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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.39-A



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 トントン
 かおるの部屋のドアをノックをすると、やや間を置いて、かおるが顔を出した。
「それで……」
 かおるは、言いかけた俺の唇に指を当てて、しぃっとしてみせる。
「今、ちょうど寝たところだから」
「了解」
 頷いて、俺は一歩下がる。
 かおるは部屋から出ると、ドアを背にして締めて、一息付いた。
「さくらちゃん、随分疲れてるみたいね」
「そっか。とりあえず、涼子さん経由で店長さんの方にも知らせておいた」
「ありがと。で、そっちは何か判ったの?」
「ああ。七海にも話を聞いたんだけど、なんか志緒ちゃんと喧嘩したらしいんだ」
「さくらちゃんが? ふぅん……」
「ふぅんって、そっちはさくらちゃんから聞かなかったの?」
 パコン
「そんなの、聞き出せる状況だと思ってんの?」
 俺の頭を軽く叩くと、かおるは肩をすくめた。
「ま、今夜は遅いから、もう寝ようか」
「俺の部屋で?」
 ズバコンッ
 今度は本気で殴ってから、かおるは思わずうずくまる俺を、腕組みして見下ろした。
「あのね、恭一。こんな状況でオヤジギャグ飛ばしてどうすんのよっ」
「あいたた、お前本気で殴っただろっ」
「当たり前じゃない! とと、そうじゃなくて……。あーっ、もうっ! なんであたしがこんな真夜中に廊下の真ん中であんたを怒鳴りつけないといけないのようっ!!」
 なんだか理不尽に逆ギレしているかおる。
「そんなの俺がわかるかっ!」
「わかりなさいよっ!」
「お、おう……」
 しばし、そのままの姿勢でいると、不意にかおるは腕をほどいて、俺に手を差し出した。
「ごめん。何怒ってるんだろ、あたし……」
 俺はその手を掴んだ。かおるは俺を引き起こすと、肩に手を置く。
「あの、ね。あたし、まだ、こういうときどうすればいいのかよくわかんなくて……」
 たぶん、俺との関係を言ってるんだろうと、俺にも判った。
「そんなの、俺だってよくわかんないけどさ。別に教科書があるわけでもないんだし、好きなようにやればいいんじゃないか?」
「でも……」
 少し言いよどんでから、かおるは俺に視線を向けた。
「でも、恭一はどうなの? こんなあたしでも……」
「いいんだって。かおるが不安だったら、何度でも言ってやる。俺は、かおるが好きだって」
「ちょ、ちょっとっ」
 かぁっと赤くなると、きょろきょろと左右を見回すかおる。
 俺も、凄まじく恥ずかしいことを言ってしまったことに気づいて、あわてて左右を見回すが、幸い、時間が遅いせいか、誰もドアを開けて俺たちを見ていたりはしなかった。
 それを確認して、胸をなで下ろす2人。
「よかったぁ」
「……だな。今後は周りを確認してから言うことにしよう」
「そうだね。でも……、ありがと」
 まだ赤くなったまま、かおるはこつんと俺の頬に額を当てて、つぶやいた。
 俺は、肩を軽く抱いて、それから一つあくびした。
「ふわぁ、流石に眠いなぁ」
「……もう。ムードないなぁ、恭一」
 体を俺から話すと、軽くかおるは膨れた。それから、お互いに顔を見合わせて、吹き出した。
 そして、俺は軽く手をあげた。
「んじゃ、かおる。おやすみ」
「うん。おやすみ、恭一」
 かおるは笑顔で言うと、自分の部屋のドアを開けた。それから、くるっと振り返った。
「恭一……。大好き」
「へ?」
「えへへっ」
 恥ずかしそうに笑って、かおるはドアを閉めた。
 ……ったく、不意打ちは卑怯だぞ、かおる。
 俺は、大きく深呼吸して、ほてった頭を冷やしながら、自分の部屋に戻っていった。

