Pia☆キャロットへようこそ2014
Sect.38-A
「おにいちゃんとあずささん、丸く収まって良かったね、恭一」
「ああ。一時はどうなることかと思ったぜ」
俺とかおるはそんな会話を交わしながら、寮の階段を上がっていた。
「あ、俺の部屋こっちだから」
「うん。じゃ、またね……って、あれ?」
小首を傾げるかおる。
「ねぇ、恭一……」
「どうした、かおる?」
「あたし、なんか忘れてる気がするんだけど」
「奇遇だな。俺もなんか忘れてるような気がさっきからしてるんだ」
俺達は顔を見合わせて、足を止めた。そして腕組みして考え込む。
きっかり10秒後。
「ああーっ!!」
かおるが声を上げた。
「お弁当、作りかけのままだったぁっ!」
その言葉で、俺も今日の予定を思い出す。
「おうっ、そういえばデートに行こうって話だったんだ」
「そうよっ! ……あ」
そこで凍り付くかおる。
「ほう、そうかいそうかい、いいねぇお休みのお二人さんは」
「それじゃ、ここは若い者にお任せデス」
「おう、あたい達はお仕事に励むとすっかねぇ」
俺達の後ろから階段を上がってきていた七海とよーこさんが、笑いながら俺達の前を通り過ぎていった。
2人の姿が見えなくなってから、あうあうとしていたかおるが真っ赤になって俺の腕を掴む。
「ど、どうしよっ」
「どうしようって、まあ俺とかおるのことはみんな知ってるわけだし、今更だろ?」
「そ、そりゃそうかもしれないけど、でも恥ずかしいじゃないのよう」
赤くなってぶつぶつ呟くかおる。
うーん、こういうかおるっていうのも、これはこれで結構新鮮かも知れないなぁ。
なんていうか、ここ数日で、これまでの数年分以上の新しいかおるを発見したような気がする。
俺は、そっとかおるを抱き寄せると、髪に手を置いて撫でた。
「きゃっ、な、なによっ!?」
「いや、なんかこうしたくて」
「も、もうっ」
膨れながらも、かおるはしばらく大人しくしていた。
と、不意に声を上げる。
「じゃなくてっ! お弁当作りかけなのよっ!」
「おお、そうだった。とりあえず部屋に戻ろう」
「うん」
俺達は、並んで廊下を駆け出した。
とりあえず、作りかけと言っても火を付けたまま放置、なんて間抜けなことはしてなかったので、大した問題もなくかおるは弁当作りを再開した。
そして、20分。
「よしっ、完成」
「おう、どれどれ?」
かおるが張り切る間、一人寂しく背を向けて夏休みの宿題などやっていた俺は、立ち上がるとコンロ脇に並んでいる弁当箱を覗き込もうとした。
べしっ
「ダ〜メ。食べるときのお楽しみ、よ」
目隠しされてそう言われたので、俺は大人しく両手を上げた。
「了解」
「よろしい。それじゃ部屋に戻って着替えて来なさいよ」
「おう。……って、ここは俺の部屋だっ!!」
「あはは〜っ、そうでした。んじゃとりあえずあたし着替えてくるから、そうね」
かおるは、時計に目をやった。
「んと、30分くれる?」
「んなもん、部屋に帰って着替えるだけだろ? 5分もありゃ充分じゃないのか?」
「女の子は色々と支度があるのよ」
まぁ、そんなもんかな。
俺は苦笑して、頷いた。
「わかった。わかったんで、とりあえず目隠し外してくれ」
「後ろ向いたら」
どうあっても弁当は見せたくないらしい。
強行突破してもいいんだが、それでかおるの機嫌を損ねるのも馬鹿馬鹿しいし、ささいなことから喧嘩をするのがいかに不毛かについては、非常にいい実例を見せてもらったばかりだったので、俺は素直に従うことにした。
30分後。
ドンドン
「恭一〜っ、迎えに来たわよーっ!」
それにしても、どうしてかおるはいつもドアを叩くんだろう? ちゃんとチャイムもあるのになぁ。
ま、どうでもいいか。
俺はドアを開けた。
「よう」
「お待たせっ。えへへっ、どう?」
かおるは、ドアの前でくるっと回ってみせた。ちなみにかおるが着ているのは、わりと普通っぽい感じのシャツにキュロットパンツという格好。
「……率直に言えば、あんまりいつもと変わらないと思った」
「うん、素直でよろしい」
かおるは笑った。
