Pia☆キャロットへようこそ2014
Sect.41-A
「あいててて、……ったく、首が折れるかと思ったぞ」
自分の肩をとんとんと叩きながら言うと、かおるはふんとそっぽを向いた。
「あんたが変なこと言うからでしょ」
「変?」
「まったくぅ。乙女の純情をなんだと心得てるのよ。あーもう、どうしてあたしってばこんなヤツと……」
ぶつぶつと小声で愚痴りながら、かおるは背を向けてキッチンで朝ご飯を作り始めた。
ここで反論してしまうと、果てしない泥沼に向かってガンバレードマーチを歌いながら突撃していくことくらいは、さすがに学習しているので、俺は素直にベッドに座ったままぼーっとそのかおるの後ろ姿を眺めていることにした。
「……な、なによ?」
俺が黙ってしまったので、不審に思ったらしく振り返るかおる。
「いや、なんでも。それより、今日はどうするんだ?」
世間一般じゃ日曜日なのだが、もとよりキャロットは休みではない。というかむしろ稼ぎ時。というわけで、午後はバイトな俺たちだが、午前中は空いている。
かおるは、包丁を片手にうーんと天井を見上げた。それから、振り返る。
「恭一ももちろん、空いてるのよね?」
「まぁ、そうだけど」
「それじゃさ、あの……、一緒に家に来てくれない?」
「なにっ? それは、春恵さんに、あなたのお嬢さんを俺にくださいって、言えということかっ!?」
「うん」
冗談で言った俺に、あっさり頷くかおる。
「よし、わかった」
俺は真顔で頷いた。
「えっと、何か手みやげを買っていった方がいいかな?」
「ううん。お母さん、そういうのはあまり気にしないと思うから。どっちかっていうと、改まって行かない方がいい印象だと思うな」
頬に指を当てて、小首を傾げながら言うかおる。
俺は頷いた。
「了解。でも、とりあえず身だしなみくらいはちゃんとしていった方がいいだろうな。それじゃ俺はいったん家に戻ってスーツに着替えてくるよ」
「うん。その方がいいよね」
こくこくと頷くかおる。
俺は立ち上がると、かおるの後ろから近づいた。そして、背後から抱きしめる。
「きゃっ」
小さく声を上げるかおるを、抱きしめたまま、俺は尋ねた。
「ところでかおる、どこまで続ければいいんだ、これ?」
「さあ」
あっさりと答えると、かおるはするりと俺の腕から抜け出した。それから、くすっと笑う。
「息、ぴったりね、あたし達」
「ま、伊達に2年4組最強のコンビとは呼ばれてないってことだな」
かおると恋人同士になったとはいえ、この辺の息の合い方は変わってないことを確認できて、俺もなんとなくほっとしていた。
「それじゃ改めて、何しに戻るんだ?」
「うん。ほら、更紗ちゃんの別荘に行くでしょ? 着られる水着があるかどうか確かめときたくて」
「そんなのスクール水着で……いや冗談」
両手を上げてみせると、かおるは包丁を握りしめた右手をおろした。
「休みの日に買いに行こうかなって思ってたんだけど、あの日はデートで潰れちゃったしね〜」
「相変わらず計画性のないヤツ」
「計画性があったら、あんたとは付き合ってません」
「そりゃそうだ」
俺たちは顔を見合わせてくすっと笑った。それから、かおるは腕まくりをしてキッチンに向き直る。
「それじゃ、ぱぱっと朝ご飯作るから、あんたは自分の部屋がどうなってるかどうか確かめて来なさいね」
「あう」
忘れようとしていたことを突きつけられて、俺はうめきながらも立ち上がった。
「とりあえず、様子を見てくるよ」
「うん。朝ご飯作って待ってるからね」
なぜか嬉しそうなかおるを残して、俺は部屋を出た。
自分の部屋の前に、ほぼ20時間ぶりにたどりつくと、ドアにはメモが張ってあった。
『鍵は預かっています。取りに来てください。双葉涼子』
「……了解です」
ちらっと腕時計を見て、まだ出勤はしてないだろうことを確かめてから、俺は涼子さんの部屋に向かった。
チャイムを押すと、少しして涼子さんが顔を出す。いつも仕事中は髪をアップにしているのだが、今日はまだ出かける前ってこともあってか下ろしているので、ちょっと雰囲気が違って見える。
「はい? あら、恭一くんじゃない」
「あ、あの、鍵を取りに……」
「あ、ごめんなさいね。ちょっと待ってて」
涼子さんは一度部屋の中に引っ込むと、すぐに鍵を持って出てきた。
「はい、鍵」
「あ、ありがとうござ……?」