 翌朝。
 ドンドンドンッ
「恭一ーーっ、起きなさ〜〜いっ!」
 ドアを叩く音と、かおるの声で目が覚めた。
「……ったく、ベッドの中だとあんなに可愛いのになぁ」
「恥ずかしいこと言うなっ!!」
 怒鳴り声と同時にブンッと何かがすっ飛んできた。とっさに両腕でブロックして、それをベッドの上にはたき落とす。
 ころん、と転がったそれは、ゲーセンのキャッチャーで取ってきたらしいぬいぐるみだった。
 それを確認してから、俺はドアの方に視線を向けた。
「あのなぁ」
「なによっ。あんたが変なこと言うからでしょっ」
 真っ赤になったまま、かおるはずんずんっと部屋に入ってきた。そして、俺のスウェットの首元を掴んで引っ張り上げる。
「わわっ、暴力反対っ!」
「何時だと思ってんのよっ!」
「えーと」
 壁の時計に視線をやって、針の示している時間を読み上げる。
「午前10時8分、いや9分?」
「1分くらいはどうでもいいわよっ。なんでこんな時間までほけーっと寝てるわけっ!? まったく、これだから恭一はあたしがついてないと……コホン」
 途中ではっと我に返ったかおるは、一つ咳払いする。
 と、ドアの方から、遠慮がちな声が聞こえた。
「あのぉ、そろそろ私も入っていいのかな?」
「へっ!? あ、ご、ごめんねっ!」
 ばっとベッドから飛び降りると、かおるはドアに駆け寄って、大きく開けた。
 その向こうには、さくらちゃんが立っていた。
「やぁ、おはよう、さくらちゃん」
「あんたも、何さわやかに挨拶してんのよっ! さっさと着替えなさいよねっ! その間に朝ご飯作ってるから。あ、さくらちゃん、汚い所だけど、その辺に適当に座って待っててくれる?」
 マシンガンのようにまくし立てると、そのまま冷蔵庫を開けるかおる。
 ちなみに、今更言うまでもないとは思うが、ここは俺の部屋なのである。
 俺はやれやれと肩をすくめて、さくらちゃんに視線を向けた。
「ま、そこに立ってるっていうのもなんだから、上がって待ってて。俺はとりあえず着替えるから」
「はぁい。それじゃ、お邪魔しますね〜」
 さくらちゃんはそう言って上がってきた。俺はベッド脇に置いてあった着替え一式を掴むと、そのさくらちゃんと擦れ違うようにして、洗面所に向かった。

 ぱぱっと着替えて、顔を洗ってから洗面所を出ると、かおるとさくらちゃんは並んでキッチンに向かって料理を作っていた。
 小気味よい包丁の音と共に、キャベツが見る間に千切りにされていく。その様子を見て、かおるが感嘆の声を上げた。
「わ、さくらちゃん、包丁早いんだね」
「小さい頃からやってるもん。ほら、うちってみんな忙しいからね、あたしや志緒ちゃんは放っとかれること多かったし」
 あのかおるに賞賛の声を上げさせるとは、恐るべし木ノ下さくら。
 それにしても、一瞬、志緒ちゃんの名前を口に出すとき、さくらちゃんの表情が陰ったように見えたのは、俺の気のせいだっただろうか?
 と、俺の気配に気づいたのか、かおるが振り返った。
「あ、着替え終わった? それじゃ座って待ってて。すぐ出来るから」
「了解」
 俺は軽く手を上げて、フロアテーブルの前に座ってテレビをつけた。

 ものの15分ほどで、テーブルの上には朝食……時間的には兼・昼食……が並べられていた。
 かおるの料理の腕はよく知っているが、こうして見ると、さくらちゃんの腕も、かおると甲乙付けがたいようだ。
「お、美味いなこのコールスロー」
「……ところで七海くん、一つ質問があるのだが、どうして俺の部屋にキミがいるわけかね?」
 俺の質問に、七海は箸も止めずに答えた。
「美味そうな匂いがしたから」
「あのね……」
「それと、昨日のこともあったしな」
「でもなぁ……」
「恭一、いいじゃない。一人増えても大丈夫な量はあるんだから」
 かおるはそう言うと、焼きたてのパンの入ったかごをどんとテーブルに置いた。
 と、その時、ドアを叩く音が聞こえた。そして、ドア越しに声が聞こえる。
「恭一くん、起きてるかしら?」
「あれ? 涼子さん?」
 かおるがその声を聞いて、小首をかしげた。
 と、その時俺は思い出した。

「で、どうします、涼子さん? さくらちゃんと話してみますか?」
「ううん。今夜はもう遅いから、明日にするわね。恭一くん、明日の朝になったら、さくらちゃんを私の部屋に連れてきてくれるかしら?」

