喫茶店『Mute』へ 目次に戻る 前回に戻る 末尾へ 次回へ続く
「それじゃ、お兄ちゃん、行って来ます」
《続く》
「またね、お兄様」
「おにいたま、ばいば〜い」
「ああ、みんなも頑張れよ」
校門のところで手を振って可憐たちと別れて、僕はおもむろに振り返った。
「で、四葉はどこまで付いてくるんだ?」
「チェキ? あ〜、えっとぉ〜。も、もう兄チャマ意地悪デス」
つんつんと指を突き合わせながら、上目遣いにこっちを見る四葉。
う、可愛いかも。……って、いかんいかん。ここは兄として威厳を見せねばなるまい。
「四葉は白並木の生徒じゃないんだから、この中に入ったらだめなんだよ」
「チェキ!? そ、それホントですかっ!?」
「ああ。ほら、ちゃんとここに『関係者以外の立ち入りを禁じます』って書いてあるだろ?」
校門のところにかかっている看板を指して言う。
「あ、うう〜〜。し、仕方ないデス。今日はとりあえず撤退デス。それじゃ兄チャマ、シーユーアゲン!」
パタパタッと走り去っていく四葉。
やれやれ、騒がしい娘だなぁ。
僕は苦笑して、向き直った。
「おい、今の娘も妹だってのか?」
「どうわぁっ!! カ、カズか……」
思わず飛びすさってから、相手を確認して一息つく。
「脅かすなよな。ああ、四葉も妹だ」
「……何人いるんだ、お前の妹って?」
呆れたように肩をすくめるカズ。
「ええっと、咲耶の話だと10人いるとか……」
「……二桁かよ、おい。こいつ、なんてうらやましい……」
「え?」
聞き返す僕の肩をがしっと掴むカズ。
「やっぱりお義兄さんと……」
「呼ばせるかっ!!」
それにしても……。
授業中。僕はシャープペンシルをくるくると回しながら、考えていた。
冷静になってみると、いくらなんでも妹が10人っていうのは異常だ。
だけど、僕はそれを当然のように受け止めてる。それに、名前だけとはいえ、顔を見ただけで思い出してるってことは、やっぱり彼女たちは僕の妹なんだろう。
でも、それじゃ僕は、どうしてそれ以外のことは忘れているんだろう……?
咲耶や千影あたりは何か知ってるみたいだったけど、あの様子じゃ教えてくれそうにないし。
親父と連絡が付けば問いただしてやるんだが、誕生日の時に電話を掛けてきて以来音沙汰無し。
なんだか八方塞がりだなぁ……。
仕方ない。当分はこのままいくしかないか。僕が焦って事態をややこしくしてしまったら元も子もないし、それに、みんなに慕われるのは、やっぱり悪い気はしないし。
そう決めて、僕は残り時間の間、黒板の方に意識を集中させることにした。
お昼休み。
「にいさま〜ゥ」
チャイムが鳴ってからしばらく待っていると、教室の入り口から白雪が顔を出した。
「やぁ、待ってたよ」
「やぁん、にいさまったらぁゥ」
ぽっと赤くなると、照れたように両手で顔を挟む白雪。
「そんなにはっきり言われると、姫、照れちゃいますのゥ」
……何が?
