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キーンコーンカーンコーン
《続く》
「ん? もう時間か。それじゃ今日はここまで」
数学の教師がそう言って出ていくと、教室はざわめきに包まれた。
「やれやれ、とりあえず半分終わりだな。シュン、飯食いに行こうぜ」
カズが振り返りながら言った。
「ああ、そうだな。学食でパンでも買うか?」
僕はそう言いながら立ち上がりかけて、はたと気づいて、ズボンのポケットを上から叩いた。
あるべき感触がない。
「……カズ。重要な頼みがあるんだが……」
「財布忘れたから金を貸せっていうなら聞けないな。ただし……」
カズはにやりと笑った。
「ただし、なんだよ?」
「条件次第では貸して……いや、今日はおごってやってもいいぜ」
「……言ってみろ」
「咲耶ちゃんと可憐ちゃんに……、いや、どっちか片方にでもいい、紹介してくれたまえ、お義兄さん」
「その名で呼ぶなぁっ!!」
ドドドドドドドドッ
必殺のデンプシーロールでカズを黙らせてから、空腹のあまり、そのまま椅子に座り込んでしまう。
今朝は咲耶と可憐に加えて、雛子まで迎えに来てくれて、それはいいんだが結局朝飯抜きになってしまったからなぁ。おまけにそのどさくさ紛れに財布まで忘れるとは……。とほほ〜。
僕はがくっと机に突っ伏した。
と、まだ教室に残っていた男子生徒達がざわっとざわめきをあげた。
「おっ、おいっ、あの娘」
「ほ、本物かっ?」
「でも、なんで高等部に?」
なんだろう、と思って顔をあげた僕は、教室の入り口に黒山の人だかりが出来ているのに気づいた。
……どうしたんだろ、一体。
「ちょっと、通してってば! もうっ!」
人だかりの向こうから、声が聞こえた瞬間、僕は椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がっていた。そのまま、人だかりの中に突撃する。
ぐはっ。
誰かの肘打ちを顔面に食らって、一瞬ひるんだ間に、そのまま外に弾き出されてしまった。
くそ、こうなったら……。
僕は深呼吸して、歌い始めた。
「♪その心は闇を払う 銀の剣
絶望と悲しみの海から生まれでて
戦友達の作った血の池で 涙で編んだ鎖を引き
悲しみで鍛えられた軍刀を振るう」
たちまち、今まで押し合いへし合いしていたみなが直立不動になり、胸に手を当てて歌い出す。
「♪オール・ハンディッドガンパレード!
オール・ハンディッドガンパレード! 全軍突撃!
たとえ我等が全滅しようとも この戦争
最後の最後に男と女が一人ずつ生き残れば我等の勝利だ!
全軍突撃! どこかのだれかの未来の為に!」
よし。
もう一度深呼吸して、僕は素早く歌い続けるみんなの間をくぐり抜ける。
その向こうに、思った通り咲耶と、もう一人の妹がいた。
……あれは、白雪じゃないか。
2人とも、きょとん、というか、唖然と、みんなが歌っているのを見ている。
いまのうちだっ!
僕は2人の手を掴んだ。
「あっ、お兄様!?」
「にいさま、やだそんな大胆な……」
「こっちへ、早く!」
そのまま、2人を引きずるようにして遁走する僕。
一刻も早く逃げなければ、ガンパレード状態になったみんなが今度は……。
「全軍突撃! どこかの誰かの未来のためにっ!」
「うわっ!」
振り返った僕の目に映ったのは、廊下を怒濤のごとく押し寄せてくる男子生徒達だった。
「どっひゃぁーーっ!」
「許して、みなさぁん。私のこの身体はお兄様のものなのよ〜ゥ」
なんか咲耶がどさくさ紛れにとんでもないことを言ってるような気がしたが、それどころじゃないので無視。
と。
「にいさま、前ですっ!」
「へっ? うわっ」
白雪の声に、前に向き直った僕の目の前に、廊下の角を曲がってきた女の子が写った。昼休みなのに練習なのか、チア部の服を着ている。ってうわっ!
「そこの花穂っ! どいてくれっ!」
「ほぇ?」
その声に初めて気づいたように、こっちを見る女の子。
だが、そのときは既に僕たちは目の前だった。
「ほぇぇーーっ!」
南無三!
