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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜
第6話

 ……ふぅ。
 家に帰ってくると、僕はソファに座り込んで大きく息をついた。
 今日は可憐が午後から習い事があるとかで、お昼を食べて解散となったのだが(雛子をなだめるのがまた大変だった)、帰ってきたところで今度は鈴凛に捕まって、午後は電気街巡りになってしまったのだった。
 ようやくそれからも解放されて、財布もすっかり寂しくなった僕は、帰りに牛丼屋で夕飯を食べてきたのだった。
「しかし、大変だけどそれなりに楽しいからいいか」
 とりあえず今日を総括して、僕は立ち上がった。そしてパソコンを起動させる。
 鈴凛が他の妹たちにも僕のメールアドレスを教えたおかげで、最近は可憐や咲耶からもメールが飛んでくるようになった。そのため、必ずメールをチェックしてないと、うっかり読み損なってしまい、あげくには怒られてしまうのだ。
 いや、怒られるのはまだしも、こないだ可憐のメールを読み損ねたときには、うるうるしながら「お兄ちゃん、可憐のメール、読むの嫌なの?」とやられてしまったからなぁ。
 ま、それはいいんだが。
 新着メールは……と。あれ、鈴凛から来てるな。

 ヤッホー、アニキ。
 今日も可愛い妹のために、貴重な資金提供、ありがとね。
 さて、そんなアニキのために、ちょっとスペシャルなニュースだぞ。
 明日、私のラボまで来てちょうだい。
 あ、残念だけど、メカ鈴凛の完成披露というわけじゃ、ないんだけどね。
 そういえばこないだ、私のメカ鈴凛のこと、アニキったらよりにもよって先行者扱いしたでしょ。私はとっても傷ついてしまったのだぞ。
 ま、その分今日は色々と買ってもらったので、結構ご機嫌な鈴凛ちゃんです。えへへ。
 それじゃ、待ってるよん。
 鈴凛より。

アニキへ



 ……確かに先行者呼ばわりしたのは悪かったけどさ。いや、そうじゃなくて……。
 なんだろ、いったい。
 ま、行ってみれば判るかな。
 僕は、他にメールが来てないのを確かめてから、パソコンの電源を落とした。
 明日も忙しくなりそうだし、今日はさっさと寝てしまおう。うん。

 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ、ピ……
 枕元で鳴り響く時計のアラームを叩いて止めると、僕はベッドから体を起こした。そして一つ伸びをする。
 日曜の朝はゆっくりと寝てられるからなぁ。
 おっと、二度寝して遅刻したら鈴凛に何を言われるかわかんないぞ。さっさと起きよう。

