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承前
《続く》
ラボリの街での一件から既に数日が過ぎていた。
反乱を企てたラボリ都市長グラスはその地位を追われ、投獄された。そして元へルマン帝国将軍ネロは、ウィチタ・スケートとカオル・クインシー・神楽によって討たれた。
曲がりなりにも指導者だった2人を失い、さらにリーザス騎士団の厳しい捜索も加わってヘルマン反乱軍はほぼ壊滅的な打撃を受けた、といっても過言ではないだろう。
「それじゃ、フレイアさんはマリス様の命令で……?」
「そ。ここを探ってたってわけ」
街角のフルーツパーラーでは、ちゃんとお金をもらって上機嫌のフレイアが、かなみに説明をしていた。
メナドがプリン・アラモードを口に放り込みながら、じと目でフレイアとかなみを見る。
「ちゃんと説明してほしかったなぁ。ボクにはなんのことかさっぱりわかんなかったじゃないか」
「あは、あはは」
フレイアとかなみが手話で打ち合わせをしてたために、完全に事態に着いて行けなくなった事を、メナドはまだ根に持っているらしい。
そのフレイアは話題を変えた。
「ところで、お二人さんはこれからどうすんの? やっぱリーザスに行くわけ?」
「まぁ、リセットさま次第なんだけどねぇ」
かなみはため息混じりに、隣で特大スペシャルチョコレートパフェを相手にしているリセットを見た。
「ぱくぱくぱくぱく。あぁ〜、リセットしあーせぇ。も〜いっちゃう〜」
「リ、リセットさまぁ!!」
慌てて立ち上がるかなみに、リセットは口の周りをクリームだらけにしたまま、にへらっと笑った。
「かなみも食べる? とっても美味しいよぉ。もういっちゃうくらい」
「リセット様! お、女の子がそんなこと言うもんじゃありませんっ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るかなみ。
「ほえ? どうしてぇ? パパがいつも「女が幸せな時はいくときだ」って言ってたよぉ」
(……ランス、あんたって人はぁぁぁ)
思わず滝のように涙を流すかなみであった。その向こうでフレイアが腕を組んでうんうんとうなずく。
「まぁ、間違いじゃないけどねぇ」
「フ、フレイアさんっ!」
怒鳴るかなみを無視して、フレイアはメナドに訊ねた。
「メナドちゃんもそう思うよね?」
「ぶぅっ。ボ、ボ、ボクは知らないっ!」
せっかく食べていたプリンを噴き出してしまい、真っ赤になってそっぽを向くメナド。フレイアはその頬をちょんちょんとつついた。
「まぁ。王様にあれだけ可愛がられてて、知らないってわけ、ないでしょぉ?」
「でも、やっぱりランス様よりガンジー様の方が……。ぽっ」
後ろから声がした。かなみとフレイアは反射的に振り返った。
両手で頬を押さえてぽぉーっとしているのは、カオルだった。忍者であるフレイアやかなみに気配を悟られずに後を取れるのは、同じ忍者であるカオルとウィチタくらいなものだ。
そのウィチタはむすーっとしている。
(ふんだ。カオルったら……。私なんて初めてがランス王様だったのよぉ。私の青春を返せぇーーーっ)
「わっはっはっは」
豪快に笑いながらその二人の肩を叩いて、ガンジーが言った。
「こ、これは陛下っ!」
慌ててかなみとメナドは椅子から立ち上がった。
「あ、ガンジーのおじちゃんだぁ。おじちゃんも食べるぅ?」
リセットはきゃらきゃら笑うと、スプーンにクリームをすくって、ガンジーに差し出した。
「む、どれどれ?」
ガンジーはぱくっとスプーンをくわえると、真面目な顔になった。
「むぅ。こ、これは……。卵と砂糖の絶妙なブレンド。ほど良く泡立てた卵白が絶妙な舌触りを醸しだしておる。なかなかの逸品だな」
「だよねー、だよねー」
半分は判らないながらに手を叩くと、リセットはそのスプーンをもう一度自分でくわえた。
(あっ、間接キス! う、うらやましい〜)
後ろで滂沱のごとく涙を流しているウィチタをよそに、かなみが訊ねた。
「ところで、如何なさいましたか、陛下?」
「その陛下はよさぬか。実はな……、虫が疼くのだ」
「虫……でございますか?」
「うむ。退屈の虫がな。はっはっはっは」
そう言って高笑いをするガンジーを見て、かなみはしゃがみ込んで地面をつつき始めた。
(ったくうう、どうして王様ってどいつもこいつもこうなのよぉぉぉ)
「それじゃ、また旅に出られるのですか?」
代わって訊ねるメナドに、ガンジーは笑いを納めてうなずいた。
「うむ。まだまだ、世には困っておる民が数多くいる。彼らの嘆きの声のあるところ、儂は行かねばならん」
「わたくし達は、どこまでもガンジー様に御一緒しますわ」
