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あなたの咲耶よりゥ
《終わり》
愛するお兄様へ
お兄様とあれからお逢いできなくて、咲耶は恋しさのあまり倒れそう。でもこれも私たちの愛に降りかかる試練なのよねゥ
ところで、あのとき約束したとおり、お兄様に私の全てを知ってもらうことにしたの。
あ、もちろん私の身体の全てをお兄様に捧げるとかそういうことじゃないのよ。……それに、私の全てはとっくにお兄様のものゥ
ああん、そうじゃなくて。
私の知っている全てをお兄様や他のみんなにも教えるって約束を、果たそうと思うの。
今度の日曜、朝10時にかしのき公園の樫の木の下、でいいかしら?
お返事、待ってます。
……というわけで、僕はかしのき公園の、その名の由来となった大きな樫の木の下にやって来た。
ちょっと早かったかなぁ?
「10時には1時間も早いですよ、兄君さま。でも、約束をきちんと守ろうとするその凛々しさ、さすがわたくしの兄君さまですわ。……ぽっゥ」
「現場に先に着いてあらかじめ下調べをしておくのは、犯人と対決する名探偵の常識っ! さすがは兄チャマデス!」
頬を両手で挟んでなにやら赤くなっている春歌と、例によって虫眼鏡片手に今日もハイテンションな四葉。この2人とは、家から一緒にここまで来たわけだ。ちなみにこの2人は当然のごとく僕の家に住み込んでしまっている。まぁ四葉はともかく、春歌にはほとんどお手伝いさんのように色々とやってもらって助かってるのは事実なので、あんまり強くどうこうと言えない僕だった。
と。
「あっ、お兄ちゃん!」
「あにぃ! もう来てたの?」
声が聞こえてそちらに視線を向けると、ちょうど公園の入り口に可憐と衛がいた。
僕が手を振ると、2人は駆け寄ってくる。あ、さすが衛、可憐をぐんぐん引き離してるぞ。
そのまま衛は僕の前まで来ると、ぴたっと立ち止まって片手を上げる。
「やっ! なんか久し振りだねっ、あにぃ」
さすが衛、息も切らしていない。
僕はふざけて軽く衛の頭を小突く。
「何が久し振りだよ、衛。毎朝、ジョギングがてら僕の家に寄っては朝ご飯食べていくじゃないか」
「えへへっ。だって春歌ちゃんのご飯って美味しいんだもん」
「まぁ、恐れ入ります」
頬を赤く染めたまま頭を下げる春歌。
衛は口をとがらせた。
「でも、ボクとしてはあにぃとジョギングしたいんだけどなぁ。あにぃったら、ボクが行くといつも寝てるんだもん」
「兄チャマ、意外と朝はお寝坊さんデス」
四葉も口を挟む。僕は肩をすくめた。
「いや、夜が結構遅いからしょうがないんだよ」
「ええっと、兄チャマの夕べの就寝時間は……午前1時デスね」
「……四葉、そのメモは?」
「チェキ!? ああっ、兄チャマは見たら駄目デス! これは四葉の兄チャマチェキノートなんデスからっ! ……はっ」
「チェキノート?」
「あう、ええと、そのぉ……あう……。あっ、可憐チャマ! おはようですっ!」
「はぁはぁ……、ま、衛ちゃん、走るの速いよ……」
荒い息をつきながら可憐がようやく追いついてきた。それから息を整えて、僕に頭を下げる。
「おはようございます、お兄ちゃん」
「やぁ、可憐。大丈夫かい?」
「はい。ありがとう、お兄ちゃんゥ」
額の汗を手で拭いながら、可憐はにっこり笑った。それから、春歌と四葉にも挨拶する。
「おはよう、春歌ちゃん、四葉ちゃん」
「モーニン、デス」
「はい、おはようございます」
「それにしても、可憐も衛も早いなぁ。僕たちもちょっと早く来すぎたかな、とは思ってたけど」
「だって、お兄ちゃんを待たせるなんて出来ないと思って。ね、衛ちゃん?」
「そうそう。でもやっぱりあにぃの方が早いんだもんなぁ」
頭の後ろで手を組んで笑う衛。
と、四葉が声を上げた。
「兄チャマ! 何か来るデス!」
「へっ?」
