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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.32

「ありがとうございました〜」
 最後に残っていたお客さんを送り出し、俺は大きく深呼吸した。
「さて、今日はおしまいっと……」
「きっ、恭一さんっ」
「うん?」
 その声に振り返ると、ウェイトレス姿のみらいちゃんが俺に深々と頭を下げた。
「あ、あのっ、お、お疲れ、さまでしたっ!」
「ああ。みらいちゃんも、お疲れさま」
「は、は、はいっ!」
 俺が声をかけると、かぁっと真っ赤になるみらいちゃん。
 素直に、可愛いなぁって思う。
「えっと、えっと、あのっ……」
 なにやらもじもじしているみらいちゃんに、俺は笑いかけた。
「それじゃ、着替えてから、一緒に帰ろうか?」
「あっ、はいっ」
 こくんと頷いてから、みらいちゃんは嬉しそうに笑った。

 私服に着替えて、休憩室に顔を出すと、まだみらいちゃんは来ていなかった。
 ま、女の子の方が着替えに時間がかかるのは当たり前だよな。
「あ、恭一サン。かりんと、食べるデスか?」
 よーこさんが俺に声を掛けてくれたので、お相伴に預かることにする。
「どうもどうも」
「あ、お茶、入れるデス」
「あ、いいよ。俺がやりますから」
 立ち上がろうとするよーこさんに声をかけて、俺はポットから急須にお湯を注いだ。
「ふっふっふ〜。見たぞ聞いたぞ恭一クン」
「どうわぁっ!」
 いきなり後ろから耳元で囁かれて、俺は危うく熱湯をこぼしそうになった。
「み、翠さんっ、いきなりなんですかっ!?」
 翠サンは一歩下がると、眼鏡の位置をくいっと直した。その弾みにか、蛍光灯の光を反射してレンズが光る。
「かおるちゃんをふってみらいちゃんと付き合うことにしたんだって? いやぁ、青春だねぇ、若いのっ」
「……翠さん、オヤジ入ってますよ」
「う、痛いところを……」
 よろっとよろめくと、翠さんは眼鏡を外して目元を拭う。
「よよ〜。葵さんや涼子さんならまだしも、あたしがオヤジ呼ばわりされるなんてぇ〜」
「……あ、後ろ」
 俺が一歩下がりながら言うと、眼鏡を戻してけらけら笑う翠さん。
「甘いぞ少年。今日は涼子さんはお休みだし、葵さんは太刀川店に行ってるんだから、ここに来てないのはわかってるんだから」
 そう言われてみればそうだった。
 納得しかけて、ふと思い出す俺。
 あれ? でも、確かお昼に……。
 その時、本当に翠さんの背後から声が聞こえた。
「なるほど。私たちがいないと、夙川さんはそんなことを言ってるってわけだったのね」
「ふっふっふ、いい度胸じゃない。ねぇ、涼子?」
 背後の声に、飛び上がって振り返る翠さん。
「り、り、涼子さんに葵さんっ!? え、えっと、今日はいいお天気でっ!」
「ホントに。ねぇ、葵?」
「ええ」
 にっこり笑う2人。でもこめかみに血管浮いてませんか、2人とも。
 俺とよーこさんが、さりげなく距離を取る中、2人はがしっと翠さんの肩を左右から掴む。
「夙川さん、ちょっとお話があるんですけど、いいですか?」
「あたしも少し話すことがあるの。ねっ?」
「え、え、ええっ、……いやぁ〜っ」
 そのまま連れ去られていく翠さん。
 思わず廊下に飛び出して見送る俺達に、事務室のドアがぱたりと閉まるのが見えた。
「……よーこさん、こういうときに使う日本語のことわざがあるの、知ってる」
「ヤー。君子危うきに近寄らず、デス」
「よくできました。では」
 顔を見合わせて頷き合うと、俺達はそのまま休憩室に戻った。