「ごめん、花穂っ!」
僕はそう言いながら、女の子の目の前をすり抜けた。
「お、おにいちゃ……まっ!?」
「うぉぉぉっ!!」
後ろで何か言いかけたような女の子の声が、野郎どもの雄叫びにかき消されてしまった。多分、人津波にひとたまりもなく飲み込まれてしまったのだろう。ううっ、かわいそうなことをしてしまった……。
って、考えてる場合じゃないぞ。
このままじゃ、さっきの娘みたいな被害者が続出しかねない。なんとか、するしかないんだろうなぁ。
うーん、この技はあまり使いたくなかったのだが、仕方ない。
僕は急ブレーキをかけて、立ち止まった。手をつないだままの咲耶と白雪も当然立ち止まる。
スポーツもそこそこいけそうな咲耶はまだしも、白雪も多少息が上がってるくらいなのはたいしたもんだ。
「にいさま、どうなさったんですの?」
「2人とも、僕の後ろに」
迫り来る野郎どもに向かって身構えながら言うと、咲耶がうっとりと両手を組んで言った。
「さすがお兄様。私のために戦ってくださるのねゥ」
「いいから、早く」
「はいっ、お兄様」
「にいさまの勇姿はこの目にしっかりと焼き付けますの。ですから、心おきなく姫のために戦ってくださいの」
うーん、嬉しいような嬉しいような……なんて場合じゃないか。
深呼吸して精神を集中させ、そして目をしっかりと見開く。
「覇っ!!」
「さすがはお兄様。惚れ直したわゥ」
「にいさま、ステキでしたのゥ」
「ぜいぜいぜい……」
屋上で僕はだらしなく伸びていた。そんな僕を咲耶が優しく膝枕してくれて、白雪がハンカチでぱたぱたと顔を扇いでくれている。
「それにしても、さっきのは……?」
「昔、中国拳法を習っててね」
本当のことを言うわけにもいかないのでそう誤魔化すと、僕は白雪に訊ねた。
「それにしても、咲耶はまだしも、どうして白雪がここに?」
「あ、いけない。忘れるところでしたの」
そう言うと、白雪は背中にしょっていたリュックをおろした。そして中から弁当箱を取り出す。
「じゃ〜ん。姫特製のお弁当ですのゥ」
「弁当? あ、もしかして昨日言ってた秘密って、これのこと?」
僕が身体を起こして聞き返すと、白雪は嬉しそうに頷いた。
「はいですの」
「あん。もう終わりなの?」
「へ?」
「なんでもないっ。ふ〜んだ」
振り返ると、何故か咲耶が怒ってる。はて、僕が何かしたのだろうか?
ええっと……。
「あの、膝枕ありがと。とっても気持ち良かったよ」
「えっ? あ、そ、それはもちろんですわ。私の膝はお兄様だけのものですものゥ うふふっ」
にっこり笑う咲耶。なんだかよくわかんないけど、機嫌も直ったらしい。
「白雪ちゃんに頼まれて、私がお兄様の教室まで案内してあげたのよ。でも、あんな騒ぎになるとは思わなかったわ」
「咲耶ちゃん、男の子に大人気ですの」
お弁当を広げながら笑う白雪。
「……別に他の男なんて、どうでもいいんだけど」
咲耶は肩をすくめた。そして、僕をちらっと見る。
「私は、たった一人でいいんだものゥ」
「それは姫もですの。ですから、とりあえずにいさまにはちゃんと栄養付けてもらいたいんですの。はい、どうぞ」
「お、美味そうだ……な」
一瞬絶句した理由は、もうおわかりだとは思うが。
量が半端じゃない。よくこんな大量の弁当を、リュックに入れていたとはいえ、持ち歩けたもんだ。
「ええっと……。咲耶はもうお昼は食べたの?」
「ううん、まだだけど……」
「そりゃちょうど良かった。良かったら咲耶も食べないか?」
「ええーっ!?」
白雪が頬を手で押さえて悲痛な声を上げる。
「姫が、にいさまのためだけにと思って作った特製のお弁当ですのに、ですのにぃ〜」
「大丈夫よ、白雪ちゃん。お兄様がそんな非情なことをするわけないじゃない」
慌てて咲耶がなだめながら、僕に目配せする。僕もこくこくと頷いた。
「ああ、そうだとも。今のは、そう、ほんの冗談だよ。あはははは」
「さすがお兄様、冗談もハイセンスゥ うふふふ」
「……2人とも、なんだか笑い声が乾いている気がするですの」
じとーっと僕たちを上目遣いに睨む白雪。
「そんなことないって。ああ、白雪が僕のために作ってくれたお弁当。これに比べれば、かの美食の殿堂、フランスのやローマの宮廷料理すら、砂漠の砂も同じ。そう、僕は白雪のお弁当を食べるために生まれてきたに違いないんだっ」
「にいさまったら、そんなにまで……。姫、感動しちゃいましたのゥ」
白雪はぽっと頬を赤く染めて嬉しそうに微笑んだ。
「にいさまがそこまで姫のことを愛してくれてるなんて……。一瞬でもにいさまを疑った姫がおばかさんでしたの。姫は、海よりも深く反省するですの」
「いや、白雪に一瞬とはいえ疑いを持たせてしまったのは僕だ。ああ、なんと浅はかだったのだろう。許してくれるかい、白雪?」
「そんな。姫はずっとにいさまのことを……。大好きですのゥ あら、姫ったらはしたないですの〜ゥ」
真っ赤になって「いやいや」とあっちの世界に行ってしまった白雪を見て、僕はこっそりと大きくため息をついた。
うっ、今度は背後からプレッシャーが!