にっこりと笑うカオル。ちなみにウィチタはまだ立ちなおってない様子で、かなみの隣でしゃがみ込んでいる。
「私なんて、まだガンジー様に抱いてもらってないのよ。そりゃどうせカオルに較べればちょっとプロポーションも負けてるけど、でも私は私で一生懸命やってるのに。うるうるうる」
「私の幸せって、どこ? どこにいるの私の青い鳥さん〜」
不幸な二人である。
と、ガンジーの裾がつんつんと引っ張られた。
「ねぇ、おじちゃんどこかに行っちゃうの?」
リセットが、瞳をうるうるさせながらガンジーを見上げていた。
ガンジーは腰を落としてリセットと視線を合わせると、その大きな手で彼女の頭をなでた。
「リセット。人はいつか別れなければならぬもの。だが、泣いてはならぬ。別れに涙は禁物だぞ」
「……すん。うん、リセット泣かない」
こくんとうなずくと、リセットはぶんぶんと頭を振って、笑みを浮かべた。が、どうしてもちょっと歪んだ笑顔になってしまう。
それでも、ガンジーは笑うとその頭をさらに撫でた。
「さすがはランス殿のご息女。偉いぞ」
「おじちゃん、また逢おうね」
「うむ」
うなずくと、ガンジーは立ち上がった。
「スケさん」
「はっ!」
ウィチタは、いままでいじけていたのが嘘のように溌剌と立ち上がった。ちなみにかなみはまだいじけている。
「カクさん」
「お側に」
カオルはガンジーに寄り添っている。
「弥七」
「ぴぃぃーーーーーっ」
ガンジーの肩にまとわりついているマッハピヨの弥七が、かん高い鳴き声で答えた。
「それでは、参ろうか」
「はっ!!」
「では、さらば」
そう言って、ガンジーはのっしのっしと歩きだした。
「あ、待って下さい、ガンジー様ぁ!」
その後をウィチタが追いかけ、カオルは一同に丁寧に一礼してから後を追って歩きだした。
その後ろ姿を見て、フレイアがため息をつく。
「ああいう男って理想よねぇ」
「そっかなぁ? 僕はランス様の方が好きだなぁ」
メナドはそう言ってから、かぁっと赤くなった。
「あ、そういう意味じゃなくて、人間としてで……」
「はいはい」
にこにこ、というよりもにやにやしながらフレイアはメナドのおでこをつついた。
「ホントに純情なんだから、この娘ったら」
「平和だねぇ」
その隙に、フレイアの前に置いてあったシャーベットを平らげたノリマキは、口についた残りかすをぺろっとなめると満足げに呟いた。
と、不意にリセットがスプーンを握りしめたまま叫んだ。
「リセット、行く!」
「行くって、何処へです?」
これ幸いとフレイアの指から逃れると、メナドが訊ねた。
リセットはぴっとスプーンで指した。
「お城!」
「リーザス城ならあっちです。……どうでもいいけど」
しくしく泣きながらかなみが指摘した。リセットは、腰に手を当てた。
「いーの。とにかく行くの! あ、でもその前にチョコパヘ食べるね!」
そう言ってチョコレートパフェの前に戻るリセットであった。
そんなわけで、翌朝、リセットとそのお供のメナドとかなみの3人は、リーザスに向かって出発した。
しかし、その道中が無事に済むはずがないのであった。
計画都市スードリ13。
ヘルマンとゼスの間に横たわる広大な砂漠。そのヘルマン側の入口の都市である。
かつて、砂漠が完全に通れなかった時代は、単なる街道の最終点だった都市だが(都市に番号がついているあたり、いかに重要視されていなかったかがわかる)、ランスによってシャングリラへの街道が開かれ、この都市はそこへの中継点として重要な役目を帯びることになり、活気に溢れていた。
リセット達がここについたのは、ラボリを出発して4日目の夕方であった。
「明日からは砂漠越えですから、今日はゆっくりと休んで、体調を整えないと」
「そうだよ」
「うん……」
二人に言われて、リセットはこくりとうなずいた。二人は顔を見合わせた。そして、同時にリセットを見る。
「リセットさま、どうかなさったんですか?」
「え? 別にどうもしてないよぉ」
前を歩いていたリセットは振り返ってにこっと笑った。それから駆け戻ってくると、かなみとメナドの手を引っ張る。
「ほら、早く行こうよ!」
「あ、リセットさま、ちょっと引っ張らないで!」
そう言いながらも、リセットに引っ張られていくメナドとかなみだった。
そして、その翌朝。
宿屋の都合で一部屋に泊まることになった3人のなかで一番早く目を覚ましたのはかなみだった。
目を覚ますと同時に部屋の気配を探り、異常がないことを確かめる。忍者としての癖のようなものだ。
「……?」
かなみは眉をひそめた。そして、毛布をはね除けて、がばっと起き上がる。
「かなみちゃん、どうしたのぉ?」
