大陸全土を手中に収めながらも、「飽きた」の一言でランス王が魔法使いのシィル・プレインを連れ失踪してから、早くも1年近くの歳月が流れていた……。
《続く》
ランス王ならともかく、リア女王に大陸全土を統治する、などということは不可能であろう。
これまでも、ランスの影から政治を司ってきた筆頭侍女マリス・アマリリスはそう考えた。そして、一応形だけはリーザス王国の統治下、ということにしつつも、ゼス、ヘルマンの両王国に対して自治を認めた。
その結果、ヘルマン王国はシーラ・ヘルマン王女が王位に付いた。……というのは表向きで、一般には伏せられているが、実際にはシーラ王女は重度の麻薬中毒であり、とても国政が執れる状況ではない。というわけで、実際の国政は彼女の義兄、パットン・ミスナルジ王子とその仲間達が取り仕切っている。無論、武闘派のパットン王子にも国政は向いてないので、リーザスをマリスが支えるように、ヘルマンはパットン王子の参謀として活躍してきたハンティやフリークに支えられているのが実情である。
ゼス王国は、ラグナロックアーク・スーパー・ガンジー前国王が再び王位に戻ったのだが、相変わらず彼自身は国を放り出して、スケさんことウィチタ・スケートとカクさんことカオル・クインシー・神楽の二人を連れて放浪しているらしい。その無責任国王(マジック・ガンジー談)の代わりにゼス国の復興を行っているのが、元四天王の一人、山田千鶴子である。服装の趣味はともかく、結構常識人の彼女は、それなりに国を治めているようだ。
JAPANだけは、未だにリーザスの属国扱いであるが、これも山本五十六の長男、無敵が成長するまで、という期限付きである。ちなみに山本無敵(命名・ランス)は現在1歳である……。
カスタムを初めとする自由都市国家群も、それぞれリーザスの保護を受けつつも、自治を行っていた。
魔王リトルプリンセスこと来水美樹と、その恋人小川健太郎は、もとの世界に戻る方法を見つけるために諸国を回るあてどもない旅を続けている。もっとも、聖刀日光を持つ健太郎だけではなく、いまやホーネット、シルキィ、サテラ、メガラスという4人の魔人が美樹に従っている。おいそれと手を出す者もいないだろう。
かつて24人いたという魔人で、現在も活動を続けているのは前の4人とガルティア、サイゼル姉妹の合わせて7人である。(ワーグは創造神ルドラサウムに夢を見せているので、活動期ではあるが、身動きがとれないので省く)
食欲魔人ガルティアはサバサバの街のサクラ&パスタに未だに居候しており、サイゼル姉妹はというと、リーザス城で気楽な生活を送っているという。どちらも結構人気者だとか。
まぁ、概して世界は平和である……。
さて、鬼畜王で女の子なら人間どころか悪魔でも神でもモンスターでも魔人でもオッケイという「全世界の女の敵」(魔想志津香・談)ランスであるが、なぜか子供はほとんどいない。彼が王位にいた数年という短い間に手をつけた女性の数は数千と言われているにも関わらず、公式に知られているのはわずか2人である。
前述した山本五十六の息子無敵と、もう一人はカラー族の女王、パステル・カラーの娘、リセット・カラーである。
カラー族というのは人間に近い種族で、女性のみで構成されている。じゃあどうやって種を残すのかといえば、人間の男性と交わるわけで、こうして身ごもったカラーの女性からはほぼ間違い無くカラーの娘が産まれる、というわけである。
人間がカラーを抱かなければカラー族は滅亡してしまうわけだが、そこはよくしたもので、カラー族は人間の基準から言えば美女美少女ばかりであり、人間の男性なら魅力を感じざるを得ないようになっているのである。
カラー族に関してもうひとつ重要なことは、額のクリスタルである。長い耳と並んでカラー族の特徴であるこの額のクリスタルは、処女のときは赤で、処女を失うと青に変わるのだが、この青いクリスタルはマジックアイテムの材料として珍重されている。無論、クリスタルを取ってしまえばそのカラーは死んでしまう。一時はこのクリスタルの乱獲のため(つまり、人間がカラー族を殺してクリスタルを奪ったのだ。さらに処女のカラーの場合はその場で強姦したという話も日常茶飯事だった)、そのせいでカラー族は結界を張った森、通称「カラーの森」に引きこもり、さらにそこに侵入した人間に呪いをかけて殺すようになった。