「やべ。朝になったらさくらちゃんを涼子さんのところに連れて行く約束だった」
「私?」
 パンをくわえたまま、自分を指すさくらちゃん。
 それに頷いて見せておいてから、とるものもとりあえず、俺は立ち上がってドアを開けた。
「おはようございますっ、すみません寝過ごしまして今朝ご飯を食べててさくらちゃんもここにいますので」
 一気にまくし立てると、涼子さんは顔を引きつらせて、一歩下がりながら言った。
「……お、おはよう、恭一くん。とりあえず、落ち着きなさいな。さくらちゃんも一緒なの?」
「あ、はい。今、朝ご飯を食べてるところで……」
「おはようございます〜」
 ドアのところまで出てきたさくらちゃんが、俺の後ろからぺこりと頭を下げた。
 小首を傾げて、俺とさくらちゃんを見比べる涼子さん。
「どうして、恭一くんのところで、さくらちゃんが朝ご飯を食べているの?」
「あ、それはあたしが誘ったからですよ」
 そう言いながら、かおるも出てきた。
「3人で?」
「あたいもいるぜ。ま、あたいはお呼ばれしてなかったけどね」
 部屋の中から七海が声をあげた。
「あ、七海ちゃんもいるのね。それじゃちょうどいいから、私も上がっていいかしら?」
「さくらちゃん?」
「私はいいですよ」
 うなずくさくらちゃんを見て、俺は涼子さんに向き直った。
「それじゃ、散らかってますけど、どうぞ」

 朝食はもう済ませたという涼子さんは、俺たちが食べ終わるまでは、一緒に雑談をしながら待っていてくれた。
「それじゃ、ご馳走様でした」
「あ、食わせてもらったから、食器洗いくらいはあたいがやるよ」
 七海がそう言って、食器を積み上げてシンクに運んでいった。
 涼子さんは、眼鏡を掛け直して、さくらちゃんに向き直った。
「さて、と。それじゃ、話を聞かせてもらえるかしら? 話したくないことかもしれないけど、かおるちゃんや恭一くんに迷惑をかけちゃったし、店長さん達にも心配かけたわけだから、理由を説明する必要はあると思うの」
「そうですね。はい、すみません。かおるちゃん、恭一くん、ごめんね」
 ぺこりと頭を下げるさくらちゃんに、かおるは慌てて手を振る。
「何言ってんのよ。困ったときはお互い様、でしょ? あ、そうだ。あたし達がいない方が話しやすいんだったら、部屋から出てよっか?」
「ううん」
 首を振ると、さくらちゃんは肩をすくめた。
「一晩寝たら落ち着いたし。落ち着いてみたら、馬鹿みたいなことで怒ってたんだなって……」
「志緒ちゃんとのけんかのことね」
 涼子さんに聞かれて、さくらちゃんはうなずいた。
「はい。えっとですね、理由は、恋愛のことについてなんです」
「恋愛?」
「はい。志緒ちゃん、ちょっとだけだけど、恭一くんとつきあっていたじゃないですか。それで、志緒ちゃんが、私はまだつきあった人がいないって話になって」
「ああ、なるほどね。馬鹿にされたって思ったんだな、さくらは」
 七海が腕組みしてうなずいた。
「ま、それでかっとするさくらもあれだけど、あれで付き合ったなんていう志緒もあれだな」
「落ち着いて考えてみれば、そうなんですけどね」
 苦笑するさくらちゃん。
「でも、ほら、私も志緒ちゃんも、ずっとお店のことで忙しくって、あんまり男の人とお付き合いする暇もなかったんですよね。それで、なんか最近焦っちゃって。えへ」
 ぺろっと舌を出す。
 と、俺はぞくりと悪寒を感じた。
「ふぅん、さくらちゃん、その歳でもう焦ってるのね」
 静かな声で、にっこりと笑いながら、涼子さんが言った。
 次の瞬間、俺は立ち上がっていた。
「そうだっ、かおる、水泳の練習をしないとなっ!」
「あっ、うん、そうだねっ!」
 かおるもうなずいて、そして俺たちは手を取って部屋を飛び出していた。

「ったく、こういうときはお前ら抜群のコンビネーションだな」
 かおるの部屋でジュースを飲みながら、七海は苦笑した。
「七海だって素早かったじゃないか」
「ま、こういうときの対応には慣れっこになっちまったからなぁ。さて、と、ジュースあんがと」
 空になったグラスを置くと、七海は立ち上がった。
「あら、七海ちゃん、もう帰っちゃうの?」
「だって、時間が時間だしな。あたいは今日は休みだけど、お前らはこれからキャロットだろ? んじゃな」
 軽く手を振って、七海は部屋を出て行った。
 そう言われて時計に目をやると、もう11時過ぎだった。
「そうだな、そろそろ準備して出るか」
「うん、そうね。……って、恭一はどうするのよ? 部屋に戻るの?」
 今頃俺の部屋で何が起こってるのかは、あまり考えたくなかった。
「ま、別に、俺はこのままキャロットに行ってもいいし。涼子さんなら部屋の鍵は掛けてくれるだろうし、もし開けっ放しでも盗られて困るようなものは置いてないし」
「夏休みの宿題は?」
 う、嫌なことを思い出させるな、こいつは。
「……誰がそんなもん、盗って行くんだ?」
「それもそうね」
 頷くと、かおるはTシャツの裾に手を掛けた。そしてそのまままくり上げようとしたところで手を止める。
「……恭一、何を見てるのよ?」
「かおるの着替え」
 きっぱり答えると、かおるは手をおろして、笑顔でドアを指さした。
 俺も笑顔で頷いて、部屋を出ると、ドアを閉めた。