 休日ともなると面倒なので朝食は抜いてしまう。授業があると、基本的には昼休みになるまで飯は食えないけど、休日はいつ食べても問題ないわけだし。
 というわけで、予定よりもちょっと早めに僕は鈴凛のラボに着いた。
 鈴凛の家の庭にある古めかしい小屋が、鈴凛の研究室、つまりラボなのだ。
 僕はそのドアをノックした。
 トントン
「鈴凛、僕だけど、いるかい?」
 と、いきなりドアがばんっと開いた。とっさに飛び退いたからよかったけど、そうでなかったら思い切り顔面をぶつけてたところだろう。
「わ、びっくりしたな、りんり……、あれ?」
 そこにいた少女は、鈴凛じゃなかった。
 くるくるの巻き毛に黒い大きなリボンが似合う髪型、そしてエプロンドレス。
 鈴凛よりも年下、かな……。って、もしかして……。
「にいさまっ!」
 その娘は一声叫ぶと、そのまま僕に飛びついてきた。
「逢いたかったですぅ、にいさまぁ
「……しらゆき」
「はい、そうですの」
 彼女はにっこり笑った。
「ちゃんと姫の名前を覚えててくれるなんて、大感激ですの
「あ、いや、その……」
 と、その後ろから鈴凛が顔を出した。
「おはよっ、アニキ。どう、感激の再会は?」
「ええっと……。鈴凛、この娘もやっぱり、僕の妹、なの?」
「えっ?」
 ぱっと表情を変えて後ずさる少女。
「ひ、姫のこと、覚えてないんですの?」
「だから言ったじゃないの。私のことだって覚えてなかったんだって」
「がーん、大ショックですの」
 そう言うと、少女はぐっと拳を握りしめる。
「でも、姫は負けないですのっ。きっとにいさまに思い出してもらうんですの。そして……、むふん
 唐突に、ほっぺたを両手で挟んでうっとりする。どうやらあっちの世界に行ってしまったらしい。
 僕は鈴凛に助けを求める視線を向けた。鈴凛は苦笑する。
「こらこら、帰って来なさい」
 すぱーん
「はっ、姫は何をしてたんですの? あっ、にいさま、もしかして……見ていらしたの?」
「え? あ、うん、まぁ……」
「いやぁ〜ん、姫恥ずかしい〜」
 真っ赤になっていやいやする少女。それからふっと真顔になって僕に頭を下げる。
「それじゃ改めましてです。姫は白雪です」
「……アンデルセン?」
「やだぁ、にいさまったらお・ちゃ・め・さん
 いや、つんっとつつかれても。
 僕が唖然としていると、鈴凛が小さな声でささやいた。
「姫っていうのは、白雪ちゃんのあだ名、っていうか自称よ」
「ああ、そういうこと」
 やっぱり白雪姫から来てるんだろうな。しかし……。
 改めてその少女……白雪を見直してみる。確かに、こうして見ると、童話に出てくるお姫様みたいだな。
「ところでにいさま、お腹空いてないですか?」
 唐突に訊ねられて、僕は頷いた。
「ああ、朝も食べてないし」
 そう答えると、後ろで鈴凛が「あちゃぁ」と額に手を当てているのが見えた。なんだろ?
「まぁ! それはいけませんの。ちゃんと食べないとにいさまも大きくなれませんのよ」
 めっ、と怒られてしまった。
「でも、ちょうどよかったですの。姫がにいさまのために、ちゃんとお弁当を作ってきましたの
「へぇ。白雪は料理が得意なんだ」
「はい
 にっこり笑う白雪。
「姫の料理を食べちゃったら、とっても美味しくってもうほっぺたが落ちちゃいますのよ。それじゃ、持ってきますわね。待っててくださいね、にいさま。うふふふふっ」
 笑いながら、ラボの奥に姿を消す白雪。
 僕は、はぁぁと大きくため息をついた鈴凛に、小声で尋ねた。
「どうしたの、鈴凛。もしかして、白雪の料理ってまずいのかい?」
「そんなことないわよ。私たちのなかで料理じゃ白雪ちゃんがトップなのは、悔しいけど認めざるを得ないわよ。でも、問題は……」
 そこまで言ったとき、奥でゴトゴトッと大きな音がした。続いて何かが倒れるようなすごい音が響く。
「わぁっ! ちょっと白雪ちゃんっ、何してんのよっ!!」
 慌てて鈴凛が奥に駆け込んでいく。そして悲鳴が。
「きゃぁぁっ、真空管がぁっ!!」
「ごめんなさいですの。ちょっとお弁当の角が当たって、棚が倒れちゃいましたの。けほけほ」
 ……なんだかすごいことになってるような気がするぞ。
 しばらくして、ようやく白雪が奥から出てきた。そして僕の前に、どん、と重箱を置く。
「お待たせしましたの、にいさま
「そんなことより、白雪、大丈夫だったのかい? なんか奥ですごい音がしてたけど……」
「まぁ、にいさまったら、姫のことを心配してくれたんですね もちろん、姫は大丈夫ですのよ」
 そう言ってにっこり笑う白雪。
「でも、ほこりまみれじゃないか。ちょっと動かないでよ」
 僕は、ぽんぽんと白雪の体からほこりを払い落としてあげた。
「うん、これでよし、と」
「……はぁ。やっぱりにいさま、優しいですの
 そう呟く白雪。……ううん、照れるなぁ。
「……ところで、それが……?」
「はい、姫特製の、愛がたーーーっぷり込められたお弁当ですの。今日、にいさまに逢えるって知って、姫はがんばりましたのっ」
 ぐっと拳を握る白雪。
 しかし……。
「あ、でもここじゃほこりだらけで、お食事には向かないですのね……。そうだ! それじゃにいさま、公園でおべんとしましょ ね、ね?」
「そ、そうだね」
「わぁい、姫嬉しいですのぉ。それじゃ、善は急げですのっ!」
 本当に嬉しそうに笑うと、白雪は僕の手を引いてラボから引っ張り出そうとする。
「ちょ、ちょっと待って。鈴凛、僕たち、公園に行ってるから!」
「……ふわぁい」
 なんか半泣きの返事が戻ってきた。うーむ、白雪はどれくらい破壊してしまったんだろう?
「白雪、後でもう一度、鈴凛にちゃんと謝っておくんだよ」
「はいですの」
 にこにこしながら頷く白雪。……ちゃんと判ってくれてるんだろうか?

