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Pia☆キャロットへようこそ2014
Sect.33-A
……それにしても。
今日はキャッシャー担当の俺。
要するにレジ係なのであるが、当然ながらお客さんが支払いに来ない間は手が空くわけだ。で、ちょうど夕食で混雑する時間帯が過ぎて、ちょっと余裕ができたので、フロアをぼーっと眺めているわけだが。
「あ、ミーナ。それあたしが持つわ」
「え、あ、はいです」
「それからかおるちゃん、3番テーブルのオーダー取った?」
「あ、今から行きます」
「うん、それじゃついでに2番テーブルにお冷やを持っていって。さっき見たら少なくなってたから。それから七海ちゃん、12番テーブルに……」
てきぱきとフロアで指示を出しているのは、涼子さんでも葵さんでも美奈さんでもなく、今日から復帰したばかりのあずささんなのである。
うーん、昔取った杵柄ってやつなんだろうけど……。
「すごいね、あずささんって」
同じく今日のキャッシャー担当の志緒ちゃんが、感心した口振りで話しかけてきた。
「志緒ちゃんから見てもそう?」
「うん。ボクも結構あちこちのお店回ってるけど、あそこまでてきぱき出来る人ってそういないよ。そうだねぇ……、4号店に行ったときの神塚先輩くらいかなぁ……」
「へぇ……」
「すみません、お勘定お願いします」
「あ、はい。どうぞ」
俺は、やって来たお客さんのレシートを受け取って、レジに差し込んだ。
「税込みで3880円になります」
仕事が終わり、俺は着替えて休憩室のドアを開けた。
「あら、柳井くん。お疲れさま」
「あ、おつかれさまです、あずささん」
「うふふっ。やっぱり、久し振りだと肩が凝っちゃって」
私服に着替えたあずささんは、笑って腕を回した。
俺も苦笑して、椅子に腰掛けた。
「でも、すごいですね。仕事ぶり、見せてもらったんですけど、ブランク感じませんでしたよ」
「やだ、見てたの? もう、柳井くんもちゃんとお仕事しなさい」
笑って答えるあずささん。
「……でも、懐かしいなぁ……」
「あずささん?」
「あ、ううん。なんでもないわ」
首を振るあずささん。と、その弾みに、首に掛けていたネックレスが揺れて、蛍光灯の光を弾いた。
いや、違うな。あれは……ロケット?
と。
ガチャ
「恭一、いる〜? ……あ」
脳天気な声を上げながら入ってきたかおるが、あずささんに気付いて慌てて姿勢を正す。
「あずささん、お疲れさまでしたっ」
「はい。かおるちゃんもお疲れさま。でも、なんだかまだ信じられないなぁ。あのかおるちゃんと一緒のフロアに立ってるなんて」
「えへへっ」
照れたように笑うかおる。
俺はあずささんに訊ねた。
「あずささん、“あの”って?」
「あ、うん。私が初めてここで働いてたときにね……」
「わわっ! だ、ダメですっ!」
慌てて割り込むと、あずささんの口を塞ぐかおる。
と、そこに着替えた七海と志緒ちゃんが入ってきた。そして、2人を見て足を止める。
「……なぁ、かおる。お前、そういう趣味もあったのか?」
「わ、ボ、ボク初めて見たよっ」
俺も改めてかおるとあずささんを見てみた。
椅子に座ってるあずささんにのしかかるような形で、その口を押さえているかおる。……ちなみに口を押さえているのは左手で、右手はというとバランスを取るためにあずささんの胸のあたりを押さえている。
七海が、俺の肩をぽんと叩く。
「……恭一、かおるが正しい道に戻れるかどうかはお前次第だ。頑張れよ」
「ああ。茨の道を選んだのはこの俺だからな。俺はあの星に誓う! 必ずかおるを正しい男女交際の道に引き戻してみせおぐっ!」
「わけのわからんこと言うなぁっ!」
一瞬身体が浮くほどの強烈なボディブローをみぞおちにくらい、その場にもんどり打つ俺。
「あ、あ、あたしはっ、ノーマルなんだからねっ!」
そこに入ってきた美奈さんが、きょときょとと休憩室を見回す。
「……あれ? なにかあったんですかぁ?」
「うん、あのね、美奈さん……」
