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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜
第10話

 翌日の朝。
 僕と可憐、咲耶、雛子という、昨日と同じメンバーで僕たちは登校していた。
「それでね、それでね、ヒナのゆめにもね、おにいたまが出てきたんだよ。くしししっ」
「そうかぁ。僕の夢にもヒナが出てくればよかったね」
「おにいたまは、ヒナのゆめ、見なかったの?」
「うーん、見なかったのかなぁ。憶えてないんだよ。でも、今度はきっと、雛子が出てくる夢を見られるよ」
「うんっ」
 手を繋いで、そんな話をしながら歩く僕と雛子。そしてその後ろからついてくる可憐と咲耶。
「もうっ、お兄様ったら、雛子ちゃんとばっかりお話して……」
「でも、とっても優しいお兄ちゃんが見られて、可憐は幸せ
「そりゃ私だってそうだけど……。ま、他の変な女じゃないからよしとしないとだめね」
「ええっ? お兄ちゃんにそんな人がいるのぉ?」
「い・ま・せ・ん。第一、お兄様にはちゃんと私って可愛い娘がいるんだもの
「そうよね、お兄ちゃんにそんな人いるわけないよね。可憐、ちょっぴりドキドキしちゃいました。えへへっ
「ああっ、お兄様、早く私を奪って そして地の果てまで愛の逃避行なのよっ
 なんか、2人の会話がぜんぜんかみ合ってないような……。人の話を聞かないっていうのは、やっぱり遺伝なんだろうか? 僕もよく友達にマイペースなヤツって言われるけど……。
「おにいたま、どしたの?」
「あ、いや。なんでも……」
 ない、と言いかけた時、背後から微かに声が聞こえた。
「兄チャマ、チェキ〜〜〜〜っ」
「……へ?」
 思わず振り返ると、僕は可憐たちに尋ねた。
「今、何か言った?」
「ううん、何も言ってないわよ」
「可憐も何も言ってないです」
 2人とも首を振る。僕はその2人の背後を見てみたが、特に変わったところもない、いつもの通り、学生達が溢れている、朝の通学路だ。
 おや、あれは……。
「ヤッホーッ、アニキーッ!」
 立ち止まっていると、向こうから歩いてきた鈴凛が、手を振りながら駆け寄ってきた。
「あ、鈴凛たん。おはようございます」
 ぺこりと頭を下げる雛子。鈴凛はちょっと屈んでその頭を撫でる。
「雛子ちゃんもおはよ。今日もいい子してる?」
「うんっ。ヒナいい子してるから、今日もおにいたまにいい子いい子してもらったもん。くししっ」
 にぱっと笑う雛子。
 鈴凛はもう一撫でしてから、体を起こした。
 あ、そうだ。昨日のメールのこと、ちょっと聞いてみようかな。
「鈴凛、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「あれ珍しい。アニキが私に?」
「ああ。実は昨日、差出人不明のメールが来てさ」
 僕は、昨日家に届いていた奇妙なメールのことを鈴凛に話した。
「……というわけでさ」
「……ちょっと、気味が悪いね、お兄ちゃん」
 可憐が心なしか怯えたような表情をした。それで初めて、僕は可憐と咲耶も聞いていたことに気付く。
「あ、2人とも聞いてたの?」
「そりゃ、お兄様の一大事だもの。それにしてもどこの誰かしらね、そんな大胆不敵なことするなんて」
 咲耶が親指の爪を噛むようにして考え込む。
「私のお兄様にちょっかいかけようなんて、どこの誰であろうと許しはしないわ。私は誰の挑戦であろうと受けて立つっ!」
「ちょ、ちょっと咲耶、落ち着いて……」
「アニキ、その差し出し人のドメイン、最後がukだったっていうのは本当?」
 腕組みしてなにやら考え込んでいた鈴凛が、顔を上げて聞き返してきた。僕は振り返って頷く。
「ああ、それは間違いないよ」
「そうなんだ。……末尾がukって、イギリスのドメインだよ」
「イギリス? グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国略してイギリスのあのイギリス?」
「そ」
 鈴凛の言葉に、僕たちは顔を見合わせた。
「それって、イギリスからメールが来たってことなの、鈴凛ちゃん?」
 咲耶に尋ねられて、鈴凛は腕組みしたまま頷いた。
「そうとは言い切れないけどね。串を通して来たのかもしれないし」
「くし?」
「おにいたま〜、なんのはなししてるのぉ?」
 僕たちが深刻な顔をしていると、僕の制服の裾を引っ張りながら、雛子が尋ねた。
「あ、いや。よし、雛子。学校まで競争しようか」
「うんっ。ヒナ負けないよ〜」
「よーし。それじゃよーい、どん!」
「わーいっ! おにいたまときょうそーだー」
 ぱたぱたと走り出す雛子。
 僕はその後を付いて駆け出す。
「あっ、ちょっとお兄様っ、待ってっ!」
「お兄ちゃんっ!」
 咲耶と可憐も慌てて追いかけてきた。鈴凛はどうやらかけっこに参加するつもりはないらしく、そのまま僕らを見送っていた。

