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鬼畜王ランス アフターストーリー

台風娘の大騒動 その4

 承前

 リセットと、そのおともをすることになったメナド、かなみの3人は、クリスタルの森の入り口に建てられているリーザス軍の砦から出発しようとしていた。
「もう少し早ければ、マリス様と一緒に行けたんですけれどもね」
 エクスはそう呟いた。朝方クリスタルの森に来て、パステルからリセットの事について許可を得たマリスは、もうとっくにヘルマンの首都ラング・バウに向かって出発していた。
「いーのいーの」
 やっとランスに逢いに行けるリセットはにこにこしていた。
「それに、リセット、あのおばちゃんと一緒じゃ、つまんないんだもん」
「おば……」
 そこにいた全員が蒼白になる一言であった。そして、全員が確信した。
『間違いなく、この子はランスの娘だ』
「ま、まぁ、それはそれとして……」
 頭の後ろに大きな汗をかきながら、エクスはメナドに向き直る。
「メナド、くれぐれもリセット様のことは頼みますよ」
「はい。今度はちゃんとお守りします」
 メナドは元気良く答えた。その隣で、かなみは気乗りしない様子でぶつぶつ言っていた。
「なんであたしがランスの娘のお守りなのよ……。あ〜あ、やっぱりあのときコードについて行った方がよかったかなぁ……」
 そう呟いてから、かなみはぶんぶんと頭を振った。
(いけない、いけない。あの時、あたしは決めたはずよ。恋よりも仕事に生きるんだって)
「……かなみちゃん?」
「え?」
 かなみが我に返ると、メナドが心配そうにかなみの顔をのぞき込んでいた。
「どうしたの? なんだか悲壮な顔してるけど」
「そ、そんなことないよ。うん、元気だから心配しないで」
「ならいいけど……。かなみちゃん、何かあるんだったらいつでも相談してね。友達なんだから」
「うん、ありがと、メナド」
 かなみとメナドは、ぎゅっと手を握り合った。
 二人が友情を確かめ合う一方、リセットはというと、リックの顔をじぃーっと見つめていた。
 それに気付いたリックがリセットに声をかける。
「あ、あの、なんでしょうか?」
「……うん」
 ほんのりと頬を赤く染めて、リセットは言った。
「リセットを助けてくれたの、リックだったんでしょ? かなみから聞いたよ」
「ええ。リセット様を危険な目にあわせてしまい、申し訳ないと思ってます」
 片膝を突き、頭を下げるリック。リセットは首を振った。
「リセット怒ってないよ。あの、えっとねぇ……」
「はぁ?」
 怪訝そうに顔を上げるリックに、リセットはぎゅっと抱きついた。
「リ、リセット様?」
「あのねぇ、リセット、リックに女にしてもらいたいなぁ」
 その瞬間、その場にいた全員が石化した。

「どうしてそういうことを言っちゃいけないの?」
「だからね、えっと、そのね」
 リセットと並んで歩きながら、メナドは説明に窮していた。助けを求めて振りかえるが、かなみはさりげなくぷいっと明後日の方を見ている。
「ねぇねぇ、メナドぉ、どうしてなのぉ?」
 あくまでも無邪気なリセット。
 そもそも、リセットが物心ついて初めてランスに会った時に、ランスがかけた言葉が「後10年育ったら、俺様の女にしてやるぞ」だったせいで、リセットは「女にしてやる」という言葉を誉め言葉の一種と思い込んでいるらしかった。
「うーんと、ええーっと、あう〜」
 嘘を付くとか、適当に誤魔化すのが苦手なメナドは、唐突に話を変えた。
「そう言えば、リセット様。王様にリーザスのことはどれくらい聞いてるんですか?」
「リーザスのこと? ええっとねぇ」
 リセットは小首を傾げて考え込んだ。そして、顔を上げる。
「思い出した! パパはねぇ、うはうはだって言ってたよ」
「……うはうは?」
「うん。ねぇ、メナド、うはうはってなに? うあはんみたいなものなの?」
「ま、そうかな。ねぇ、かなみちゃん」
 慌てて話をかなみに振るメナド。ちなみにうあはんというのは、へんでろぱと並ぶ一般的な料理である。ちなみにランスの好物はピンクウニューンで、特にシィルの作ったものか、ゼス国サバサバの街の料理店サクラ&パスタのマルチナ・カレーの作ったものが絶品なんだとか。以上余談。
「そ、そーねぇ」
 話を振られたかなみは、適当に返事をしながら、心の中でランス人形に五寸釘を打っていた。
(ったく、なんて伝え方してるのよ、ランスってばぁ! あの馬鹿ぁっ!!)

