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「もうすぐだ! みんな大丈夫か?」
《続く》
「ヒナ、大丈夫だよ、おにいたまゥ」
「そりゃ、雛子ちゃんはアニキにおんぶされてるんだから、大丈夫に決まってるじゃない」
背中から言う雛子に、鈴凛がツッコミを入れる。
僕は、鉛色の空を見上げた。
「それにしても、こんな時ににわか雨とはなぁ」
バッシャァン
背後で派手な水音が上がった。振り返ると、花穂が水たまりに突っ込んでいた。
「ふぇぇん」
「花穂ちゃん、がんばるデス!」
「そうよ、花穂ちゃん。もうすぐお兄様の家に着くから」
左右から四葉と咲耶に声を掛けられて、花穂は起きあがった。
「うくっ……。う、うん……」
「はぁはぁ……」
その後ろから可憐と衛がようやく追いついてきた。というか、衛が可憐を引っ張ってきたというか。
「ほら、可憐ちゃん、もうすぐだからがんばれっ」
「う、うん、はぁはぁ……」
僕はもう一度空を見上げた。
雨足はますます激しくなっていた……。
10人目の妹、花穂との再会を果たした僕は、そのまま校門前で待っていた他の妹たちと合流し、商店街に買い物へと繰り出した。
そこまではまぁ良かったのだが、買い物を済ませてからも、何となくみんなと別れがたくて、そのまま歩きながら話をしていると、いきなり雨が降り出したのだ。
天気予報は降水確率10%未満、とかいってたというのに、である。まったく、あてにならない……とぼやいても仕方ないわけで、僕たちは公園から一番近い僕の家に向かって走っている、というわけだ。
「いっちばぁん!」
先頭を切って衛が家の前のポーチに駆け込んだ。そして、ぶるぶるっと身を震わせて水を切ると、手招きする。
「ほらほら、あにぃも早くっ!」
その隣で、可憐はぺたんと座り込んでしまっている。
「ま、衛ちゃんって、元気……」
「うん。ボクの取り柄ってそれだけだし」
「可憐は、もう駄目です……」
続いて僕たちもドアのところにたどり着く。
僕は雛子を背中から降ろすと、ポケットを探って鍵を出した。手早く鍵穴に差し込んで鍵を開けると、振り返る。
「よし、みんないるか?」
「ええっと……」
咲耶がぐるっと見回して、「あ」と小さな声を上げる。
「お兄様、白雪ちゃんがいないわ」
「なにっ!?」
と、そこに白雪が走ってきた。
「はぁはぁ、み、みんな、早い、ですのぉ〜」
「よし、これで全員だな。とにかく上がってくれ」
僕はドアを開けながら言った。
とりあえず、家にあるだけのタオルを出してみんなに渡すと、給湯器のスイッチを入れる。
パイロットランプが、適温を示す赤に変わったところで、リビングに戻ると、声をかける。
「シャワー使えるから。身体も冷えてるだろうから、暖まってくるといいよ。……あれ?」
何人かいないことに気付いて見回す。と、キッチンから咲耶と白雪が、盆を手に戻ってきた。
「あ、お兄様。ちょっとキッチン使ったわよ」
「ホットミルクを作ってましたの」
「なるほど」
「わーい、みるくみるく〜」
タオルにくるまっていた雛子が、喜んでぱっと立ち上がった。そしてくしゃみをする。
「くちゅん」
「あらあら。はい、雛子ちゃん。熱いわよぉ」
咲耶が笑いながらマグカップを渡すと、雛子はそれを受け取ってにぱっと笑った。
「ありがと、咲耶たま」
「うふふっ、どういたしまして。……くしゅん」
