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鬼畜王ランス アフターストーリー

台風娘の大騒動 その2

 承前

「ええーーっ!? そ、それじゃキミが王様のむぐぅ」
「声が大きいよぉっ!」
 思わず大声を上げかけたメナドの口を、リセットは慌てて塞いだ。
「まだみんなのところに近いんだから、見つかっちゃうじゃないのぉ!」
「ご、ごめん」
 メナドは謝ると、改めてリセットを見た。
(あんまり王様には似てないなぁ……)
 心の中で呟くメナド。
 幸か不幸かリセットは、容姿は母親のものを受け継いでいるようだ。
 年のころは、人間で言えば10歳くらいの美少女である。その筋(たとえばDXの会など)に連れて行けば破格値で売れること間違いなしであろう。
 と、そこに茂みをかきわけて赤い鎧の兵士がやってきた。
「ここにおられましたか、メナド隊長……うわぁっと!」
 慌てて後ろを向く兵士。水浴びをしていたメナドは、パンツこそ履いていたが、上半身は首からかけたタオル一枚というあられもない姿だったのだ。
「どうしたの?」
 無邪気に尋ねるメナドに、兵士は必死に理性を戦わせながら背中で答えた。
「し、失礼しましたっ!! まさか、その、えっと……」
 小首を傾げるメナド。男兄弟の中で育ったという環境もあってか、メナドはどうもこういうところに無頓着なようである。
 一方の兵士は心の中で滝のような汗を流しながら欲望と戦っていた。
 メナドがランス王といい仲であったことは習知の事実である。そのメナドの裸を見た、などということが知られると、どこからともなくランスが戻ってきたときにただではすまないだろう。
 彼女をだまして利用していた元恋人のザナックがランスに首を刎ねられ、さらにそれをネタにして彼女を脅そうとした兵士もまた、ランスにそれを知られて、赤の軍の将軍、リック・アディスンによって騎士から便所掃除に格下げされてしまった。その事件以来、もはやメナドに色目を使おうという兵士はいなくなっていたのだ。
 もっとも、メナドの方もザナックの件以来、「自分より弱い男には興味がないよ」と公言しているので、別にそれについてはかまわなかったのだが。
 余談であるが、上官としてのメナドの受けはきわめて良い。元来赤軍は実力主義であり、メナドの腕は精鋭揃いのリーザス軍の中でも、前述のリック、親衛隊長のレイラ・グレイニーに継いでナンバー3といわれるほどである。そんなメナドを慕う部下も数多い。
 この兵士もそういう部下の一人である。彼はかろうじて理性を取り戻すと、背中を向けたままで声を発した。
「報告に参りましたっ! 先ほどの密猟者グループですが、7人はその場で切り捨て、残る3人は捕縛して護送させました!」
「そっか。ご苦労様。あ、みんなは先に撤収してていいから。ぼくは後から戻るよ」
「はっ! では、自分はこれで戻りますっ!」
 そう言うと、彼はあたふたと茂みをかきわけて戻っていった。その背中を見送ってクスクス笑うメナド。
「やれやれだなぁ」
「ちょっとぉ。リセットを無視しないの!」
 いきなり横からリセットが大声を上げた。
「わぁ、びっくり」
「んもう」
 腰に手を当てて膨れるリセットを見て、メナドは苦笑した。
(なるほど、王様に似てるよな)

