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放課後になり、僕はそそくさと帰途についた……のだが。
《続く》
「あっ、お兄ちゃま!」
「兄チャマ、チェキ〜!」
靴を履き替えて昇降口を出たところで、声を掛けられてしまった。……って、いや、別に逃げてるわけでもないからなぁ。
そっちを見ると、花穂と四葉が並んで手を振っていた。
「やぁ、2人とも。……でも、珍しい取り合わせだね」
「そうチェキ?」
小首を傾げる四葉。と、はっと気付いたように半身を引いて声を上げる。
「チェキッ! 四葉はコッソリと兄チャマをチェキするはずだったのにっ!」
……こっそりもなにも……。
と、今度は顎に手を当ててふむ、と考え込む。
「これは兄チャマと花穂チャマが仕組んだ罠チェキ?」
「えっ? 花穂知らないよぉ……」
あわあわする花穂を斜めに見やって、ふんと鼻を鳴らす四葉。
「兄チャマ考えたチェキね。でもこの名探偵、四葉チャマは誤魔化せないチェキよっ!」
「ふぇっ、ひどいよぉ。花穂何もしてないのに……。ふぇぇん」
「わわっ、泣かないで花穂っ」
花穂が泣き出しそうになったので、僕は慌てて花穂のところに駆け寄った。そしてとりあえず頭を撫で撫でしてみる。
「ほら、いい子だからね」
「くすん。……うん、花穂泣かない」
こくんと頷く花穂。
とりあえずほっと胸をなで下ろして、僕は改めて訊ねた。
「でも、どうしたの、花穂? 高等部に来てるってことは、チア部の練習なの?」
言うまでもなく、花穂のいる初等部と、この高等部は、同じ敷地内とはいえ離れている。ちなみに、白並木学園は東から順番に幼稚舎、初等部、中等部、高等部、大学と並んでいるのだ。
僕の質問に、花穂はぶんぶんと首を振った。
「ううん、チア部は今日はお休みなの。それでね、花穂、……お兄ちゃまと帰りたいなと思ってここに来たの」
「うん。それで?」
「それでね、ここで待ってたんだけど、お兄ちゃまがなかなか来てくれなくて、どうしようかって思ってたら、四葉ちゃんが「チェキッ」って来てくれたんだよ」
「……つまり、四葉の方から花穂に話しかけてきた、と?」
「うんっ、そうなの」
頷く花穂。
「つまり、四葉が花穂に声を掛けない限り、花穂は四葉には気付かなかった、と。そんな花穂が何をどう仕組むって言うんだい、四葉?」
「チェキッ!?」
唐突に僕が声を掛けたので、文字通り飛び上がる四葉。
「ええっと、それはそのぉ……。や、やるデスね兄チャマ。それでこそ四葉のチェキ相手デス。ではこれで失敬するデス!」
「あ、そうか。じゃあね四葉。それじゃ花穂、帰りに喫茶店でケーキでも食べて行こうか?」
「ええっ!? わぁい、やったぁ!」
「……兄チャマ、意地悪デス……」
四葉が指をくわえてしょぼんとしてしまった。こんな四葉も、いつもの四葉とはギャップがあってなかなか可愛い。
「あはは、冗談だってば。四葉にもおごってあげるよ」
「……うーっ、やっぱり兄チャマ意地悪デスゥ」
機嫌を直して駆け寄ってくると、四葉は僕の腕を抱え込んで引っ張った。
「ほら、早く行くデス! 善は急ぐデス!」
「わっ、こら四葉っ、あんまり引っ張るんじゃないよっ」
「あーっ、花穂もお兄ちゃま引っ張ってあげるっ」
こうして2人の妹に両手を引っ張られて、僕は学校を後にしたのだった。
喫茶店に入ると、僕たちは窓際の4人掛けの席に案内された。
ちなみにそれぞれの席は、窓側に花穂、通路側に僕、そして僕の向かい側の席に四葉が腰掛けた。
早速メニューを広げて選び始める。……のはいいけど。
「四葉、わざわざこっちに来なくても、メニューはちゃんともう一つあるだろ?」
「そんなの気にしないチェキ。ほら、こっちを開けるチェキ!」
「わっ、こら、勝手にメニューをめくるんじゃないっ!」
「花穂、どうしようかなぁ……」
