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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜
第7話

 とりあえず鈴凛や白雪と別れた後、まだ昼過ぎでこのまま家に帰るのもなんだなぁ、と思った僕は、そのまま街をぶらつくことにした。
 なにか思いがけない出会いがあるかもしれないしね。
 そう思いながら、曲がり角を曲がった僕の目の前に、犬がいた。それもでかい犬が。えっと、確かゴールデンリトリバー、とかいう種類だっけ?
 あ……。
 目が合ってしまった。
 ……。
「や、やぁ」
 軽く手をあげてみる。
 犬は、吠えだした。
 ワンワンワンッ
「うわぁっ!」
 慌てて僕は、くるりと踵を返して走り出した。

 ワンワンワンッ
「うわぁーーーっ」
 いや、確かに思いがけない出会いを求めてたかもしれないけど、こういうのは嫌だーっ!
 僕は全力で走りながら、肩越しに振り返る。
 まっ、まだ追いかけてくるっ! なんなんだいったいっ!?
 だいたい、どうしてこんな大きな犬が放し飼いになってるんだっ? 保健所はなにしてるっ!?
 なんて考えてる場合じゃないっ! どうわぁっ、目の前に垣根があっ!
 勢いを付けすぎていた僕は、そのまま垣根に突っ込んでいた。
 バキバキバキッ
 小枝の折れる音と、何かが顔や腕を引っ掻く感覚。それを突き抜けたかと思うと、僕はそのまま倒れ込んでいた。
 ドサッ
 ……ぜいぜいぜい
 ど、どうやら犬の追撃は振り切ったか。
 人心地ついて、俯せに倒れていた僕は、ごろりと体を反転させて、仰向けになった。
 空が青い……。
 で、ここはどこだ?
 誰かの庭で、あまつさえその住人に見つかったら気まずいことこの上ないな。
 そう思って見回した目に、白い大きな建物が映る。
 学校?
 一瞬そう思ったけど、なんか雰囲気が違う。
 とすると……。
 僕は体を起こして、もう一度その建物を見上げた。
 学校にしては、窓がやたら多いような……。
 そのとき、ようやく僕は、かすかに漂ってくる臭いに気づいて、ぽんと手を打った。
 そうか、ここは病院だったんだ。
 この街で病院といえば市民病院で、幸いにして僕自身は入院するような羽目になったことはないけど、骨折した友人の見舞いに何度か来た事がある。
 とはいえ、こんな裏から眺めたことはなかったからなぁ。それで判らなかったんだ、きっと。
 納得して立ち上がったとき、かすかに声が聞こえた。
「きゃん、やだもう……」
 女の子の声だ。
 でも、こんなところで、誰だろう?
 不思議に思って、僕は辺りを見回した。
 耳をすませてみたけど、それっきり声は聞こえてこない。
 でも、向こうの方から聞こえてきたよな、確か……。
 とりあえず、そちらの方に向かって、僕は歩き出した。

 病院の建物を回り込むと、そこは小さな庭か公園のようになっていた。
 生垣に囲まれて、小さな白いテーブルとイスがあり、そこに一人の少女が座っていた。
 その隣に、さっきの犬が寝そべっている。
 危ない、と大声を出しかけたが、よく見ると寝てるじゃないか。
 ……とすると、この犬の飼い主はあの女の子なのか?
 そう思って、僕は生け垣越しに、その女の子を見つめた。
 眼鏡をかけた、肌の白い女の子。そんなに寒くないのに、肩にストールを掛けているところを見ると、ここに入院してる娘なんだろうか?
 真剣な表情で、テーブルに置いてあるレターペーパーに、ペンを走らせてる。誰かに手紙を書いてるのかな。
 ……おっと。これじゃまるで覗き見してるみたいじゃないか。
 ふと我に返って、僕はその場を離れようとした。
 ガサッ
「あっ」
 そのまま静かに去ろうとしたんだけど、身を翻した弾みに、ジャケットが生垣に触れて音を立ててしまった。
「誰ですか?」
 後ろから、静かな声がした。
 僕は仕方なく振り返ると、とりあえず事情を説明することにした。
「や、やあ。怪しい者じゃないんだ。えっと、その、ちょっと声が聞こえたもんだから……」
「ま、まさか、そんな……」
 女の子は僕の顔を見て、口を押さえながら立ち上がった。そして、呟く。
「あ、兄上……さま?」
「えっ?」
 ま、まさか、この娘も、僕の妹だっていうのか? いくらなんでもそんな偶然、あり得るはずがない。
 それに、今までの妹は、名前だけは顔を見たとたんに出てきたのに、この娘は全然そんなこともないし。
 うん。この娘は違う。
 僕はそう結論付けて、言った。
「悪いけど、誰かと間違ってないかな? 僕はキミの事は知らないし……」
 と、今まで寝そべっていた犬が急に起きあがると、僕をじろりとねめつけた。そして吠え始める。
 ワンワンワンッ
「うわぁっ!」
「あっ、こらっ、ミカエル、やめなさい! ……あっ」
 そのまま僕に向かってこようという犬を、慌ててハーネスを引いて止めようとした女の子。だが、その弾みに、眼鏡が外れて、芝生の上に落ちた。
 犬はというと、女の子に引っ張られて吠えるのをやめると、今度はぺろぺろと女の子の顔をなめ始める。
「やだっ、やめてミカエル。もう、甘えん坊なんだからぁ……」
「……まりえ、か」
 呟いてから、僕はなるほど、と思った。どうやら、僕がほんのかすかに覚えている過去では、彼女は眼鏡をかけてなかったんだ。
 女の子は、僕のつぶやきを聞いて、にこっと微笑んだ。
「はい、鞠絵です。ご無沙汰しておりました、兄上様