 体を拭き終わったメナドは、鎧を付けながらリセットに尋ねた。
「それで、リセット様はどうしてこんなところに? 道に迷われたんですか?」
「そうじゃなくて……。メナドはリーザス騎士団の、ええと……ふく……」
「リーザス騎士団第2軍副将ですよ」
「そそ。とにかく偉いんでしょ?」
「偉くなんて……」
 苦笑するメナドだが、それにはお構いなしにリセットは言葉を続けた。
「それじゃ、リセットをパパのところに連れて行って!」
「……」
 メナドは、一瞬息を止めた。
「どうしたの?」
「……ぼくは……、ランス王がどこにいらっしゃるか知らないんだ……」
 視線を落として、力無く答えるメナド。
 リセットは首を傾げた。
「え? パパはリーザスのお城にいるんじゃないの?」
 その質問に、メナドは首を振った。
「いないよ。王様は……もうリーザスにはいないんだ……」
「嘘だもん! パパがリセットに何も言わないでいなくなるなんて嘘だもん! メナド、嘘ついてる!」
 リセットはさらに膨れた。
「嘘じゃないよ。本当にいなくなっちゃったんだってば」
 メナドはそう言うと、肩をすくめた。
「……って言っても、信じられないかもしれないよね」
 かつて恋人に裏切られたことがあるメナドには、“言葉の無力さ”というものが痛いほどよくわかっていた。
 彼女は少し考えると、うなずいた。
「わかった。リセット様、リーザス城に行きましょう。その目で確かめてください」
「うん」
 リセットはにこっと笑った。
「ありがとう、メナド」
「ちょうどぼくの部隊は明日でカラーの森の警備が終わって、リーザス城に戻るから、それと一緒でよければ。あ……」
 そこで言葉を切ると、メナドはリセットに尋ねた。
「もちろん、パステル女王に許可は取ってるんでしょうね?」
「ぎく」
 顔を引きつらせたリセットを見て、メナドは思わず吹き出した。
「無謀だなぁ。でも、そういうとこ、王様に似てますよ」
「そうなの? パパもむぼーだったの?」
「ええ、そりゃもう。でも……、その無謀さがなければ、今の平和はなかったんだよね……」
 しみじみと呟くと、メナドはリセットに言った。
「でも、リセット様は、カラー族の次期女王さまになるんでしょ?」
「ママはいっつも、そう言ってるよ」
「一応世界は平和だけど、まだ完全に危険が無くなったわけじゃないです。現にさっきだって……。だから、やっぱり無断っていうのはよくないんじゃないでしょうか?」
「でも、ママに言ったらきっとここから出してもらえないよ。リセットはパパに逢いにいくんだって何度も言ったのに、ずっと出してもらえなかったんだもん」
「しかし……」
「いいよ。メナドが連れて行ってくれないんなら、リセット一人で行くもん!」
 そう言ってずかずかと歩きだそうとするリセット。
「ちょ、ちょっと待ってください! 困ったなぁ、どうしよう?」
 リセットを追いかけながら、悩むメナド。もしリセットに万一のことがあったら、それこそとんでも無いことになりかねない。せっかく上手くいっているカラー族との間に修復不能の亀裂が走るのは火をみるより明らかなのは、メナドにもわかる。
(しまったなぁ。あれこれ言わないで森に連れ戻したほうがよかったかなぁ。……でも、それじゃリセットちゃんがかわいそうだし……)
 少し考えて、メナドはあきらめた。リセットがランスの血を引いているのなら、説得なんて不可能であろう。
「わかりました。ただし、ぼくから離れないでくださいよ」
「うん。さっすがメナド、わかってくれたね!」
 リセットはそう言うと、メナドの手を握ってぶんぶんと振った。それからさっさと歩きだす。
「さぁ、行こうよ!」
「だから、待ってくださいって!」
 そう言いながら、一抹の後悔を覚えなくもない、メナド・シセイ19歳であった。

 その頃。
「リセット? いつまで寝てるの……?」
 いつもなら朝一に起きて来るリセットが、いつまでたっても部屋から出て来ない。
 不思議に思ったパステルは、リセットの部屋に入ってきた。
 しかし、部屋には誰もいない。
「リセット……?」
 と、脇の机に、一枚の紙が畳まれて置いてあった。嫌な予感に捕われて、パステルは震える手でその紙を広げた。

『りせっとはぱーぱにあいにいくんだもん。  もうりせっとおとなだもん。  ままのばかぁ』

 パステルは、蒼白になった。
「リセット、なんてことを……」
 呟きながら、彼女はその紙を握り締め、うなだれた。
「リセット……。私の育て方が間違っていたの? でも、私は……。ああ、どうすれば……。そ、そうだ、とにかく捜さないと……」
「その必要は、ありませんよ」
 不意に落ちついた声がした。パステルは振りかえった。
「あなたは……」
「ご無沙汰しておりました、パステル女王」
 部屋の入り口で深々と頭を下げている緑の髪の女性を見て、パステルは呟いた。
「マリスさん……」
 リーザス王国を実質的に支えている筆頭侍女、マリス・アマリリスはにこっと微笑んだ。
「ご心配なく。リセット様は、我がリーザス騎士団赤の軍副将、メナド・シセイが保護しております」
「そうですか……」
 パステルは、緊張が一気に解けたように、リセットのベッドに座りこんだ。
「ですが……」
 マリスは慎重に言葉を選びながら、パステルに告げた。
「リセット様は、ランス王に逢いたいと、そればかりを繰り返しているそうです。もし、このままここに連れ戻しても、また出奔されるかもしれません」
「そんなことは……」 「させません、か? パステル様。昔、ランス王に言われたこと、お忘れではないですよね?」
「あ……」
 パステルは、思わず胸を押さえた。

