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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜
第9話

 家に帰り着くと、僕はソファに寝転がって足を伸ばした。
 放課後は、ずっと咲耶のお供でデパートのブティックだったからなぁ。
 まぁ、それなりに役得もあったけど。
 ……って、何を考えてるんだ僕はっ。咲耶は妹だぞ、妹っ。
 うう、こんな毎日が続いたら、理性と知性がいつまで保つ事か、正直自信がないぞ。
 ……うう。く、暗い未来は、考えナシんこなのだ。
 何もしてないと変な事ばかり考えてしまうからいかん。とりあえずメールチェックでもしよう。
 よいしょっと。
 勢いを付けて、ソファから起きあがった僕の目に、テーブルの上に置いてある封筒が映った。
 あれ? さっきは何も無かったはずなんだけどな。
 勘違いだろうか? うう、まだ健忘症には早いぞ、僕。
 苦笑しながら封筒を手に取ってみる。
 宛名もないし……、ひっくり返しても差出人の名前もない。飾りっ気の欠片もない封筒……。
 あれ? これは……?
 封筒を閉じているところに、何かついて……。あ、知ってるぞ。蜜蝋で封をして、上から紋章を押してるんだな。でも、実際には初めて見たぞ。
 とりあえず、封を切って、中から紙を出してみる。

「……やぁ、兄くん。来て……くれたんだね」
「……はい?」
 いきなり声をかけられて、僕は顔をあげて、そして言葉に詰まる。
 僕、確か自分の家にいたよな?
 思わず自分に確かめてしまう。だって、今僕がいるのは、暗い森の中だったのだ。
 そして、目の前には、片手にランタンを持った少女。
「……千影、か?」
「そう……見える? それなら、……そうかもしれない」
 千影は静かに答えると、ランタンをかざした。ほんの少しだけど、闇が退いた気がする。
「千影、ここはどこだい? 僕は一体どうして……」
「静かに」
 僕を制するように、千影はじっと僕を見つめた。
「……精霊は、騒がしいのが……嫌いなんだ」
「……精霊?」
「ほら、兄くんの肩に」
 そう言って、空いている方の手をさしのべる千影。
「……ふふ。そうか、キミも兄くんが気に入ったのかい」
 僕は思わずそっちを見た。けど、何もいない。
「……千影、これは……」
「ここは……。そう、シャーウッドの森、とでも言っておくよ」
「……」
 一つ深呼吸してみる。
 深い森の香り。
 そして、甦ってくる、奇妙な懐かしさ。
 そう。前にも、僕はここに来たことがある。
「そう。兄くんは、前にも来たことがあるんだよ」
 僕の考えを見透かすように、千影はそう言って、かすかに微笑んだ。
「来たことがあるのは、兄くんだけじゃないけどね」
「僕だけじゃない?」
「……誰でも一度は来たことがある場所。……でも、みんなそれを忘れて、大人になるんだ」
 物憂げな感じで、千影はそう言うと、歩き出した。
「千影?」
「あまり離れない方がいい。……はぐれて、一生ここで暮らすのも、悪くはないけれどもね……」
 物騒な事をさらりと言われて、僕は慌てて千影の後を追いかけた。