 というわけで、僕は昨日に引き続き、かしのき公園にやって来た。
「あっ。あの辺りがいいですの」
 白雪がそう言って駆けていくと、芝生の上で大きく手を降る。
「にいさま〜っ こっちですの〜」
「ああ」
 僕は頷いて、そちらに歩み寄っていった。
 その間に、白雪は手早くビニールシートを広げると、その上にちょこんと座る。
「にいさま、どうぞですの」
「ありがと」
 礼を言ってシートに座ると、白雪は重箱を広げ始めた。
「じゃ〜ん。姫特製、にいさまに捧げる愛のブルゴーニュ風フリカッセですのよ」
「……は、はぁ」
 初めて、鈴凛が言っていた意味がわかった気がする。
「もう、一口食べただけでにいさまのほっぺたが落ちちゃうんですのよ
「ウィ、マダム」
「は?」
「あ、いえ、なんでもないです」
 僕は箸を片手に、重箱の攻略に取りかかった。

 1時間後。
「……ふぅ、食べた食べた」
 ようやく、重箱の攻略を終え、満腹になった僕は、芝生の上にごろんと横になった。
 しかし、こんなに食べたのはどれくらいぶりだろう。動くのも面倒くさい。
「お粗末さまでしたの」
 重箱を片付けながら、姫が笑う。
「でも、やっぱりにいさまですの」
「えっ、何が?」
「他のみなさんは、姫の料理は美味しいとは言ってくれるんですのよ。でも、ちゃんと全部を食べてくれないんですの。にいさまだけですわ、姫の料理を残さず食べてくれたのは」
 ……そりゃ、あの量じゃなぁ。男の僕だからなんとかなったわけだし。女の子にはきつかろう。
「ところで、白雪はどこの学校に行ってるの? 白並木じゃないよね?」
「はぁ……」
 白雪はため息をついた。
「残念ながら、ですの。姫は若草学院ですの」
「そっか、鈴凛と同じなのか」
「はいですの」
 こくりと頷く。
 若草学院は、僕たちの白並木学園からは5分くらいの所にある私立の女子校だ。共学の白並木とは違って女子校で、お嬢様学校として人気が高い。
「ふぅ……。姫も白並木に転校したいですの。そうしたら、いつもにいさまと一緒ですのに」
「若草学院だっていい学校だろ?」
「それは、そうですけど……。はふぅ」
 もう一度ため息をつく白雪。
「それに、確かに可憐や咲耶は同じ白並木だけど、別に同じ教室で勉強してるわけでもないんだし、校舎だって別々だし。そう考えたら、白雪や鈴凛ともあまり変わらないんじゃないかな」
「うーん。そう言われてみればそうかも……」
 ほっぺたに指を当てて白雪は考え込んだ。
「……よし、決めたですのっ」
「へ?」
「うふふ。にいさまには、まだナ・イ・ショ
 笑うと、白雪は立ち上がった。
「さて、それじゃにいさま、鈴凛ちゃんの所に戻るんですの」
「そうだな。このまま放り出しちゃ、かわいそうだしな」
 そう言って、僕も体を起こした。話をしてる間に多少は消化できたらしく、動けないってほどではない。もっとも、これで全力疾走とかしたら、大変なことになりそうだけど。
「それじゃ、行こうか、白雪」
「はいですの

