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かぽーん
鞠絵
千影
《続く》
「……ふぅ」
湯船にゆっくりと身を沈めて、僕は大きく息を付いた。
みんなを送り出して、ようやく僕も風呂に入れた、というわけだ。
「……つつっ」
額にずきっと痛みが走って、僕は手を当てた。あ、こぶになってる。
鈴凛のヤツ、洗面器を思いっきりぶつけたな。
まぁ、いきなり更衣室のドアを開けた僕が悪かったんだけどさ。
もう一度、大きく息を吐いて、お湯でばしゃばしゃと顔を洗う。
でも、まぁ、みんな暖まって帰っていったことだし。
と、不意にバスルームのドアが開いた。
「お兄様、お・待・た・せゥ」
「………………」
一瞬白い肌がピンクのバスタオルで咲耶だと形而上学的な問題がそろそろ上がろうかと何がやっぱりスタイルいいんだなとか……。
「どうわぁぁっ!! ささささささくやっ!?」
思わず立ち上がりかけて、とっさにしゃがんだのは最後の理性の成せる技であろうと自画自賛。
とりあえず、風呂の縁にぺたっと張り付いて、角度的に見えないようにガードする。
「まぁ、お兄様ったら。そんなに待ちきれないの?」
にっこり笑って、後ろ手にドアを閉める咲耶。
う、確かに待ちきれなくて風呂の縁にしがみついてはぁはぁしてるように見えなくもないが……。
ちなみに咲耶はしっかりとバスタオルを身体に巻いてはいるのだが、その隙間からちらりと見える白い肌に水滴の滑るエロチシズム……じゃなくって!!
いやっ、冷静に落ち着いて説明するとだっ、隙間から見える一瞬のチラリズムこそ男の浪漫の王道……じゃないっ!
あーーーっ、ダメだっ! どうやら僕の理性と知性はパラパラを踊りながらどこかに行ってしまったらしい。
ぐび、と生唾を飲み込んで、ようやく口を開く事が出来た。
「なっ、なんで咲耶が風呂にっ!?」
「だって、私、まだシャワー浴びてないんですもの」
う、……そう言われてみれば、確かに咲耶だけはシャワー浴びてなかったような。
「で、でも今は僕が……」
「……くしゅん」
わざとらしくくしゃみをする咲耶。
「くぅっ、謀ったな、咲耶っ!」
「あら、なんのことかしら、お兄様」
にっこり笑うと、咲耶はにっこり笑って、こいこいと手招きする。
「さ、お兄様、こちらへどうぞ」
「へっ?」
思わず聞き返す僕に、咲耶はスポンジを片手ににっこり笑う。
「背中流してあ・げ・るゥ」
「そ、それくらい自分で出来ますっ!」
「……お兄様、私に背中を流させてくれないの?」
……そのウルウル目は卑怯だぞ、咲耶っ。
「お兄様ぁゥ」
「……わ、わかったから、せめてそこのタオル取ってくれ」
僕はこうして、ルビコン河を渡った。
ごしごしごし
「お兄様、気持ちいいですか?」
「う、うん……」
いや、正直ドキドキしててよくわからないんだが。
「……お兄様の背中、とっても広いのね」
「そ、そうかなぁ……」
「うふふっ」
ま、まぁ、妹に背中を流してもらうっていうのは、そう問題無いことなのかもしれないよな、うん。
そう思ったとき、不意に背中に二つの柔らかな感触が。
「ずっと、こうしていたい……」
後ろから、咲耶が僕に抱きついていた。
「さっ、咲耶っ!? なな、なに……。えっ?」
「お兄様……。うくっ」
思わず身を引きかけた僕が動きを止めたのは、咲耶の身体が震えていたから。
「……もう、どこにも行かないで……、お兄様……」
「……咲耶」
僕は身体をひねって、肩越しに後ろを見た。
「……お兄様ぁ」
咲耶が顔を上げた。その頬を涙が伝い落ちる。
「咲耶、僕はここにいる」
……何故か判らないけど、僕はそう口にしていた。
その言葉を聞いて、咲耶はこくんと頷いた。
「うん……」
そして、にっこり笑った。
「ありがとう、お兄様。やっぱり、お兄様は私を愛してくれているのね。ああっ、愛を感じるわゥ」
「あ、いや、その……」
僕は頭を掻くと、前に向き直った。
「と、とりあえず、背中を流してくれないか?」
「はいっ、お兄様ゥ」
あやうくのぼせそうになったのは言うまでもない。
「それじゃ、お兄様。また明日。愛してるわゥ」
最後にウィンクと投げキッスまで付けて、咲耶はドアを閉めた。
笑顔で手を振っていた僕は、ドアが閉まると同時にその場にへたり込んでしまった。
「……つ、疲れた……」
流石に妹8人を一度に相手にすると、体力の消耗も精神力の消耗も半端じゃない。おまけに最後はあれだったし。
そのままずるずると自分の部屋に戻ると、それでも習慣とは恐ろしいもので、とりあえずパソコンの電源を入れてメールチェックを始めてしまった。
……来てるよ、しっかりと。
しかも、鞠絵と千影からきっちり。
「……これで、パーフェクトかぁ」
苦笑しながら、とりあえず鞠絵のメールを開いてみる。
兄上様。ご機嫌如何でしょうか?
