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Pia☆キャロットへようこそ2014
Sect.33
「待ってくださいっ!」
いきなり、みらいちゃんが俯いたまま、声を上げた。
驚いてその場に固まる俺とかおる。
みらいちゃんは、声を絞り出すように、呟いた。
「お、お願い……です。家には……電話しないで……」
かおるは、そのみらいちゃんの肩に手を掛けた。
「みらいちゃん、どういうこと?」
「……」
俯いたままのみらいちゃん。
と、その時、ドアをノックする音が聞こえた。
トントン
「恭一くん、いる?」
涼子さんの声だった。
俺は少し考えて、かおるに言った。
「かおる、みらいちゃんを頼む」
「え? あ、うん……」
要領を得ないという顔ながらも頷くかおる。
俺はドアを少し開けて、涼子さんだけしかいないのを確かめると、そのままするっと外に出て、後ろ手にドアを閉めた。
「……恭一くん、どうかしたの?」
「……ちょっと、ここでは……。どこか別のところで、お話したいんですが」
俺がそう言うと、涼子さんは何かを悟ったようで、頷いた。
「いいわ。私の部屋に行きましょう」
「どうぞ。ごめんね、散らかってて」
そう言いながら、涼子さんは部屋に通してくれた。
なにげに見回してみたけど、どこが散らかってるのかよくわからないくらい整理されてる部屋だった。
「……どうしたの?」
「あ、いえ」
「そう。あ、楽にしてていいのよ。ちょっと待ってね、麦茶入れるから」
「はい」
言われた通り、俺はソファの上に座った。
涼子さんは冷蔵庫から麦茶を出すと、グラスに注いで持ってきてくれた。
「はいどうぞ」
「すみません」
礼を言うと、涼子さんはテーブルを挟んだ向い側のソファに腰を下ろした。
「それで、話って……もしかして、みらいちゃんのこと、かしら?」
「……」
「やっぱりね」
何も言う前に、俺の表情を読みとって、涼子さんは頷いた。それから、俺にまっすぐに視線を向ける。
「みらいちゃんのお父様から電話があったのよ。みらいちゃんがいなくなったって。……今、あなたの部屋にいるのね?」
「はい。あの、かおるが付いてますから、どこかに行ったりはしないと思います」
腰を浮かせかけた涼子さんは、俺の言葉に腰を下ろした。
「そう。でも、どうしてそれならあの場でそう言わなかったの?」
「……みらいちゃん、家には連絡しないでくれって言ってました。単に俺のところに遊びに来たわけじゃなさそうだったんで……」
「なるほどね」
涼子さんは一つ頷いた。それから、真剣な表情で俺に問いかける。
「恭一くんも、みらいちゃんが家出したと思ってるわけね?」
「……はい」
俺は頷いた。
「そして、多分原因は……俺のことだと思います……」
「……そうなんでしょうね。こないだの一件で、千堂さんのお父様がみらいちゃんをどれくらい可愛がってるかは判ったから。でも、どうしたらいいのかしらね……」
涼子さんは額に手を当てて考え込んだ。そして呟く。
「……誰かに間に入ってもらうのが一番かしらね……」
「誰か、ですか?」
「ええ。ちょっと待ってね、心当たりがあるから」
涼子さんは、電話機を手元に置いて、ボタンを押した。
「……もしもし? 九品仏さんのお宅ですか?」
九品仏って、俺達が千堂家に突入したときに手伝ってくれた男の人だよな? でも、どうして涼子さんがあの人のことを知ってるんだろ?