 クリスタルの森からリーザス王国に抜けるには、2つの方法がある。天下の嶮と呼ばれた大山脈を超えるか、または砂漠を抜けるか、というどちらも並大抵ではない道である。
 メナドとかなみは相談して、砂漠を抜けることにしていた。砂漠とは言っても、砂漠の真ん中にある都市シャングリラへの街道はしっかりしており、道に迷うこともないためである。
 しかし、ラボリの街に入ったところで、その計画は大きく狂うことになるのだった。

 ラボリの街は、中規模の都市である。だが、産まれてこのかたクリスタルの森から出たことがないリセットにとっては、すべてがもの珍しかった。
「ねぇねぇ、あれなに?」
「あ〜、これかわいー」
「わぁ、すっごぉい!」
 何かを見つけては、珍しげにはしゃぐリセットに、メナドもかなみも半分呆れながらも、根気よく付き合っていた。流石に「この建物かわいい〜」とホテルに入っていきそうになった時は、慌てて止めたのだが。
 そんなこんなで、あっという間に陽が落ちて、辺りを夕闇が包む頃になっていた。

 たったったったっ
 メナドはきょろきょろと左右を見回しながら走っていた。曲がり角を曲がったところで、向こうから走ってくるかなみの姿を見つけて、大声で叫ぶ。
「かなみちゃん、いた?」
「こっちにはいなかった」
 首を振るかなみ。
 メナドは唇を噛んで、泣きそうな顔になった。
「ど、どうしよう、かなみちゃん。ぼくが目を離した隙に……」
「とにかく、捜すしかないでしょ?」
 かなみはそう答えながらも、妙な胸騒ぎを感じていた。
(あたしが気をつけてて、見失ったなんて……。普通じゃないわ)
 かなみはランスにかかわったばかりに悲惨な目にあっているのだが、元々は非常に優秀な忍者である。
 以前、リーザスがへルマンに占領された事件があったが、その時も、落城寸前のリーザス城からただ一人脱出し、ランスに急を告げるという任務を果たして、リーザスを救った功労者なのである。
 そのかなみが、護衛するべきリセットから目を離してしまい、あげくの果てに見失うとは、自分でも信じられなかった。
(もしかしたら……。まずいことになったかも知れない……)
「かなみちゃん! それじゃ、ぼくあっちを捜すよ!」
「うん。それじゃあたしはこっちを!」
 二人は頷きあって、左右に別れた。

 その頃、リセットはというと……。
「まったくぅ、メナドもかなみもいなくなっちゃうんだからぁ。ま、そのうち逢えるよね〜」
 などと暢気に呟きながら、商店街をきょろきょろしながら歩いていたのだ。
 見知らぬ街でいきなり一人ぼっちになった10歳くらいの娘の反応とは思えない。さすがは……というところか。
 と。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」
「……」
 横合いから声をかけられるが、無視するリセット。声の主は、もう一度声をかける。
「そこ行く可愛いお嬢ちゃん」
「……」
 再度無視するリセット。
「えーい、そこ行く超絶的に可愛いお嬢ちゃん!」
「え? リセットのことぉ?」
「……(ぜいぜい)」
 向き直ったリセットの前には、怪しげな屋台が立っており、その中に老婆がいた。肩でぜいぜいと息をしているところをみると、この老婆が声をかけたらしい。
「なに? お婆ちゃん」
「……ほう、珍しいのう、カラーの娘が一人で歩いておるとは」
 その老婆はそう言うと手招きした。とてとてっと駆け寄るリセット。
「何かくれるの?」
 無邪気に尋ねるリセットを、老婆は置いてあった水晶玉越しに見つめる。
「ふぅむ。やはり、不思議な運命の持ち主じゃな」
「そっかな?」
 小首を傾げるリセット。
 老婆はふぇっふぇっと笑うと、リセットに声をかけた。
「どうじゃな? お主さえよければ占って進ぜようぞ」
「占い? うーん、どうしようかなぁ?」
 腕を組んでもっともらしく考えているが、リセットの目はキラキラと物珍しげに屋台を見回している。
 老婆はさらに言った。
「もちろん、見料は取らん。ただでええぞ」
「そっかぁ。それじゃあ、やってやってぇ」
 にぱっと笑うリセット。ただ、言うまでもなくリセットは最初からお金を持っていない。
「よし。それでは、そこに座るがよい」
「よいしょっと。これでいーの?」
 リセットは机の前にある椅子に腰を下ろした。
 老婆は怪しげな手つきで水晶玉をなでると、口の中でもぐもぐと呪文を唱え始めた。
「……あ、あれ?」
 リセットは、目をこすった。それでも、だんだんまぶたが重くなってくる。
「……あふぅ、眠い……」
「眠ければ、眠ってもよいのじゃよ」
「……うん。おやすみ……なさ……い」
 そのまま、かくんと机に突っ伏して眠ってしまったリセット。
 老婆はにやりと笑った。
「ふぇっふぇっ、他愛もないものじゃのぉ」

