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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.31

「……う、うん……」
 呻き声が聞こえて、俺はソファに横になっているみらいちゃんを覗き込んだ。
「みらいちゃん?」
「……あ、あれ? わた……し……」
 まだちょっとぼーっとしているみらいちゃん。
「大丈夫? 気分はどう?」
「……は……い」
 ゆっくりと身体を起こすと、まだぼーっとしたまま、みらいちゃんは部屋を見回した。
「ここ……休憩室? あれ?」
 あ、そうだ。美奈さんがドリンクを置いていってくれたよな。
 俺はテーブルからドリンクの入ったペットボトルを取ると、グラスに注いで、みらいちゃんの前に屈み込んだ。
「はい、ドリンク。飲める?」
「あ、はい……」
 頷いて、みらいちゃんはドリンクを取ろうと手を伸ばした。
 でも、ぼーっとしてるし、なんか危ないなぁ。
「あ、いいよ。俺が飲ませてあげるから」
「……そう、ですかぁ」
 こっくりと頷くみらいちゃんの口にグラスをあてがって、ゆっくりと傾ける。
 こくん、こくん、と喉が動いて、ドリンクを飲んでいくみらいちゃん。
 と、俺の目は、胸元に吸い付けられた。
 多分、熱中症になったときのセオリーなのだと思うけど、ブラウスの胸元のボタンが3つ外されて、その間から、し、白いブラと柔らかそうな膨らみの一部がっ!
 いかんいかんっ! しっかりしろ柳井恭一! みらいちゃんは今は病人だぞっ!
 俺は慌てて視線を逸らして、その弾みにコップを傾けてしまった。
 急にドリンクを流し込まれて、当然のごとくむせるみらいちゃん。
「……っ! けふっ、けふっ」
「あああっ! ご、ごめんっ!」
 グラスをテーブルに戻して、その背中をさすってあげると、みらいちゃんはようやく咳を止めた。それから顔を上げた。
「……あああああのあのあのっ、き、き、恭一さんっ!? ど、どうしてっ!? えっ、わ、私なんでっ!?」
 どうやら完全に目が覚めたらしいが、そうなったらそうなったで、状況が掴めずにパニックになったらしい。
 みらいちゃんがいつもの調子になったので、こっちも逆に冷静になって状況を分析したりしていた。
 とにかく、このままじゃ埒があかないので、一歩下がって声をかける。
「落ち着いて、みらいちゃん」
「あっ、は、はいっ! 落ち着きますっ!」
 ……全然ダメじゃん。
 俺は苦笑して、言った。
「それじゃ、目を閉じて、深呼吸してみて」
「は、はいっ」
 みらいちゃんは目を閉じて、大きく深呼吸した。
 おおっ、それに従って胸が……。
 いかんって言ってるだろうがっ!
 がんがんがんっ
「……お、落ち着きました……。き、恭一さんっ……、何……してるんですか?」
 俺が壁に頭を打ち付けて煩悩を払っていると、ようやく落ち着いたらしいみらいちゃんが、おそるおそるという感じで声を掛けてきた。
 俺は振り返らず、壁の方を向いたままで言った。
「と、とりあえず、ブラウスのボタンをちゃんとして」
「えっ? きゃぁ!」
 ようやく自分の格好に気付いたらしいみらいちゃんが、可愛い悲鳴を上げた。思わず振り返りたくなったが、じっと我慢する。
 ごそごそ、という音がしばらくして、ようやくみらいちゃんが言った。
「あ、あの、お、お待たせ……しました」
 振り返ると、みらいちゃんはブラウスのボタンを一番上まではめていた。……普通、一番上は外しておくものなんだが、そんな生真面目なところもみらいちゃんらしい。
「あ、あの、私、どうして……」
「もしかして、全然覚えてないの?」
 俺が聞き返すと、みらいちゃんはぼんっと音がしそうなほど、一気に真っ赤になって俯いた。
「あ、あの、……覚えてないですっ。だって、あれは、きっと夢ですから……」
「夢?」
「……そ、その……、恭一さんが、私のこと……。ご、ごめんなさいっ! ゆ、夢の話なんですっ!」
 真っ赤になった顔を上げて、わたわたと手を振るみらいちゃん。
 俺は首を振った。
「いや、夢じゃないよ」
「……え?」
 ぴたりと手を止めて、俺をじぃっと見るみらいちゃん。
「……き、恭一……さん、い、い、今、なななな」
「お、落ち着いて」
「あっ、ははははひっ」
 うわ、みらいちゃん、声が裏返ってる。
「えっとえっと……、き、恭一さんっ、い、いま、ななななな」
 俺は深呼吸して、出来るだけ優しく言った。
「俺も、みらいちゃんの事が大好きだよ」
「……ほ、本当……に、ですか?」
「ああ、本当に」
 頷いて、ついでにみらいちゃんのほっぺたを軽くつねった。
「ほら、痛いだろ?」
「は、はひ……」
 ほっぺたを引っ張っていたので、変な返事になった。
「で、でも、私どうしていいのか……、えっと、あ、あうぅ……」
 そのまま俯いてしまうみらいちゃん。
 俺はその頭にぽんと手を乗せた。
「ま、これからもよろしくってことで」
「は、はい……」
 頷いて、みらいちゃんは顔を上げた。そして、今まで座っていたソファに慌てて正座すると、ぺこりと頭を下げた。
「こ、これからもよろしくお願いしますっ」
「あ、うん。こちらこそ」
 思わずこっちも最敬礼してしまった。