俺がそう思ってる間にも、涼子さんは話を続けていた。
「はい、私、Piaキャロット2号店のマネージャーをしております、双葉涼子と……。え? あ、つかさちゃん? お久しぶり」
つかさちゃん? 九品仏さんの名前……じゃないよな、確か……。
「ううん。大志さん、いらっしゃるかしら? ……ええ。千堂さんのことでちょっと……。え? あ、そうじゃなくて……。もうっ、違います。……はいはい。……あ、もしもし? 大志さんですか? ご無沙汰しております。双葉です……」
「……ただいま」
部屋のドアを開けて声をかけると、かおるとみらいちゃんがとたたっと駆け寄ってきた。
「恭一、涼子さん、何だったの? ……恭一?」
「かおる、ちょっと悪いけど、後にしてくれ」
俺はかおるを脇にどけると、みらいちゃんに向き直った。
「みらいちゃん、正直に答えてくれ。……みらいちゃん、家出してきたって、本当なの?」
「ええっ!?」
横でかおるが声を上げる。
「恭一、それ本当なの?」
「かおる!」
「……ご、ごめん」
俺の声に、かおるは慌てて後ろに下がった。
「……だって」
微かな声がした。
そして、みらいちゃんは顔を上げた。
「だってっ、お父さん、恭一さんと付き合ったらだめって! だ、だから、わたし、わたし、そんなの嫌だから……」
「……もしかして、みらいちゃん、俺と付き合うって、お父さんに……?」
「……」
無言でこくんと頷くみらいちゃん。と、その瞳がみるみる潤んできた。
「で、でも、でも、わたし、そんなの嫌だからっ。き、恭一さん、わたし、わたしっ……、うくっ」
「ちょ、ちょっとみらいちゃん……?」
と、後ろにいたかおるが、いきなり俺を突き飛ばした。
「わっ!」
とっさにバランスを取ろうと大きく手を広げてよろめく俺。
その正面に立っていたみらいちゃんを、ちょうど抱きすくめるような形になる。
「ふっ、ふえぇぇぇん」
一瞬驚き、だけど俺が抱きしめたことに気付くと、そのまま堰を切ったように泣き出すみらいちゃん。
「お、おい、かおるっ!」
「胸くらい貸してあげなさいよねっ! ったく。それじゃちょっと出てるから」
かおるはそう言い残して、部屋を出ていった。
……かおるの奴、まったく世話焼きなんだからなぁ。
俺は、そのまま泣きじゃくるみらいちゃんを抱きしめていた。
「ごっ、ごめんなさいっ! わ、わたし、その……」
しばらくして泣きやんだみらいちゃんは、今度は真っ赤になってぺこぺこと頭を下げていた。
「いや、いいんだよ。それに、どっちかって言うと嬉しかったし……」
「そ、そんなぁ……」
耳まで真っ赤になるみらいちゃん。そんなみらいちゃんを見てると、なんともほのぼのな気分になってしまうわけで。
と、
トントン
ノックの音がした。
「なんだ、かおるか?」
「わんわんわんっ」
「……?」
犬の鳴き真似……、だよな?
思わず顔を見合わせる俺とみらいちゃん。
と、みらいちゃんが、はっとした顔になる。
「も、もしかしてっ!?」
「え?」
「わん、わんわんわんっ!」
「あ、い、今開けますっ!!」
「は?」
俺にはさっぱりだったが、どうやら外でわんわん言ってる人とみらいちゃんはコミュニケートが取れているようだった。ってことはみらいちゃんの知ってる人?