そんなわけでカラー族と人間族は近年は犬猿の仲となっていたのだが、そんな関係を見事に修復してみせたのが、鬼畜王ランスであった。もっとも、その関係は女王パステルのランス王への個人的な信頼から成り立っていたのだが、ランス王失踪後もマリスはカラー族に対する方針は変更しなかった。
その方針とは……。
・カラーの森に不法侵入する者がいないように警備隊をおく。
・クリスタルの不法売買は関係者を極刑に処す。
・カラー族の種族保存に協力する(笑)
の3点である。さらに、自分のものである美少女をランス王が大事にしていることは世間によく知られていたので、その失踪後もカラー族に手を出そうという者はいなかった。
「パーパを捜しに行くんだもん!!」
「いけません!」
カラーの森の奥にあるカラーの村。
ここのところ毎日のように、このような声が聞こえてくる。
童顔なので、人間でいうと15、6にしか見えないショートカットの少女がパステル。こう見えてもカラー族の女王であり、一児の母親でもある。
そのパステルの前で、腰に手を当ててほっぺたを膨らましているのがその娘のリセット・カラーである。年齢は2歳なのだが、カラー族は人間と成長速度が違うので、人間で言えばもう10歳くらいの大きさになっている。
パステルは腰をおとして、リセットに視線を合わせた。
「いつも言ってるでしょう? あなたはまだ、外に出るには小さすぎます。それに……」
そう言いかけて、パステルは口をつぐんだ。
(それに、パパはもうリーザスにはいないのだから……)
彼女は思い出していた。最後にランスがここに来た日のことを。
「え? 今、なんて言ったんですか?」
パステルは聞き返した。
「もう来ないぞ、と言ったんだ」
ランスはそう言うと、遊び疲れて眠るリセットの頭を軽く撫でた。
「ど、どうしてですか?」
戸惑うパステルに、ランスはにっと笑った。
「俺様は王様をやめたんだ」
「え?」
産まれたときからカラー族の女王となるべく定められていたパステルは「王をやめた」というランスの言葉が理解できなかった。
「やめたって、ランス……?」
「あ〜、そんな泣きそうな顔をするな」
苦笑して、ランスはパステルの頬に手を当てた。
「可愛い女の子を泣かすのは趣味じゃない。ま、時と場合によるが……」
「え?」
「なんでもない。ま、心配するな。マリスなら、この森は今まで通り保護してくれるだろうぜ。さて、と」
ランスは立ち上がった。
「それじゃ、お別れに一発していくか?」
「一発って……」
パステルは、顔を朱に染めて、首を振った。
「リセットの世話がありますから」
「だから、別に子供を作ろうっていうんじゃないんだけどなぁ……」
ランスは苦笑すると、不意にパステルを抱き寄せて、その唇を奪った。
「ふ……あぁ……」
「ごちそうさん」
笑うと、ランスは立ち上がり、部屋を出て行った。
「あ、ラン……ス……」
パステルが手を伸ばした時には、もうドアが静かに閉められていた。
(あの時、お母様の気持ちが初めて判かりました……)
パステルは心の中で呟いていた。
彼女の母親は、カラー族の女王の地位を捨て、人間の男と駆け落ちしてカラーの村から姿を消したのだった。パステルが昔人間を嫌っていたのは、その母親への反発もあってのことだった。
(でも、私は……。カラーのみんなを捨てて行く事はできません。それに……)
彼女は自分の胸に手を置いた。
(ランスの心は、私だけに向いてはいないから……)
「ママ?」
リセットの声に、パステルは我に返った。
「とにかく、リセット。あなたはまだまだ色々と学ばなければならないことが多いんです」
「やだ!」
リセットはぷいっとそっぽを向いた。
ランスを知っている者がその様子を見れば、異口同音に言っただろう。自分の気に入らないものは絶対にしたがらないところは、ランスにそっくりだ、と。
その夜。
(もういいもん。ママがダメって言ったって、リセットもう子供じゃないもん!)