言われる方を見ると、なにやら煙を引きながらこっちに向かってくるものが目に入った。
「くせ者!?」
素早く身構える春歌。
「……そう言えば、春歌。なぎなたはどうしたの?」
「あっ、はい。鈴凛さんに折られてしまいましたので、今は修理中なんです」
なるほど。
「あれ? あにぃ、あれって鈴凛ちゃんだよ」
額の上に手をかざしてそっちを見ていた衛が言う。
「えっ? あ、ホントだ」
改めて見ると、衛の言うとおり、自転車にまたがっている鈴凛だ。あ、その後ろに乗ってるのは……。
「ヤッホーッ、アニキ〜」
「おはようございます、ですの。にいさまゥ」
「白雪ちゃん?」
可憐が目を丸くする。
すごい勢いで突っ込んできた自転車が、ぴたりと僕たちの前で止まると、とどめとばかりに白い煙を盛大に噴き上げた。
「ぶわっ、り、鈴凛っ!」
「あ、心配ないって。これ、煙じゃなくて水蒸気だし」
あっけらかんと言いながら、かけていたゴーグルを額に上げる鈴凛。
「にいさまぁ、ご心配おかけしてすみませんでしたの。でも姫は無事ですのゥ」
横座りにしていた荷台からぴょんと飛び降りると、白雪はスカートの裾を摘んで優雅に一礼する。
「お待たせ、ですの。にいさまゥ」
「お、おはよう、白雪」
「アニキ、どう? これこそ、新開発のスーパーチャリくん5号っ! 蒸気機関を使って自然にも優しいエコシステム搭載よゥ」
「へぇ〜。そういえば、例のバーチャルヘルメットは完成したの?」
「う゛……。えっと、それはまぁおいといて」
“おいといて”をゼスチャー付きで言う鈴凛。どうやらあのヘルメットは開発に行き詰まっているようだった。
「それにしても、スーパーチャリくん5号ですっ飛ばしてきたんだから、絶対トップだと思ったのに、もうこんなに来てるんだもんなぁ〜」
「そうですの。姫はちょっぴりショックでしたの。せっかくにいさまに美味しいお弁当作ってきましたのに」
はふ、とため息をつく白雪。
可憐が話しかける。
「……白雪ちゃん、お弁当はお兄ちゃんが後でも先でも関係ないんじゃ……?」
「そんなことはありませんの! 絶対美味しいお弁当を持って、喜んでくれるにいさまのお顔を思い浮かべながら待つ。これこそ姫の楽しみですのにっ!」
「そ、そうなんだ……」
後頭部に汗を浮かべて、笑顔を引きつらせる可憐。
「そして、待ち合わせの時間にちょっと遅れてくるにいさま。姫の姿を見て、慌てて駆けてくるんです。そして困ったお顔して、「ごめんね、待ったかい?」 そしたら姫はこういうの。「ううん、全然待ってませんの」 ……いやぁんゥ」
僕は、鈴凛に尋ねた。
「……ねぇ、鈴凛。白雪のこういうところって、やっぱり咲耶の影響なの?」
「そんなの知らないけど……。あ、アニキ! ほら、花穂ちゃんと雛子ちゃんよ」
「お?」
鈴凛に言われてそちらを見ると、花穂と雛子が公園の入り口にやって来たところだった。2人もこっちに気付いて手を振る。
「お兄ちゃま〜っ」
「おにいたま〜っ」
僕も笑って手を振ると、2人はこっちに向かって駆け出し……。
どてぇん
……花穂がこけた。
「ふぇ、痛いよぉ〜」
「あ〜、花穂たま。ヒナがいいこいいこしたげるから、泣いちゃだめだよ〜」
「ぐすん、ぐすん……。う、うん」
その場にぺたんと座り込んで泣きそうになっている花穂に、雛子が一生懸命に話しかけているのを見て、可憐が駆け寄っていった。
「花穂ちゃん、大丈夫?」
「う、うん。……ひっく」
泣きかけながらも立ち上がる花穂。その頭を背伸びして撫でながら言う雛子。
「花穂たま、泣いたらめーなのよ」
しかし、どっちが年上かわからないなぁ、これじゃ。
片手で目をこするようにしながら、可憐に引っ張られてくる花穂と、その背中を押しながら来た雛子に、僕は苦笑しながら声をかけた。
「おはよう、2人とも。花穂、大丈夫?」
「くすん、お兄ちゃまぁ……」
僕はかがみ込んで花穂の膝を見てみた。