「……かけっこうんぬん以前に、若草学院はあっちじゃなくてこっちだもん。しょうがないじゃないの。……それにしてもukドメインかぁ。……uk、イギリス……。あっ、まさか!?」

 学校に着くと、3人と別れて僕は高等部の校舎に向かう。
 あれ?
 高等部の校舎の下駄箱のところに、女の子が一人いた。入り口から顔を出して、中の様子を伺ってるみたいだ。
 始業前で、大勢の生徒が出入り……というよりは一方的に入って行ってる。ほとんど一方通行状態だから、余計にその娘は目立っていた。
 そして、目立つ理由がもう一つ。その娘の制服は初等部の制服だった。
「……初等部の娘がなにしに高等部の下駄箱に?」
 そんな疑問を持つのは当然僕だけじゃないだろうが、別に聞くほどのことでもないわけで、みんなちらっとその娘を見ては通り過ぎていく。
 その娘はというと、そんな他の生徒は目に入らない、という感じで、ずっと下駄箱の一点を見つめていた。
 あれ?
 あの娘、確か……。そうだ、間違いない。
 こないだから2回ほど廊下で逢った娘だ。……逢った、といっても、最初は突き倒してしまい、2度目は結果的に人津波に飲み込ませてしまったんだけど。
 しかし、……ボブカットにヘアバンドが似合ってる、可愛い娘だな。将来が楽しみだぞ。
 なんか最近、どんどんオヤジ入ってきてるな、僕。やっぱり妹たちと出会ってから、自分が年上っていうのを意識させられるからだろうか?
 うーん、何とかした方がいいんだろうか? やっぱり可憐や咲耶も、僕があんまりオヤジになるのは嫌だろうしなぁ。
 キーンコーンカーンコーン
 うわ、しょうもないことを考えてたら、予鈴が!
 僕は慌てて駆け出した。このまま下駄箱に突入するところで、必然的にその娘の前を通過することになる。その娘はというと、予鈴が鳴ったことに気付いていないのか、まだじぃーっと下駄箱を見つめていた。
 とりあえず、全く知らないわけでもないし、このままあの娘が初等部の授業に遅れることになっても可哀想だしなぁ。ちょっと教えてあげるくらいはしておくか。
 僕はその娘の前を駆け抜けながら、声を掛けた。
「もう授業が始まるよ、花穂」
「あっ!?」
 ビックリしたように顔を上げて、僕を見る少女。だがその時、僕は既に下駄箱で靴を履き替えていた。
「あっ、あの……」
「それじゃね!」
 こっちも遅刻したくないので、とりあえず片手を上げてその娘に挨拶してから、校舎の中に駆け込んだ。あとは、担任との勝負だ!
 それにしても……。
 廊下を走りながら、僕ははたと気付いた。
 あの娘がじっと見てた下駄箱って、位置関係からして、僕のクラスの辺りじゃなかっただろうか? 誰か待ってたのかなぁ? もしかして、ラブレターを入れて、それが気になってた、とか? うーん、最近の小学生はませてるなぁ。
 ……やっぱり考え方がオヤジですか、僕は?

 4時間目は体育だった。
 体育は、男女別で行われる。
「というわけで、今日はマラソンだ!」
 マッチョな男子担当の体育教師がきっぱり言うと、ぶーぶーとブーイングが発生する。
「かったりー」
「勘弁してよ〜」
「何を言う、お前達っ! あの青い空、白い雲! 絶好のマラソン日和ではないかっ! HAHAHAHAHA」
 きらん、と歯を光らせる先生。
「それとも、俺とマットの上で語り合うか?」
 にやりと笑う先生。僕たちは声を揃えて答えた。
「走らせてください先生っ!」
 ちなみに先生は、かつてはプロレスラーだったという。得意技は腕ひしぎ逆十字とスリーパーだ。

 そんなわけでマラソンを走り終えて、ぐったりとして教室に戻ってきた僕を出迎えたのは白雪だった。
「にいさま、お帰りなさいませですの」
「やぁ、白雪……。あ、白雪?」
 さも当然と言わんばかりに僕の席に座って待っていた白雪は、立ち上がってリュックを掲げて見せた。
「今日も、姫の愛のたっぷり籠もったデリバリーサービスですのよ」
「それはありがたいけど……。今日は咲耶と一緒じゃないの?」
「咲耶ちゃんと一緒に来たら大変ですの。ですから、今日は姫が一人で来ましたの」
 えへん、とばかりに胸を張ると、白雪は僕の背を押した。
「さぁさぁ、にいさま」
「さぁさぁって、何?」
「やだ、にいさまったら、判ってるくせにですの
 ぽっと赤くなると、両手で顔を挟んでいやいやする白雪。
「にいさまったら、どうしても姫に言わせたいんですの それなら、はっきり言いますの。姫は、にいさまと二人っきりでお昼したいんですの。……きゃぁ言っちゃいましたの
 なんか、周囲から殺意の波動が……。
 カズがぽんと僕の肩を叩いた。
「いいなぁ、ロリコン」
「誰がロリコンだ! 白雪は妹だって言ってるだろうがっ!」
「んじゃシスコン?」
「……さ、行こうか白雪」
「はいですの」
 にっこり笑って頷くと、白雪は楚々と教室を出ていった。それに続いて僕も教室を出る。