「実はね、25分くらいどれ着ていくか迷ってたんだけどね。でも、あんまり気合い入れすぎて笑われるのもなんだし、結局一番あたしに似合う服って、いつも着慣れてるこういう格好なんじゃないかなって」
「なるほどね」
俺は、ぽんとかおるの頭に手を置いた。
「まぁ、かおるらしいと思うぜ」
「えへっ。それに、どうせ恭一も気合い入った格好なんてしてこないって判ってたもん。あたしだけ気合い入れてすごい服で来たら、余計に変でしょ?」
さすが、読まれてたなぁ。
俺は改めて自分の格好を見下ろしてみる。シャツに洗いざらしのジーンズにジャケットを羽織った、いつもの外出するときの格好。
「……俺にファッションセンスなんて言葉は関係ないのさ」
「はいはい。そのうちに見立ててあげるね」
俺とかおるは顔を見合わせて、笑った。そして、俺は自然に言葉を発していた。
「んじゃ、行くか」
「うんっ」
かおるは笑顔で頷いた。
「次、どれに乗る?」
「どれって、もう暗くなってるぞ。ジェットコースターとかはもう終わりじゃないのか?」
「そうだっけ?」
もう日はとっくに暮れて、空には月が掛かっていた。とはいえ、園内は照明のおかげで明るい。
俺達は、まだ遊園地にいた。夏休みシーズンの今、ここは9時くらいまでやっているのだ。
パンフレットを読んでいたかおるが、何かを見つけたらしく、ぱっと顔を上げた。
「恭一、パレードやるって。ほら、時間もちょうどもうすぐだし」
なんか日本語が微妙に間違ってるような気もするけど、それを指摘してもあまり良い展開にはなりそうにないので、俺は聞き返した。
「見に行く?」
「うんっ」
嬉しそうに頷くと、かおるは俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「行こっ!」
「しかし、よく元気が続くな、お前も」
「恭一ったら、年寄りくさいこと言わないでよね、もう」
ぷっと膨れるかおるのほっぺたを、何となく指でつついてみる。
「きゃっ、もう、恭一ったらぁ」
「あはは」
なんていうか、はたから見たらバカップルだよなぁ。
いや、考えたら負けだ。……多分。
それに、かおるとこうしてて楽しいっていうのは事実なんだし。それなら、それを思い切り楽しめばいいんだよな。
「ほら、急がないと始まっちゃうよっ」
かおるに腕を引かれ、俺は頷いて駆け出した。
「……ここで2人で笑いながら走ってたら、本物のバカップル決定だな」
「何か言った?」
「いや、なんでも」
結局、閉園前まで遊園地にいて、それから食事などしていたので、寮に戻ったのは11時近くなっていた。
ちなみに夕食は、一応社員割引が使えるキャロットで取った。と言っても、さすがに2号店でみんなに見られながら食べるというのは勘弁ということで意見の一致をみた俺達は、渋谷のコンプリートスクェア店まで足を伸ばす羽目になった。
「それにしても、どうして本店はダメだったの?」
「ノーコメントだ」
「うーっ。あとで絶対追求してやろ」
遊園地から渋谷に行く、ちょうど中間あたりにキャロットの本店があるのだが、なにしろ前に志緒ちゃんと一緒に行って、そのときにご挨拶してたりするので、そこに今度は別の娘を連れて行くというのは避けたかったのだ。
「でも、楽しかったね」
「それについては同意」
「もーっ、変な言い方しないでよ」
膨れたかおるが、不意に立ち止まった。
「恭一」
「ん? どうした?」
「あれ見て」
指さす方に視線を向けると、寮の前に誰かいるのが見えた。
なんか、昨日と似たシチュエーションだな。あの時は前田さんだったけど。
「また、前田さんか?」
「違うと思うけど。髪長いみたいだし。……よし」
一つ頷いて、かおるはその人影に歩み寄っていくと、声をかけた。
「あの、すみません。寮に何かご用でしょうか?」
「えっ!?」
その人は、身体をびくっと震わせて、かおるに視線を向けた。そして、慌てて頭を下げる
「ご、ごめんなさいっ」
「あ、別に謝らなくても……って、さくらちゃんじゃない。どうしたの、こんな時間に」
さくらちゃんって、あのさくらちゃん?