「お兄様ったら、白雪ちゃんにはものすぅーーーっごく優しいのねぇ」
「さっ、咲耶! いや、それはそのだなぁ……」
「いいのよ、別に。あ、そうだ。私、今日の帰りにブティックに寄りたいなぁ」
「……謹んでおつきあいさせていただきます」
僕はがっくりと肩を落としながら答えた。とたんににっこりと笑う咲耶。
「まぁ、嬉しいわ、お兄様ゥ」
……神様、僕の心臓、まだ動いてる?
「はぁ〜。姫は、にいさまの愛を堪能してしまいましたのゥ ですから、今度はにいさまに、姫の愛を込めたこのお弁当を堪能してもらう番ですのよ」
いかん、話が一番最初に戻ってしまった。
うーんと。よし。
「白雪、君の気持ちは嬉しいよ。でも、君は、咲耶がお腹をすかせてるのに、その前で平然とお弁当を平らげるようなことが僕に出来ると思うかい?」
「まぁ、にいさまったら優しいですのゥ そういうことならしかたないですの。咲耶ちゃんもどうぞ」
「いいの、白雪ちゃん?」
「ええ。にいさまに全部食べていただけないのはちょっぴり切ないですけど、咲耶ちゃんも姫にとっては大事な人ですから、構わないですの」
にっこり笑って、箸を差し出す白雪と、それを受け取る咲耶。
「それじゃ、お相伴に預からせてもらうわね」
「ええ、どうぞですの」
どうやら、なんとかなったかな。
それにしても、どうして昼ご飯を食べるだけで、こんなに苦労しないといけないんだろう?
でも、まぁ……。
とりあえず、嬉しそうに笑って話をしている白雪と咲耶を見て、思うのだった。
2人の笑顔のためなら、多少は苦労してもいいかな、と。
昼休みが終わるまでに、というわけで早めに戻る白雪を校門まで見送ってから、僕と咲耶は校舎の方に戻ろうと、並んで校庭を横切っていた。
「はい、ワン・ツー、ワン・ツー」
手拍子とかけ声が聞こえてきたので、視線を向けると、チア部が練習をしているところだった。
「お、チア部かぁ」
そういえば、さっきの娘、大丈夫だったのかな?
気になったので、視線をこらして見てみた。
お、いたいた。……
綺麗に整列したチアガール達の中に、緊張した面もちの女の子。
「お・に・い・さ・ま〜」
いきなり、耳をぎゅーっと引っ張られた。
「いたたたっ、咲耶っ、やめていたい」
「もうっ、お兄様ったら。あんな女の子達なんて見なくても、ここにちゃんと可愛い娘がいるでしょゥ」
にっこり笑いながら、耳を引っ張る咲耶。
「わ、わかったわかった、わかったからやめてってばっ」
「うん、判ればよろしいゥ」
咲耶は手を離すと、にっこり笑った。
「お兄様がいけないのよ。こんなに私の心をかき乱すんですもの」
「……ええっと……」
と、
キーンコーンカーンコーン
「あ、予鈴だ。ほら、咲耶もそろそろ中等部に戻らないと……」
「ええ。お兄様、それでは放課後、校門のところで……ねゥ」
「ああ、判ってるよ」
「それじゃ、御機嫌よう」
ぱちっとウィンクしてみせて、咲耶はたたっと中等部の校舎のほうに駆け戻っていった。
それを見送ってから、改めてグラウンドの方に視線を向けてみたけど、もうチア部の練習も終わったらしく、そこには誰もいなかった。
教室に戻ってくると、待ちかまえていたらしいカズが、早速俺に話しかけてきた。
「おい、さっきの若草学院の制服の娘、お前の何なんだ? あの娘も妹だ、なんて言ったらぶっ飛ばすぞコノヤロー」
にやにや笑いながら、僕の肩に手を回して訊ねるカズ。
僕はため息を付いた。
「妹だよ」
「かーっ、またまたぁ。お前、そんなに都合良くほいほいと妹が出てくるわけないだろ? さぁ、白状しろよ〜、友達だろ〜」
僕は、もう一度ため息をついて、カズを引きずるようにして、自分の席に戻っていった。
あとがき
オール・ハンディッドガンパレード!
うーん、名曲ですね(笑)
01/04/19 Up