 というわけで、みらいちゃんとかおるが休憩室に入ってきたときには、俺とよーこさんが向かい合って黙ってお茶を飲んでいるという、一種異様な雰囲気になっていた。
「お待たせっ、恭一……って、何かあったの?」
 かおるが休憩室を見回して、俺に訊ねる。
 どう説明しようか、と思いながら口を開きかけたところで、さくらちゃんが入ってきた。
「お疲れさまです〜」
「やぁ、お疲れさん」
「お疲れさま〜」
 挨拶を交わして、「よっこいしょ」と椅子に座るさくらちゃん。
 そう言えば、志緒ちゃんとはいろいろとあったんだけど、さくらちゃんとはあんまり話したこともなかったんだよなぁ。
 う〜ん、こうしてみると、ホントに志緒ちゃんそっくりだ。双子だって言うんだから当然だけど。
 ……いかんいかん、みらいちゃんがいるのに、目の前で他の女の子としゃべってるっていうのは良くないだろう。
 俺は、自分の頭を一つぽかっと叩いてから、かおるの後ろに隠れるようにしているみらいちゃんに声をかけた。
「みらいちゃん、まっすぐ帰るの?」
「えっ? あっ、は、はいっ」
 かぁっと真っ赤になって、こくこくと頷くみらいちゃん。
「それじゃ送るよ」
「あっ、ありがとうございますっ!」
 深々と頭を下げるみらいちゃん。
 俺は立ち上がって、かおるの脇をすり抜けようとした。
「恭一……」
「うん?」
 かおるは、俺に笑顔を向けた。
「いくら恋人同士っていったって、送り狼になるんじゃないわよ」
「うるさいな。それは当人同士の問題だろ? な、みらいちゃん?」
「えっ? あっ、えっと、えっと……。は、はい……」
 さらに赤くなって俯いてしまうみらいちゃん。うむ、かおるに比べてなんて初々しいこと。
「じゃ、行こうか」
 そう言いながら肩に触れると、びくっと身体を震わせるみらいちゃん。
「きゃっ! あ、ご、ごめんなさいっ!」
「……恭一が悪い」
 じと目で睨むかおる。
「なんでだ?」
「あっ、あのっ、恭一さんが悪いんじゃありませんっ! わたしが、そのっ」
 慌てて、俺とかおるの間に割って入るみらいちゃん。
 かおるはそんな俺とみらいちゃんをみて、はぁ、とため息をついた。
「はいはい。それじゃあたしは先に寮に戻ってるから。ちゃんと駅まで送ってあげるのよ。いいわね?」
「おう」
 頷いて、俺はみらいちゃんに視線を向けた。
「それじゃ、行くよ」
「は、はいっ」
 こくこくと頷いて、みらいちゃんは嬉しそうに微笑んだ。

 ただ、黙って歩いているうちに、駅についてしまった。
「……恭一さん」
 キャロットを出てから初めて、みらいちゃんが口を開いた。
「うん? どうしたの?」
「あの……、本当に、わたしでも……いいんですか?」
「ああ、もちろんだよ」
「……ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げると、みらいちゃんはくるっと踵を返して、改札の向こうに駆けていった。そして振り返る。
「恭一さんっ、また明日ですっ!」
「ああ、また明日」
 俺が軽く手を振ると、みらいちゃんはもう一度頭を下げ、そしてホームに駆け上がっていった。

 寮の前まで戻ってくると、玄関の脇の壁に寄りかかっていたかおるが、身体を起こした。
「かおる?」
「……早かったね」
「駅までみらいちゃんを送って行っただけだろ? なんでそんなに時間かかるんだよ」
「恭一のことだから、てっきり送り狼になってるかと」
「あのなぁ……」
「……ごめん」
 俺が呆れた声を上げると、どういうわけかかおるが謝った。……いや、からかった側が謝るっていうのは、普通そうなんだろうけど、こういうパターンでかおるがしおらしく謝るなんておよそ俺の想定外だったから驚いた。
「かおる?」
「……なんでもない」
 首を振ると、かおるはさっさと歩いて寮の中に入っていく。
 俺は首を捻りながらも、その後を追った。