リセットは心の中でぶつぶつ呟きながら、袋に食べ物を詰めていた。一杯になったところで、その袋をよいしょと背負う。
(リセット、パーパを捜しにいくもん!!)
彼女はパステルから、「ランスはもうここには来ない」とだけしか聞いていない。どうして来られないのか、何度も聞いたのだが、パステルは答えてくれなかったのだ。
(もう、ママなんかあてにしないんだもん)
リセットは、音がしないようにこっそりとドアを明けた。左右を見る。
ひっそりと寝静まっているようだ。
(よぉし)
そのまま、リセットはこそこそっと廊下を走り出し、いきなり転んだ。
デェン
「いた……」
悲鳴を上げかけて、その口を自分で押さえるリセット。あわてて左右を見まわすが、相変わらずひっそりと静まり返っている。
ほっと胸を撫で下ろしてから、無言で膝を押さえて痛がるリセットであった。前途多難である。
夜が明けるころ、リセットはカラーの森の出口にたどり着いていた。ここまでは、パステルと一緒にランスを見送りに来たことはある。だが、この先はリセットにとって未知の領域である。
ぶるっと震えると、リセットは呪文のように口の中で呟いていた。
「パーパに逢うんだもん。パーパに逢うんだもん」
そして、リセットは第一歩を踏み出した。
「あれぇ? カラーの娘だよね? こんなに朝早くからどうしたんだい?」
「ひょわぁ!!」
いきなり声をかけられて、思わず20センチは飛び上がると、リセットはおそるおそる声の方を見た。
そこには赤い鎧を身にまとった青い髪の少年がいた。
「だ、だれ?」
「ぼく? ぼくはこの森の警備にあたってるんだけど……」
そこで言葉を切ると、少年は戸惑った表情を浮かべた。リセットがずかずかっと近づいてくると、その顔をじっと見上げたからだ。
「な、なんだい?」
「……」
しばらくじっと見上げていたリセットは、肩をすくめた。
「なんだ。ママがいうほど人間の男って怖くないじゃないの」
「お、男ぉ!?」
その少年は目を丸くして、それからぷっと噴き出した。
「なんだよ、それ。アハハハハ」
「?」
きょとんとしているリセットに、少年は笑い終わると、言った。
「ごめんごめん。こう見えてもぼくは……、誰だ!?」
不意に声をあげる少年。
リセットは、ピクッと耳を動かした。
「へっへっへ。カラーだぜ、それも処女」
「犯っちまうには小さいがなァ」
「おい、警備兵もいるぜ」
「なぁに、一人だけじゃないか。へへ、ラッキーだぜ」
そう言いながら、見るからにごろつき風の男たちが、木の影から姿を現した。
少年はちっと舌打ちをする。
「密猟者ってわけか」
ランス王の命令によって、カラーの狩猟が禁じられたため、その額のクリスタルの値は逆に釣り上がり、現在では天文学的な数字がついているとも言われる。そうなると、このような一攫千金を狙う密猟者も出てくるのだ。
もっとも、カラーの森の周りには警備兵がいるし、森の中はパステル女王の結界が張ってあるので、密猟者がカラーを狩ることは事実上不可能に近いのだが、ごくごくたまに結界の外に出てきてしまったカラーを狙う連中は多いのだ。
姿を現したのは、ざっと10人ほどである。手に粗雑な造りの剣や槍を持って、少年とリセットを取り囲んでいる。
「……」
無言のリセットを怯えていると思ったのか、少年はリセットの手を握った。
「大丈夫だよ。ぼくが守ってあげるから」
「言ってくれるねぇ。格好つけやがって!」