「わわっ! 志緒ちゃん言ったらダメっ!」
慌てて、今度は志緒ちゃんに飛びかかるかおる。だが、かおると志緒ちゃんとの間には、うずくまっている俺がいたので……。
ガッ
「うご……」
「あいたぁっ! 恭一っ、なにしてんのよっ!! ……って、あれ? 恭一? 恭一っ!?」
薄れていく意識の中、かおるの声だけが、いつまでも聞こえていた……。
「……う、うん?」
意識が戻ると同時に、こめかみがずきっと痛んだ。
「あいてて……。ここは?」
辺りは薄暗い。窓から漏れてくる光と自動車のものらしい微かな騒音。
それでも、見回すと、そこがキャロットの休憩室であることがすぐに判った。
俺は、横になっていた長椅子から、上半身を起こした。
パサッ
頭に載っていた何かが、弾みに落ちる。拾い上げると濡れたタオルだった。
頭の熱を吸って生温かくなっているそれを片手に、今までの状況を整理してみる。
どうやらちょうど運悪く、かおるの飛び膝蹴りをまともにこめかみ辺りに食らって、脳しんとうを起こしたらしい。……まぁ、かおるにしてみれば、志緒ちゃんに向かって駆け寄ろうとしたところで、その間にいきなり俺が身体を起こしたんで避けられなかったってところだろうけど。
「……すー」
微かな寝息が聞こえて、俺は我に返った。その声の方を見る。
かおるが、ちょうど俺の足のあたりに頭を乗せるようにして、床に座り込んで眠っていた。
ほのかな光を頼りに時計を見る。
午前2時過ぎ。
確か、あれが10時過ぎだったから、4時間くらいたってるのか。
もう一度、タオルに目を落とす。
責任感じて、残ってたってことかな。
俺は苦笑して、かおるの肩を掴んで揺さぶった。
「おい、かおる、起きろよ」
「……ん」
ゆっくりと目を開けるかおる。と言っても、まだとろんとしている。
「あ、あれ? きょう……いち?」
「ああ」
「……あれ? ここ、どこ?」
「キャロットの休憩室だって」
「……あ、そうか。あたしが恭一のこと、蹴っ飛ばして……」
のそっと身体を起こすと、かおるは俺に尋ねた。
「大丈夫? 痛くない?」
「ちょっと痛い」
「もう。ダメよ、ちゃんと横になってないと」
そう言いながら、かおるは俺の身体を長椅子に押し倒した。
ドキッ
心臓が一つ大きく跳ねた。
かおるの顔が、目の前にあったから。
「……かおる」
「あ……」
かおるも、それに気付いた。慌てて身体を起こそうとする。
その背中に腕を回して止めた。
「……恭一、ダメ……」
そう言うかおるの、吐息が感じられる程の近さ。
頭の中が、その熱さに溶かされていくような。
なんで。
こんなに。
俺は。
思考が、意味をなさない。フラッシュのように、短く切れ切れに、頭のどこかを掠めていくだけ。
それでも、ようやくのことで、言葉を紡ぐ。
「かおるが……」
「えっ?」
「嫌なら、やめる」
「……き、恭一は……?」
「続けたい」
「……それなら」
かおるは、視線をそらせた。
うなじまで赤く染まっているのが判る。
「恭一が、そうしたいんなら……あたしが嫌なわけ、ないじゃない……」
「……かお、る」
なんだか、呼吸が上手くできない。
と、その時だった。
かおるの背に回した手に、微かな振動が伝わってきたのは。
「……震えてる、のか」
「……だって……」
視線をそらせたまま、かおるは呟いた。
「……怖い」
「なら……」
「でもっ」
かおるは、視線を俺に向けた。
「あたし、恭一にあげたいの。だから、我慢するから……」
「かおる」
俺は、空いていた方の手で、かおるの頭を撫でた。そして、言う。
「……好きだよ」
「……あたしも」
かおるの大きな瞳から、一筋の涙が、流れ落ちた。
そして、その瞳がそっと閉じられる。
俺は、かおるの唇に自分の唇を重ねていた。
翌朝。
カーテンを開けると、朝日が休憩室に差し込んできた。
「う〜んっ」
大きく伸びをすると、振り返る。
「いい朝だなっ、かおる」
「う〜っ」
かおるは、というと、長椅子に座って、なにやら恨めしげな視線をこっちに向けてきている。
「……なんだよ?」