 ピチョン、ピチョン……
 石造りの天井からは、どこから流れてきているのか、水滴が床に向かって落ちていた。
 その一滴が、あおむけになっているリセットの鼻の頭に当たって跳ねた。
「ひゃぁ、つめたぁい!!」
 リセットは跳ね起きた。それから、きょろきょろと辺りを見まわす。
「……ここ、どこ?」
 周囲は冷たい石の壁に囲まれ、開いている方向には鉄格子がある。有り体に言えば地下牢なのだが、無論リセットは今まで入ったことがない。
 リセットは鉄格子を掴んで引っぱってみたが、びくともしない。
「もう。誰かいないのぉ〜〜〜!!」
 鉄格子を掴んだまま、リセットは大声で叫んだ。声が石壁に跳ねかえって反響する。
 いないのぉ〜、いないのぉ〜、いないのぉ〜……
 反響が尾を引いて消えていくと、リセットは鉄格子を掴みなおした。
「このくらい……。雷撃っ!!」
 バリバリバリッ
 数千ボルトの電流が鉄格子を流れたが、無論鉄格子だけあって電流を流したところでどうなるものでもない。
「だめかぁ……。もう、リセットこんなところに閉じこめられてる暇ないのにぃ」
 ぷぅっと膨れると、リセットは叫んだ。
「早くリセットを出しちゃえ! もう、誰か聞いてないの!? 誰もいないのぉ!?」
 その声が、反響を残して消えて行く。
 リセットは鉄格子を離すと、それを背にしてペタンと座りこんだ。そして、天井を見上げる。
「……パパ……」
 天井を向いたのは、涙を流さないためだった。

 あれは、ランスが最後にリセットと遊んでくれたときだった。
 ランスのまわりを走り回っていたリセットが、何かにつまづいて転んだ。
「リセット、大丈夫か?」
「う、うん……」
 膝にすり傷をつくって泣きそうになりながらも、リセットは我慢した。
「リセット、痛くないもん。……ひっく」
「そうか。よし、偉いぞ、リセット」
 ランスはリセットの頭を撫でた。リセットはえへっと笑った。
「パーパ。リセット泣くの我慢する。だから、遊んでね」
「おう。リセットが泣かないんなら、俺様が遊んでやるぞ」
「わぁ〜い」

(リセット、泣かないんだもん。我慢するんだもん)
 リセットは、ぎゅっと小さなこぶしを握りしめて、天井を見上げていた。
 と。
「ふむ、幼いのに見上げたものだな」
「え?」
 突然大きな声がした。びっくりして、リセットはそっちを見た。
 牢の奥の、今まで影になっていたところに、一人の大きな男がいたのだ。
 一番奥の壁に背中をもたれかけさせて立っているが、その身長たるやリセットの2倍はありそうで、優に2メートルはこえているだろう。肩幅もそれにふさわしくがっしりとしており、さらには顔の左目の上を大きな傷跡が走っている。しかし、なぜか乱暴者という感じはしなかった。
 それでもこの状況では少しくらい恐がりそうなものだが、リセットは平然と訊ねた。
「おじさん、誰?」
「私は、しがないゼスの縮緬問屋の隠居だ。わっはっはっはっは」
 大声で笑うと、その男は体を起こした。そして、リセットに近寄ってくる。
「それにしても、このような幼い娘を……。むぅ、邪悪な陰謀の臭いがするぞ」
「くんくん……。別に臭わないよ」
 鼻をふんふんとさせるリセットを見て、その男はさらに大声で笑った。
「わっはっはっはっは。なかなか愉快な娘だな。お主、名はなんという?」
「リセットは、リセット・カラーっていうの」
「そうか、リセットか」
 そう言うと、その男はリセットの前で片膝をつくと、視線を合わせた。
「もうしばらくの我慢だぞ、リセットとやら」
「……うん」
 リセットはこくんとうなずいた。なぜか、リセットには、この男が敵には思えなかった。