メナドが眠そうな声で訊ねる。かなみは無言で、リセットのベッドに駆け寄った。
リセットはよく眠っていた。
「……あら?」
思わずかなみはつぶやいた。
かなみの動きに、メナドが剣を片手に駆け寄ってくる。
「かなみちゃん、何かあったの?」
それには答えずに、かなみはリセットの上に身をかがめて、じっと見つめた。
「……かなみちゃん?」
声を潜めて訊ねるメナドに、かなみは苦笑して答えた。
「ごめん。気のせいみたい」
「気の……せい?」
「うん。リセットさまの様子がなんとなくおかしいみたいな気がしたんだけど……。でも、おかしいところもないみたいだし」
かなみはそう答えると、窓にかかっているカーテンをしゃっと引いた。
ちょうど砂漠の向こうから上がってきた朝日が、部屋に射し込んできた。
「……パパァ……むにゃ」
リセットが小さく呟き、枕に顔を埋めた。その寝顔を見ながら、メナドがくすっと笑った。
「可愛いなぁ。王様みたい」
「……メナド、相変わらずだねぇ」
かなみはげろげろという表情をした。別にリセットが可愛いということには異論はないのだが、彼女にとってランスは“可愛い”という言い方ではとても許容できる存在ではない。
しかし、かなみにとってメナドは大切な親友であり、その親友がランスによって助けられたのもまた事実である。よって、メナドとランスの話をしていると、かなみはジレンマに陥るのだった。
「それはともかく、そろそろリセットさまを起こした方がいいよ。あたし、下に行って朝ご飯の用意が出来るかどうか聞いてくるから」
かなみはそう言うと、部屋から出ていった。メナドはうなずくと、リセットを揺り起こした。
「リセットさま、朝ですよ〜」
「みゅ……。ん……、あ、メナドぉ〜?」
リセットは目をこすりながらむくっと起き上がった。それから小さな口を大きく広げて欠伸する。
「ふわぁぁ〜〜。もーあしゃ?」
「はい、朝ですよ。顔を洗いに行きませんか?」
「みゅー」
リセットはもそもそと起き上がると、床に足をおろして、ぺたぺたと歩きだした。その手をメナドがそっと掴む。
「はい、こっちですよ」
「うみゃぁ……」
そのままリセットの手を引っ張っていくメナドを、戻ってきたかなみが見送った。
「……メナドって、いいお母さんになりそうだなぁ。もっとも、その前にいい相手がいれば、だけど……」
メナドが「自分よりも強い人と付き合う」と公言しているのは知られているが、そのメナド本人が、大陸最強を誇るリーザス騎士団の中ではリック、レイラに継ぐ3番目の腕を持つのだからシャレにならない。
朝ご飯を食べてから、3人はいよいよ砂漠に足を踏み入れた。
じりじりと容赦なく肌を焼く太陽。どっちを見ても砂ばかりで同じ風景にしか見えない砂漠。
メナドもかなみも、何度も通った事があるが、それでも気が滅入る道だった。
さすがにこんなところでリセットを歩かせるわけにもいかない、ということで、メナドとかなみは相談して、スードリ13でロバを一頭買い、リセットはそのロバに乗せていくことにした。
「わぁい、ろばろばろばぁ」
初めてロバに乗ったリセットは上機嫌でその首筋をペタペタと叩いている。
その後を歩きながら、かなみとメナドは色々と話をしていた。
「それじゃ、リックさんとレイラさん、もうラブラブなんだ」
「そうなのよ。まぁ、二人とも仕事をおろそかにするタイプじゃないけどね。それだけに仕事のない時なんてもう……。もっとも、リック隊長があの通りの人だから、もう爽やかなもんなんだけどね」
メナドはそう言ってくすっと笑った。
彼女の直属の上司であり、リーザス騎士団赤の軍の将軍、リック・アディスンが、親衛隊黄金の軍の隊長、レイラ・グレイニーと付き合っているのは、習知の事実である。
「まぁ、幸せなことで結構ですってね」
肩をすくめるかなみ。その耳に、小さな音が聞こえた。
ドサッ
「!?」
かなみは、はっとして視線を前に向けた。
道にリセットが倒れている。
「リセットさま!?」
慌ててかけよるかなみとメナド。
と、リセットが体を起こして、照れたように笑った。
「てへへ。落ちちゃった」
「大丈夫ですか? どこかぶつけた所、ないですか?」
「ううん、大丈夫。あ、ちょっと待ってよぉ!」
かなみに答えてから、そのまま進んでいくロバを追いかけるリセット。
メナドはクスクス笑った。
「リセットさまも、まだまだ子供だねぇ。ねぇ、かなみ。……かなみ?」
声をかけられて、かなみははっとしたように振り返った。
「え? 何?」
「何って……、どうしたの? 怖い顔して」
「そんな顔してた? や、やだな、もう。何でもないよ。それより、行こ!」
そう言って、かなみはロバの後を追って駆け出した。メナドもそれに続いた。