います、と続けかけたところで、涼子さんは鍵を引っ込めた。そして、俺に尋ねた。
「恭一くん、昨夜はどこに泊まったの?」
「あ、えーと、それはですね」
考えてみれば、一晩涼子さんが鍵を持っていたということは、俺は部屋に戻れなかったことを意味しており、それはすなわち別の場所で夜を明かしたことを意味するわけで……。
俺は冷や汗をだらだらと流しながら、あさっての方に視線を向けた。
「それにつきましてはですね、えーっと、あ、ほら、いろいろとあるじゃないですか」
「……いいわ。大体判ったから」
涼子さんはため息を付くと、俺をじっと見た。
「恭一くん。勤務時間外のことはプライベートだから、私はあまり口出しはしたくないけれど、ちゃんと高校生らしく節度を持った行動をしなさいね」
「……俺は」
俺は、一つ深呼吸して、それから言った。
「間違ったことをしてるとは思ってないですけど……。でも、それが間違ってるって思ったら、いつでも言ってください」
「ええ。それが私の役目だもの」
涼子さんは、微笑むと、今度こそ鍵を返してくれた。
「……それにしても、どうして若い子ばっかり……」
「それじゃ失礼しますっ!」
ばっと頭を下げ、俺は我ながらほれぼれするような末脚でその場から逃げ去った。
ピンポーン
かおるがチャイムを鳴らし、一歩下がる。
と、ドアが開いて、春恵さんが顔を出した。
「はい、どなた……。かおる!?」
「あはは、ただいま」
頭の後ろに手を置いて、笑うかおるを、ドアから飛び出した春恵さんが、そのまま抱きしめる。
「お帰りなさい、かおる」
「く、苦しいよ、お母さん」
「あっ、ご、ごめんなさい」
慌ててかおるから離れると、春恵さんはその後ろにいる俺に初めて気づいたらしく、これまた慌てて頭を下げる。
「こ、こんにちわ、恭一さん」
「ど、どうも、ご無沙汰してます」
なんとなくぎこちない、と自分でも自覚しながら、頭を下げる。
春恵さんの抱擁から脱出したかおるは、そのまま家に中に入っていた。
「あ、かおる? もう、あの子ったら。恭一さん、どうぞ上がってくださいね」
「すみません、お邪魔します」
俺はいつものように、春恵さんの後から、山名家に上がっていった。
俺とかおるはリビングに通されて、春恵さんからお茶を振る舞われながら、キャロットでの話などをしていた。
「あっと、いけない」
その話も一段落したところで、かおるが立ち上がった。
「あたし、水着を取りに来ただけなのに、なんか話し込んじゃった。お母さん、去年の水着って、クローゼットの中?」
「ええ、そのはずよ」
「おっけい。んじゃ、恭一、ちょっと待っててね」
言い残して、かおるはそのままリビングを出ると、自分の部屋に戻っていった。
俺と春恵さんは2人、リビングに取り残される。
俺は深呼吸してから、お茶を一口飲んで、春恵さんに向き直った。
「あの、春恵さん。俺……」
「恭一さん」
俺の言葉を遮るように、春恵さんは微笑んだ。
「かおるのこと、お願いしますね」
「えっ?」
思わず聞き返す俺に、春恵さんは、かおるの部屋の方に視線を向けながら答えた。
「判りますよ。私、こう見えてもあの娘の母親ですもの」
「……そうですよね」
俺は、なんだかほっとして、お茶をもう一口飲んだ。
春恵さんは、嬉しそうな寂しそうな、なんとも微妙な表情を浮かべながら、つぶやいた。
「それにしても、やっぱり親娘なのね」
「え?」
「恭一さんって、どことなく似てるんですよ。私の夫……だった人に」
春恵さんの夫、つまりかおるの父親。まだかおるが小さな頃に、交通事故で亡くなったって聞いたことがある。
俺は、お茶をもう一口すすると、言った。
「よろしければ、いつか、聞かせてくれませんか」
「……ええ」
春恵さんは、頷いた。
「いつか、またね」
「お待たせっ! って、あれ? 何しんみりしてるの?」
リビングにバッグを持って飛び込んできたかおるが、俺と春恵さんを交互に見て、首を傾げた。
春恵さんは首を振った。
「なんでもないのよ。それより、午後からアルバイトでしょう? お昼、食べていく?」
「そうね、ちょっと買い物に行こうと思ってたけど、多分そんなに時間かかんないから……。うん、食べる」
「それじゃ、準備しなくちゃね。お素麺でいい?」
「あ、うん。久しぶりだな〜、お母さんのおそーめん食べるの」
「まぁ。そんなに期待されたんじゃ、私も腕によりをかけなくちゃね」