「……恭一、あのさ……、みらいちゃんとお付き合いするって言うんなら、ちゃんとご両親にもご挨拶した方がいいんじゃないの?」
 ホールでエレベーターが来るのを待っていると、かおるが不意に言った。
「……ま、まぁそりゃ挨拶するにこしたことはないだろうけど……」
 こないだのことを思い出して、俺は腰が引けるのを感じた。
 みらいちゃんが旅行するのにもあれだけ猛反対したみらいちゃんのお父さんだ。もし「みらいちゃんとお付き合いさせてください」なんて言おうものならどうなるか。
 俺がためらっているのを見抜いたらしく、かおるは俺に向き直る。
「確かにあのおじさんには言いにくいかも知れないけどさ、でも黙っててばれちゃったときの方がよっぽど大事になると思うけど」
「それもそうだなぁ……」
 チーン
 ベルの音とともにエレベーターのドアが開く。
「それじゃ、おやすみ」
 そう言いながら、エレベーターに乗り込むかおる。
「ああ。っておい!」
「あんたは2階でしょ? 足使いなさい、足」
 そう言って、かおるはドアを閉めてしまった。
 まぁ言われたことももっともなので、俺は肩をすくめて階段を上がっていった。

 翌朝。
 ドンドンドンッ
「こらーーっ! 起きなさぁ〜〜〜いっ!」
 ドアを乱打する音と、かおるの怒鳴り声で、一発で目が覚める。
「ったく!」
 舌打ちしながら飛び起きると、俺はそのまま玄関に直行し、ドアをばんっと開け放った。
「やかましいっ!」
「きゃっ」
 小さな悲鳴。
「……あれ?」
 偉そうに腰に手を当ててふんぞり返っているかおるはともかく、その後ろに隠れるようにしてるのは……。
「みらいちゃん? なんでこんな朝からここに?」
「えっと、あ、あの……ご、ごめんなさいっ」
「みらいちゃんが謝ることないわよ。全部このとーへんぼくが悪いんだから。さ、あんたもぼーっとした顔してないで、とりあえず顔でも洗ってしゃきっとしてきなさいよ」
 そう言いながら、ずかずかっと俺の部屋に入っていくかおる。
「お、おい? あ、えっと、とりあえずどうぞ」
 俺は、取り残された格好になっておろおろしていたみらいちゃんに声を掛けた。

 顔を洗ってから洗面所を出てくると、かおるがみらいちゃんと一緒に俺の布団を干していた。
「よいしょっと。これでいいんですか?」
「うん、上等上等。あ、顔洗った?」
 途中で俺に気付いて声を掛けてくるかおる。
「ああ……」
「それじゃ朝ご飯作るからちょっと待ってなさい。みらいちゃんも手伝ってくれる?」
「あっ、はい」
「あの……」
「あんたはテレビでも見ながら待ってなさい」
 機先を制するように言われて、俺は黙ってちゃぶ台の前に座り込んだ。

「はい、出来たわよ」
「あっ、あのっ、お待たせしました……」
 そう言いながら2人が運んでくる朝食。ちなみにメニューはトーストに紅茶、サラダに目玉焼きである。
 とりあえずトーストをかじりながら、俺はみらいちゃんに訊ねた。
「それで、どうしてこんな朝から? それに、なんでまたこんなのが一緒にいるの?」
「……蹴るわよ」
 じろっと俺を睨むかおる。
「ご、ごめんなさい。あの、わたし、……恭一さんに、その、逢いたくて……」
 そこまで言って、真っ赤になって俯いてしまうみらいちゃん。
 う、可愛い。
 かおるが後の説明を引き継ぐ。
「あたしが、ちょっと散歩しようと思って寮から出たら、玄関前にみらいちゃんがいたのよ。だから連れてきたってわけ」
「なるほど」
 俺は一つ頷いた。それから、みらいちゃんに視線を向ける。
「それで、家を出てくるときに、ちゃんと家の人に断って来たの?」
「……」
 俯いたまま、無言のみらいちゃん。……ということは、もしかして誰にも言わないで来たのか?
 俺とかおるは顔を見合わせた。それから、かおるが立ち上がる。
「とりあえず、あたしがみらいちゃんの家に電話しておくから」
「悪いな。たの……」
「待ってくださいっ!」
 いきなり、みらいちゃんが俯いたまま、声を上げた。
 驚いてその場に固まる俺とかおる。
 みらいちゃんは、声を絞り出すように、呟いた。
「お、お願い……です。家には……電話しないで……」

To be continued...

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あとがき
 お久しぶりの2014です。
 とりあえず、Pia3の発売日も決まったようですので(笑)

 Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.32 01/10/23 Up

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