いつものサイドテールを下ろしてるのと、薄暗いのとで気付かなかったけど、改めて見直してみると、確かに彼女は木ノ下さくらちゃんだった。
さくらちゃんは店長や志緒ちゃんと一緒に自宅から通勤していて、寮には入っていない。一瞬、宴会魔王葵さん辺りにお酒でも飲まされてぼーっとしてるのかと思ったけど、よく考えると葵さんは太刀川で、あとは涼子さん以外は未成年だから、誰かのところで騒いでいたとしてもお酒はないだろうし、そもそもアルコールの臭いはしなかった。
「ほんとに、どうしたの……」
「かおる」
俺は、なおも訊ねようとするかおるの肩に手を置いた。そして振り返ったかおるに、首を振ってみせる。
かおるも頷くと、さくらちゃんの背中に手を添えた。
「とにかく、こんなところで立ち話もなんだから、良かったら上がっていってくれないかな?」
さくらちゃんは、俺とかおるを見て、こくんと頷いた。
「ここがあたしの部屋だから。あ、先に入ってて」
「……うん」
頷いて、さくらちゃんはかおるの部屋に入っていった。それを見送ってから、かおるは俺に囁いた。
「とりあえず恭一は、涼子さんに知らせてきてくれる?」
「わかった。さくらちゃんのことは頼むよ」
「うん。じゃ」
頷いて、かおるはドアを閉め、俺は階段に向かって走った。
「そうですか。ええ、それじゃ今晩はもう遅いですからこちらに泊めますね。ご心配なく、かおるさんの部屋にいるそうですし。はい。では、明日の朝にでも改めて、ということで。はい、お休みなさい」
カチャ
静かに電話を切った涼子さんに、俺は尋ねた。
「店長さん、なんて言ってました?」
「ええ。さくらちゃん、志緒ちゃんとなにか喧嘩しちゃったんだそうよ。それで、多分家に帰り辛くなったんだろうって、店長は言ってたわ」
「喧嘩って、キャロットでですか?」
「ええ。私も今日は休みだったから、キャロットで何があったのかは知らないんだけど……。そうね、この時間ならまだ七海ちゃんは起きてるわね。話を聞いてみようかしら」
そう言って、涼子さんは立ち上がった。俺も慌てて立ち上がる。
「あ、俺も行っていいですか?」
「ええ、構わないわよ」
頷くと、涼子さんはサンダルをつっかけて、部屋から出た。
ピンポーン
涼子さんが304号室のチャイムを押すと、しばらくして「あいよ?」と声がした。
涼子さんが声を掛ける。
「七海ちゃん、涼子だけど。まだ起きてる?」
「あ、涼子さんか。ちょっと待ってな」
鍵を外す音がして、ラフなTシャツにホットパンツ姿の七海が顔を出した。風呂上がりだったのか、肩からタオルを掛けている。
「あれ、恭一もいたのか。かおるとデートっていうから、今日は帰って来ねぇと思ってたぜ」
「あのな。俺とかおるは高校生らしい健全なお付き合いを目指してるんだぞ」
「へぇ、健全ねぇ。ま、退廃的でアンニュイな付き合いじゃねぇみたいだけどさ」
「あのなぁ」
にやにやと笑う七海に、俺はため息を付いた。すると、七海は話の方向を変えた。
「ま、恭一はどうでもいいけどさ、涼子さんがうちに来るなんて、どうしたんだい?」
「夜遅くごめんなさいね。ちょっと七海ちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
涼子さんが言うと、七海は「ははぁ」と頬を指で掻きながら頷いた。
