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Pia☆キャロットへようこそ2014
Sect.34
「そ、それじゃ、し、失礼します」
涼子さんの部屋から出て向き直ると、ぺこりと頭を下げるみらいちゃん。その手には、涼子さんに渡された『402』のシールの貼られた鍵がある。
俺も続いて涼子さんにお礼を言ってから、廊下に出て、みらいちゃんと肩を並べて歩き出した。
「しかし、よりによってかおるの隣だとはなぁ。いいか、みらいちゃん。かおるに襲われそうになったらすぐに逃げてくるんだぞのぉわぁぁっ!!」
「誰が誰を襲うってぇ!?」
背後から俺の頭を拳で挟み込んで、なおかつぐりぐりするような凶暴な奴は一人しかいない。
「や、やめろぉじょっかー、ぶっとばすぞぉ」
「古すぎっ!!」
あまりの衝撃に手が緩む隙をついて、俺は魔のぐりぐり地獄から脱出した。
「こないだケーブルテレビで再放送してたの見たんだけどな。そんなことよりなんでかおるがここにいるんだ?」
ちなみに、ここ、とは寮の一階の廊下である。
「そりゃ、みらいちゃんのことがどうなったのか気になったからに決まってるでしょ? ったく、いつの間にかかちょうの外に押し出して」
「それを言うなら蚊帳の外だ、この万年現国赤点娘っ」
「う、うるさいわねっ、万年数学赤点男に言われたくないわよっ!」
「あ、あの、け、けんかは、だめ……」
脇からみらいちゃんに言われて、俺は我に返った。
「おっと、ごめん。それじゃ行こうかみらいちゃん」
「あたしを無視して行こうとは良い度胸じゃない。ふっふっふ」
「わ、わかったから不気味な笑みを浮かべながら背後に回るなっ!」
「あたしのこの手が真っ赤に燃える……」
「お前も古いっ!」
「あ、それなら私も知ってます……」
いきなりみらいちゃんが口を挟んだ。そして、あっけにとられた俺とかおるの反応を見て、慌てて俯く。
「ご、ごめんなさい……」
「あ、いいのいいの。それよりほら、みらいちゃんを案内するんでしょ?」
「……いや」
俺は首を振って、かおるに言った。
「悪いけど、ちょっと涼子さんに用事があったのを思い出したんだ。ちょうどいいや、部屋にはかおるが案内してあげてくれないか?」
「え? う、うん、いいけど……」
「恭一さん?」
「悪いな、みらいちゃん」
俺が言うと、みらいちゃんは首を振った。
「いいえ。わ、私の方こそ……」
「いいからいいから。かおる、頼む」
「……うん」
かおるは、俺の態度に何かを感じたらしく、いつものように茶々を入れることもなく頷いた。
以心伝心というのか。こういうとき、長い付き合いってのは悪くないなと思う。
みらいちゃんとかおるが廊下の角を曲がっていくのを見送ってから、俺は深呼吸してもう一度涼子さんの部屋のドアを叩いた。
「涼子さん、すみません。柳井です」
すぐにドアが開いて、涼子さんが顔を出した。
「あら? どうしたの、恭一くん?」
「ちょっと、教えて欲しいことがあって。みらいちゃんなら、かおるに任せましたから」
「……そう」
俺の表情を見て、涼子さんは頷いた。
「いいわ。部屋に入って」
1時間後。
「……まだかな?」
場所は、千堂さんのマンションの前。
俺は腕時計を見て、首を傾げた。
と。
パッパーッ
俺の前に一台の車が止まり、クラクションを鳴らした。俺はそっちに駆け寄った。
「くっくっくっ、待たせたな、若者よ」
「九品仏さん。済みません、無理言って」
「いいんだよ。恭一クンのことだもんね」
助手席に座ったつかささんが笑って言う。
「でも、恭一くんが一緒に来たら、無意味に和樹を刺激するんじゃないのかな?」
そう言ったのは、後部座席に座っていた高瀬さん。
「……あれ? 高瀬さん?」
「……そこのに連れてこられたのよ」
ぶすっと腕組みして言う高瀬さん。
「なにを言う、マイシスター。マイブラザー千堂和樹に堂々と意見できるのは、君を置いて他にはいないぞ」
「あんたがいるじゃない、あんたがっ!」
ごすっ
「〜〜〜っ!」
「車内でいきなり立ち上がると危ないぞ、マイシスター」
頭を押さえてシートに座り込む高瀬さんを見ようともせずに言う九品仏さん。
そう、俺が涼子さんに教えてもらったのは、九品仏さんの連絡先だった。
