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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜
第12話

 メールチェックを済ませて、妹たちからのメールに返事を書き終わると、僕は大きく伸びをして、送信ボタンを押した。
 ふわぁ、眠い……。

 ……。
「お兄ちゃん」
「ああ、可憐か……」
「うんっ」
 “俺”は、ベッドから身体を起こすと、頭を振った。
「……いかんな。まだぼーっとしてるみたいだ」
「ちゃんと目が覚めてないのね、お兄ちゃん」
 そう言いながら、“俺”の背中に手を回して、起きる手助けをする可憐。
 その手が、ふと止まる。
「……こんな風に、お兄ちゃんを起こしてあげられるのも、これが最後……なのね」
「……可憐」
 “俺”は、静かに首を振った。
「いいんだ。これは自分で決めたことだから……」
「でも……」
 ぽたっ
 雫が白いシーツに落ちる。
「でも、お兄ちゃんは、可憐たちのこと、忘れちゃうんでしょう?」
「……」
「そんなの、やっぱり嫌です。可憐は、お兄ちゃんのことが……、お兄ちゃんの……ことが……」
 トントン
 ノックの音がして、ドアが音もなく開いた。
「……兄くん、時間だ」
 そこに立っていたのは、千影だった。
「千影……。迷惑かけるな」
 “俺”がそう言うと、千影は微かに首を振る。
「……いや。兄くんが望むことだから……」
「千影ちゃん!」  不意に、千影の言葉を遮るように、可憐が叫んだ。そして、千影に駆け寄ると、その服を掴んで、声を上げる。
「千影ちゃんはいいのっ!? お兄ちゃん、忘れちゃうんだよっ! 全部、忘れちゃうんだよっ!」
 可憐に大声を上げて詰め寄られても、いつもと変わらない様子の千影。一方の可憐は、珍しく興奮しているようだった。
「可憐は、そんなの嫌っ! 絶対嫌っ!」
 激しく頭を振る可憐。
 “俺”は、ベッドからゆっくりと降りると、そんな可憐を背中から抱きしめた。
 びくっと震える小さな身体。
「お……兄ちゃん……」
「可憐。約束する。全てを忘れても、お前達の名は忘れない。それだけは、約束するよ」
「……お兄ちゃん……」

 ピィフォッ

 意識が、深い海の底から急速に浮上したような感覚。
 ゆっくりと、目を開けると、目の前にはパソコンの画面があった。
 どうやら、パソコンの前に座ったまま、うたた寝していたらしい。
 ……変な夢だったなぁ。
 肩を大きく回しながらパソコンの画面を見ると、新着メールを告げるメッセージが出ていた。
 時計を見ると、もう1時を過ぎている。
 こんな時間に誰からだろう?
 首をひねりながらも、とりあえずメールを開いてみることにした。

 兄くんへ。
 今夜は、いい月の夜だよ。血のように赤い月が、まるで祝福しているようだ。
 何をかって? ……ふふ。

 こんな月夜には、前世の夢を……みるっていうけど……。
 兄くんは……どうかな?

千影



 前世の……夢、ねぇ……。
 僕は、ふぅ、とため息をついた。そして、何気なく顔を上げて、窓に視線を向けた。
 そこに、女の子が一人張り付いていた。
 ばしっ、と音が鳴ったような感じで、僕と彼女の視線が合う。
 その距離、間にガラス1枚挟んで、約20センチ。
 あれ、この子……。間違いない、夕方逢った、っていうか一瞬顔だけ見た、あの娘だ。
 あのときは、咲耶に「だ〜れだ」をされているうちに姿を消してしまったんだけど……。
「……」
「……」
 しばらく、じぃっと見つめ合っていると、不意にその子の視線がぶれた。焦点がすぅっとぼやけたかと思うと、そのまま後ろに倒れる。
「わっ!」
 僕は慌てて窓を開けた。その窓の向こう側、屋根の上に、女の子は倒れていた。
 ショートカットに、目にかからないように髪留めで止めた前髪、そしてケープの付いたコート。
 いくらコート着てても、夜はまだまだ冷える。特に今日は天気がいいぶん、いわゆる放射冷却でその寒さはかなりなものになっていた。
 そんな寒空で女の子を放り出しておけば無事じゃ済まないことくらい、僕にも判る。
 仕方なく、僕は窓から屋根に出ると、女の子を後ろから抱え上げた。
 わ、冷たい。
 いったいどれくらい、ここにいたんだろう? 1時間やそこらじゃないだろうな。
 それくらい、その子の身体は冷え切っていた。