ガチャ
混乱してる間に、ドアが開かれた。そこに立っていたのは……。
「わんわんっ! こんにちわ、わんっ!」
ボブカットの黒髪にリボンが似合ってる美人のお姉さんだった。
……にこにこしながらわんわん言ってることを除けば。
「こ、こんにちわっ、つかささんっ」
やっぱり知り合いだったらしく、みらいちゃんはお辞儀をしてる。それから、はっとしたように顔を上げた。
「もっ、もしかして、つかささんが連れ戻しに来たんですかっ!? い、嫌ですっ! わ、わ、わたし、か、帰りませんっ!」
そう言いながら、俺にぎゅっとしがみつくみらいちゃん。恥ずかしいけど嬉しい。
と、そのつかさと呼ばれた人は、困ったようにほっぺたを掻いた。
「そんなつもりは、ボクはないんだけど」
「ほ、ほんと、ですか?」
「うんっ」
にっこり笑って頷くと、その人は俺に視線を移した。そして、ぐいっと顔を近づけてくる。
「それで、こっちが、恭一クンなわけだねっ。なぁるほどぉ」
「……あ、あのぉ……」
「ねえ、恭一クン。コスプレに興味ある?」
「……は?」
「つ、つかささんっ、ダ、ダメですぅっ!」
慌てたように、その人の腕を引っ張るみらいちゃん。
「あ、そっか。今日はその話じゃなかったんだっけ。えっと、それじゃとりあえず、涼子さんとこ行こっか」
あ、そういえば、涼子さんが九品仏さんのところに電話を掛けてたときに、つかささんって名前が出てたような。それじゃこの人が、そのつかささんなわけだ。
「で、でもぉ……」
「大丈夫。千堂センセもあさひさんも来てないよ。ボクと一緒に来たのは大志クンだけだってば。ほら、行くよ〜」
そのまま、すたすたと廊下を歩いていくつかささん。
俺はみらいちゃんに訊ねた。
「……どうする? 嫌なら俺が断ってくるけど」
「恭一さん……」
みらいちゃんは俺に視線を向けて、それからぐっと拳を握りしめた。
「わ、わたし、い、行きます。だ、だから、あの、き、恭一……さんも……」
そこまで言うと、不安そうな顔で俺を見る。
俺は笑って、その頭にぽんと手を乗せた。
「いいよ。俺も一緒に行くから」
そう答えると、みらいちゃんはぱっと顔を明るくした。
「は、はいっ」
つかささんに続いて涼子さんの部屋に入ると、ソファに座って涼子さんと話をしていた九品仏さんが、俺達の方に視線を向けた。
その鋭い視線に、俺は思わず足を止めてしまう。
「やっほぉ。連れてきたよ、大志クン!」
「よくやったぞ、同志つかさ」
「えへへ〜」
ぱしん、とハイタッチする2人。
……ええっと、どうすればいいんでしょう、この場合。
入り口で戸惑っている俺達に、涼子さんが声を掛けてくれた。
「あ、2人ともどうぞ」
「お、お邪魔します。ほら、みらいちゃんも」
「あ、は、はい。お、お、お邪魔……し、ます……」
うわ、めちゃくちゃ緊張してないかみらいちゃん。右手と右足が同時に出てるし。
涼子さんも、かちこちになってソファに座ったみらいちゃんを見て苦笑した。それから、俺に視線を向ける。
「とりあえず、まずは紹介しておくわね。確か九品仏さんとは、千堂さんのお宅でお逢いしたのよね?」
「その通り」
俺が答えるよりも早く、九品仏さんが答えた。
「我が輩は、特に男は必要最小限の者しか覚えないことにしているのだが、まぁ彼は先々見込みがありそうなのでな」
……なぜか、背筋がぞくっとした俺。
涼子さんはにこっと笑うと、つかささんの方に視線を向けた。
「それじゃ、こちらの人を紹介するわね。こちらは九品仏つかささん。大志さんの奥さんなの」
「やっちゅ〜。つかさ、で〜す」
ぴっと手を上げて挨拶するつかささん。
「ど、ども……」
とりあえず挨拶し返すと、何故か不満そうな顔をされる。
「う〜ん、ノリが悪いなぁ。もっとこう、やっちゅ〜ってきたらほっちゅ〜、とかさぁ」
「は、はぁ……」
「つかさちゃん、あんまり悪ノリしちゃダメよ」
涼子さんが笑顔で言うと、つかささんは「はぁい」と頷いた。