このまま千堂さんのご両親に何も言わないまま、というのはやっぱりまずい。面と向かって罵倒されるかもしれない(というか、多分罵倒されるだろう)けど、それでもやっぱり、一度は直接逢って話をしないといけないだろう。みらいちゃんと付き合うためには、それは避けては通れないはずだ。
俺はそう思ったのだ。
それを涼子さんに言うと、涼子さんは笑顔で九品仏さんの携帯の番号を教えてくれた。そして涼子さんの部屋の電話を借りて、そっちに掛けてみると、それでは待ち合わせをして一緒に行こう、という話になった。
決心はしたものの、正直言って一人であの千堂さんと相対するのには気後れしていた俺は、渡りに舟とばかりにそれを承諾して、ここ、千堂家のあるマンションのエントランスで九品仏さん達を待っていた、というわけだ。
ちなみに、先行していたはずの九品仏さん達の方が遅れてここに着いたのは、どうやら高瀬さんを連れて来るのに時間が多少かかったためだったらしい。
「さて、それでは乗り込むとするか」
颯爽と降り立つ九品仏さん。
「いざ行かん、我が野望の為!」
「きゃぁ、素敵っ!」
「……はいはい」
……なんか、選択、間違えたかもしれない。
そう思いながら、九品仏さん達の後に続く俺だった。
「やぁ、我が同志」
『帰れ』
こないだにもまして不機嫌そうな声がインターホンから漏れてくる。
九品仏さんは、肩をすくめた。
「つれないな、マイブラザー」
『うるさい。お前に付き合ってるような暇はないんだっ!』
「……そうか、忙しいか。それなら、また後日にしよう」
『後日もあるかっ! 二度と来るなっ!』
「そうかそうか。では、千堂みらい嬢のことについては、我が胸のうちに仕舞っておくとしようか。さらばだ、マイエターナルフレンド」
『ま、待てっ! いまみらいって言ったか!?』
「忙しいのであろう?」
『……判った。入ってこいよ』
ブツッ、カチャ
インターホンの切れる音と同時に、ロックの外れる音がした。
高瀬さんが額を抑える。
「……相変わらず悪辣ね、あんた」
「誉め言葉と受け取っておこう、マイシスター。さてそれでは決心はいいかね、若者よ」
「あ、はい」
俺が頷くと、九品仏さんは満足げににやりと笑った。
「では、行くぞ」
「おーっ!」
元気良く拳を突き上げたのはつかささん。高瀬さんは黙ってただため息をついただけだった。
「……柳井くん、あなた相談する相手を間違ってるわ、絶対」
「……俺もそんな気がしてきました」
ガチャッ
「やぁ、マイエター……」
「大志っ、みらいはどこにいるんだっ! さっさと答えろっ!」
ドアが開いて、九品仏さんが声を掛け終わる前に、中から飛び出してきた千堂さんが、その九品仏さんの襟首を掴んで締め上げた。
だが九品仏さんは、苦しくないのか、にやりと笑った。
「いかんな、同志和樹。物事はエレガントに運びたまえ」
「うるさいっ、お前の息の根が止まる前に答えた方がいいぞっ!」
スパーーンッ
「何いきなりとち狂ってんのよっ! いいからあんたも落ち着きなさいっ!」
千堂さんの後頭部をしたたかにぶっ叩いたのは高瀬さんだった。あ、いつの間にか手にスリッパ持ってる。
高瀬さんはスリッパを上がり口に揃えて置くと、顔を上げて千堂さんに訊ねた。
「ったく、もう。それで、あさひちゃんはどうしたの? これだけあんたが大騒ぎしても出てこないみたいだけど」
「ああ。あさひなら、みらいがいなくなったって知ったとたんに倒れちまって」
「ええっ? もう、それならそうと早く言いなさいよねっ!」
高瀬さんはそう言って、そのまま部屋に入っていった。
「お、おいっ、瑞希!?」
「さて、どうするかね、マイブラザー? 我が輩をここから追い返すかね?」
くいっと眼鏡の位置を直しながら訊ねる九品仏さん。
千堂さんは、はぁ、とため息をついた。
「仕方ない。上がれ。……って、お前っ!」
九品仏さんの後ろにいた俺に、そこで初めて気付いたらしく、千堂さんは声を上げた。
「よくも俺の前に顔を出せたもんだなっ!」
思わず半歩下がってしまった俺の代わりに、つかささんが入ってくれた。
「もう、和樹ちゃん、あんまり怒ってるとしわが増えるぞっ。ほら、スマイルスマイル」
そのまま千堂さんのほっぺたを掴んでむにゅっと引っ張るつかささん。
「ふぁ、ふぁふぁっふぁ」
「ん、よしっ」
笑顔で頷いて、手を離すつかささん。
千堂さんはもう一度俺を睨んで、それから先に上がっていった九品仏さんの後を追うように部屋に戻っていった。