 というわけで、今日も屋上で僕は白雪とお弁当を食べることになった。

「……まぁ、それじゃにいさまに脅迫メールが?」
「ううん、そう決まったわけじゃないんだけど。ね、お兄ちゃん?」
「ああ、そうなんだよ」
 ……あれ?
 はたと気付いて、僕は隣でサンドイッチをあむあむと食べている可憐に視線を向けた。
「可憐、いつからここにいたっけ?」
「美味しい…… やっぱり白雪ちゃんには、勝てないなぁ」
「ま、可憐ちゃんったら、お上手ですの。姫、照れちゃうですの。ぽっ
 ……ううっ、またさりげなく無視されてる僕。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
 ため息混じりに、屋上から街を眺めていると、可憐が心配げに声をかけてきた。
「はっ、まさかにいさまっ、姫の料理に何か気に入らない点でもっ? はうう、姫、一世一代の不覚ですのぉ〜。ううっ、落涙」
 手のひらで顔を覆う白雪に、僕は慌てて声を掛けた。
「わっ、違うってば! うん、美味いよ白雪っ!」
「本当ですのぉ?」
 ちらっとこちらを見る白雪。僕は手にしていたサンドイッチを頬張った。
「もぐもぐ……。ごっくん。うん、とっても美味い」
「よかったですの〜」
 ほっと胸をなで下ろすと、白雪はサンドイッチの詰まったバスケットを僕の前に差し出した。
「さ、まだまだありますのよ、にいさま
 サンドイッチは、まだまだたっぷり残っているようだった。
 僕は、とりあえず一つ取って、それを口に運びながら、もう一度街を眺めた。
 ……ん?
 何かがキラッと光ったのが、目の端に映る。
 そちらに視線を向ける。
 ちょうど、校門のところだろうか。いかんせん、ここからは直線距離で500メートルはあるわけで、誰かがいるとしてもよくは見えない。
 その人の持っている何かが、太陽の光を反射して、こっちに届いたのだろう。
「にいさま?」
 白雪に声を掛けられて、僕は向き直った。
「あ、いや、なんでもないよ」
「そう、ですの……?」
「お兄ちゃん、クラシックって、聞きますか?」
 ポットに入った紅茶を飲んでいた可憐が、不意に僕に尋ねた。
「クラシックかぁ。たまには聞くよ。うん、嫌いってほどでもないし……」
 そう答えると、可憐はぱっと表情を明るくした。
「よかったぁ……」
「え?」
「あ、ううん、なんでも……。そ、それで、お兄ちゃん、一番好きなのは何なの?」
「クラシックで? うーん、ボレロかなぁ」
「ボレロは……ちょっと難しいなぁ」
 うーんと腕組みする可憐。って、何が?
「他にはないかな、お兄ちゃん?」
「うーん。ツィゴイネルワイゼン」
「だめよ、それってヴァイオリン曲だもん。……ピアノ曲で、お兄ちゃんが好きなのは、ない?」
 う、なんかすがるような目で見てるぞ。
 しかし、そうか、可憐はピアノ曲が好きなのか。
「もちろん、ピアノ曲でも好きなのはあるよ」
 そう答えると、ぱっと表情をほころばせる可憐。
「よかったぁ。ね、それで、その曲ってなにかな? 可憐に教えて欲しいの
「ショパンの幻想即興曲」
 うん、あれは良い曲だよなぁ。
「ええっ? お、お兄ちゃん……」
 何故か絶句している可憐。
「どうしたの、可憐?」
「……お兄ちゃん、可憐は頑張りますから、見捨てないでね……」
 僕の手を握って、半泣きのような顔で言う可憐。
「う、うん、もちろんだよ可憐」
 わけが分からないけど、とりあえず頷いておくと、可憐は立ち上がった。
「それじゃ、可憐は戻ります。白雪ちゃん、ごちそうさまでした」
「お粗末でした」
 ぺこりと頭を下げる白雪を残して、可憐はなんだか足取りも重く、屋上から下りていった。
 僕はそれを見送りながら、白雪に尋ねた。
「ねぇ、白雪。僕、何か悪いこと、言ったのかな?」
「まぁ、にいさまったら、意外に意地悪さんですの。でも、そんなにいさまも……。むふん
 ああっ、また白雪があっちの世界に……。
 僕は仕方なく、白雪が戻ってくるまでサンドイッチを胃の中に納めることに集中することにした。

《続く》

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あとがき
 早いもので、もう10話ですね。
 なんだか妙に人気があるようで、かなり面はゆいです(笑)

01/04/21 Up

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