まぁ、いっか。
「それじゃ屋上に行くか」
「はい、にいさまゥ」
笑顔で頷く白雪の後に続いて屋上に向かう僕の背後から、なにやら男子生徒達の呪いの声が聞こえてきたような気がするが、無視する。
……こんど、千影に呪い除けのグッズがないか、聞いておこう。
「いかがですの、にいさま?」
「もぐもぐ……。うん、美味い。相変わらず白雪の料理は天下一品だな」
「いやぁん、そんなぁ。でも、嬉しいですのゥ」
「うん、ホントに白雪ちゃんのお料理って美味しいね、お兄ちゃん。あ、そのアスパラ巻きもらってもいいかな?」
「ああ、いいよ」
「にいさま、この伊達巻き・白雪スペシャルはどうですか? この振り掛けたお砂糖の結晶がキラキラしてて、まるでにいさまの瞳のように……。むふんゥ」
……あ、また白雪があっちの世界にいってしまった。
そうだ。あっちの世界といえば……。
「可憐、ちょっと聞きたいんだけど……」
「えっ、なぁに、お兄ちゃん?」
僕の隣で、ビニールシートにちょこんと座って、行儀良く弁当箱にお箸を伸ばしていた可憐が、手を止めて向き直る。
「可憐は、四葉のこと、知ってたんだよな?」
「えっ? あ、うん。でも、写真で顔を見たことがあるくらいで、直接に逢ったのは今朝が初めて」
「可憐は逢ったことが無かったのか?」
「うん。咲耶ちゃんは、小さな頃に一度逢ったことがあるって言ってたけど……」
小首を傾げる可憐。
「……ところで、にいさま」
ようやくこっちの世界に戻ってきたらしい白雪が、可憐に視線を向ける。
「どうしてここに、可憐ちゃんがいるんですの?」
「……そう言われてみれば」
あまりにも自然にいたので、言われるまで全然気付かなかった……。
可憐は、両手を組んでうるうるした。
「可憐がここにいたら、お兄ちゃんの迷惑?」
「そんなことはない」
「よかったゥ ありがとう、お兄ちゃん」
「にいさまったら、優しいですのゥ 姫は感動しましたのゥ」
うーん、なんか丸く収まってしまった。
「ま、それはそれとして、それじゃ白雪も四葉のことは知らないのか?」
「よつば? クローバーのことですの? あれは食用にはならないですの。っていうか、むしろ毒なんですのよ。にいさまも気を付けた方がいいですの」
ぴっと人差し指を立てて言う白雪。
「いや、そうじゃなくて……」
と、そのとき、ばぁんと屋上の扉が開いた。
「お兄様、こんなところに隠れていたのねゥ」
「咲耶? べ、別に隠れてたわけじゃないんだけど……」
僕が苦笑していると、咲耶は駆け寄ってきた。
「ああ、お兄様。離れてなお募るこの思い、咲耶は寂しかったです。ううん、でももう大丈夫。だってここにお兄様がいるんですものゥ」
「え、ええっと……」
どう返事していいものか判らず、口ごもっていると、咲耶はぱっと笑顔になって僕の隣に腰を降ろした。
「お兄様、今日の放課後は空いてるかしら?」
「え? ああ、今のところ予定はないけど……」
「それなら、ちょっと付き合ってくれない?」
「またブティック? こないだ一緒に行っただろ」
そう言ってから、僕はしまったと口を押さえたが、既にアフターフェスティバル。
「ええーっ? 咲耶ちゃん、にいさまとお買い物してたんですの? まだ姫はにいさまとお買い物してないですのにぃ」
「咲耶ちゃん……。可憐も、お兄ちゃんとお買い物したいなゥ」
うわ、いきなり修羅場っ!?