大分、キーボードにも慣れてきて、文章を打つのも早くなったみたいです。
今日は気分も良かったので、療養所の回りを散歩していたんですけど、そうしたら急に雨が降ってきて、少しぬれちゃいました。
兄上様のところでは、雨など降りませんでしたか?
療養所では、みんな親切にしてくれますけれど、やっぱり兄上様にお逢いできないのは寂しいです。
一人で寝ていると、どうしても兄上様のことばかり考えてしまいます。
早く身体を治して、兄上様にお逢いしたいです。
……鞠絵、寂しいんだな、やっぱり。
今度の週末辺り、見舞いに行かなくちゃ。
さて、千影のメールは……、と。
僕は、もう一通のメールを開いた。
兄くん、今日は大変だったようだね。
まぁ、これくらいでどうにかなるような兄くんではないと思うが。
ふふっ。
間違ってないよ。兄くんは。
ただ、まだ時が来ていないだけだから。
そんなに心配することは、ない。
判らない? そうだろうね。
兄くんには、判らないだろうね。
だけど、兄くんには判ってるはずだよ。
……なんだ、これ?
うーん、千影らしいって言えばそれまでかもしれないけど……。
あう……、眠気が……。
と、とにかく、またパソコンの前でうたた寝するのはまずいよな。今度こそ風邪引くぞ、きっと。
僕は、ともすればそのまま眠ってしまいそうになる自分を叱咤して、パソコンのスイッチを切ると、着替えてベッドに潜り込んだ。
ぴぴぴぴっ、ぴぴぴぴっ、ぴ……
パシッと叩いて目覚ましを止めると、僕は大きく伸びをした。
「ふわぁぁ〜〜」
カーテンの隙間から明るい朝日が差し込んできていて、実に気持ちのいい朝である。
「……にゅふぅ」
隣では、まだ目覚めていないらしく、四葉が寝返りを打った。
「兄チャマ、チェキデス……。くーっ……」
「ふふっ」
思わず苦笑しながら、起こさないようにそっとベッドから抜け出して……。
「……なんじゃそりゃ〜〜〜〜っ!!」
「チェキッ!?」
僕の大声で目が覚めたらしく、飛び起きる四葉。
「な、なんデスかっ!?」
慌てて左右を見回すと、僕に気付いてえへへと笑う。
「あ、兄チャマ、おはようデス」
「……」
僕は無言で腕組みして、四葉を睨んだ。
「……あ、兄チャマ? ……あ、あう……、も、もしかして、怒ってる……デスか……?」
だんだん四葉の声が小さくなって、そして俯いてしまう。
「えっと、その……」
「……」
「……うっく、だ、だって、ふぇっ」
あ、いかん。泣きそうになってしまった。ちょっと厳しすぎたか。
「よ、四葉?」
「だって、四葉ずっと兄チャマとは遠いところだったデス。だから、ずっとずっと兄チャマと一緒にいたいんデス! だから……。兄チャマ、ごめんなさいデス」
泣きながら頭を下げる四葉。
ううっ、僕って小さな子が泣くのにとことん弱いのになぁ。
「わ、わかったから、もう泣かないで。ね?」
「ぐすっ。兄チャマ、もう怒ってないデスか?」
「ああ、怒ってないって。でも、どうやってここに?」
「ドアからデス。兄チャマ鍵もかけてなくて不用心デス」
胸を張って答える四葉。
あ、そういえば、夕べ、咲耶を送り出した後、ドアに鍵を掛けた覚えがないぞ。
それにしても……。
「四葉、もし鍵が開いてなかったらどうするつもりだったんだ?」
「チェキっ!? ええっと、……あう〜」
うろたえて明後日の方に視線を飛ばす四葉。
「そ、それはそのぉ……」
と、
くーっ、と可愛い音が聞こえた。
「えっ? あ、ええっと、これはぁ……。お腹が空いてて……。はう〜」