「あっ! これこれ! 四葉は、このチョコレートパフェで決まりデス!」
「このケーキも美味しそうだし、あっ、このスフレも……。うーっ、どうしよう、お兄ちゃま?」
「そうだね、それじゃこのケーキ頼めばいいよ。僕がスフレ頼むから、あとで半分こしよう。そうしたら、両方食べられるだろ?」
「うんっ」
僕はウェイトレスさんを呼んで、注文した。それから前に向き直って、四葉がうーっと唸っているのに気付いた。
「どうしたの、四葉?」
「何でもないチェキッ」
ぷいっとそっぽを向く四葉。と、びくっとして僕にしがみついてきた。
「チェキッ!? ななななんデスか、あれ!」
「へ?」
言われて四葉の指す方を見ると、喫茶店の窓にべたっと誰かが張り付いて、じぃーっとこっちを見ていた。
ガラスに押しつけてるもんだから、顔が変形してしまってよくわからないけど、ショートカットに若草学園の制服、そしてなにより額の上にゴーグルをかけてる女の子といえば、1人しか思い当たらない。
「り、鈴凛?」
「チェキ!? そ、そう言われてみれば……」
四葉は、懐から虫眼鏡を出して、ガラスの向こうの鈴凛をじーっと見つめた。そしてうんうんと頷く。
「なるほど、鈴凛チャマデス。さすが兄チャマゥ」
なにがどうなるほどなんだろう? ……まぁ、それはそれとして。
僕は改めて鈴凛に視線を向けた。
「……! ……!」
何か言ってるみたいだけど、窓の向こうだからサッパリ聞こえない。
僕は苦笑して、手真似で「とりあえず入っておいで」として見せた。鈴凛はこくこくと頷いて、店の入り口の方に回っていく。
「……はぁ、それにしても、ビックリしたデス」
胸に手を当てて深呼吸する四葉。
僕は苦笑して、それからふと花穂に視線を向けた。
「……花穂?」
「はう」
ぱたん
「わぁっ、花穂っ!」
そのままソファに崩れ落ちる花穂。僕は慌ててその身体を支えて、名前を呼ぶ。
「花穂っ、傷は深いぞがっくりしろっ!」
「チェキチェキッ! ど、どうすればいいデスか?」
俺と四葉があわあわしていると、鈴凛が手を振りながらやってきた。
「ヤッホー、アニキ! ……ど、どしたの?」
「あ、鈴凛、消防車呼べっ!」
「へ? 火事?」
「違うデス! 警察デス!」
「う……、うん……」
と、僕の腕の中で花穂が身じろぎした。そして目を開ける。
「お兄……ちゃま? えっ、花穂、どうしたの?」
「……よかったぁ」
ほっと一息ついて、ふと気付いて辺りを見回すと、店内のお客さん達が全員こっちを見ていた。
「あっ、えっと、なんでもないです。ごめんなさい」
うう、気まずい。
「ごめんなさい、お兄ちゃま……。くすん、花穂、ドジっ子だから……」
「いや、そんなことないって」
「お兄ちゃま、こんな花穂でも、嫌いにならないで……」
「そんなことあるわけないじゃないか。僕は花穂のこと、大好きだよ」
「えっ? ……えへへっ、お兄ちゃま、ありがとう」
僕がそんな風に花穂を慰めている間に、鈴凛はメニューを見て注文をしていた。
「それじゃあたしはフルーツパフェとアイスコーヒーね」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ウェイトレスさんが頭を下げて戻っていくと、鈴凛は水を一口飲んでから、笑顔で言う。
「それにしても、アニキもなかなかやるじゃない。こっそりとこんなところでお茶飲んでるなんてさぁ」
「こっそりだなんて人聞きの悪い……」
「あっれぇ、違ったのぉ? でも、その割には咲耶ちゃんとか可憐ちゃんとかいないみたいだけど」
きょろきょろと店内を見回す鈴凛。
「なんで、そこで咲耶や可憐が出てくるんだ?」
「……ま、いっか。それよりアニキ、実はお願いがあるんだ〜」
ぎく。
「ま、まさかまた研究資金……?」
「あ、それもいいかも」
う、もしかしてやぶ蛇っすか?