 僕たちが戻ってきてみると、ラボの入り口では鈴凛が待ちかまえていた。
「遅〜い、アニキっ!」
「わ、どうしたんだい、鈴凛?」
 驚いて訊ねると、鈴凛はたたっと駆け寄って来るや、僕の腕に自分の腕を絡めた。
「アニキ〜、白雪ちゃんに壊されちゃった部品なんだけど、早急に必要なのがあるんだ〜」
 ……いやな予感が。
「もしかして、僕に買ってくれ、と?」
「ぴんぽーん。あ、お金だけ出してくれたら、私が買ってくるくらいはしてあげるからさぁ。ね、お願いっ、アニキ」
 でもなぁ。昨日も鈴凛には色々と買ってあげたしなぁ。
 そう思って渋っていると、白雪が口を挟む。
「鈴凛ちゃん、部品を壊しちゃったのは姫ですの。ですから、姫が弁償するですの」
「白雪ちゃんが? でも、高いわよぉ」
 ……鈴凛、キミはそんな高いものを僕に買わせようとしてるのかい?
「うっ。で、でも、仕方ないですの……。それで、おいくらですの?」
「うーんとね、ぼしょぼしょ」
 白雪の耳にささやく鈴凛。と、白雪が素っ頓狂な声を上げた。
「えーーっっ? それだけあったらネギが200本は買えるですのよっ!」
 ね、ねぎ?
「私のシュミは、ちょっとお金がかかっちゃうものなのよ」
「で、でもぉ……。あう〜、ですのぉ……。それじゃ明日からの秘密の計画がぁ……」
 涙ぐむ白雪。
 しょうがないなぁ。
「で、いくらなんだい、鈴凛?」
 財布を出しながら訊ねると、鈴凛はにまぁっと笑った。
「いよっ、さすがアニキっ!」
「あっ、いけないですの。それは姫が……」
「いいって。それに白雪には美味しいお弁当を食べさせてもらったしね。そのお返しと言っちゃなんだけど、これくらいはさせてくれないかい?」
 ちょっと、格好付けすぎかな、と自分でも思ってしまう。
 白雪はぽっと赤くなった。
「嬉しいですの。やっぱりにいさまったら、姫のことを……、むふん
 と、そんな白雪を見ている間に、鈴凛は僕の財布からすっと諭吉さんを抜き取った。
「まいどっ!」
「あっ、こら!」
「んじゃ、ばいばーい!」
 そのまま自転車にまたがって、おそらくは電気街に向かって走り去ってしまう鈴凛。
 まったく、しょうがない奴だなぁ。
「白雪、それじゃ今日はそろそろ帰ろうか」
「あ、はいですの。にいさま、またですの」
 白雪はにっこりと微笑んだ。

 その“また”の意味が僕にわかったのは、翌日になってからのことだった。

《続く》

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あとがき
 先行者の意味がわからない方は……どっか適当なところで調べてください(笑)
 というわけで、7人目の妹として姫こと白雪ちゃんの登場です。
 さて、残りはあと2人か。……どうやって出したものやら。

00/04/18 Up

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