「つかささんは、もうずっと前だけど、キャロットでアルバイトをしてたことがあるの。その関係で私達とも知り合いなのよ。みらいちゃんをキャロットに紹介してくれたのも、つかさちゃんなの」
「あ、なるほど」
俺は納得して頷いた。
「それで、つかささんは結婚して引退したんですか?」
「う〜ん、そうじゃないんだけどね。ボクが旦那と会ったのは確かにキャロットにいたときだったんだけど……。あ」
つかささんがいきなり話を止めた。そして、そぉ〜っと視線を移す。
その視線の方向を見ると、涼子さんが背を向けてソファをつついていた。
「どうせ私は行かず後家ですよぉ。寿退社なんて夢見ることもできませんよぉ。すんすん」
「あ〜っ、だ、誰もそんなこと言ってないよっ。それにほらっ、同期でも相手がいるのってボクとあずさちゃんだけじゃない」
慌てて立ち上がると、涼子さんの背中を撫で撫でするつかささん。
あずささんって、確か美奈さんのお姉さん、だっけ。
「そ、そうよね。縁さんも美奈ちゃんもともみちゃんもまだなんだし、なにより葵が全然そんな話ないものね。うふふっ、ごめんなさい、取り乱したりして」
あ、復活した。
つかささんが、えへへっと笑いながら戻ってくると、俺に囁いた。
「少年、言動に気を付けてよね」
「反省してます」
とりあえず、俺も自己紹介して、それから少しの間雑談などに花を咲かせることになった。
つかささんは、どうやら場を盛り上げるのが上手らしく、最初はかちんこちんになっていたみらいちゃんでさえ、いつしか控えめながら冗談に笑ったりしていた。
「あ、そうそう」
不意に、つかささんはぽんと手を打った。それからみらいちゃんの方に視線を向けると、今までの延長のような軽い感じで訊ねた。
「みらいちゃんって、恭一クンのことが大好きなんだよね?」
「はい……って、ええっ!?」
素っ頓狂な声を上げて、ついで真っ赤になるみらいちゃん。
「あっ、あのっ、えっと、そ、それは、あの……、は、はい……」
そのまま俯いてしまうみらいちゃんを、にこにこしながら見ていたつかささんは、涼子さんに視線を向けた。
「涼子さん、ボクからお願いがあるんだけど……」
「寮なら、まだ空き部屋もあるから問題ないわよ。ただ、問題は……」
「そっちなら、ボクと旦那に任せといて。悪いようにはしないって。ね、大志クン?」
「普通はプライベートな事には関与せんのだが、ま、これもしがらみというものか。たまには、よかろう」
眼鏡の位置をくいっと直しながら立ち上がる九品仏さん。
「それに、同志和樹にも、そろそろあの頃の牙を取り戻させねば。我が野望の為にもな。その為には、この辺りで情を断ち切らせてやるというのも、また友情というもの。くっくっくっ」
……なんかすごく嬉しそうなんだけど、九品仏さん。
「え、えっと、えっと……」
おどおどしているみらいちゃんに、涼子さんが話しかけた。
「ずっとこのままっていうわけにはいかないと思うけれど、でも今は、逆にみらいちゃんもご両親も、ちょっと落ち着く時間を取った方がいいと思うの。だから、みらいちゃんが良ければだけど、しばらくこの寮で暮らしてみない?」
「えっ?」
目を丸くするみらいちゃんに、涼子さんは優しく微笑んだ。
「どうかしら?」
「あ、あの、そ、それって……、わたし……、恭一、さん……」
俺に視線を向けるみらいちゃん。俺は頷いた。
「みらいちゃんが良ければ、俺もみらいちゃんが寮に来てくれると、嬉しいな」
「……はい。あ、あのっ、よろしく、おねがいしますっ!」
みらいちゃんは俺に向かって嬉しそうに頷いてから、涼子さんに深々と頭を下げたのだった。
To be continued...
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あとがき
やはりというかなんというか、プールに比べると一回り感想が減ってしまいますねぇ(笑)
それでも、くださる方はくださいますが。
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