「いらっしゃいませ、Pia☆キャロットへようこそ。お一人様ですか?」
 俺はレジでお客さんが支払いをするのを待ちながら、入ってきたお客さんに声を掛けている涼子さんをちらっと見た。
 涼子さん、俺たちより少し遅れてフロアに入ってきたんだけど、結局あの後どうなったのかは、怖くて聞いてないんだよなぁ。
「はい、これで」
「あ、ありがとうございました。えーと、245円のお返しになります」
 お客さんにお釣りを返して、俺は時計を見た。
 そろそろ、夕方の休み時間かな。
 俺は、隣でレジを担当していたあずささんに声を掛ける。
「あずささん、ちょっとここ、いいですか?」
「え? あ、休憩時間ね。うん、今なら大丈夫よ」
 笑顔で頷くあずささん。
「すみません、それじゃ、休憩入ります」
 俺は頭を下げて、レジから出た。

 厨房に寄って、まかないをもらってから休憩室に入ると、部屋の中には先客がいた。
「や、志緒ちゃん」
 俺の声に、テーブルに乗っていた、まかない料理の乗ったプレートをじっと見つめていた志緒ちゃんは、顔を上げた。
「あ、恭一くん?」
「や。ここ、いいかな?」
「うん、いいよ」
 志緒ちゃんが頷いたので、その向かい側に俺は座った。
「……あのさ、恭一くん」
「さくらちゃんのこと?」
「うん。さくら、昨日寮に行ったんだって?」
「ああ。かおるの部屋に泊めたんだけどね。喧嘩のことも、さくらちゃんから話は聞いたよ」
「そっか」
 ひとつ頷いてから、志緒ちゃんはぺこりと頭を下げた。
「ごめんね、恭一くん。ボク、ちょっと考えなしだった」
「なんで、俺に?」
「だって、恭一くんと付き合ってたってさくらに言っちゃったから……。もう恭一くんは、かおるちゃんと付き合ってるのにね」
「ああ、そういう意味ね。いや、別にいいって」
 俺は軽く手を振った。
「でも、付き合ってるからって自慢出来るわけじゃないって……」
「うん、それは判ってる。昨日帰ってから、お兄ちゃんにもお義姉ちゃんにも怒られたし」
 お兄ちゃんっていうのは店長さんで、お義姉ちゃんっていうのは店長さんの奥さんだったよな。
「怒られたんだ」
「うん。それで、さくらに謝ろうって思って部屋に行ったらいなくて、家中探してもいなくて、どうしようって思ったよ、昨夜は」
 志緒ちゃんは、ふぅ、と息をついた。
「でも、そっちの寮に行ってたなんて思わなかったな。ところで、今はもうさくら、家に帰ったのかな?」
「さぁ、どうだろ?」
 俺は肩をすくめた。ちなみに今日は、さくらちゃんは元々休みなので、キャロットには来ていないのだ。
「気になるなら、家に電話して聞いてみたら?」
「あ、そうだよね。うん。聞いてみようっと。ありがと、恭一くん」
 志緒ちゃんは俺の手をぎゅっと握って上下に振り回すと、休憩室を出て行った。多分、事務室で電話を借りるか、更衣室で自分の携帯を使うかするんだろう。
 と、それと入れ替わるようにかおるが入ってきた。
「あ、もう食べてたの?」
「ああ、お先」
「うん」
 頷いて、かおるは志緒ちゃんの食べかけのプレートを横にずらし、俺の正面に座った。
「かおるは、今日はディッシュだったっけ?」
「うん。早苗さんといろいろ話してたら、休憩に入るのも遅れちゃったのよ」
 なるほど。確かに早苗さんは話し上手の聞き上手だしなぁ。
「それで、志緒ちゃん、どうしたの?」
 食べかけのプレートをちらっと見ながら尋ねるかおるに、俺は答えた。
「家に連絡を入れてるんだよ。ほら、さくらちゃんのことで」
「なるほどね」
 頷くと、かおるは食事を口に運び始めた。


To be continued...

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あとがき
 お久しぶりな話でございます。

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.39-A 02/6/27 Up


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