 とりあえず、コートを脱がせて(それ以上は脱がせてない、断じて!)、僕のベッドに寝かせて上から毛布を掛けてあげた。
 そうしておいてから、僕は大きくあくびをした。時計を見ると……うわ、2時近いじゃないか!
 確かにちょっとパソコンの前でうたた寝はしてたけど、明日っていうか今日も学校あるんだし、ちゃんと寝ないと身体が持たないぞ。
 さりとて、この娘の隣に潜り込んで寝るわけにもいかないし、……いかん、眠気が……。

「……チャマ、兄チャマ」
 ゆらゆらと揺さぶられて、僕はゆっくりと目を開けた。
 寝室には、朝の光が差し込んでいた。そして、その光をバックに、僕をのぞき込む女の子。
 僕は目をこすって、それから身体をあげた。
「ふわぁ……。目が覚めたのかい、……よつば」
「チェキ!」
 その娘はにっこり笑うと、頷いた。
「兄チャマ、おはようデス」
「うん……って、わっ!」
 僕は慌てて辺りを見回した。
 ベッドの脇で、ちょうどベッドを背もたれにして座り込む格好になっていた。そして身体には毛布が掛かっている。
 そんな僕を、正面にぺたんと座り込むようにして、女の子が見つめていた。
「兄チャマ、やっぱり優しいデス。四葉、大感激デス!」
 まだぼーっとしている僕に、女の子が抱きついてくる。って、ええっ?
 落ち着け、落ち着くんだ僕っ。
「……兄チャマって、僕のこと?」
「チェキ!」
 頷く女の子。……チェキ?
「兄チャマは、四葉の兄チャマデス!」
「……ええっと、四葉?」
 と、そのとき。
 ピンポーン
 チャイムの音が鳴った。
「誰か来たみたいだな。四葉、ちょっと見てくるから、離してよ」
「あ、はぁい」
 素直に頷くと、四葉は僕から手を離した。そして、物珍しそうに部屋を見回す。
 ピンポーン
 再度、チャイムが鳴る。
「はいはい」
 僕は、夕べから服も着替えてなかったことに、そのとき初めて気付いて、苦笑しながらそのまま玄関に出た。