『経験もないくせに……。お前は他のカラーの娘達の幸せを奪っているんだぞ』

 あの時のランスの声が聞こえたような気がした。
(……リセットの幸せ……。私は……、私は……)
「しばらく私達にお任せいただけますか? リセット様は、必ず、無事にここにお返しします。リーザス国の名誉にかけて、いえ、一人の母親として、御約束します」
 そのマリスの言葉に、パステルはしばらく目を閉じていた。そして、答えた。
「わかりました。リセットのこと、よろしくお願いします」
「はい」
 にこっと微笑むと、マリスはパステルに一礼して、部屋から出て行こうとした。
 その背中に、パステルは声をかけた。
「あの……」
「はい、なんでしょうか?」
「マリスさん、子供さんがいらっしゃったのですか?」
 パステルの質問に、マリスの瞳が揺れた。
「ええ。とっても手のかかる娘が、います。でも……それが私の生きがいです」

「はっくしゅん!!」
 遠く離れたリーザス城で、女王リア・パラパラ・リーザスは盛大なくしゃみをした。
「きゃぁ! リアちゃん、大丈夫? ほら、ティッシュあげるから、鼻かんで」
 一緒におやつを食べていたジュリア・リンダムが、ポケットティッシュを渡す。リアは素直にうなずいてちーんと鼻をかんだ。
「ぐすっ。誰かリアの噂してるのかなぁ? あ! きっとダーリンだわ! ダーリン、リアはずっと待ってますぅ!!」
 このとき、さらにどこかにいるランスがくしゃみをしたかどうかは定かではない。

 カラーの村から数人の女兵士とともに出てきたマリスの耳元に、声が届いた。
「マリス様」
「かなみ? 何か動きはあった?」
「はい。メナドはリセット様を連れてリーザス城に戻ることにしたようです」
「そう。こちらも話がついたわ。あなたはメナドと協力して、リセット様をお守りして」
「……」
 一瞬沈黙が流れた。マリスは静かに言った。
「お・ね・が・い・ね」
「……わかりました」
 しぶしぶ、という感じではあるが、返事が戻ってきた。マリスは軽くうなずくと、足早にそこを立ち去って行った。
 希代の宰相とうたわれる彼女には、他にもやることが山積みになっているのだ。