「そうだったんですか」
 僕がここまで犬……ミカエルという名前だそうだ……に追いかけられてきた顛末を聞いて、鞠絵はにっこりと笑った。そしてミカエルをなでる。
「ミカエルが、兄上様をつれてきてくれたのね」
 ワンッ
 一声吠えるミカエル。
「ところで、鞠絵はここに……?」
 僕が病院を見上げながら訊ねると、鞠絵は表情を曇らせた。
「いえ、今週は検査でずっとここにいたんですけど、普段は郊外の療養所に……。あ、ごめんなさい、兄上様」
「ううん。僕の方こそ無神経な事聞いてごめん」
 鞠絵は首を振った。
「いいんです。でも、私、もっと元気だったら、兄上様と一緒に遊べたのにな……」
 いかん。ここは一つ話題を変えねば。
「そ、そういえばさ、さっき何か書いてたよね。手紙?」
「えっ? あっ、あれは、その……」
 ぽっと赤くなる鞠絵。
「な、なんでもないです……」
 うーん。あまり深入りすることでもないのかなぁ。
 でも、他に話題っても、何があるのかなぁ……。
「……じ、実は……」
 僕が他の話題を探して黙り込んでいると、鞠絵がおずおずと口を開いた。
「兄上様に、お手紙を書こうと……思って……」
「僕に?」
 思わず聞き返すと、鞠絵は真っ赤になったまま、こくんと頷いた。
「はい……。咲耶ちゃんや可憐ちゃんに、兄上様にまたお逢いできたことを聞いて、私も逢いたくて……。でも、病院から出ることもできないので、せめてお手紙だけでも、と思ったんですけど……。なんて書いていいのかわからなくて……」
「そ、そうだったのか」
「……やっぱり、手紙なんかよりも、一目だけでもお逢いしたいって思ってたところに、兄上様が現れるんですもの。私、本当にびっくりして……。でも、とっても嬉しかった
 鞠絵はにっこり笑うと、僕の手を取った。そして自分の頬に押し当てる。
「兄上様の手、あったかいですね……」
「鞠絵……」
 僕は、そっと鞠絵の肩に、あいてる方の手を置いた。
「ごめんよ、今まで忘れてて……。正直に言って、今もまだ、鞠絵や、ほかのみんなのことはちゃんと思い出せてないんだ……」
「いいんです」
 鞠絵は目を閉じて、言った。
「兄上様が今、ここにいてくれる。それだけで、私はいいんです。……他のみんなだって、きっとそうだと思います。だって……」
 そこで言葉を切ると、鞠絵は僕を見つめた。
「今まで、兄上様に逢えるのは、思い出の中でだけでした。でも、これからは、新しい兄上様にお逢い出来ますもの」
 そう言って、にっこり笑う鞠絵。
 僕も、思わず微笑んでいた。
「ありがとう、鞠絵」
「いいえ」
 鞠絵が首を振ったとき、不意に声が聞こえた。
「あら、鞠絵ちゃん。ここにいたのね。そろそろお部屋に戻る時間ですよ」
 振り返ると、そこにいたのは看護婦さんだった。
 看護婦さんも僕に視線を向けた。
「あなたは、鞠絵ちゃんのお友達ですか?」
「あ、僕は……」
「紹介しますね。私の兄上様です
 鞠絵が僕よりも早く言うと、看護婦さんは頷いた。
「あら、そうだったの。初めまして」
「あ、はい。鞠絵がいつもお世話になってます」
 ぺこりと頭を下げると、僕はイスから立ち上がった。
「それじゃ鞠絵、そろそろ僕は帰るよ」
「あ、はい。兄上様、今日はありがとうございました。……あのっ」
 何か言いかけて、言葉を切る鞠絵。
 僕は微笑んだ。
「また、来るよ」
「はいっ
 鞠絵は嬉しそうに微笑んだ。