 カチャ
 ドアを開けると、そこにいたのはジャージ姿の衛だった。
「おはよ、あにぃ!」
「よ、よう、衛……」
「もう、寝ぼけてるの? 駄目だよ、そんなんじゃぁ」
 腰に手を当てて僕を睨む衛。いや、そんなこと言われてもなぁ……。
 と、その衛の表情が不意に驚きに変わった。
「あ、あにぃ、その人、誰?」
「へ?」
 衛の視線を追って振り返ると、そこには四葉がいた。
「兄チャマ、四葉お腹空いたデス」
「四葉……」
「あにぃっ、ご、ごめん、ボク、あにぃにそんな人がいるなんて知らなくて……、で、でもボクそんなのやだ……」
 おろおろしながらそう言って、衛は首をぶんぶんっと振った。そして、びしっと四葉を指さす。
「キミは誰っ!?」
「チェキ!?」
 いきなり指さされた四葉は、慌てて僕の背中に身を隠す。
「兄チャマ、助けてデス!」
「ああっ、あにぃに何するんだよっ!!」
 慌てて衛も玄関に飛び込んでくると、僕の首を掴んで引っ張る。
「離せぇっ! あにぃはボクのあにぃなんだぞっ!」
「チェキッ! それは違います! 兄チャマは四葉の兄チャマデス!!」
 四葉は後ろから僕のお腹に手を回して引っ張る。
「いた、いたたっ、やめろって、2人とも落ち着けっ」
「離すデス!」
「離せっ!」
 ……聞く耳持ってないようだった。って、いてててっ。
「まぁっ! 衛ちゃんも四葉ちゃんも、やめなさいっ! 私の最愛のお兄様に何てことするのっ!」
 そう声を上げながら咲耶が割って入った。って、咲耶が、なんでここに?
「咲耶ちゃんっ? だって、この娘が……」
 衛はそう言い返しかけたが、咲耶の表情を見て、僕から手を離した。当然、僕はまだ引っ張り続けていた四葉もろとも後ろにひっくり返る。
「わわっ!」
「チェキっ!」
 どてぇん
「……あいたた。ご、ごめん、四葉」
「へ、平気デス……」
「よ・つ・ば・ちゃん
 僕の下から這い出してきた四葉に、咲耶がにっこり笑って声をかけた。でも、目が全然笑ってないぞ。
「あっ、さ、咲耶チャマ。ええっと、こういうときは……。えへへ、よいおひよりデス」
 咲耶の顔を見た四葉は慌てて座り直して挨拶する。咲耶はその右耳を掴んで引っ張った。
「ホテルから私のところに連絡があったのよ。夜になっても四葉ちゃんが戻ってこないって。まさかと思ってたけど、本当に私のお兄様のところに来てたとはねぇ」
「そ、それは、あいたたたっ、痛いデス、咲耶チャマっ!」
 耳を引っ張ってつり上げられるような形になった四葉が手を振り回す。
「さ、咲耶、そんなに怒らなくても……」
「お兄様は黙ってて」
「……はい」
 じろりと睨まれて、僕は口を挟まない方が得策だと思って後ろに下がった。そして、ふとあることに思い当たって、振り返る。
「衛……」
「あにぃ……、咲耶ちゃんが怖いよ……」
 衛は僕の後ろに隠れるようにして、身を縮めていた。
 そんな衛に訊ねる。
「衛は、四葉のこと、知らないのか?」
「えっ? あ、うん、ボク初めて見たよ。だからビックリしたんじゃないか」
「びっくり?」
「だ、だって、その、あにぃと一緒に出てくるから、てっきりボク……。そ、そんなことあるわけないのにね。あははっ、ごめんね、あにぃ」
 ……何故か謝られてしまった。
「ともかく、衛は、あの娘のことは知らないと……。でも咲耶は、知ってるみたいなんだよな」
 ボクは、廊下に四葉を正座させて叱っている咲耶を見て、首を捻った。
 と、その咲耶がふぅ、とため息をついて、僕たちの方を見た。そして衛に訊ねる。
「ところで、衛ちゃんは、どうしてここに?」
「う、うん、ボク、あにぃと一緒にジョギングしたいなって思って、思い切って誘いに来てみたんだけど……」
「なるほどねぇ。でも、ちょっとジョギングするには時間が無くなっちゃったわね。それじゃみんなで朝食としましょうか」
「兄チャマのブレックファーストに、チェキチェキチェキよっ
 その後ろからにぱっと笑う四葉。咲耶は額を抑えて呟いた。
「まったく、反省しなさいよね、少しは。これじゃ私が馬鹿みたいじゃない」