つかささんは肩をすくめて、それから振り返って言った。
「それじゃ、ボク達も行こっか?」
「あ、は、はい」
一瞬気後れを感じて、それでも、ここで引き下がってたまるか、と自分を励まして、俺は靴を脱いだ。
「それで、みらいはどこにいるんだ?」
「それは言えないな、マイブラザー」
「なにっ!?」
ソファから立ち上がる千堂さん。
九品仏さんは、足を組んで言った。
「その前に、若者の話を聞くが良かろう。もっとも、それだけの度量があれば、の話だがな」
「……判った」
どすん、とソファに腰を下ろすと、千堂さんは俺を睨んだ。
「で、どんな話をする気だ?」
「もう、和樹! 最初っからそんな言い方して。それじゃ柳井くんも言いたいことが言えないでしょっ!」
そう言いながら、千堂さんの隣に腰を下ろす高瀬さん。
つかささんが訊ねる。
「あ、瑞希ちゃん。あさひちゃんはどうだった?」
「うん、とりあえず大丈夫よ。ほら」
そう言って、視線を向ける高瀬さん。
そっちを見ると、おずおずとあさひさんが出てきた。
「こ、こんにちわ……」
「やぁ、我が青春の君よ。お加減はいかがかな?」
「……最悪に決まってる」
「あ、あの、そのっ、ええっとっ」
小声でぶつぶつ言う千堂さんをちらっと見て、あわあわとうろたえるあさひさん。うーん、こういうところ、みらいちゃんにそっくりだなぁ。
あさひさんには悪いけれど、そんな慌てぶりからみらいちゃんのことを思い出して、俺は何となく落ち着いてしまった。
「おおっと、これは失礼。さ、どうぞお座りください」
「すすすすすみませんっ」
優雅に立ち上がって、さっとあさひさんの為に、千堂さんの隣のソファの背に手を掛けて一礼する九品仏さん。あさひさんはまたぺこぺこと頭を下げて、何となく借りてきた猫のようにちょこんとそのソファに座った。
俺は立ち上がって、まず2人に頭を下げた。
「すみません、今回のことは、俺にも責任があります」
「だったら……」
「和樹っ、黙って聞きなさいっ」
「でもな、瑞希、……わ、わかったからラケットを振り上げるなっ」
慌てて両手を上げる千堂さんに、高瀬さんはふぅとため息をついて、掲げていたテニスラケットを下ろした。
……うーん、なんか千堂さんに親近感を感じてしまうのは気のせいだろうか?
「さ、続きをどうぞ」
「あ、はい」
高瀬さんに促されて、俺は話を続けた。
「一つだけ、千堂さんに判って欲しいことがあります。……俺は、いい加減な気持ちでみらいちゃんのことを好きになったわけじゃない。それだけは、信じてください」
「……口だけなら、なんとでも言えるな」
「和樹っ!」
また高瀬さんが声を上げる。だけど、今度は千堂さんは、手を上げて高瀬さんを制した。そして俺に向き直る。
「それを俺に信じろっていうのは、いささか虫が良すぎると思わないか?」
「……それじゃ、どうすれば、信じてもらえますか? それとも、最初から信じようとも思ってないんじゃないですか?」
言ってから、言い過ぎたかな、と思った。
案の定、千堂さんの眉がつり上がっていくのが判った。
でも。
「言いたいことは、それだけか?」
「……いえ、もう一つだけ」
俺は、一つ息を吸った。
「確かに、俺は自分が聖人君子だ、なんて思ってません。いや、むしろ優柔不断でどうしようもないろくでなしなのかもしれない。でも……、そんな俺を、みらいちゃんが選んでくれたのなら、……俺は、みらいちゃんと一緒にいたい」
そう言い切って、俺はまっすぐに千堂さんの瞳を見つめた。
どれくらい時間がたったのか。
ほんの一瞬だったのだろうけれど、それが俺には何十年にも感じられた。
To be continued...
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あとがき
本編中で、恭一くんがおよそ高校生らしからぬ勢いで、やたらととんでもないことをとうとうと述べてますが、元々彼は文学少年ですんで、そういうボキャブラリーはやたらと豊富なんです。
ま、普段かおると莫迦やってるときには使うわけもないんで、今まではそんなシーンはありませんでしたけど。文系男は伊達じゃない、ってところです。
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