「いた?」
「……」
 もう何度目になるのか。メナドは黙って首を振るかなみを見て、また駆け出そうとした。
「メナド、待って!」
「何?」
「もうすっかり暗くなっちゃったし、これ以上あたし達だけで捜しても……」
「かなみちゃん、だからってあきらめるなんて……」
「誰もあきらめるなんて言ってないじゃない」
 そう言うと、かなみは小さな声で囁いた。
「リセット様は、ただ迷子になったんじゃないと思う」
「!」
 メナドは、かなみの言いたい事を悟った。小さな声で囁き返す。
「誰かに誘拐されたってこと?」
「うん。もしかしたら、魔法が使われたのかもしれない」
「魔法?」
「さっきからずっと考えてたんだけど、メナド、リセット様がいついなくなったか、はっきり覚えてる?」
「そう言われれば、……気がついたらいなくなってた……」
「でしょ? あたし達に、注意がそれるような魔法がかけられたとしたら……」
「でも、それじゃもっとまずいんじゃないの?」
「……うん。でも、ここで闇雲に走り回っててもダメだってば」
 かなみはそう言うと、壁に背中をもたれかけさせた。
「それじゃ、この街の警備隊に知らせる?」
「……」
 首を振るかなみ。
「警備隊って言っても、所詮はヘルマンの人だから……」
「そっか……」
 うなだれるメナド。
「どうしたら……」
「……」
「あら、かなみちゃん」
 不意に声をかけられて、かなみはびくっとした。おそるおそる振り返る。
「だ、だれ?」
「御挨拶ねぇ」
 そこにいたのは、猫のような動物を肩に乗せた美女だった。わざわざ「ような」とつけたのは、その動物は顔の真ん中に大きな目が一つだけしかなかったのである。
 かなみは、ぱっと表情を明るくした。
「フレイアさん? それにノリマキ」
「おひさしぃ〜」
 その女性は明るく笑った。
 彼女はフレイア・イズン。肩に乗っているのは、魔法生物のノリマキ。
 このコンビは、昔、旧ヘルマン帝国に雇われてリーザス王国の中で破壊工作を行っていた凄腕の忍者なのだ。しかし、その工作の途中でランスに掴まってしまい、多額の報酬を約束されて、今度はリーザスに寝返ったという経歴の持ち主である。いわば、かなみの同僚である。
「珍しいわねぇ。どうしたの? 任務?」
「バカ、そんなこと言えるわけないだろ! なぁ、かなみ」
 ノリマキが口を挟む。
「フレイアさん! 手伝って!!」
 かなみはフレイアの手をぎゅっと握った。
「な、なんなの? ……!!」
 フレイアはさっと緊張した。かなみが手を握るフリをしながら、フレイアの手の平にサインを描いたのだ。
 忍者の間でしか通じない秘密のサイン。
「……」
 彼女はにっと笑うと、かなみに尋ねた。
「お金は、ちゃんと用意してくれるのよね?」

 リセットは、ゼスの縮緬問屋の隠居と名乗るその男(ちなみに、彼女は縮緬問屋がなんなのか全く判らなかったが、面倒なので聞かなかった)に今までのことを話して聞かせた。
「それでね、リセット捕まっちゃったみたいなの」
「そうか。しかし、お主がランス王のご息女だったとは……、これも運命の巡り合わせというものだな」
 感慨深げに呟く男。リセットの表情がパッと明るくなった。
「おじさん、パパ知ってるの?」
「うむ。あの男こそ、真の勇者だった」
 彼は遠くを見るような目をした。そして、リセットの肩を優しく叩いた。
「リセット、お主の中にも、その勇者の血が流れているのだ。何も恐れることはない。自分の信じる道を行けばいい」
「うん。リセット、そうしてるよ」
「よしよし」
 男は破顔して、リセットの肩をもう一度叩いた。そして、不意に真顔になる。
「来たか……」
 リセットも、はっとして耳を済ます。
 石壁に反響しながら、いくつもの足音が、こちらに近づいてきた……。

《続く》

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