 どれくらい歩いたのか。ほんの少しだったような気もするし、随分長いことだったような気もする。
 とにかく、前を歩く千影が立ち止まったのを見て、僕も足を止めた。
「千影?」
 囁くように訊ねると、千影は振り返った。
「ふふっ。……兄くん、キミにも聞こえるだろう?」
「え?」
 言われて、耳を澄ませる。
 かすかに、ほんのかすかに、歌声のようなものが聞こえてきた。
「……これは?」
「妖精の歌声……。どうやら、今日は……見つけられそうだね」
 そう言うと、千影は手にしたランタンの蓋を開けると、中の火をふっと吹き消した。
 たちまち辺りは暗闇に閉ざされる。
 思わず声を上げかけた僕の口が、しっとりとした手で塞がれた。
「慌てることは……ないよ」
 暗闇のはずなのに、何故か千影の瞳だけははっきりと見えた。
 暗闇よりもなお暗く、吸い込まれてしまいそうな瞳。
「兄くんは……彼らには、渡さないから」
「……」
 こくこく、と僕が頷くと、千影は手を僕の口から外した。
 大きく息を吸い込んだとき、僕はそれに気づいた。
「……!」
 千影の肩越しに、何か光るものがすぅっと飛んでいくのが見えたのだ。
 螢? いや、あれは……。
 はっきり見極めようと思って、その光るものを追って視線を動かした僕は、もう一つの光が動いているのに気づいた。……いや、一つじゃない。二つ、三つ……。
 いつしか、数え切れないほどの光が、集まっていた。そして、それらは輪を作ってくるくると回り出す。
「……千影、あれは……」
「ふふっ、彼らも、兄くんを……歓迎しているのかな?」
 千影はそう言うと、振り返った。
「兄くんは、ここで待っていたまえ」
「えっ?」
 聞き返した時には、千影はもう、その光の方に足を進めていた。
 光がいくつか、輪から離れて千影に近づいてくる。
 思わず飛び出そうとした僕は、だけど足を止めた。
 その光に照らされた千影が、なんていうか、幻想的に見えたからだった。
「……だよ」
 かすかにその唇が動いて、千影が何か呟いたのが、耳に入る。
「……うん。……だから……。ああ」
 最後に千影が一つ頷くと同時に、光はまた輪の方に戻っていった。そして千影はその場にかがみ込む。
 何をしてるんだろう?
 それに、そもそもあの光は、何なんだろう?
 でも、とりあえず、危険はないらしいな。
 こうなったら、僕も腹をくくるか。
 そう思って、僕は光から、千影に視線を向けた。
 と、千影が立ち上がると、手にしていた袋の口を開いて何かを入れた。そして、こっちに戻ってくる。
「やぁ、お待たせ、兄くん」
「うん。……それ、何?」
 僕は、袋に視線を向けて訊ねた。
 千影は僕に視線を向けた。
「……なに、大したものじゃないよ。……ちょっとした、材料だよ」
「材料? 何の?」
「ふふっ。……兄くんは、好奇心旺盛だね……。でも、それが……身を滅ぼす……こともあるよ。マイダス王のように……ね」
 ……誰ですか、それは?
 まぁ、なんとか王はともかく、これ以上は聞くのは野暮っていうことなんだろう、きっと。
「わかった。聞かないことにしておくよ」
「……残念だな」
 どっちなんだよ?
「さて、そろそろ……月が、昇ってくる……時間だね」
 千影がそう言うと、静かに僕の方に手を伸ばした。
「兄くん……」
「なんだい?」
「……今日は、ありがとう。それから、一つ忠告しておくよ」
「忠告?」
 聞き返す僕を、千影の瞳がじっと見つめる。
 その唇から、言葉が流れてくる。
「いたずらに見えても、……そうではないことも、あるよ。見誤ってしまうと、あとで……痛い目をみることに、なる」
「……何のことだい?」
「ふふっ。そのうちに、判るよ」
 冷たい手が、僕のこめかみに触れた。その途端、すぅっと意識が、溶けていく。
「ち……かげ……」
 最後に、千影の微笑みと、その瞳だけが僕の意識に残り、そしてそれすらも消えていく。
「……また、来世……」
 それは、千影の声だったのだろうか?