「で、でも、まだなんだか夢みたいです……」
 なんだか幸せそうに漂っている感じのみらいちゃん。
 お互いの気持ちを確かめ合って(と言うと、なんかえっちなことでもしたんじゃないかと思われそうだが)、ようやくみらいちゃんは幸せモードに突入したようだった。
「でも、いつからみらいちゃんは俺のことを……?」
「ええっと……、よく判らないんですけど……、いつの間にか、っていう感じで……。あ、あの、恭一さんこそ……」
「俺も、その、いつの間にか、だなぁ……」
 俺は頭を掻いた。そして、時計を見てはたと気付く。
「いけね! フロアに出ないと」
「えっ? はわわっ!」
 みらいちゃんも時計を見て慌てる。そりゃそうだろう。既にバイトの開始時間から30分は過ぎているのだから。
「わ、私着替えて来ますっ! あっ!」
 慌ててソファから降りようとして、足を引っかけてそのまま倒れ掛けるみらいちゃん。
「危ないっ」
 慌ててそれを受け止めて、そのまま床に倒れ込む。
「いてて。大丈夫、みらいちゃん?」
「は、はひ……」
 とりあえず大丈夫そうな返事に、ほっと一息付く俺。
「あ、あの……」
「えっ?」
 はっと気付いてみると、床に倒れて、みらいちゃんを思い切り抱きしめている格好になっていた。
「わっ、ご、ごめんっ」
「そ、そんなことは……」
 と、その時だった。不意に休憩室のドアが開いた。
「ふわーっ、外は暑くてたまんないわぁ〜。……って、えっ?」
 ぱたぱたと手で扇ぎながら入ってきたのは、私服姿の葵さんだった。
 その視線が、床に倒れている俺とみらいちゃんにぴたっと合う。
「あ、葵……さん?」
「こりゃ失礼。どうぞ、ごゆっくり」
 くるっと背を向けると、葵さんは休憩室から出るとドアを閉めた。
 俺とみらいちゃんは顔を見合わせた。そして、俺は慌てて立ち上がり、ドアを開けた。
 葵さんは廊下の壁にもたれて立っていた。飛び出して来た俺を見てにやりと笑う。
「……いやぁ、若いっていいわねぇ。あ、大丈夫。涼子には黙っておいてあげるから」
「助かります……。じゃなくてっ! 俺はただみらいちゃんを介抱してあげてたんで、それで……」
「皆まで言うな少年。この皆瀬葵お姉さんは若者の味方よん」
 笑顔で俺の背中をぱんぱんと叩く葵さん。……なんか、昼間っからお酒の入ってるみたいなテンションだった。
「だめですっ」
 みらいちゃんが休憩室から飛び出してくると、背中を叩かれていた俺の腕をぐいっと引っ張ると、葵さんをむーっと睨む。
「恭一さんをいじめたらだめですっ」
「あらま……」
 さすがの葵さんが一瞬絶句した。俺も絶句した。
 と、葵さんが急に相好を崩して笑った。
「なるほどね〜。いやぁ、葵さん一本取られちゃったわ」
「……?」
 思わず顔を見合わせる俺とみらいちゃん。
 と、葵さんは真面目な顔に戻った。
「でも、就業時間中にいちゃつくのは程々にね。今回は葵さんだから目をつぶってあげるけど、涼子に見つかったらこれもんだからね〜」
 “これもん”のところで、指で角を作ってみせる葵さん。
 と、後ろから声が聞こえた。
「だれが、“これもん”なのかしら?」
「げっ!」
 慌てて振り返る葵さん。
「り、涼子っ? いつからそこにいたのっ?」
「そうね。『今回は葵さんだから』辺りからかしら?」
 腕組みしてそう言うと、涼子さんは俺達に視線を向けた。
「みらいちゃん、身体はもう大丈夫?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「それなら、着替えてフロアに入ってちょうだいね。あ、でも、今日は無理はしないで、疲れたと思ったら誰かに言って休んでもいいわよ。恭一くんはご苦労様でした。でも、まだお掃除が残ってるわよ」
「は、はいっ!」
「了解っす!」
 涼子さんの言葉に、みらいちゃんは更衣室に向かい、俺は外へと左右に散った。
 背後で声が聞こえてくる。
「さて、葵。太刀川店のことで報告に来たんでしょう? 事務室でじっくりとお話を聞いてあげましょう」
「わ、わかりましたってば。もう、涼子ったらいけず〜」
 どうやら葵さん、休憩室で一休みしようとしてたらしい。
「あら、葵。その手にしてるビニール袋に入っている缶はなにかしら?」
「えっ? あら、何かしらね。おほほほ」
「まぁ、ビールじゃないの? しかもよく冷えて……。まるで、そこのコンビニで買ってきたみたい」
「ええっ? 不思議ねぇ〜、なんでビールが入ってるのかなぁ〜」
「葵、いいからいらっしゃい」
「あいたたたっ、ちょっと、涼子! ごめん、ごめんなさいってばっ!」
 ……合掌。