真っ赤になって俯く四葉。
「それじゃ、朝ご飯だね」
僕は立ち上がった。
そう言えば、僕もお腹減ってるな。
よく考えると、結局、夕御飯は食べてなかったもんなぁ。
「あっ、四葉も手伝うデス!」
ぱっと立ち上がる四葉。
と。
ピンポーン
チャイムの音が鳴った。時計を見ると、まだ早い時間だった。
「衛かな? 四葉、台所に行って、牛乳を出しておいて」
「了解デス!」
ぴっと手を挙げると、四葉は台所に走っていった。僕はそれを見送ってから、玄関に向かった。
ドアを開けながら、声を掛ける。
「やぁ、まも……」
言葉が途中で止まったのは、そこにいたのが衛じゃなかったからだ。
そこにいたのは、見知らぬ女の子だった。
年の頃は咲耶や千影と同じかやや下……ってことは鈴凛と同じくらいかな? 長い髪をポニーテールにまとめていて、羽織袴姿の女の子。……羽織袴? なんでだ? 新内閣発足?
その娘は僕の顔を見てぱっと表情をほころばせた。
「兄君さま!」
その顔を見て、僕は呟いていた。
「……はるか?」
「はい」
にっこり笑って、女の子は頷いた。
「幾久しゅうございました、兄君さま。春歌は、ただいま兄君さまの元へ、戻って参りました」
そう言って、彼女は深々と頭を下げた。
「……もしかして、君も……僕の妹だって言うんじゃ……」
「もちろんですわ、兄君さま」
頭を下げたまま答える女の子。
「わたくしがドイツから戻って参りました暁には、兄君さまの敵はすべてこのわたくしが倒してみせますわ」
「いや、敵って……。へ? ドイツ?」
「はい。わたくし、つい先日までドイツにおりました。それ故、兄君さまにお目通りすること叶わず……。ですがっ、こうして日本に戻ってきた上は、粉骨砕身の覚悟で兄君さまをお守りいたしますわゥ」
「……ええっと……」
「あ、もしかして、春歌……ちゃん?」
その声に、僕と女の子は同時に視線を後ろに向けた。
そこにいたのは可憐と雛子だった。
「やぁ、可憐、雛子、おはよう」
「おはようなの、おにいたま」
たたっと駆け寄ってくると、ぺこんと頭を下げる雛子。
その頭を撫でてあげながら、可憐に訊ねる。
「可憐は、ええっと、この娘のこと知ってるの?」
「うん、お兄ちゃん。だけど、可憐も、四葉ちゃんと同じように外国に行ってたってことしか……。あ、ごめんなさい。可憐です」
ぺこっと春歌に頭を下げる可憐。真似して雛子も頭を下げる。
「雛子でしゅ」
「あ、これはご丁寧に。春歌ともうします。以後、お見知り置きを」
春歌も丁寧に頭を下げた。
「兄チャマ、まだデスか?」
後ろから声がして、四葉がぴょこんと顔を出した。そして目を丸くする。
「チェキ!? そこにいるのは春歌ちゃんではないデスか!?」
「あ、四葉さん。いつぞやはお世話になりました」
今度は四葉に深々と頭を下げる春歌。
四葉は頬に指を当ててふむ、と考え込んだ。
「春歌ちゃんが来たって事は……。もしかして亞里亞ちゃんも来てるデスか?」
「それは存じませんが……」
「……ありあ?」
「はい、そこまで」
ぱんぱん、と手を叩く音がした。もう一度振り返ると、そこにいたのは咲耶だった。
「あれ? 咲耶?」
「まったく。次から次へとよくもまぁイレギュラーばかり……」
「仕方ないよ、咲耶くん。兄くんに甘えたいのは咲耶くんだけじゃないからね」
「きゃぁ」
小さな悲鳴を上げて飛び退く咲耶。そこにいたのは千影だった。
千影は軽く片手を上げた。
「やぁ、兄くん」
あとがき
とりあえず購入記念(謎笑)
あ、あと一人……。
01/04/28 Up