「……っ!?」
 僕は、がばっと跳ね起きた。慌てて辺りを見回す。
「……僕の、部屋?」
 間違いなく、そこは僕の部屋だった。
 寝ていたソファから降り立つと、こめかみに手を触れる。
 千影の冷たい手の感触がまだ残っているようで、でもそれも一瞬だけだった。
「……夢、だったの、かな? あはは、変な夢だったな」
 苦笑して、僕は視線をテーブルに向け、そしてそこで止めた。
 そこには、封筒がおいてあった。
 慌てて駆け寄って、その封筒を手に取って調べてみる。
 封は開けてあった。僕はそこから紙を取り出すと、広げてみた。
 いや、広げてみようとした。
 シュボッ
 いきなり、その紙が燃え上がったのだ。
「うわぁっ!!」
 とっさに放り出した僕の目の前で、あっという間にその紙は燃え尽きてしまった。灰も残っていないし、紙を放り出したテーブルも、まったく焦げてない。
 うー、なんか背中がぞくぞくとするなぁ。
 さっさとメールチェックして、寝てしまおう。うん。
 ため息をついて、パソコンの電源を入れる。

 メールは2通来ていた。鈴凛と……、これは鞠絵からか。
 とりあえず、到着順に鈴凛のメールから開く。

 ヤッホー、アニキ。今日は逢えなくって残念。逢えたらまた研究の協力を頼もうかなって思ってたのに。
 なんてねっ。うそうそ。いつもいつもアニキの世話にばっかりはなってられませんって。
 今日は、鞠絵ちゃんのところに行ってたんだ。
 鞠絵ちゃんがパソコンを買ったんだけど、使い方がよくわからないから教えて欲しいって頼まれちゃってさ。
 そんなわけで、この鈴凛ちゃんが、セットアップのお手伝いしてたわけ。
 鞠絵ちゃんのノートはPHSのカードが付いてるから、電話線つながなくてもメールが送れるのよ。PHSなら病院でも問題ないし、ね。
 あ、もうこんな時間だ。それじゃ私は、メカ鈴凛の調整しないといけないから、今日はこれくらいにするわね。
 そうそう。研究への資金援助はいつでも受付中よ

 アニキへ

 鈴凛より愛を込めて



 やれやれ、相変わらずだなぁ、鈴凛のやつは。
 しかし、そうすると、鞠絵からのメールっていうのは……、と。

 こんにちわ、兄上様。おかげんいかがでしょうか?
 今日は、初めてパソコンを使って、メールというものを書いてみました。
 今まで、手紙といえば紙に書くものだと思っていましたし、コンピュータというものに触れるのも初めてで、とってもドキドキしながら、このお手紙を書いています。
 短いですけれど、今日はこれくらいにしておきますね。

 兄上様へ
 鞠絵より

 追伸
 これを書くだけで、3時間もかかっちゃいました。でも、ボタン一つで兄上様にお手紙が届くなんて、なんだか不思議です。



 なるほどなぁ。それにしても、初めてパソコンを触ったにしては、ちゃんとメールも書けてるじゃないか。誤変換も無いみたいだし。
 なんだか微笑ましくなって、早速返事を書いて送り返すと、僕はパソコンを切ろうとした。ちょうどそのとき。
 ピィフォッ
 メールの着信を告げる音が鳴った。
 誰からだろう?
 僕はメールを開いてみた。

 兄チャマ。
 チェキ


 ……なんだ、これ?
 これだけ?
 僕はもう一度見直してみた。でも、それ以上は何も書いていない。
 差出人は……不明だ。うーん、どこから来たか調べるって言っても、そこまでは詳しくないし……。ええっと、たしかヘッダっていうところを見れば、差出人のアドレスはわかるんだよな……。
 あ、これが出した人のアドレスかな? ええっと……。あ、あれ?
 このアドレス、末尾がjpじゃない。ukだ。……ukって、どこのドメインだろ?
 うーん、自慢じゃないけど、インターネットはそんなに詳しいってわけじゃないからなぁ。
 ま、メールの本文もわけが判らないし。こりゃ、手の込んだイタズラかな。
 僕は苦笑して、パソコンを切った。

 このメールの意味を僕が知ることになったのは、その翌日だった。

《続く》

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あとがき
 千影ちゃんは難しいです。はい。
 それじゃ、また来世。

01/04/20 Up

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