今度は咲耶がくしゃみをした。僕は苦笑した。
「とりあえず、シャワー浴びて暖まった方がいいよ」
「ええ、そうね。……お兄様も、一緒に入る?」
にっこり笑う咲耶。
「えっ、ええっ!?」
「うふふふ、お兄様ったら、真っ赤になって……可愛いゥ」
笑うと、咲耶は手を振った。
「冗談よ、お兄様」
「だ、だよな。あははは」
「でも、お兄様が望むなら、私は拒んだりはしないけどゥ」
「あはははっ……。へっ?」
「さて、と。一人ずつ入ってたら、最後の人は風邪引きそうだし、ここは3人ずつ入りましょうか」
おお、気が付くと咲耶が仕切ってるし。
「最初は雛子ちゃん、可憐ちゃん、花穂ちゃん。次に鈴凛ちゃん、衛ちゃん、四葉ちゃん。最後に私と白雪ちゃん。みんな、いいわね?」
「は〜い」
「それじゃ雛子ちゃん、花穂ちゃん、一緒に行こ」
「ヒナ、おにいたまも一緒がいいなぁ」
ブーッ
隣でホットミルクを飲んでいた衛が思いっきり吹き出した。
「ひ、ひ、雛子ちゃんっ」
「はぇ? 衛ちゃん、きちゃないよぉ」
「ご、ごめん。で、でも、雛子ちゃんが変な事言うから……」
「どして? ヒナ、おにいたまといっしょにおふろ入りたいのに」
「どしてって……。可憐ちゃ〜ん」
「ええっ? か、可憐も子供だからよくわかりません」
話を振られた可憐が、慌てて答える。
なんていうか、微笑ましくていいなぁ。
僕は床に座って、大騒ぎしている妹たちを眺めていた。
「……兄チャマ!」
「へ?」
不意に呼ばれてそちらを向くと同時に、四葉がしてやったりという笑顔で、片手に持ったデジカメを振って見せた。
「えへへ〜。兄チャマの写真、チェキしちゃったデス」
「ええっと……」
「あ、四葉ちゃん。このカメラも使ってみる?」
鈴凛が、鞄からデジカメを取り出す。
「鈴凛チャマもデジカメ持ってるデスか?」
「持ってるっていうか、私が作ったんだけどね」
「チェキ? 自分で作ったんデスか? はぇぇ〜、そんけーデス」
感嘆の声を上げる四葉と、そこはかとなく自慢げな鈴凛。
「あ、よかったら、そのうちに私のラボに遊びに来ない? いいもの見せたげる」
「ラボ持ってるの? すっごいデス」
僕は口を挟んだ。
「いいものって、例のアレか?」
「れいのあれ?」
僕の方に向き直って訊ねる四葉。
「何ですか、兄チャマ?」
「うむ。中国の最高技術の結晶、恐怖の軍事兵器。その名も……」
「メカ鈴凛は先行者じゃないわよっ」
鈴凛がぶ然として声を荒げる。
「ん、わかった。設計中のメカアニキの股間に、中華キャノンを付けることにするわ」
「ごめんなさい」
一瞬想像して、僕は慌てて土下座して頭を下げた。
鈴凛はほっぺたに指を当てて、あさっての方を見ながら呟く。
「そういえばぁ、こないだジャンク屋で良さそうな音声認識装置があったのよねぇ〜」
「……いくらなの?」
「たったの……ごにょごにょ」
僕の耳に囁く鈴凛。僕はため息をついた。
「判った。善処します」
「さっすがアニキ。それじゃ今回は許してあ・げ・る」
嬉しそうに笑う鈴凛。ま、今日の買い物では鈴凛には何も買ってあげなかったわけだから、少しくらいはいいかな。
「ああ〜、鈴凛ちゃんいいなぁ、デス」
しまった、四葉も聞いてたんだ。
「四葉も何か欲しいデス」
「四葉には今日ハンカチ買ってあげたじゃないか」
「もっと欲しいデス〜〜〜。ねぇ、兄チャマ?」
四葉はすすっと僕に近づくと、ぴとっと胸に頬を付けた。