「うん、ちょっと赤くなってるけど、血も出てないようだし……」
「でも、ちょっと痛いの……」
「そっか。それじゃ……。痛いの痛いの、飛んでいけ〜っ、と。どう?」
「……うん、花穂、もう痛くないよ」
花穂は頬を赤らめて、こくんと頷いた。僕はほっとして立ち上がった。そして、雛子の頭を撫でてあげる。
「雛子も偉いな」
「えへへ〜。ヒナ、おにいたまにほめられちゃった」
嬉しそうに笑う雛子。可憐も笑顔で頷く。
「よかったね、雛子ちゃん」
「うんっ」
大きく頷く雛子の頭をもう一度撫でてあげてから、僕は辺りを見回した。
「さて、あと来てないのは……?」
「ええっと、……咲耶ちゃんと、千影ちゃんと、鞠絵ちゃんと、亞里亞ちゃん、かな」
同じように見回してから、指を折って数える可憐。
と、そこにじいやさんに連れられた亞里亞と、その後ろに従うようにして鞠絵がやってくるのが見えた。
「あ、鞠絵と亞里亞だ。ちょっと迎えに行って来るから」
「はぁい、お兄ちゃん」
可憐に声を掛けられながら、僕はそっちに駆け寄った。そして声をかける。
「やぁ、鞠絵」
亞里亞のじいやさんと何か話をしていた鞠絵は、僕の声にこちらを見て、ぱっと表情をほころばせると、頭を下げる。
「おはようございます、兄上さま。ご無沙汰してました」
「うん、そうだね。……今日は、体の調子は?」
「はい、大丈夫です。実は、病院からここまで、亞里亞さんのところの車で送ってもらったんです」
「そうだったのか」
僕は頷いて、じいやさんに頭を下げた。
「すみません、鞠絵まで送ってもらって」
「いいえ。それより、亞里亞さまのこと、よろしくお願いします」
じいやさんは深々と頭を下げると、振り返った。
「亞里亞さま?」
「……兄や」
亞里亞は、じいやさんのスカートの影からこっちを見た。そしてもう一度影に隠れる。
「……どうしたの、亞里亞?」
「……いっぱいいるの。くすん……」
そう言われてみれば、亞里亞が他の妹が全員いるところに来たのは初めてだったな。……昔のことは判らないけど。
「大丈夫だよ。みんな怖くないから」
「くすん……。兄や、ほんと?」
「そうですよ。みんなとっても優しい人ばっかりですから」
鞠絵が優しく言うと、亞里亞はこくんと頷いて、僕のところに駆け寄ってきた。
「兄や。……あ、あの……」
「うん、どうしたんだい、亞里亞?」
「……こ、これ、あげるの」
そう言って、亞里亞はポケットからキャンディーを出して、僕にくれた。
「亞里亞、兄やのこと、大好きだから、大好きなキャンデー、あげるの」
「うん、ありがとう、亞里亞。食べても、いいかな?」
「……うん」
こくんと頷く亞里亞。
僕は包み紙をほどくと、白いキャンディーを口に入れた。
「ミルクキャンディーか。うん、甘くて美味しいね」
そう言うと、亞里亞はぱっと笑顔になった。
「そうなの……。亞里亞、とっても好き」
「それじゃ、みんなのところに行こうか?」
「……うん」
ちょっと緊張の色を浮かべながらも、亞里亞はこくりと頷いた。鞠絵が優しくその肩を押す。
「さ、行きましょう」
僕はじいやさんに向き直った。
「じいやさんは、どうするんですか?」
「これからですか? はい、亞里亞さまに何かあるといけませんから、ここでお待ちしております。あ、私にはお気をつかわずに、どうぞ」
軽く手を振ると、じいやさんは、みんなに声を掛けられて恥ずかしそうに鞠絵の影に隠れている亞里亞に視線を向けた。
なんていうか、すごく優しそうな視線だった。
「……はい。それじゃ、お預かりします」
僕は一礼して、みんなのところに駆け戻った。
おりしも、鈴凛が自転車から何かの装置を出して、亞里亞に見せているところだった。
「じゃーん! これが、こないだ亞里亞ちゃんと約束した、しゃぼんだまとんだくん2号改よっ。いくわよぉ〜、スイッチ・オン!! ……ぽちっとな」
鈴凛が、手のひらサイズの装置のスイッチを入れると、一拍置いてシャボン玉が山のように吹き出してきた。