いかん、兄として、ちゃんとこの場を納めないと。
「ふぅ、仕方ないわね。それじゃ、4人で行きましょうか」
「そうだね、咲耶ちゃん。白雪ちゃんも、それでいいよね?」
「にいさまと一緒なら、姫は構わないですの」
さて、どうしたものか。
「ええっと、みんな、ケンカはいけない……って、あれ?」
「お兄様、誰がケンカしてるんですの?」
小首を傾げる咲耶。
白雪がぽんと手を叩いて、咲耶に尋ねる。
「そうですわ。鈴凛ちゃんと衛ちゃんも誘ってもいいですの?」
「構わないわよ」
頷く咲耶。
「雛子ちゃんは?」
可憐に訊ねられて、咲耶は一瞬顔を引きつらせた。
「ええっと……出来れば遠慮して欲しいような……あははっ」
「そうよね。可憐たちのお買い物じゃ、雛子ちゃん退屈だろうし。でも、雛子ちゃんだけ仲間はずれっていうのもかわいそう……」
「それは確かにそうよね。……うーん、うーん、よし。それじゃ可憐ちゃん、雛子ちゃんも誘ってみて」
腕組みしてうなったあげくに、咲耶は可憐に言った。笑顔で頷く可憐。
「うんっ。雛子ちゃん、きっと大喜びするね」
「あとは……、千影は学校違うし、鞠絵は療養所だし……。うん、これで全員ね」
「四葉は誘わないの?」
僕が訊ねると、咲耶は肩をすくめた。
「四葉ちゃんなら、放っておいても絶対来るわよ」
「そうね。四葉ちゃん、お兄ちゃんのことチェキするんだって張り切ってたもの」
……チェキするって、何をどうすることなのか、具体的に説明して欲しい。
「お兄様、今日の授業が終わるのは何時なの?」
「えっ? ああ、ええっと、4時には終わると思うけど……」
「それじゃ、4時過ぎに校門のところに集合。白雪ちゃんもそれでいい?」
「はいですの。ええっと、それじゃ鈴凛ちゃんと衛ちゃんに話をしないといけないですから、今日は姫は早めに帰りますの。にいさま、お弁当箱は後で返してくれればいいですから。では、失礼します、ですのゥ」
立ち上がると、僕たちにぺこりと頭を下げて、白雪は屋上から降りていった。
と、可憐がぽんと手を打った。
「あっ、いけない」
「どうした、可憐?」
僕が訊ねると、可憐は慌てて手を振った。
「あっ、ううん、なんでもないの、お兄ちゃん。咲耶ちゃん、咲耶ちゃん、ちょっとちょっと!」
「どうしたのよ、可憐ちゃん?」
手招きされて、咲耶は可憐に身を寄せた。その耳に囁く可憐。
「……ちゃんの……まだ……でしょ?」
「……そう言えば……」
可憐は腕組みして少し考えていたが、やがて顔をあげた。
「うん。ちょうどいい機会だから、お兄様に逢ってもらいましょう」
「えっ? 僕が誰に?」
聞き返すと、咲耶は笑顔で言った。
「ヒ・ミ・ツゥ」
「放課後をお楽しみにね、お兄ちゃんゥ」
可憐、お前もか……。
ま、いいや。
「判ったよ。それじゃ、とりあえず放課後のことは放課後にするとして、まずはこの弁当を片づけよう」
「はい。可憐もがんばります」
「あっ、私も手伝うわよ。これ以上お兄様の唇を奪われてたまるものですか」
「えっ? 咲耶ちゃん、何か言った?」
「ううん、なんでもないわよ。あ、このサラダ美味しそうね。お兄様、もらってもいいかしら?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう、お兄様ゥ」
「お兄ちゃん、可憐も食べて、いいかな?」
ホームルームが終わると、僕は素早く鞄を手にして教室から飛び出した。
「なぁ、シュン、今日も喫茶店に……って、いねぇっ!? 早っ!」
カズの声が聞こえたような気もしたが、今日のところは構ってやる暇がなのだ。許せ。
そのまま全速で廊下を駆け抜けて……って、いつかもやったシチュエーションのような……。
一瞬だが、その考えに注意を奪われたのが致命的だった。
そのまま角を曲がり掛けたところで、またしても前から来た娘と衝突してしまったのだ。
どしん
「きゃんっ!」
悲鳴を上げて倒れ込む女の子。
僕は慌ててブレーキをかけてその場に止まると、もう一度驚いた。
「あいたた……。ふぇぇん、痛いよぉ……」
仰向けにひっくり返ってしまい、泣きそうな顔をしてるその娘は、以前正面衝突してしまったあの少女に他ならなかったからだ。
「ご、ごめんっ、またぶつかっちゃって……」
「えっ?」
僕の声に、その娘は顔をあげた。そして、目を丸くする。
「お……にいちゃま……?」
「ごめん、花穂」
そう言いながら、手を差し出すと、少女はおそるおそる僕の手を掴んだ。
その小さな手を握って引っ張り起こすと、僕はスカートについたほこりを払ってあげた。それから、脇に落ちていた鞄を拾い上げながら、声をかける。
「怪我しなかった?」
「……」
女の子は、じぃっと僕を見てる。
……まさかとは思うけど、打ち所でも悪かったのかな?