「わわっ、なんだよ、四葉?」
「……こうしてれば、兄チャマの一番デス」
「……はい?」
「こらこら、四葉ちゃん。どさくさ紛れに、私のお兄様になにしてるのかなぁ?」
咲耶がにっこり笑いながら、四葉の肩に手を掛けた。
「あいたたたたっ、痛いデス、咲耶チャマ!」
「ふふふふふ。それじゃお兄様、また後でねゥ」
僕にウィンクして、四葉を引っ張っていく咲耶。
「はうぅっ、兄チャマ、ヘルプミーデス〜〜〜」
「怖がること無いのよぉ、四葉ちゃんゥ」
そのまま、リビングを出ていく2人。
うーん、追いかけるべきか、このまま見送るべきか……。
一瞬考え込んでいると、不意に声を掛けられた。
「お兄ちゃま……」
「うん?」
振り返ると、シャワーから上がったのか、タオルを頭から被った花穂が、とてとてっとこっちに……。
「きゃっ!」
「おっと」
つまずいて転び掛けた花穂をとっさに受け止める。
バサッ、とタオルが落ちた。
「あう〜。えへへ、転んじゃった。ごめんなさい、お兄ちゃま」
顔をあげると、苦笑する花穂。あれ?
「花穂、そのワイシャツ、僕の?」
「花穂ちゃんの制服、すごいことになってたから。あ、お兄ちゃん、洗濯機借りてるね」
そう言いながら可憐が入ってくる。その後からとてとてっと雛子が入ってくる。
「おにいたま、雛子ちゃんとお風呂入ったよ」
「そうか、偉い偉い」
僕は雛子の頭を撫でてあげてから、鈴凛に声をかける。
「次は鈴凛達だろ?」
「あ、うん、そうなんだけど、四葉ちゃん、咲耶ちゃんに連れて行かれちゃったからなぁ。ま、いっか。それじゃ白雪ちゃん、一緒に入ろっか?」
「はいですの。やっぱりにいさまの前で、あんまり汚れた格好では、いたくありませんの」
にっこり笑って頷く白雪。
衛もわくわくという感じで鈴凛と白雪に話しかけた。
「あにぃの家のお風呂って、ボク初めてだよ。ジャグジーとかサウナとかあるのかなっ?」
……ごめんよ、衛。ごく普通の風呂で。
それにしても……。
ボクは改めて花穂の格好を見てみた。
うむ、カズがよく裸ワイシャツは108つある男の浪漫の一つだと力説してたけど、こうしてみると判るような気がする。
「お、お兄ちゃま、そんなに見られたら、花穂なんだか恥ずかしいよぉ」
もじもじしながら、裾を引っ張るようにするのがまたなんともそそるというか……。って、おちつけ俺! 花穂は初等部だぞっ!
「……お兄ちゃん、どうかしたの?」
「可憐ちゃん、お兄様がああいう顔をしてるときは、エッチなことを考えてる時なのよ」
「うわっ、さ、咲耶っ!?」
「でも、お兄様。そういうことは私と一緒の時だけにしてゥ」
咲耶がそっと僕にしなだれかかった。
「わわっ、咲耶っ!?」
「ドキドキ。可憐は子供だから、よくわかりません」
ううっ、咲耶ってば。
「ね、お・に・い・さ・まゥ」
……可愛いなぁ。
あう、いかんいかん。
頭を振っていると、不意に風呂場の方で悲鳴が上がった。
「きゃぁぁぁぁっ」
「あら、何かしら?」
「今のは白雪? 何かあったのか?」
僕は立ち上がると、風呂場に向かって走った。そして脱衣場のドアを開ける。
「どうしたっ!?」
「あ、アニキ……」
「あにぃ……」
「えっ?」
一瞬目に飛び込んできた白いものが何かを理解する前に、すっ飛んできた何かが僕の頭に激突し、僕はその場にぶっ倒れた。
……。
「……さま。お兄様」
“俺”を呼ぶ声。
「……咲耶、か」
「はい」