男の一人が剣を大上段に振りかぶった。その瞬間。
「でぃやぁぁぁっ!」
ザシュン
一閃。もんどりうって倒れる男。
少年は剣を振ってついた血を払うと、向き直った。
「さぁて、次は誰だい?」
「て、てめぇ!」
「やっちまえ!!」
男たちは一斉に武器を構えて打ちかかった。少年は流れるような身のこなしでそれをかわし、逆に的確な攻撃をかける。
たちまち、男の数は半分に減っていた。少年は一度剣を引いた。
「そろそろ降参したほうがいいんじゃない?」
「てめぇ、こっちを見ろ!」
怒鳴り声に振り向くと、少年は小さく「しまった」と呟いていた。
ごろつきの一人が、リセットを背後から羽交い締めにしていたのだ。
「さぁ、剣を捨てな」
「……」
唇を噛むと、少年はその場に剣を突き立て、腕を組んだ。
「その娘を離せ!」
「へっ、何を……」
そのごろつきは、最後まで言葉を言い終えることができなかった。
「さわんないでぇ!! 雷撃っ!!」
ピシャァッ
リセットの体が光ったかと思うと、ごろつきは弾き飛ばされた。
「うわぁっ!」
「今だ!!」
少年は素速く剣を地面から抜くと、リセットに駆け寄った。その途中でごろつきの一人を袈裟懸けに切り倒す。
「どけっ!」
「うわぁっ!」
リセットは、ふらっと倒れ掛かった。少年は彼女を左手で抱きかかえると、右手で油断なくごろつきに剣を向ける。
と、周囲がにわかに騒がしくなった。
「そこの密猟者! お前達はリーザス騎士団に完全に包囲されている! おとなしくしろ!!」
その声とともに、赤い鎧の男たちが次々と姿を見せる。
少年はほっと息をつくと、笑顔をリセットにみせた。
「もう大丈夫だよ」
「……」
リセットは、緊張が解けて意識が遠くなって行くのを感じていた。
「……パパ……」
小さく呟いて、リセットは目を明けた。
川のせせらぎの微かな水音が聞こえている。
どうやら、テントの中のようだ。
「ここは……」
リセットは体を起こして、はたと自分がパンツひとつなのに気付いた。慌てて、体にかけられていたシーツを巻きつける。
ドキドキドキ
(み、見られちゃった……。パーパ以外の男の人に……)
結構ショックなリセット・カラー、おませな2歳である。
しばらくそのままじっとしていたが、やがて立ち上がった。
「文句のひとつでも言ってやんなくちゃ、気がすまないわっ!」
やはりランスの娘である。
それはさておき、リセットはずかずかとテントを出た。
川のほとりにテントは立てられており、その脇の小川で、さっきの少年が裸になってタオルで躯を拭いていた。
リセットは声をかけた。
「ちょっと、君っ!」
「え?」
少年は振り返った。リセットは怒鳴りつけた。
「どういうつもりよ、乙女の服を脱がしたりしてぇ! 人間の男ってみんなそんな……は?」
そこで絶句するリセット。
なぜなら、少年の胸はつつましいながらも膨らんでいたし、それに股間にあるべきものが無かったのである。(それくらいのことはパステルから聞いているリセットだった(笑))
「ごめんごめん。でも、服は破れちゃってたし。あ、まだ自己紹介してなかったね」
少年、もとい、少女は川岸に置いてあったタオルで体を隠すと、微笑んだ。
「ぼくはメナド・シセイって言うんだ」
「メナド……?」
聞き返すリセットに、メナドはうなずいてみせた。
リーザス騎士団の騎士の最年少記録を塗り替え、今も精鋭である赤の軍の副将を務めるメナド・シセイと、リセットとの出会いであった。