて引き取ってもらったのでな。お前が来たときには、もうこの娘達しかおらぬ状態だった」
「……なんで女の子だけ残したの?」
「うむ、それはな……」
親父は一つ深呼吸してから、腰に手を当ててふんぞり返った。
「女の子とか、好きだから」
「……」
この、くそ親父……。
僕は、一瞬でもこの親父を尊敬しそうになったことを激しく後悔したのだった。
「……春歌、四葉」
「……はい、兄君さま」
「チェキ?」
僕の言葉に気付いて、視線を向ける2人。
「……いいのかい? 2人は特に、本当の親族がいる外国から、日本にまで来て……」
「兄君さま」
春歌は、手を伸ばして、僕の唇に指を当てた。そして、にっこり微笑む。
「わたくしは、他の誰よりも兄君さまをお慕いしております。だから、日本に戻って参ったのですよ」
「チェキチェキチェキ! 四葉も兄チャマをチェキするために、日本に戻ってきたデス!」
びしっと虫眼鏡で僕を指す四葉。
「だから兄チャマ、覚悟するデスよっ!」
と。
ピンポーン
チャイムの音が鳴った。そして、外から声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん、おはよう!」
どうやら可憐が迎えに来てくれたらしい。
「兄君さま、お名残惜しいですが、そろそろお出かけの時間ですわ」
「ああ。それじゃ行って来るよ」
僕は鞄を手にして、玄関に向かった。
こうして、全てを知った僕と、可愛い妹たちとの、物語の第二幕が始まった。
トップページに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く
あとがき
20話の感想として、中途半端なところで切るな、というお怒りの声があまり多かったもので、怯えてすぐに第2部を開始することにしました。家に火を付けられちゃたまりません(苦笑)
まぁ、この先何がどうなるかは全く決まってませんが、調子よく書けるうちが花ですから。
なお、念のために書いておきますが、孤児院がどうたらというのはまるっきり晴海姉ぇオリジナル設定ですから、お間違えないようにお願いします。
01/05/24 Up 01/05/26 Update 01/05/27 Update