目を開けると、咲耶が“俺”を見つめていた。
「話は聞いたわ、お兄様」
「……そうか」
「でも、どうしてお兄様が……」
咲耶は首を振った。
「私、どうしても納得できないわ。どうしてお兄様が、責めを負わないといけないの? そもそも、お兄様のせいでもなんでもないのに!」
「……いや、“俺”のせいだよ」
“俺”は、微笑んだ。
「咲耶。頼みがある」
「……何かしら、お兄様?」
「“俺”がいなくなっても、みんなのことを……頼む」
「……ええ。ええ」
こくこくと頷く咲耶。
「それから、あの3人のことは……」
「判ってるわ、お兄様。あの3人には、時が来るまで離れていてもらう」
「……お前を、悪者にしてしまうな。駄目な兄だ……」
「ううん。私の大好きなお兄様よ」
首を振る咲耶。その瞳から、真珠のような涙が流れ落ちる。
“俺”は手を伸ばし、その涙を指先で拭った。
咲耶は、そっとその手を取って、自分の頬に押しつけた。
「愛してるわ。お兄様……」
「……ん」
目を開けると、天井が見えた。そして、それをバックに、心配そうにのぞき込んでいる妹たちの顔。
「……みんな。僕は……」
「よかったですの、にいさまが気が付いて」
バスタオルを身体に巻いた格好の白雪が、両手を合わせて嬉しそうに言う。
「あはは〜、まさかあんなにクリーンヒットするとは思わなかったからさぁ」
「鈴凛ちゃん、お兄ちゃんにちゃんと謝って」
珍しく強い調子で言う可憐。
「う……。ごめん、アニキ」
「鈴凛、なにをしたんだい?」
身体を起こしながら訊ねると、鈴凛は洗面器を拾い上げた。
「アニキがいきなり入ってきたもんだから、とっさにこれを投げたの」
「あにぃも悪いんだよ。いきなり入ってくるから」
こちらもバスタオルを巻いたままの衛が口を尖らす。
「わ、悪かったけど……、でも悲鳴が聞こえたもんだから……」
「まぁ、にいさまったら、姫のことを心配してくれたんですの? やっぱりにいさまったら姫のことを……。むふぅんゥ」
あ、また白雪がどこかに行ってしまった……。
鈴凛が代わって説明する。
「あ、白雪ちゃんが悲鳴あげたのは、四葉ちゃんがね」
「エヘヘ。ちょっと鈴凛チャマのデジカメ使ってチェキの練習してみたんデスけど……。まさか爆発するとは思わなかったデス」
「ば、爆発? 大丈夫なのか、四葉?」
「兄チャマ、四葉のこと心配してくれるの? 感激デスゥ」
僕にぴとっとくっついてにこにこする四葉。
「大丈夫デス。これくらいで怪我してるようじゃ兄チャマをチェキできないデス」
「あ〜、こらこら。どさくさ紛れに私のお兄様にひっつかないの」
咲耶が四葉を僕から引き離してから、訊ねる。
「でも、ホントに大丈夫なの?」
「あう〜離すデス離すデス離すデス〜〜っ」
じたばたと暴れる四葉。あ。
「えっ?」
その手が、たまたま横にいた白雪を掠めて、その拍子に白雪のバスタオルがはらりと……。
「おっ、お兄ちゃん、見ちゃダメっ!」
はらりと、というところで、可憐に目隠しされてしまい、それ以上は何も見ることが出来なかった。
「いやぁん、またにいさまに見られてしまいましたのぉ……。でも、にいさまなら……。むふぅんゥ」
「お兄様のエッチ……」
「そんなお兄ちゃん嫌いです」
「ご、誤解だ〜〜〜〜っ! 不幸な事故なんだ〜〜〜〜〜っ!!」
あとがき
ううーむ。
GWは実家に帰るので、更新が止まると思います。執筆もちょっと不可でしょうし。
01/04/25 Up