 とりあえず炎天下の元で掃除を片づけ、水を撒いたりしているうちに、夕方の休憩時間になった。
 掃除も一段落したので、道具を倉庫に片づけていると、背後から声がした。
「恭一、ここにいたの」
「あ、かおる……か」
「うん」
 俺が振り返ると、かおるが倉庫の入り口のところに佇んでいた。
 いつにもなく、にこやかな表情をしていたのが、何となく気になった。
 だが、それを言う前に、かおるの方が口を開く。
「うまくいったみたいね」
「……みらいちゃんから聞いたのか?」
「ううん。でも、みらいちゃん、すごく嬉しそうにお仕事してたもの。それに、時々あたしに済まなさそうな視線向けてくるし」
 かおるは苦笑した。そして、俺に歩み寄ってきた。
「あんな顔見てたら、すぐに判るわよ」
「……かおる、その……」
 言いかけた俺の唇に、ぴたりと指を当てるかおる。
「いいの。あんたの言いたいことは、朝にちゃんと聞かせてもらったし……」
 そこで言葉を止めると、かおるは腰の後ろで手を組んで、ぴょんと跳ねるように一歩下がった。
「あたし、恭一のことは嫌いじゃないし。だから、恭一が良かったら、今まで通りにいきたいなって思う……」
「……それが、答えなのか?」
「うん……」
 かおるは頷いた。
「色々と考えたんだけどね……。みらいちゃんのあの顔見ちゃったら、それ以外の答え、出せなかったんだ」
「……悪いな」
「ま、先に恭一を振ったのはあたしの方だし、これでおあいこってことね」
 そう言って笑うかおる。
「でも、先に恭一に彼女を作られちゃうとは思ってもみなかったなぁ」
「……そりゃ、俺の方が魅力があるってことだろ」
 いつもと同じように振る舞うかおるに、俺もいつもと同じように返す。
「馬鹿言ってるんじゃないわよ。そうそう、休憩室で待ってたわよ、みらいちゃん」
「そうなのか?」
「ええ。なんか2人分の夕食運んでたし。もう、妬けるったらありゃしない。ほら、早く行ってあげなさいよっ」
 かおるは、ばんっと俺の背を叩いた。
「ああ、判った」
 俺は頷いて、駆け出した。
 だから、その後、倉庫に一人残ったかおるが何を呟いたか、なんて、知るよしもなかった。

「……割り切るしか、ないよね……。恭一……」

To be continued...

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あとがき

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