「ねぇ、聞こえてる……よね?」
「……ぐすっ」
不意に、その子はしゃくり上げた。
「うわぁ〜〜〜〜ん」
「わわっ!!」
その場で泣き出した女の子と、その前でおろおろしている僕を、数人の生徒が何事かという顔で見ている。……というか、一方的に僕を責めている視線だぞ、あれは。
「ちょ、ちょっと、どこか痛いの? あ、ええっと、ど、どうしたら……」
「お兄様?」
不意に声が聞こえた。振り返ると、鞄を手にした咲耶がそこに立っていた。
地獄に仏!
「咲耶っ、よく来てくれた! さすが我が妹っ!」
「ふふふ、当然よ、お兄様ゥ」
にっこり笑って言うと、咲耶は女の子の前にかがみ込んだ。
「どうしたの、花穂ちゃん? お兄様にいじめられたの?」
「あのな、咲耶〜」
……ちょっと待て。
反論し掛けて、僕はふと気が付いた。
花穂?
「咲耶、この娘、知り合いか?」
「……」
咲耶は、たっぷり10秒ほど僕を見つめて、それから、大きくため息をついた。
「花穂ちゃん、泣く前にちゃんとお兄様にご挨拶しないと……」
「ふぇぇ、ご、ごめんなさい、咲耶ちゃん……。花穂、ドジっ子だから……、うぇぇん」
……ふと回りを見ると、ますます野次馬が増加していた。
いかん、このままじゃ、明日からのスクールライフが大変なことになってしまう。
「えっと、2人とも、とりあえず場所を移そう。な? な?」
「お兄様がそう言うのなら。ほら、花穂ちゃん、行きましょう?」
「ぐしゅっ、う、うん……」
泣きながらも、その子は頷いて立ち上がった。
僕たちは、ギャラリーの視線を集めながら、歩き出した。
下駄箱で靴を履き替えてから外に出ると、そこで咲耶とさっきの娘が待っていた。どうやら泣きやんだらしく、恥ずかしそうにしている。
「えへへっ、ごめんなさい、お兄ちゃま」
「いや、こっちこそ……。で、やっぱり君は……僕の妹、なのかい?」
「うんっ」
大きく頷く少女の頭を、咲耶が撫でながら僕に言う。
「ホントは買い物のときに紹介しようと思ってたんだけどね。お兄様、この娘が花穂よ」
「そっか。……ええっと、実は……」
「お兄ちゃまが、花穂のこと、覚えてないっていうのは、咲耶ちゃんや可憐ちゃんに教えてもらったよ。でも、大丈夫。花穂、お兄ちゃまのこと、いっしょうけんめい応援するから!」
花穂は、笑顔で言った。
「だから、だから……、ぜったい思い出してねっゥ」
「……ああ」
僕は、花穂をそっと抱き寄せた。
「絶対に……思い出すよ」
「うんっ」
僕の腕の中で、花穂は大きく頷いた。そして、僕にぎゅっと抱きついた。
「お兄ちゃま、大好きっゥ」
そんな僕と花穂を、咲耶は暖かい目で見守っていた。
「……うう。やっぱり逢わせるんじゃなかったかしら。ああっ、そんなに……。お兄様は、私のお兄様なのにぃ〜……」
……いや、あんまり暖かくなかったかもしれない。
あとがき
……特に書くことはございません。
もう勘弁してください。
01/04/24 Up