 大きな木の枝に座って、マリスが立ち去るのを見守っていた見当かなみは、「さて、と」と呟きながら立ちあがった。
 のちの歴史家に「魔想志津香と並ぶランスの被害者」として記録されることになる彼女にしてみれば、その娘であるリセットを守るという任務は気が重いものだった。
 しかし、忍者である彼女は、命令に逆らうことは出来ない。その生真面目さが彼女の欠点でもあり、可愛いところ(ランス・談)でもある。
 今も、ため息をつきながらも、かなみは木の枝伝いにメナド達のほうに向かっていこうとした。
 その動きがピタリと止まる。そのまま、彼女は息を殺す。
 瞬時に彼女の姿は木々の間に紛れ込んだ。
 そのまま、彼女は下を見降ろした。
 下には数人の男たちがいた。明らかにリーザスのものとは違う鎧を身にまとっている。そう、リーザスのものよりもはるかに重装備のその姿は……。
(ヘルマンの装甲兵……。でも、どうしてこんなところに……?)
 クリスタルの森はカラー族との協定でリーザス騎士団が守備することになっており、他の者の侵入は禁じられている。それは今のヘルマン国の者も承知しているはずである。
 かなみは、その兵士たちの中央にいる男に視線を向けて、はっとした。
(あれは……! でも、報告では死んだはずでは……?)
 兵士達の中央でなにやら話をしているオレンジ色の髪の男は、かなみの記憶が正しければ、ネロ・チャベットという男である。元へルマン第4軍の将軍で、主にヘルマン王国の南方でリーザス軍と渡り合っていたが、途中でリーザスの赤軍との戦いで討ち死にしたと聞いていた。
 ちなみにその後、副将だったクリーム・ガノブレードが第4軍の残存部隊の指揮をとり、奇計を使ってまさに勝利しようとしていた赤軍を撃退した。その余勢をかって、逆にリーザス軍の占領地を奪回しようとしたのだが、新たに設立された緑軍の将軍、アールコート・マリウスの防衛作戦の前に敗北を喫し、へルマン第4軍は壊滅する。その後、クリームは色々あってリーザス軍に入り、魔人バモラとの戦いでおおいに名を知らしめるのだが、それはまったくの余談。
 ネロは兵士に聞き返していた。
「それは、間違い無いのだな?」
「はい。確かにリセット・カラーと言っていました。間違いなくあのランスの娘ではないかと」
「よし。そいつを手に入れれば……くくっ」
 ネロは微かに笑った。
「マリス暗殺を狙っていたのだが、やめておいて正解だったな。やはり私の判断は常に正しいのだ」 「その通りですな、ネロ様」 「うむ。リセット・カラーをこの手に入れれば……。くっくっく、これで憎っくきリーザスに一泡吹かせてやるわ」
「それでは、魔物使いも使ってよろしいですか?」
「かまわんぞ。さぁ、行け!」
 彼は鷹揚に告げた。兵士達はそれを聞いて一斉に駆けだす。
 かなみは唇を噛んだ。
(メナド達が、危ない! でも、どうすれば……)
 確かにメナドはリーザス屈指の剣士であるが、やはり若い女の子である。耐久力に優れるヘルマン装甲兵を、それも何人も相手にするのは骨が折れることだろう。
 かといって、かなみが加勢したところで、大して変わりは無い。忍者はあくまでも影からの攻撃に優れているだけで、正面から兵士と戦うのには向いていない。
 少し考えて、かなみはその場からすっと姿を消した。無論、ネロもヘルマン装甲兵達も、それには気付かなかった。

「!」
 不意にメナドは立ち止まった。
「メナド?」
「リセット様、こちらへ」
 そう言いながら、メナドは腰を低く落とし、剣の柄に手をかけて、声を上げた。
「誰だ!?」
 返事の代わりに、ガシャガシャと音を立てながら、黒い全身を覆う鎧に身を固めた男達が、メナド達の周りを取り囲んだ。
 メナドは小さく呟いた。
「ヘルマンの装甲兵? でも、どうして……?」
「そっちの小娘は殺してもかまわん。カラーの娘は生け捕りにしろ」
 後ろから声がした。メナドは抜刀した。
「そう簡単には、いかないからね」
 緊張がみなぎる。そして……。
「でやぁぁっ!」
 メナドは声を上げながら、剣を振り上げて騎士達の間に突っ込んで行った。そして包囲の一角を切り崩すと、叫んだ。
「リセット様、逃げて! あとはぼくが食い止めるから!」
「で、でも……」
「こんなところでリセット様になにかあったら、ぼくが王様に怒られちゃうよ。さ、早く!」
「……うん」
 メナドの声にうながされるように駆け出すリセット。
「逃がすな! 追え!」
 そのリセットを追いかけようとした騎士の前に、メナドが飛び出すと、剣をかまえる。
「ここは通さないよ!」
 彼女は、自分を助けてくれたランスの言葉を覚えていた。

『お前は軍人だ。軍人なら、俺様への迷惑代の返金の仕方……わかっているな?』

 無論、この後にランスは『なんなら、夜、躰で返してくれてもいいんだぞ』と続けて、結局メナドはそっちでも返すことになるのだが。
 メナドは、ぎゅっと剣を握り直した。
(王様、ぼく……リセット様は守ってみせます! それがぼくの返金の仕方です)
「どけぇ!」
 切りかかってくる装甲兵。
 メナドも地を蹴った。
「うぉぉぉ!!」
 ガキィン
 剣と剣のぶつかる鈍い音が、森の中に響いた。

《続く》

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