春恵さんは嬉しそうに頷いた。
かおるは俺の腕を掴んだ。
「ほら、恭一、行くわよ」
「……あの、かおるさん、一つだけ質問したいのですが、もしかして、俺は無条件にかおるに付き合うことになってるのでしょうか?」
「必然」
きっぱりと言い切るかおる。
俺はため息を付いて、クーラーの効いたリビングに別れを告げることにした。
駅前の商店街に出たところで、かおるは俺に尋ねた。
「ねぇ、恭一……」
「なんだ? 金なら貸さないぞ」
「誰がよっ」
ぎゅっと俺の耳をつねってから、かおるは真面目な顔に戻って俺に尋ねた。
「お母さんと何を話してたの?」
「ああ、そのことか」
やっぱり気にはなってたんだな、と納得して、俺は素直に答えた。
「さすが春恵さんだな。俺とかおるのこと、気づいていたよ」
「あ、やっぱり。お母さんには、隠し事、出来ないのよねぇ」
かおるは苦笑した。
「それだけ、かおるのことを大切に思ってるんだろうな」
「うん……」
かおるは、一つ頷くと、俺の腕をとった。
「でも、あたしは……お母さんのことは大事だけど、一番大切じゃないよ」
「かおる?」
「だって、あたしにとって一番大切なのは……」
そこで言葉を切ると、かおるは腕をほどいて、駆けだした。
「あっ、こら! 逃げるなかおるっ!」
「あははっ」
笑いながら走っていくかおるを、追いかける俺。
……なんていうか、派手なバカップルぶりであった。
仕事も終わって、着替えた俺は休憩室に入った。
休憩室では、更紗ちゃんと七海、それに木ノ下姉妹がかりんとうを囓っていた。
「あら、恭一さん。かおるちゃんを待ってるんですか?」
「そんなとこ」
そう答えながら、更紗ちゃんの横に座る俺。
ちなみにそのかおるはというと、仕事が終わってから涼子さんの呼び出しを食らったのである。
まぁ、言われる内容は、多分朝俺に言ったことと同じだろうから、心配はしてないのだが。
俺は尋ねた。
「で、そちらは有田さん待ち?」
「いえ。実は、ちょっと困ったことが起きてしまいまして、みんなで対策を練っていたところなんです」
「困ったこと? あ、もしかして俺、邪魔?」
「馬鹿言え。お前さんにも関係あることだぞ」
七海が肩をすくめた
「俺にも? 何だよ、一体?」
「それがですね、昨日みんなでスケジュールを作ったじゃないですか」
「あ、別荘に行くときのあれね。もしかして無くしたとか?」
「まさか。恭一じゃあるまいし」
「俺は無くしたことないぞ」
「違うよ、もう。七海ちゃん、混ぜっ返さないでよっ」
「あたいが混ぜっ返したんじゃなくて、恭一が混ぜっ返したんだろ?」
「えっとですね、スケジュールがダメ出しされちゃったんですよ」
このままでは話が進まないとみたさくらちゃんが、理由を説明してくれた。
「ダメ出しって、涼子さんがダメって言ったの?」
「うん、そうなんだよ、恭一くん」
志緒ちゃんが腕組みして深々と頷いた。
「それで、みんなで集まってるんですよ」
更紗ちゃんが締めくくり、ようやく事態の全貌が明らかになった。
俺は尋ねた。
「で、どこがダメだって?」
昨日俺も見てたけど、そんなにやばそうなところは無かったはずだけどなぁ。
そう思いながら尋ねると、七海が肩をすくめた。
「勉強時間が全く取られてないのがダメなんだと」
「そ、それは……」
確かに盲点だった。
俺は、改めてスケジュール表を見た。
確かに、俺たちのたてたスケジュールの内容はというと、「午前:めいっぱい遊ぶ 午後:力一杯遊ぶ 夜:すっごく遊ぶ」というノリで、勉強の勉の字も入っていなかった。
「まぁ、1日4時間は勉強時間を取るべきでしょうね」
「さくら〜、そんなに勉強したらみんな死んじゃうよ〜」
志緒ちゃんが声を上げる。
「ま、スケジュールを早めに出して良かったな。これが前日だったりしたら目もあてられないぞ」
「備えあれば嬉しいな、だね、恭一くん」
笑顔で言う志緒ちゃん。
俺はため息を付いた。
「文系志望として思いっきり指摘させてもらうが、「備えあれば憂いなし」だよ」
「もう、志緒ちゃん〜。私にまで恥をかかせないで〜」
さくらちゃんがため息を付き、みんな吹き出した。
To be continued...
あとがき
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