「なんか、勢いに流されちゃったけど、今になって後悔してるところなんだから」
拗ねたような口調で言うかおる。
俺は窓枠に手を付いて振り返った。
「……やっぱり、俺とじゃ嫌だったか?」
「莫迦。場所の問題よ! 別に高原のペンションなんて夢見てたわけじゃないけど、よりによってキャロットの休憩室なんて……。あうう……」
「あ」
俺は、ふと気付いて、落ち込んでいるかおるに声をかけた。
「あのさ、かおる、その、……血とかついてないか?」
「え? ああっ!」
慌てて立ち上がると、かおるは顔をしかめた。
「あいたたっ」
「だ、大丈夫か?」
「う、うん。……あ、ほんとに汚れてる……」
長椅子を見てさらに顔をしかめると、かおるはひょこひょこと歩き出した。
「お、おい?」
「とりあえず、ぞうきんで拭くのよっ。他の人に見られる前にっ!」
「そ、そうだな。それじゃそっちは俺がやるから、お前は休んでろって」
「……う。そうする……」
力無く頷くと、折り畳み椅子を広げて座るかおる。
俺は瞬間湯沸かし器のスイッチを入れて、ぞうきんを湯で濡らしながら振り返った。
「でもさ……」
「うん?」
顔を上げるかおる。
「……出来たんだよな? 今度こそ……」
俺がそう言うと、かおるはかぁっと赤くなって、それでも嬉しそうに頷いた。
「そうだね」
「俺は、えっと、気持ち良かったけど……」
照れくさいので、俺は明後日の方を見ながら言った。
「でも、かおるは痛いだけだったんだろ?」
「う、うん。あ、だけど、最初はみんなそうらしいから……」
「ああ。だからさ、その……。俺、絶対にかおるも気持ち良くなるようにするからさ」
「……莫迦ぁ」
かおるは俯いたまま、小さな声で笑った。
それ以上は何も会話を交わすこともなく、俺はぞうきんで汚れた長椅子を拭き取っていった。
キャロットから外に出ると、既に外の車通りは激しくなり始めていた。
「ええっと、今日はプールはやめといた方がいいよな?」
「う、うん……」
「今日も二人とも仕事だから、午前中は寮に帰って休もうか」
「そ、そうだね」
俺達は頷き合い、それから寮に向かって歩き出した。
……のだが。
ひょこひょこと俺の後を歩きにくそうにしてついてくるかおる。
「……かおる、そんなに痛いのか?」
「痛いっていうか、なんか挟まってるみたいっていうか……って、何言わせるのよ莫迦ぁっ!」
大分いつもの調子を取り戻してきたらしく、大声をあげるかおる。だが、その後ではっと気付いて真っ赤になる辺りが可愛い。
俺はかおるの前で背中を向けて屈み込んだ。
「ほら」
「……え? ちょ、ちょっとやだ、恥ずかしいからやめてよ……」
「いいから、ほら」
「……う、うん」
頷いて、かおるは俺の背中に身体を預けてきた。そして、俺の首に腕を回して、ぎゅっと身体を密着させる。
「か、かおる?」
「えへへ……」
嬉しそうな笑い声を聞いて、まぁいいかと思って、俺は立ち上がった。
「ね、恭一……」
「うん?」
「これからも、いっぱい、いろんなことがあると思うけど……。あたし、きっと、あなたが好きでいられるから……」
「……ありがとよ」
「えへへ」
もう一度笑うかおるを背負って、俺は寮に向かって歩いていった。
To be continued...
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あとがき
らぶらぶですよ、ええ。
ここんとこ色々とありましたから(謎)
一般的なF&C作品の法則に従うと、Hしたあとはそのままエンディングになだれ込みというパターンがほとんどなわけでして。
それに従うと、2014もそろそろかな、という感じですが。
さて、どうしたもんかなぁ(笑)
ま、10月も終わりなのでここらで一段落ということで。
なお、かおるちゃんと恭一くんの熱くも初々しいピロートークを委細漏らさず書けというリクエストには応じられません。念のため(爆笑)
Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.33-A 01/10/30 Up