 病院を出ると、僕は振り返った。
 鞠絵の病気のこと……咲耶辺りなら知ってるだろうか?
「あら、お兄様。ここにいるってことは、もしかして鞠絵ちゃんのお見舞いかしら?」
「へっ?」
 振り返ると、そこにいたのは咲耶本人だった。まさに噂をすればなんとやら、だ。
「ちょうどよかった。咲耶は今暇なの?」
「えっ? もちろんよ、お兄様」
 にっこり笑う咲耶。
「お兄様に誘ってもらえるんですもの。他の予定なんて当然、すぐにキャンセルよ
「あ、いや、他に予定があるのなら……」
「ないわよ、お兄様
 きっぱり言い切られてしまったので、僕はそれ以上突っ込むのはやめた。
「ちょっと鞠絵のことで聞きたいことがあるんだ……」
「鞠絵ちゃんのこと、ね」
 にこにこしていた咲耶の表情が、僕の言葉を聞いて真面目なものになる。
「ここで立ち話するようなことでもないわね、お兄様」
「それもそうだね。それじゃ、喫茶店にでも行かない?」
「そうね」
 頷く咲耶を連れて、僕は商店街の方に向かった。

 喫茶店に入ると、僕はブレンド、咲耶はカプチーノを頼んだ。それから、僕から切り出す。
「今日初めて……いや、初めてじゃないんだろうけど、ともかく鞠絵に逢ったんだけど……。単刀直入に言って、鞠絵って何かの病気なの?」
「特定の病気ってわけじゃないんだけど……」
 咲耶はそう言うと、窓の外に視線を向けた。それから僕に向き直る。
「鞠絵ちゃんって、昔から体が弱いのよ。私も詳しいことは知らないんだけど……。あ、でも今すぐどうこうっていうこともないみたいよ。確かに、1年の半分は病院とか療養所で暮らしてるような状態なんだけど……」
「そうだったのか……」
 1年の半分は病院暮らし、か。
 正直、病院に入院したこともない僕には、大変なんだろうな、くらいしか感想が出てこないけど……。
 僕が考え込んでいると、咲耶が僕の顔をのぞき込んできた。
「お兄様……。鞠絵ちゃんのこと、心配?」
「そりゃ、兄としてはね」
 そう答えると、咲耶はぱっと表情を明るくした。
「よかった」
「へ?」
「あっ、ええっと、そう、お兄様ってやっぱり優しいのね ってことよ。うふふふっ」
 何を慌ててるんだ、咲耶のやつ。
 僕は、ちょうどウェイトレスが持ってきたブレンドに、砂糖を入れようと手をのばした。
「あっ、それなら私が入れてあげる。いくつかしら?」
「ええっと、2つ」
「はい」
 咲耶が砂糖を入れて、スプーンでかき回してくれる。
 なんていうか、こそばゆいなぁ。
 それにしても、鞠絵……。今頃何をしてるんだろうなぁ。
 今度また、お見舞いに行ってあげなくちゃ、ね。
 僕はそう心に決めながら、ブレンドを口に運んだ。

「あちぃーーーっ!!」
「お兄様、大変っ! やけどはなめて治すのが一番ですわ
「あ、いや、それはまずいだろ……」
「もう、お兄様ったら照れ屋さん でも、そんなところもまた魅力的なのよね

《続く》

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あとがき
 あ、あと1人……。がくっ。

 とりあえず、夜が来る前にやれるところまではやりました。
 あとは夜が明けてから、ということで(謎)

00/04/18 Up

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