 ジョギングするには時間がないとはいえ、いつもよりは余裕があるわけで、ほとんど成り行きで4人が朝食のテーブルを囲む事になった。
 ……のだが。
「……兄チャマのブレックファーストって、パンだけデスか?」
「何を言うんだ四葉。ほら、牛乳もあるんだぞっ」
「……」
 う、3人とも沈黙してしまった。
 とりあえず、話題を変えよう。
「ええっと、それで咲耶。四葉は本当に、僕の妹なのかい? 9人のうち8人の妹にはもう逢ったけど、それじゃ四葉が9人目なのかい?」
「ちょっとお兄様、そう一度にぽんぽん聞かないでよ」
 咲耶はそう言うと、衛をちらっと見て、ため息をついた。
「ものには順番ってものがあるのに……」
「へ?」
「……まぁ、仕方ないわね。人生にはイレギュラーも付き物だし」
 もう一度ため息をつくと、咲耶は言った。
「四葉ちゃんは、お兄様の10人目の妹なのよ」
「チェキ!」
 なぜかVサインをする四葉。
「そうなのか。なるほどね」
 まぁ、僕にしてみれば、突然妹が9人も現れてるんだし、今更それに1人くらい加わっても、どうってことないわけで、ああそうですか、という感じだった。
 一方、衛はかなりショックな様子だった。
「でも、ボク、そんなの聞いたこと無かったよ。うぐぅ」
「……うぐぅはよせ」
 ぽかっと衛の頭を叩くと、僕は咲耶に向き直った。
「衛が四葉のことを知らないっていうのは、どういうことなんだい、咲耶?」
「四葉ちゃんのことを知ってたのは、私と可憐ちゃん、それに千影ちゃんくらいなものよ。なにしろ、この娘はずぅっと日本にいなかったんだから」
「ふぅん。……って、ええっ!?」
「日本にいなかった?」
 僕と衛が同時に聞き返すと、四葉が胸を張って答える。
「イエス。四葉はずっと、グランパと一緒にイギリスはロンドンにいたのデェス!」
「ロンドン?」
 さすがに目を丸くする僕。
 四葉はにぱっと笑って言った。
「でも、兄チャマが18になったってことで、やっと四葉も日本に戻ってこれたデス! これで思いっきり、兄チャマをチェキできマス!」
「18になったから?」
「あ、ええっと、そろそろ学校に行かないといけない時間よ、お兄様。四葉ちゃんも、早くホテルに戻りなさいよ。みんな心配してたわよ」
「ええーっ? 嫌デス! 四葉は兄チャマをチェキするんですぅ〜」
「……はぁ、これだからお子さまの相手は疲れるのよ……」
 思い切りため息をつく咲耶。と、そこにチャイムの音が聞こえた。
 ピンポーン
 そして、声が聞こえてくる。
「お兄ちゃ〜ん、おはようございま〜す」
「あの声は……」
「可憐ちゃんデス!」
 四葉が、これ幸いと立ち上がるや、玄関に向かって駆け出していった。
「あ、ちょっと! ……まったく」
 ため息をつくと、咲耶は僕に視線を向けて、ウィンクした。
「でも、これで二人っきりね、お兄様
「さ、咲耶」
「……あのぉ、ボクがいるんだけど……」
「きゃぁ! 衛ちゃん、いつからそこにいたのっ!?」
「最初からいたよっ。もうっ」
 ぷっとふくれると、衛は牛乳を注いであったコップを取って、一気に飲み干した。
「ごくごくごくっ、ぷはっ」
「あ、それ僕のコップ……」
「ええーーーっ!? ま、衛ちゃん、なんてことをっ!!」
 いきなりがばっと立ち上がって叫ぶ咲耶。きょとんとして咲耶を見る衛。
「ほへ?」
「どうしたんだい、咲耶?」
 僕も、何故咲耶がいきなり叫んだのか判らなかったので、同じくきょとんとして訊ねた。
「えっ? あ、いえ、なんでも。おほほ……」
 咲耶は愛想笑いして、元のように座った。そしてぶつぶつと呟く。
「やられたわ。衛ちゃんに、間接とはいえ、お兄様の唇を奪われてしまうなんて……。いえっ、負けてはだめよ、咲耶。これくらいでめげてちゃ駄目。咲耶、ふぁいとっ」
 ……なんとコメントしたものやら。
 衛は首を傾げた。
「あにぃの唇がどうかしたの、咲耶ちゃん?」
 と、後ろから可憐の声が聞こえた。
「お兄ちゃん、おはようございま〜す」
 振り返ると、可憐が四葉と並んで台所に入ってきたところだった。
「おう、可憐。おはよ。今日は雛子は一緒じゃないの?」
「ヒナはここっ! おにいたま、おはようございます」
 可憐の後ろからぴょこんと出てきた雛子が、ぺこっと頭を下げる。
「ああ、雛子もおはよう。今日もよくできました」
 頭をなでてあげると、雛子はぴょんぴょんとはねた。
「わぁいわぁい、雛子ほめられちゃった。えへへ」
 可憐がそんな雛子の頭を撫でてあげながら、咲耶に話しかける。
「でも、四葉ちゃんがもう日本に来てたなんて、可憐、知りませんでした」
「チェキ!」
 Vサインをする四葉。
 咲耶がため息をついて、可憐を手招きした。
「可憐ちゃん、ちょっと」
「え、どうしたの、咲耶ちゃん?」
 歩み寄った可憐に咲耶が何事か耳打ちする。驚いた表情に変わる可憐。
「えっ、そうなの?」
「まぁね。イレギュラーよ」
 苦笑すると、咲耶は、今度は衛と何か話し始めた四葉をちらっと見た。
「でも、時計の針は、巻き戻せないわね」
「……うん、そうだね」
 可憐もこくりと頷いた。そして、僕の視線に気付いて、慌てて手を振った。
「あっ、なんでもないのっ」
「……はぁ」
 僕は苦笑して、立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ学校に行こうか、みんな」
「おーっ!」
 何故か声をそろえて手をあげる皆。
 こうして、僕たちは並んで学校に向かうことになった。

「ああーっ、ボクまだ制服に着替えてなかった! それじゃあにぃ、またねっ!」
 若干1名を除いて、だが。

《続く》

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あとがき
 なんだか謎が深まってきたしすぷりです。
 というわけで、感想メールでも人気が高いチェキ娘こと四葉ちゃんが、花穂ちゃんよりも先に登場と相成りました。
 いえ、けして花穂ちゃんが嫌いってわけじゃないんですが。
 さて、あと2人だな。ふぁいと、だよ(爆)

01/04/23 Up

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