「わぁ♪」
「うわぁ〜、しゃぼんだましゃぼんだま〜!」
歓声を上げる亞里亞と雛子。
他のみんなも、陽の光に七色に見えるシャボン玉の乱舞に見入っていた。
「……人の命も、こんな風に、すぐにはじけて消えてしまうものだよね、兄くん」
「うわ!」
急に背後から声を掛けられて、僕は思わず飛び上がった。慌てて振り返ると、いつものように黒い服に身を包んだ千影がそこに立っていた。
「ち、千影か。びっくりしたぁ……」
「……ふふっ」
千影は笑みを浮かべて、それから辺りを見回した。
「みんな早いんだね……」
「あ? ああ、そうだね」
僕は公園の中央に立っている時計を見た。確かにまだ10時前だ。
「あとは、咲耶だけか……」
「お待たせ、お兄様ゥ」
そう言いながら咲耶がやって来たのは、10時ちょうどだった。
「あら、みんなも……。まさかとっくに?」
「うん、そうだよ、咲耶ちゃん」
「わたくし達など、1時間前からおりました」
可憐の言葉に続いて春歌が言うと、咲耶は頭を抱えた。
「ひどいわ、みんなっ。私がお兄様との逢瀬に備えて身体を磨いて淡くお化粧なんてしてる間、私のお兄様と楽しく語らっていただなんてっ!」
「ご、ごめんなさい……」
迫力に押されるように謝ってしまう可憐。
僕は苦笑しながら、咲耶に言った。
「まぁまぁ。それよりも……」
「でも、やっぱり女ですもの。愛するお兄様の前に出るからには、身だしなみをきちんと整えるのは基本中の基本よねっ。それにちゃんと下着にも気を遣って来たんだし……」
「ちょ、ちょっと咲耶ちゃん……。可憐、子供だからよくわかりません……」
真っ赤になって俯いてしまう可憐。
「咲耶っ!」
ちょっと大声を上げると、咲耶ははっと顔を上げた。
「あっ、お兄様?」
「……話してくれないか? みんなのこと、そして僕のこと……」
僕の言葉に、全員が静まりかえった。
咲耶は、表情を引き締めると、こくりと頷いた。
「わかったわ、お兄様……。私が知っていること、全部、お兄様にお話しするわ……。ただ、一つだけ、約束して……。ううん、安心させてほしいの」
そこで言葉を切ると、僕の目を見つめる咲耶。
「お兄様は、何があっても、私たちのお兄様でいてくれるって……、そう約束して欲しいの……」
「咲耶……。それに、みんな……」
僕はくるっとみんなの顔を見回して、頷いた。
「ああ。みんな、大事な僕の妹たちだ」
そう。
突然現れた妹たち。
でも、今はみんな、大切な僕の家族だ。
そして、僕はずっと、みんなの兄でありたい。今の僕は本気でそう思える。
だから。
何を聞いても、僕はみんなの兄でいられる。
僕はそう思った。
「……ありがとう、お兄様」
咲耶は目の端に浮かんだ涙を拭って、にっこり笑った。
その微笑みを、僕はずっと、忘れることはないだろう。
そして、僕は、咲耶から、理由を聞いたのだった……。
あとがき
終わりです。
……第1部の(笑)
まぁ、第2部に行くかどうかは、読者の反応次第ってところでしょうか。
それにしても、この作品ほどSSを書くという本来の部分以外で気を遣う羽目になったものも、かつてなかったです。
私自身、色々と考えさせられる事が多かったです。
それにしても、12人の妹(ヒロイン)……。
正直言って、多いですが、まぁ回せない人数じゃないです。“ときめきファンタジー”や“めぐみちゃんとでぇと”のときは13人回してましたから(笑)
それにしてもみんないい娘です。
私にも妹がいるんですが、……あんな娘だったらなぁ(爆笑)
(それでも、知り合いには仲が良い兄妹だって言われますけどね、うちは)
ちなみに、うちの妹はわたしの事を「にい」と呼びます。……呼び方だけなら衛に近いですが。
閑話休題。
それじゃ、まぁそのうちどこかでお逢いしましょう。
01/05/23 Up
・第1部最終回記念特別アンケートです