「志緒とさくらの喧嘩のことかな?」
「ええ、そのことよ。まさか、フロアで喧嘩したんじゃないわよね?」
聞き返す涼子さん。確かに、ウェイトレス同士がフロアで喧嘩なんてした日には、大問題だ。
七海は苦笑した。
「ま、それはないから安心していいって」
「でも、どうしてそんなことに?」
いつも仲良くしてるところしか印象にない双子を思い浮かべながら訊ねると、七海は顎をしゃくった。
「まぁ、立ち話もなんだから、2人ともあがってくれよ」
考えてみると、七海の部屋にはいるのは初めてだったりする。
かおるや涼子さんの部屋は、どことなく女の子って雰囲気があるんだけど、七海の部屋はどっちかといえば俺の部屋に似た感じがした。
テーブルの上にはバイク雑誌が何冊も広げてあるし、壁にはバイクのポスターが貼ってあるし、さらにギターがスタンドに立てられてたり。
「こら、じろじろ見るなって」
七海に言われて、俺は慌てて視線を七海に戻した。
「悪い」
「ま、そんな面白い部屋じゃねぇけどな」
「七海ちゃん、それで?」
「ああ、さくらと志緒のことか。あたいと翠さんとあの双子が夕食休みで休憩室に入ったんだけどさ、そこでおっ始めちまったんだよ、あの2人が」
「そう、それじゃ夕食の時に?」
「ああ」
七海は肩をすくめた。
「なにがきっかけははあたいも知らないんだけど、飯を食ってたら、急に2人で大声上げてさ。そのままとっくみあいになりそうだったんで、慌ててあたいや翠さんでそれを止めたんで、とりあえず直接殴り合ったとかそういうことにはならなかったぜ」
「いつも仲良さそうだったのになぁ」
俺は、2人を思い浮かべた。
涼子さんは訊ねた。
「それで、その後は? 2人とも午後もフロアじゃなかったかしら?」
さすが涼子さん。全員のシフトをそらで憶えているらしい。
「ああ、夜はさくらのシフトを美奈さんと交換して、さくらをキッチンに入れたんだ。しばらく顔を合わせない方がいいだろうって、店長が言ってさ」
「そう……」
涼子さんは頷くと、立ち上がった。
「ありがとう、七海ちゃん。遅くにごめんなさいね」
「いいって。でも、どうして急に、それも2人で、そんなこと聞きに来たんだ?」
「ううん、ちょっと小耳に挟んだだけよ。うふふっ、それじゃお休みなさい」
涼子さんはにっこり笑って、そのまますすっと部屋を出て行った。
「あ、涼子さん、待ってくださいよ。七海、それじゃな」
「ああ、また明日な」
軽く手を振る七海を残して、俺も部屋を出た。
「で、どうします、涼子さん? さくらちゃんと話してみますか?」
廊下で訊ねると、涼子さんは首を振った。
「ううん。今夜はもう遅いから、明日にするわね。恭一くん、明日の朝になったら、さくらちゃんを私の部屋に連れてきてくれるかしら?」
「ええ、わかりました」
「それじゃ、よろしくね。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
涼子さんは、俺と挨拶を交わすと、階段を降りていった。
それを見送ってから、俺はかおるの部屋へと足を向けた。
To be continued...
あとがき
マヨイガへ逝け(爆笑)
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