「ま、それはまた今度にして」
と、“それはこっちにおいといて”のゼスチャーをする鈴凛。
「これ食べ終わったら、ちょっと一緒にラボまで来て欲しいんだけど……」
「ラボまで? 例の先行者……」
「メカ鈴凛!」
じろりと睨まれて、僕は言い直す。
「……メカ鈴凛に何かあったのかい?」
「ううん、そっちは、まだこないだの音声認識回路を微調整してるとこ。今日は別なのよ」
首を振る鈴凛。
「鈴凛チャマ、何か作ってるデスか?」
四葉に聞かれたので、僕は一つ頷いた。
「ああ。長沙国防科学技術大学の開発した、中国四千年の歴史も裸足で逃げ出す軍事兵器、その名も先行者!」
ばこっ
「……は、メカ鈴凛とはまったく関係ないからね」
僕の頭を手にしたハリセンで叩きながら、四葉ににっこりと笑ってみせる鈴凛。
「いてて……わわっ」
続いて僕の制服の襟首を掴んで引っ張り寄せると、小声で言う。
「アニキ、そんなに味わいたいの? 中国四千年の中華キャノン」
「ごめんなさいもう言いません」
「よろしいゥ」
そこに、ウェイトレスのお姉さんがお盆に注文したものを乗せてやってきた。
「お待たせしました」
「あ、ど、どうも……」
「あの、お客様。他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かにしていただけませんか?」
「ご、ごめんなさい」
うう、恥ずかしい……。
「美味しかった〜。ありがとう、お兄ちゃま」
「四葉もチェキです!」
「いやいや。……とほほ」
レジでお金を払って、中身を確かめて僕はため息をついた。
うう、今までの30倍の速度でお金が消えていくような気がする。
まぁ、貯金も多少はあるからいいようなものの、このままだとマジにバイトすることを考えた方がいいかも……。
「それじゃ行こうよ、アニキゥ」
鈴凛に声を掛けられて、僕ははっと我に返って、慌てて財布をズボンのポケットに押し込んだ。
「ああ、いいよ。四葉と花穂はもう帰る?」
「四葉は兄チャマをチェキするデス!」
「えっと……、花穂も一緒に……いたいなぁ。えへへっゥ」
片方に元気良く、もう片方におずおずとねだられては、断ることが出来る者がいようか。
「わかったよ。鈴凛、構わないだろ?」
「いいよっ」
予想と違ってあっさりと頷く鈴凛。
「……実験台は多い方がいいし」
「えっ? 今なんて言った、鈴凛?」
「なんでも。うふふふゥ」
……何かあったときは、四葉と花穂は守ってやるぞ。
僕は心に決めながら、鈴凛の後に続いて歩き出した。
こうして、僕たちは、鈴凛のラボの前までやってきた。
鈴凛は、ポケットから出した鍵でドアを開けると、僕たちに向き直る。
「まぁ、とりあえず中にどうぞ」
「ああ」
頷いて、鈴凛に続いてラボに入りかけて、後の2人が着いてこないのに気付いて振り返る。
「どうしたの、2人とも?」
「花穂、鈴凛ちゃまのらぼに来たの、初めてだから……」
きゅっと胸の前でこぶしを握って、おどおどと辺りを見回す花穂。
「チェキチェキチェキデス!」
虫眼鏡を片手に、元気いっぱいに走り回る四葉。
うーん、なんか対照的だなぁ。
「アニキ?」
「あ、今行くから。ほら花穂、僕が一緒だから。ね?」
「お兄ちゃま……。うんっゥ」
「あ〜ん、待つデス! 四葉も言って欲しいデス〜」
僕らの後から四葉がぱたぱたっと駆け寄ってくると、背中にぴたっとしがみつく。
「兄チャマ〜〜ゥ」
やれやれ、しょうがないなぁ。
「もちろん、四葉も僕と一緒だよ」
「クフフフフフ〜ゥ」
嬉しそうに笑う四葉を見て、まぁいいかと思う僕だった。
「アニキ〜、なにしてんの〜」
「あ、今行くよ」
僕たちは、ラボに入ったところにある部屋に通された。
僕は鈴凛に尋ねた。
「それで、僕は何をすればいいわけ?」
「うん、ちょっと待ってて。今着替えてくるから」
そう言って、部屋から出て行きかけた鈴凛は、くるっと振り返る。
「あ、それから四葉ちゃん。そこら辺のものを勝手にいじったら駄目だからねっ」
「チェキ! なななななんでデスか? 四葉はそんなことしないデスよ!!」
「……四葉、片手に虫眼鏡握りしめてたら、あまり説得力ないぞ」
「チェキッ!? あ、これはええっと、無くて七癖ってやつデス! あはははは」
「……はぁ。アニキ、ちゃんと見張っててよ」
ため息をついて、奥に入っていく鈴凛。
ドアがパタンと閉まると同時に、背後で声が聞こえた。
「わっ、これ何デスか? 早速チェキするデス!」
「だめぇ! 鈴凛ちゃまに怒られちゃう〜っ!」
「チェキっ! 花穂チャマには捕まらないチェキ!」
「ああ〜ん、お兄ちゃま〜」
「むっ、花穂チャマ、兄チャマに助けを求めるとは卑怯なりっ! いいチェキ。こうなったら、兄チャマからも、四葉は逃げてみせるチェキ!」
……たはは。
僕は苦笑しながら、花穂と一緒になって、すばしこく走り回る四葉を捕まえる作業に没頭するのだった。
あとがき
ある日ふと気付いてみると、ベランダに子猫が3匹いました。あ、もちろんお母さまもご一緒でした。
まぁ、確かに冬の間に野良猫がベランダに住み着いていたから、あまり刺激しないように放っておいたんですが。
うちのアパートはペット禁止なので、動物を飼うわけにはいかないので、野良猫が勝手に住んでいるってことなら別にいいよな、と思ってそのまま放っておいてます。
うーん、ほのぼの。
ただ……、ベランダにおいてある洗濯機を使おうとすると、お母さまがお怒りになられるので、それだけが困りものです(苦笑)
01/05/20 Up